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悪帝の楽園  作者: 篠崎芳
17/22

黒母



 黒薔薇が、あの場所から動く様子はない。

 ただこちらを、遠い位置からジッと見ている。

 自身が介入するつもりはないのかもしれない。

 というかあれは――


〝あとはあなたの好きにやりなさい〟


 絢人は母の様子から、そう解釈した。

 そう、あの様子……。

 黒薔薇ならその解釈で、あながち間違っていない気がする。

 絢人は、尻餅をついて狼狽中の茶髪の男へ視線を戻す。


「…………」


(それにしても……)


 視界の茶髪の男の姿に重なる形で、自身の手前にこぶしを軽く持ち上げる。


(なんて、いうか――)


 正直、意外だった。

 泉アヤトは暴力とはほぼ無縁と言っていい生き方をしてきた。

 自分が生まれる前の自体は、けっこう暴力行為が多かったなんて話も聞いた。

 それこそ――ヤンキーなんて呼ばれる不良の多かった時代。

 けれど泉アヤトに限らず、今の社会において暴力は表向き排除方向。

 子ども時代は特に大事に育てられる家庭が多い、とも聞く。

 親も教師も昨今は子どもにかなり手をあげにくいとか。

 もちろん手をあげるのはいいことではない――と思う。

 しかしその一方で”経験”が積まれない、とも聞いた。


 強く叩かれたらこういう感じで痛いんだ、とか。

 殴ったら自分の手もこういう感じなんだ、とか。


 暴力を振われる側としても。

 暴力を振るう側としても。


 だからいざという時に手加減の仕方がわからない、なんて話もあるそうで。

 エスカレートしすぎることもある――のだとか。

 逆にある程度年齢を重ねてから暴力を受け、過剰にショックを受ける者も多い。

 そんな話も聞いた。


(……の、わりには――)


 別の意味で、ショックだった。

 こんなにも自分は――



 暴力を振るうことに、抵抗がないものか。



 いや、


〝三人叩き伏せてからようやく気づいたの!?〟


 ……な感じでも、あるのだが。

 とはいえ。

 こんな風に他者に暴力を振るった経験なんて――初めてで。

 少なくとも人がイイだけが取り柄と言われた人間には。

 ……初めてすぎる、経験だったのに。



(ま、まあでも……中身はぼくでも、皇泉院絢人だし……ッ?)

 


 加えて、ここは夢の中と解釈する余地は残りまくっている。

 なのであまり深く考える必要は、ない……のかもしれない。

 しかしだとしても――

 特にショックもないし、まったく自然に暴力へと移行できた。

 ……自分でも驚くほど。


(意外と……)


 自分の中に納得のいく理由があれば。

 人間というのはあっさり、その境界線を越えていけるものなのかもしれない。


(何より――)




 あの流れなのに話し合いで解決なんて、




 そう……やればいいのだ。

 自分が、そうすべきだと思うのなら。



 とことん――皇泉院絢人らしく。



 絢人は軽く前屈みになり、前進しつつ、手前に落ちているスマホを拾い上げた。


(壊れてないといいけど……)


 玲雄奈が虎葉に渡したスマホ。

 茶髪の男が緊急で動画がどうこう言った時、入れ替えでポケットに入れていた。

 で、前蹴りでふっ飛んだ時にそのポケットから落下したのである。

 幸い下が芝生だったのでぱっと見は大丈夫そうだ。

 絢人は茶髪の男の手前まで行き、威圧的にしゃがみ込んだ。


「な、なんっ――なんス、か……?」


 態度が変わっている。

 絢人は先ほど拾ったスマホで、男の画像を撮影した。

 さらに、動画撮影も始める。


「名前、住所、年齢……まーそんくらいでいいか。ほら……さっさと言え」

「え? え?」


 舌打ちする絢人。

 仕方ねぇなぁ、と男のズボンのポケットから半分出ている財布を抜き取る。


「あぁ!? 窃盗罪――」

「るせぇな、ほらよ」


 放り投げて、返す。

 財布から抜き出した運転免許証。

 絢人はそれを地面に置き、撮影した。


柄澤からさわ大也だいや


(なーるほど……この本名をいじって〝カラD〟なわけね……)


