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悪帝の楽園  作者: 篠崎芳
18/22

薔薇の薄氷



「使う?」

「腐っても一応、あいつも〝皇泉院〟だろ」

「……本気? 疑いたくないけれど――私、あなたの正気を疑い始めているわ」


 絢人は右手で、自身のこめかみを指差す。

 そして嗤って――黒薔薇の方を見る。


「いつ……オレが正気だと、こっちから主張した?」


 すると黒薔薇は、悪いけれど――と。

 黒々とした情念にその瞳を染め、食い下がった。

 まあ虎葉の母親との関係を鑑みれば、頷ける反応ではある。


「この皇泉院黒薔薇が納得のいく説明を……してもらえるの、でしょうね?」



「あいつを皇泉院として、このオレが”使える”ようにする」



「……を?」

「皇泉院ってのは、一種のブランドでもある……簡単に名乗れるもんじゃねぇ。勝手に名乗って許されるもんでもねぇ。だが虎葉は出自こそ紛いもんだが――確かに〝皇泉院〟を名乗るのを、認められてる」


 黒薔薇を見たまま、フン、と口端を歪める絢人。


「テメェは、気に入らねぇようだがな」

「……あなたもあの娘を、嫌っているものだと思っていたけれど」

「気づいただけだ」


 黒薔薇は――立ち上がっていた。

 攻撃的な雰囲気で、緩く腕を組んでいる。


「気づいた? 何に?」

「身内でグダグダやってる、愚かさに」

「……あなた、私に言ってる?」


 どろり、と。

 濁り煮詰まった底なし沼の瞳で、上目遣いに黒薔薇をめ上げる絢人。



?」



「……絢人、つまりあなた……私にとってあの娘がどんな存在か知っていて――言っている……わけよね?」


 身体を横に向けたまま、絢人は視線を上へ向け続ける。


「だと、したら?」


 バァンッ!


 黒薔薇が右のてのひらで卓上を、叩きつけた。

 そんな彼女の黒い瞳からは光がせている。

 無限の暗黒を思わせる、静かなる闇の憎悪に染まっていた。

 が、絢人は――微動だにしない。


「絢、人……ッ! あなたは、正統な皇泉院でありながら……この母親と、正統な血を持たないあの紛い物とっ……どちらがッ――」

「いいんだな?」

「――何?」


「いいんだな、?」


「……決、裂……って……何よ、それは……」


 絢人は空を見上げ、ふーっ、とふてぶてしく息を吐く。



「いいだろう……ならオレは今日にでも玲雄奈と虎葉を連れて、家を出る。別にテメェがいなくともオレはどこでもやっていけるしな……ま、気に入らないならそれでいい。妨害したきゃ、好きにしろ。ただしそん時は、皇泉院黒薔薇だろうと容赦はしねぇ。全面、戦そ――」



「それはちょっと、待ちなさい――、……待って、絢人」



 ぐっ、と。

 テーブルに肘をついたままの絢人の左腕を、黒薔薇が掴んだ。

 彼女は前屈みに、息子の方へ身を乗り出している。

 まるで、慌てて引き留めようとするみたいに。

 絢人は顔の向きを彼女の方へ戻し、


「は? 決裂してんだから、待つも何も――」

「いえ……そうね、一考の余地はある――と、そう言っているの。聞く耳を持つ、と言っているのよ……他でもない、この皇泉院黒薔薇が」

「なんの主張だ? オレにとって黒薔薇は、ただの母親でしかねぇが?」

「――ん……それは……そう、なのだけれど……」


 若干、黒薔薇はトーンダウンしてきている。

 燃え盛る黒い炎が、その火勢を弱めていくみたいに。

 そう。

 逆に絢人から〝母親〟を強調されると――黒薔薇は、弱い。


「…………」


 ちなみに、内心では。


 絢人は……綱渡りも、綱渡りな気分であった。

 薄氷はくひょうの上を歩く気分とも言う。

 突然テーブルを叩かれた時は、無茶苦茶びっくりした。

 びっくらこいた。

 身体がびくっと跳ねたりしないよう、すごくがんばった。

 ほんと、がんばった。


(で、多分……アニメの知識が……役に、立った……)


 そう、



〝黒薔薇は息子の絢人が屋敷から去るのを、過剰に恐れている〟



 彼女には、こういう設定が存在する。

 理由は単純。

 息子の絢人を、異常なほど溺愛しているから。

 それはもう――病的なほどに。

 あまり態度には露骨に出ないが、心の中では息子LOVEなのである。

 絢人が自分の手もとから巣立っていくのが、本当に恐怖らしい。

 だから――


 いざという時その設定知識が、切り札となるのではないか?


