22
「自分の部屋にいるわよ。何かおっさんをやっつけるとか、訳の分からない使命に駆られてわ」
キッチンに入り、コップに水を注ぎながら呆れた表情をした。
「おっさん? なんじゃそりゃ」
俺はテーブル前であぐらをかく。
「多分テレビの影響でしょ。鰻子は今色んな情報を純粋に吸収する時期だから、くだらないおっさんに関する番組でも見たのよきっと」
水の入ったコップを二つ運び、巫女もテーブルに着いた。
「……おっさんに関する番組ってなんだよ?」
「知らないわよ。どうでもいい話は置いといて、温かい内に食べましょ」
そんな家庭的な常識があるならば、俺が起きてからカレーを皿に注げよと内心思いつつ、
「いただきまーす」
手を合わせ、目の前にあるスプーンを手に取る。皿に乗ったカレーライスは見た感じごく普通で、食べずとも味が想像できる程度のものだ。
ジャガイモ、人参、玉ねぎ、牛肉、巫女にしては個性も欠片もないカレーライス。俺はそれをひと口、食べてみた。
「モグ……モグ……」
うん、普通だ。普通に美味い。スーパーのカレールーを買って作ればこんな味になるだろうなっていう味のカレーである。
「………………なんだ?」
カレーを食べる俺の顔をジッと巫女が眺めていたので、その視線に耐えきれずに訊いた。
「美味しい?」
訊き返された。
「まあ、美味いですけど……」
……。
「んふ」
笑った。
なんだこいつ気持ち悪。
「何なんだよ。……やっぱり毒入れてましたなんてオチはやめてくれよ」
メンタリストばりにスプーンを震わせ、眼前のカレーライスに慄いた。
「毒は入ってないって言ってんでしょ! 全身の関節切り落として鍋で煮込むわよ!」
どこの鬼ババだよ。
「まったく、本当にアンタは失礼極まりない奴ね。私はただ、料理を作れるということを証明したかっただけなの」
「証明? どうしてわざわ……あっ、もしかして俺が昨日言ってたことを気にしてたのかよ?」
昨日、確か料理が出来ないんだろ的な発言をしていたような気がする。
「気にしてたんじゃないわ。アンタが如何に愚かな勘違いをしていたのかを教えてやりたかっただけよ」
ただの負けず嫌いってだけだろ。
「なるほどな。分かったよ、勘違いしてた俺が悪かった」と頭を下げる。
争いごとを回避する為にこの行動を取った俺を臆病者と思うか、大人の対応だと思うか、男は考えるだろう。
「ちょっと、何よその適当にあしらうような態度は?」
女は一体何を考えているんだろう?
経験値の足りない俺にはよく分からない。
「別にあしらってなんかねえよ。悪いと思ったから謝っただけだよ」
「その態度があしらってんのよ。これだから男は──ガミガミ」
未知の世界から帰還して、首を蹴られて、カレーライスを食べて、同棲する恋人同士のような痴話喧嘩を始めて、そんな俺の足首に足枷がかけられているこの状況を誰が理解出来ようか……。
誰も出来るわけがない。
もし出来るというならば論文でも書いてみてくれ、きっと大量推薦で受賞できるはずだ、頭の中が平和賞。
「もういいだろ。そんなに責め立てられたら飯が食えねえよ」
肯定しても否定しても続く説教に我慢の限界が訪れ、指を耳栓代わりにして巫女に訴える。
「ふん、まあいいわ。とにかくアンタは私が作ったカレーを全て食しなさいよ。それで今の愚かな態度を水に流してあげる」
「はいはい、喜んでいただきますとも」と、カレーライスを食べる。
「ところで、今日のお願い事は決めてるの?」
「お願い事……お願い事か」
そういうシステムがこっち(現実)にはあるんだったな。断っても駄目だし、絶対に何かお願いをしなければいけない。
布団のように墓穴を掘るような願い事だけは頼まないようにしないと──でも何も思い付かねーな。
「今はまだ決めてないから、後から言っていいか?」
「構わないけど、出来るだけ早い方がいいわね。さすがの私も睡魔には勝てないのよ」
巫女は重そうなまぶたで瞬きをした。
「もう眠いのかよ。お前昼間にも寝てたんだろ? いくら何でも寝過ぎだって」
「仕方ないでしょ、眠いんだから。天才ってのはね、凡人の一万倍多く頭のエネルギーを消費するから疲れんのよボケ」
だったら堕落したニート共はみんな天才なのかもしれないな。
「あ、今思い付いた」
スプーンを一旦皿の上に置く。
「何がよ?」
「願い事だよ。ミコリーヌの体を造ってくれってのはどうだ?」
「ミコリーヌの体……なんでそんなものをアンタが願うわけ?」
どうせイヤらしいことでも考えてんだろカスと言わんばりの歪んだ表情で俺を見てくる。
「いや、さっきこっちに戻る間際のことなんだけどな。なんつーか、ミコリーヌが可哀想に思えてきちまって。なんか凄く寂しそうだったぜ」
色々と思うところもあるが、あんなに疎外感を抱いているミコリーヌはやはり可哀想ではある。
人工知能という存在価値は鰻子の誕生によって薄れてしまい、唯一の心の拠り所である巫女は相手をしてくれなくなった。
いくら機械的な存在とは言え、あいつをあのまま放っておくのはそれこそ機械的な判断だろう。
「馬鹿ね、可哀想なんて思う必要ないわよ。あの子にはあの子の役割があるんだから」
「役割?」
「そうよ。あの子には最終的に、私を超える知能を持った存在に成長してほしいの。だから今はその為に、心を育ててあげてるのよ」
スプーンに載せたカレーを口に運びながら、淡々と壮大な計画を教えてくれた。
「鰻子もそうだけど、学ぶことや欲を植え付けることなんて簡単なの。でもね、相手を思いやる気持ちや、データ外の情報と対峙した場合に臨機応変な対応が出来るようになるには苦しみを知る必要があんの。機械だからってすぐに数字打ち込みゃいいってわけじゃないんだから。人間と同じように、ゆっくりと時間をかけなきゃ駄目なのよ。こればかりはね」
こいつの頭の中を覗き込んでみたいと思ってしまった。
俺が思っている一万倍、本当に巫女は頭を使っているのかもしれない。




