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「……ふん。今さらもうどうこうするつもりはありませんよ。というよりは、今の貴方は攻撃すら当たらない完全無敵状態ですからね。ただ単にどうしようもないんです」
拗ねるような口調で、こちらを振り向くことはない。
「……」
なんだかな。
可哀想っていう気持ちで一杯だ。哀れまれることを嫌がるだろうから、口にはもう出さないけど。
5……4……3……2……1……。
結局ミコリーヌがこちらに目を向けることのないままカウントダウンがゼロになり、徐々に俺の体が発光していく。
宿屋でミコリーヌが消えた時もこんな現象が起きていたから、これで本当にお別れだ。
「……おい、ミコリーヌ」
最後に一言くらい、気の利いた言葉をかけてやろうと名前を呼んでみたが……。
「じゃあ、またな」としか思い浮かばなかった。
そんなありきたりな言葉を残して、俺の体は目が開けられないほどに閃光を放つ。それと同時に、俺は意識を失った。
もしかすると、俺の意識が一瞬途切れる間際のこと、ミコリーヌが赤くした目をこちらに向けていた──かもしれない。
曖昧な表現になってしまったのは、俺の視界が真っ暗になってしまったからである。
「……?」
一体今自分が夢と現実のどちらにいるのか、今思い浮かべている記憶は本物なのかどうか、様々な疑問を抱えた状態だ。
次第に思考が働き始めると、自分が仰向けに寝ていることが分かった。その瞬間、ふとゲームの世界に入る前のことを思い出す。
そういえば、ゲームをする為に機械マスク的な物を被らされていたな──ってなわけで、さっそく両手を動かして機械マスクを取った。
「まぶし!?」
視界が明るくなったと思いきや、太陽を直視したような目映さに顔が歪んでしまう。
「あら、戻ったのね」
巫女の声だ。
これで確信した。ちゃんと現実世界に戻ってきたようだ。よもや巫女の声を聞いて安堵感を得ることになろうとは……なっ!?
「あわわっ! 何やってんだよお前!」
ようやく光に目が慣れて前方を見ると、今にも俺の股間を踏もうとする巫女の姿があった。俺はすぐさま腕の力だけで後退し、どうにか事なきを得る。ついでに既視感も得る。
「何って、潰そうとしていたんだけど」
「潰しちゃ駄目なんですけど!」
まったく、アホだ俺は……こっちに戻ってきたところで結局は危険なんだったな。足にもバッチリと鎖が繋がってるし、本物の電流を食らう可能性も大だ。
何より、改めて面と向かってみると、狂気の域に達していたミコリーヌが可愛らしく思えるくらいに巫女の存在が不気味に映る。なんつー存在感だって話さ。
「あ! 花村は!?」
ふと花村のことを思い出し、頭を横に向ける。するとそこには、床に転がる機械マスクだけがあり、花村の姿は無かった。
「花村なら急いで帰ったわよ。急に明日の仕事が早くなったらしいわ」
「いやいや、それにしても早くねえか? 今クリアして戻ってきたんだぜ」
「アホね。ゲーム内で死んだら強制的にこっちに意識が戻るようになってたのよ。だからアンタよりも先に目を覚ましてたってわけ」
「マジっすか!?」
それはつまり、最初からライフポイントをゼロにしていれば簡単にゲームを終わらせることが出来たってことか。
てことは、鰻子が引き起こしたバグはむしろ俺を苦しめていたんだな。
鰻子のアホ。
「あーあ……そんな設定があったなんて聞きたくなかったぜ」
頭を抱えてうなだれる。うなだれたくもなる。
「おら、アンタは後悔をしている暇なんてないの。どれだけ私が待っていたと思ってんよ」
「おいおい、いくら何でも酷すぎるって。少しは俺をいたわってくれよ」
心底湧き出た本音だ。
「馬鹿、そういう意味じゃないわよ。あれを見なさい!」
ビシッと巫女が斜め前に指をさす。その先にはテーブルがあり、そのテーブルの上には料理が並んでいた。おそらくカレーライスとサラダだと思われる。
「あー飯か。ていうか湯気立ってるじゃん。ちょうど今作ったんなら、待った内に入らないだろ。そんなに怒んなよ」
「アンタって本当にゴキブリ脳ね。食えれば何だっていいという発想はまさにゴキブリそのものよ。あのスペシャルカレーはもう出来て三分経ってるの、三分間分まずくなってるんだから」
「大袈裟だな。どうせ花村が作ってくれたんだろ? そんなに必死になるなって」
「違うわよ! 私が作ったの!」
俺の言葉に被せる勢いで否定してきた。
「マジで!?」
そりゃ驚く。
「何よ、私が料理を作るのがそんなに珍しいわけ? ナメてんじゃないわよ。ぶっ飛ばすわよ」
「ナメてはいねえけど、毒とか入ってんじゃないばっ!?」
頸骨が砕けてしまいそうな巫女の蹴りが俺の首を襲った。もう無限ではない俺のライフポイントは半分ほどに急減する。
「いっっってえな……毎度のことだが手加減しろよ。このままだといつか本当に死ねそうなんですけど!」
「自業自得よ。人がせっかく作ってあげた手料理を毒物扱いするアンタが悪いの。むしろ死に値するわ」
「ゲームの世界と言えど暗殺されかけたんだから、そりゃ警戒だってするって」
それは嘘で、単純に巫女が作ったという事実だけに疑心を抱いていた──という真実は永遠に俺の口から出ることは無い。
「まあとにかく、早く食べるわよ。カレーは二日目が美味しいとはよく聞くけど、実は毎秒菌が繁殖し続けているんだから、腐る前にテーブルに着きなさい」
そんなすぐに腐るかって話だが、次頸骨を攻撃されればリアルライフポイントがゼロになりそうなので素直に従う。
「あ……てか鰻子は?」
首をさすりながらテーブルに向かう途中、鰻子の存在を思い出す。