 この地で黒薔薇と会うと聞いた時から、そう考えていた。

 会話の様子からもわかるように彼女は決して息子に対し全肯定ではない。

 デレデレ甘々な態度を取るわけでもない(心の声は、ともかく)。

 なので――絢人の意見が毎度あっさり通るわけでもない。

 しかも夫の愛人の娘である虎葉のこととなれば、なおさらだ。

 譲れぬプライドや気持ちがあるのは絢人も理解できる。

 いくら息子LOVEといっても――

 黒薔薇は、彼女の築いてきた己の絶対性をないがしろにまではしない。

 否――できないのだ。

 ゆえに、解きほぐしてやる必要がある。

 納得という名の鎮痛剤を、彼女に打たなくてはならない。


「……別に、テメェの気持ちまで変えろとは言わねーよ。虎葉に思うところがあるのはオレも理解はしてるつもりだ。虎葉に優しくしろと、強要するつもりもない」

「絢人……」

「オレは当面、見て見ぬふりをしろと――

「…………」

「これを機に厳正げんしょうを認めろとも言わない。そもそもあいつが女関係を発端に無茶苦茶やったから、虎葉が皇泉院に放り込まれちまったわけだしな。元はと言えば、厳正が悪ぃだろ」

「……それは、そうね」

「ただ、まだ皇泉院でもなかった虎葉にどのくらいとががある? あいつの年齢と立場なら、状況に流されるしかなかっただろ。決定権も実質、なかったに等しい」


 黒薔薇は手をはなして身を引くと、むぅ、と口を引き結んだ。


「ずいぶんと……あの娘の肩を持つのね? 正直、やっぱり意外だわ。どういう心境の変化?」

「皇泉院の冠を被らせた人間にそのまま埃も被せとくのは、もったいねーだろ」

「だから駒として利用したい……それはわかった。けれど――あれが皇泉院として使いものになると、本気で思うわけ?」

「言っただろ? 使。つーか……それができないようじゃ――」


 絢人は再び母を見上げ、嗤う。



「この皇泉院絢人の器も所詮、その程度だったってことだ」



 しばらく、黒薔薇は絢人を見つめた。

 何かを見定めようとするみたいに。

 やがて、彼女はため息をついた。


「まったく……昔からこの子は、こうと決めたら梃子てこでも動かないんだから……」


(おっ……もしかすると、もうひと押しかも……!?)


 絢人は――このまま、畳みかけることにした。


「いいか、黒薔薇」


(うぅ……それにしても、絢人のキャラがこうだからとはいえ……親の立場にある人を名前で呼び捨てにするの、慣れないなぁ……) 


「おまえも知る通り、オレたち皇泉院も敵は多い。白鐘を筆頭に、敵対関係にある巨大な家もある。だから、別にオレたちはこの国でやりたい放題の王侯貴族ってわけじゃあない。テメェだって、何もかも好き放題ってわけにもいかねーだろ」

「そうね。で――何が言いたいの、あなたは?」

「……相変わらず鈍いな、この女は」

「絢人」


 まったく、と呆れる黒薔薇。


「この私にそんな口をきいて許されるのなんて、この世であなたくらいなのよ?」

「許されてるなら別にいいだろうが。まあいい。オレがさっき言っただろ。皇泉院は身内でゴタゴタやってる場合でもねーんだよ……この世界じゃ、ちょっと隙を見せたら喰われちまう」


 なるほど、と黒薔薇。


「私は認めていなけれど――あの娘に〝皇泉院〟の名を与えてある以上、その存在は弱点にもなりうる。ならば皇泉院として〝使える〟ようにした上で、……というのが、あなたの考え?」