「ちょっ……」

「これでテメェの身元はきっちり把握したからよ……気が向いた時になんか悪い噂をSNSとかで見つけたら、テメェんとこに凸するからよろしくな」

「は――はぁああっ!?」

「あ、なんか被害者とかがいてしんどそうだったら……こっちで腕利きの法律に強い人間を立ててもいいかもなぁ」

「ななな、なんで他人のためにそんなこと……」

「あ? テメェがうざくて不快だからだろーが。そういうのが恐怖に震えてピーピー喚いてると、気分がいいんだよ。まー…………何より……」


 しゃがみ込んだまま、殺意の高い猛禽類もうきんるいみたいな目で睨む絢人。



「誰の連れに手ぇ出したか……その罪と代償ってのを、わからせてやらねぇとな」



「ひぃ……っ!?」

「まー雑魚庶民らしく慎ましく正しく生きてりゃあ、なんも悪ぃことはねーから安心しろ。これは、オレなりの深い慈悲だと思え」


 ゆらり、と立ち上がる絢人。


「この世で唯我独尊――傍若無人に振る舞っていいのは、ごく限られた人間だけだ。たとえばそう……このオレみたいな」

「ぁ、う……」

「返事は」

「は、はひ!」

「ま……あいつに手ぇ出そうとしておいてこのくらいで済んだのは、むしろ幸運だと思った方がいい」

「…………」

「消えろ」

「あ、あう……あぁ……ひ、ひぃぃいいいいっ!」


 不格好な走り方で、カラDこと茶髪の男は退散していった。

 壁になっていた黒服たちが先んじて作った隙間を、通り抜けて。

 退散していくカラDも一応、撮影しておいた。

 もし今後何か悪さをしているのが発覚したら、


(この情けなく喚いて退散していく動画を面白おかしく編集して、SNSに流してやろうか……ていうかあの人――気絶してる仲間、お、置いてっちゃったけど……)


「…………」


 ……とりあえず。


 気絶している二人の身分証の画像も、撮影しておいた。



     ▽



 皇泉院絢人は今、屋外の白く丸いテーブル席の椅子に座っている。


 そして――


 テーブルを挟んだ向こう側の席にはもう一人、同じ形の椅子に座る人物がいた。



「なかなかの大立ち回りだったわね――――絢人」



 艶ある光沢を放ついばらめいた声(公式サイドの比喩表現準拠)。


「……フン」


 絢人と同じテーブルについているのは――

 他でもない、ラスボス候補の一人にして彼の母親。


 皇泉院黒薔薇。


 高品質な黒真珠の色を思わせる長い黒髪。

 右目だけが長めの前髪で隠れがちになっている。

 目つきは絢人に近い。

 顔立ちは美しいが、絢人と同じくそのそうには凶性が滲み出ている。

 化粧は薄め。

 黒のナイトドレス風の装い。

 スカート部分には片側だけ深いスリットがざっくり入っている。

 服装は彼女の肢体のラインを適度に主張していた。

 黒薔薇のスタイルの良さを活かすデザインとも言える。

 ドレス自体の造り的には露出多めに感じられるかもしれない。

 が、露出部分は濃いブラウンのシアー素材に覆われている。

 なので透け感は否めないが、品の良い雰囲気を醸し出している。

 いや――生来の”備え付けの品”が滲み出ているのか。

 あるいは、その堂々とした態度のためか。

 独特の妖艶さを放ちながら、同時に、彼女は上品な淑女然ともしていた。


(というかアニメを観てる時から思ってるけど……こ、高校生三年生の息子がいるようにはとても見えない……)


 黒薔薇の実年齢は公表されていない。

 けれど外見は――確かな〝大人〟だが――若く見える。

 何より……


(う、美しい……)


