青い鳥はすぐそばに
私は咄嗟に片膝をたてた。
けっこう勢いよく上げた所為で、私の膝は私の目論見どおりにアンの大事な部分いジャストミートした。
「ぅぬぅわわぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁ!!!!!」
アンの絶叫が地底にこだまする。
ちょっとだけ罪悪感。
でもいい気味だ。
女なら押し倒せば、素直に言うことを聞くなど思わないでほしい。
いくら私がチキンで、引っ込みじあんでもここで流される訳にいかない。
「ふざけないで!なに?私をからかいにきたの?」
私は悶絶するアンから距離を取るように、ズリズリっと後ずさった。
実はあまりにも想像を絶する体験に腰が抜けて、思うように動けなかったのだ。
でもそんな情けない事実をアンに悟られたくなかった。
「ううぅぅ、おーちゃん、ひどい」
アンが湿っぽい声で非難した。
そんなところもちょっと可愛いとか思っちゃう私は、きっと思考回路がおかしい。
相手はどんな姿をしていても、無断で私を押し倒した相手だ。
「ひどいのはどっちよ!」
「ん?だっておーちゃんの身体が意外に気持ちよくて、本能が温かさを求めた結果だよ」
ちょっと、何!その言い分。
しかも悪びれなく、いけしゃあしゃあと言ってくれちゃって!!
「俺だって落ちるつもりはなかったんだよ。ここに来ちゃったのは不可抗力!おーちゃんだって、好きでここに来た訳じゃないでしょ?」
「う………」
確かに私も不注意で、ここに落ちちゃった人ですが。
それに私は自分の所為で落ちた訳だけど、アンは私を助けようとして落ちたのだ。
同じ落ちたでも意味が違う。
「俺はおーちゃんを助けたかっただけなにさ~」
「ううぅ……………………」
「なにの、おーちゃんときたら、人を変態みたいに扱うんだから」
盛大にため息を吐かれてしまった。
何、私が悪いの?
そりゃ全ての元凶はここに落ちた私だけどもさ。
でも、なんか釈然としない。
「ねぇ、なんであんたがここにいるのよ?」
じとっと穿った視線でねめつけてやった。
暗闇でもこれだけ至近距離にいたら、私がどんな顔をしているかアンにも分かるだろう。
「ん?それはおーちゃんがこの雨の中、出かけていくのが見えたから。きっと、目指す先はここだと思ったから、後を付けてきた」
「な、なんですって?」
ずっと後を付けられていたの?
全然、気付かなかった。
ってか、ここに来るって読まれている自分が恥ずかしい。
「な、なんで私がここに来るって思ったのよ?」
心の中を見透かされたような言葉に動揺が隠せない。
ドクンドクンと弾む心臓をなんとか抑えつけようとしたけど、ダメだった。
だって、アンがずいっと体を寄せてきて、私の髪をかき分けて、耳元で囁くんだもの。
「だって、仕事熱心で責任感に厚い君は、誰よりも一生懸命にここを守ろうとしているだろ?」
バンっと鼓動が弾けた。
「俺は知ってるよ。おーちゃんがどれだけ頑張っているか。どんな時も自分より他を優先して、慣れない土木の勉強をして、少しでも皆に快適に仕事をしてもらえるように努力している」
熱い吐息が私の耳朶を濡らす。
その熱はそのまま私の体の奥底に広がる。
冷え切った体がじんわりとあったかくなる。
「ずっと見てた。いつも一生懸命で、いつも直向きで、いつも頑張っているおーちゃん。誰にも頼らず、完璧に物事をこなそうとするおーちゃん。ホントはこんな体力勝負な現場や男ばっかりな職場は苦手な癖に、そんなこと一つも感じさせないように振る舞うおーちゃん」
ぎゅっと抱きしめられた。
ずっと華奢だと思っていた体は、意外なほど引き締まっていて、私の体はすっぽりと覆われてしまった。
まるで小さな子どもになったようだ。
まるで親鳥の羽根に包まれる雛鳥になった気にされる。
思わず雛鳥がエサを強請るように、アンの服にしがみついてしまった。
ギュッとアンの服を握る手に力を入れる。
「ずっと、君に頼ってほしかった。君はしっかりしているように見えて、実に危ういから。なのに、君は俺につけ入る隙を与えてくれない」
チュッと額に熱い熱を感じた。
その祝福のキスは私の頬に移動していく。
「ごめんね?今がつけ入る最高の状況だと思っている。弱って一人で心細い所で、他に誰もいない状況で、俺は君の弱さにつけ入る。俺は卑怯だろ?だから、君も俺を利用しろよ?一人で抱えてないで、泣いていいんだ」
ポロッと涙が零れた。
後から後から、まるで今夜の豪雨のように激しい雫が零れ出す。
きっとそれは今まで我慢してきた私の感情。
「……ふぇ………泣きたかったの」
「うん」
「ずっと誰かに大丈夫だよ、頑張っているよって認めてほしかったの」
「うん、俺は知っているよ、おーちゃんがどれだけ頑張っているか」
ああ………私はずっと欲しかった言葉をもらった。