「その方が、無駄がない。都合のいい手札も増える」


 黒薔薇は息子そっくりの舌打ちをし、視線を横に逸らす。

 受け入れがたいが、仕方ない――とでも言いたげに。


「まあ、まったく納得のいかないロジックというわけでも……ないわね。ただしこれは、あなた限定の許容量だけれど」

「血の繋がりがなくとも一応は皇泉院である以上、あいつも身内だからな」


 そう――ここで例の、マフィアの話である。


「この世界は、裏切りなんてのは日常茶飯事だ。隙や弱みを見せりゃあすぐに裏切られ、喰われる。だが、信頼に値する身内なら話は変わる。要するに……最後に頼りになるのは結局、身内かもしれねーって話だ」


「裏切りの心配がない駒の有無は、日々の思考リソースにも関係する――合理的ではある。そしてそういった駒は、身内の方が作り上げやすい」


「クク……よく、わかってるじゃねぇか」


 さすがは皇泉院黒薔薇。

 と、黒薔薇が椅子に座り直した。


「……正直、まさかの展開ね」


 今の言葉はどうも、絢人に向けたものではないようだ。

 どちらかというと、独り言に近い感じ。

 黒薔薇はスマートフォンを取り出し、どこかに電話をかけた。


「ああ、私よ。例の話だけれど――ええ、例の娘の件……あの話、なかったことにしてちょうだい。ええ、少々事情が変わったの。……は? 埋め合わせ? ええっと――何かしら? よく、聞こえなかったのだけれど……どこの誰が、この皇泉院黒薔薇に対して……もう一度、確認していい? まさか今あなた〝埋め合わせ〟と言ったのかしら? 埋め合わせ、ねぇ……これまで生きてきて、ほとんど言われた記憶がない言葉だけれど――え? 申し訳ございません? ……謝るくらいなら最初から言わなければいいのに。あなた何様? 正直、色々と足りていないようね。がっかりだわ。さようなら」


 通話を切り、路傍の石を見る目でスマホに視線を落とす黒薔薇。

 地面の吐瀉物としゃぶつでも目にしたように、彼女は眉根を寄せた。

 そして言った。


「ゲロクズが」

「…………」


(怖っ!? 怖いよ、お母様ッ!? そうだった……絢人の立場で接してるから忘れてたけど、こ、これが基本的な黒薔薇ママだった……ッ!)


 しかし絢人はそんな内なる恐怖などおくびにも出さず、


「今の……やっぱ虎葉のことで、なんか企んでたんじゃねぇのか?」


 緩く折り曲げた腕の肘を、組んだ長い脚の膝にのせ、黒薔薇が息をつく。


「ここで隠しごとをしてもあなたにつつかれるだけでしょうから、正直に言うわ」


 黒薔薇が空いている方のてのひらを、絢人の方へ突き出す。


「先に言っておくけれど――正直に言うんだから、怒らないでね?」

「さっさと言え」

「……不機嫌にならないでよ?」

「内容による」

「…………」


 チッ、と絢人。


「わかった、努力はしてやる」

「実は……あの娘をいずれ、あの屋敷から引っ越しさせようとしていたの」

「…………」

「そして……手続きが済んだら〝皇泉院〟からそのうち、あの娘を外すつもりだった」


 ふーん、と。

 絢人は頬杖を深くする。


「なるほど……今日ここで、とある人物に引き合わせる予定だったってのは――そういうことか」


 えぇ、と素直に認める黒薔薇。


「相手の事情もあってすぐにとはいかないけれど、予定していた預け先の人間に顔合わせだけでもさせておこうかと思って。けれど……あなたがあの娘の使い道を考えているようだから、すべて白紙にしたわ。今の電話、聞いていたでしょう?」

「…………」


(えっと……引っ越し? あれ?)


 ――待って?


 絢人の頭の中で点と点が線になり、繋がった気がした。


(え? もしかして……シーズンが進んでいくと起こる、虎ちゃんの転校イベントって――この辺の出来事が、起点になってるイベントってことっ!?)


 アニメを見ていた時、


〝せっかくすみれちゃんたちと仲良くなってきて、笑顔も見せるようになってきたのに……こんなとこで転校イベントだなんて! 虎ちゃん、かわいそう! 花園会ひどすぎる! 鬼! 悪魔!〟


 こう、思っていた。

 しかし――これは、もしかして?

 




(まさかの、のちに起こる虎ちゃんの転校イベントを今……これで、回避できちゃった!?)







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