 さすがは絢人の母親。

 そしてトレードマークはやはり〝黒薔薇〟。

 髪にはかんざしのような黒い薔薇の飾りがあるし。

 ドレスにも黒い薔薇を模した装飾がついている。

 さらに胸元には、黒い薔薇の描かれた楕円系のブローチ。

 左耳にはイヤリングもしている。

 ちなみにイヤリングだけは薔薇の花ではなく、細い雫状のものである。

 ――さて。

 肝心の息子の方であるが……。


 絢人はテーブルに左肘をつき、脚を組んで座っていた。

 左手側の対面に座る黒薔薇の方は見ていない。

 というか……

 身体の方向自体、黒薔薇に対し正面で向き合っていない。

 椅子の向き的に黒薔薇に対し身体の横を見せる形になっている。

 まあ――正面から向き合わずそっぽを向いているような感じ、とも言える。

 一方の黒薔薇は、ちゃんとテーブル越しに向き合って座っていた。

 そんな絢人は内心――


(すみません黒薔薇さん……ッ! でもこれ、アニメであなたと二人でいる時の別シーンを意識してのポジション取りなんです……!)


 こんな風に心の声で土下座中だった。

 しかし表向きの絢人はというと、だるそうに頬杖をついている。

 視線も――黒薔薇に合わせていない。

 たまにチラッと視線を送るだけ。

 通常、皇泉院黒薔薇相手にこんな態度を取れば一発アウト。

 退場確定だ。

 が、この世で唯一黒薔薇がそんな態度を許す人物。

 それこそが、皇泉院絢人である。

 黒薔薇が再び口を開く。


「ただ、あんな汚らわしいやからにあなたのような存在が関わるデメリットも少しは考えなさい」

「……指図か?」


 一拍あって黒薔薇は、


「忠告よ。母親としての」

「――フン」


 ところで、と黒薔薇が話題を変える。


「聞いたわ、絢人――あの娘を同行させ、ここへ連れてきたそうね?」


 きた、と。

 顔には一切出さず、絢人はドキッとする。

 黒薔薇はどこか審問官を思わせる目つきで、


「どういう意図があってか……聞かせてもらっても、いいかしら?」


 詰問に近い調子である。

 ちなみに虎葉も玲雄奈も今、ここにはいない。

 カラD退散後、黒薔薇の姿は見えなくなっていた。

 しかし彼女直属の部下である黒服に言われ、絢人は移動。

 黒薔薇が待つこのテーブルに来て、先ほど椅子に座ったのである。

 虎葉たちが気にはなったが――ここで黒薔薇を後回しにはできまい。


 そう判断し、こうして母と二人での一席いっせきのぞむことになった。


 それと、気絶し取り残されていた悪そうな二人組は黒服たちに任せてきた。


「……意図? こっちこそ、テメェがここにあいつを呼んだ意図を聞きてぇところだがな。しかも、オレと玲雄奈とは別に呼ぶってのは……なんかあると勘繰るのが、普通だろ」


 あの黒薔薇が絢人たちとは別で虎葉をここへ呼び寄せた。

 どんな意図があったのだろうか。

 これは、気になっていた。


「そうね……とある人と、引き合わせてあげようと思って」


 視線を滑らせ、黒薔薇を睨む。

 ……内心、心臓をバクバクさせながら。


「――テメェ。あいつのことで……なんかつまんねぇこと、企んでんじゃねーだろうな?」


 黒薔薇は、ふぅ、と息をつく。


「わからないわね。つまらないこと? それは、どういう意味? それより絢人、私の質問にまだ答えてもらっていないわ。私の意思を無視してあの娘を同行させるなんて――ねぇ、どういう風の吹き回しなのかしら?」


 最後の質問は、明らかに責めるニュアンスが含まれていた。

 自分を不快にさせて何が楽しいのか――と。

 当然、納得する理由を述べてもらえるのでしょうね――と。

 こう主張せんばかりの、響きだった。

 が、絢人は動じない。


「ああ、虎葉のやつだがな……あいつは――」


 黙って次の言葉を待つ黒薔薇に、言う。




「このオレが”使う”ことにした」







 明日6/9(火)19:00頃に、次話を更新予定です。


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