第七話 三つの光と、開花する紅花
深山に佇む石造りの館。その奥深く、静寂に満ちた執務室で、大魔女モルガナは黒檀の机に向かっていた。
彼女の手元にあるのは、王宮での任を終えた弟子・ノランから届いた一通の手紙である。そこには、王宮で出会った幼き第三王女エレアノーリエのこと、宮廷魔道士たちの偏狭な嫉妬と歪んだ指導、そして彼女が秘めていた魔道の才能が、克明に記されていた。
モルガナは手紙を読み終えると、愛おしむようにゆっくりと紙を折りたたんだ。
静かに、冷めかけた紅茶のカップに視線を落とす。その瞳の奥には、かつて愛したアイゼンハルトの家族たち——アルベールやレイハルトの面影が、静かな情景となって浮かんでいた。
「……アイゼンハルトの血を引く幼子を、宮廷の矮小な魔道士どもが虐げていた、ね。あの子たちの遺した大切な種芽を……」
声を荒げるわけではない。しかし、ぽつりと漏らされたその言葉は、言葉少ない魔女が声に出さずにはいられないほどの激情を抱いたことを物語っていた。
モルガナはゆっくりと立ち上がり、窓の外の山肌を渡る風を眺める。
その瞳には、子を成さなかったモルガナの、それゆえの子孫とも呼ぶべきアイゼンハルトの血を継いだ、王女の来訪を喜ぶ色が滲んでいた。
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二年間、ノランのもとで地道な修練を積み重ねて十歳となったエレアノーリエは、満載の期待と不安を胸にモルガナの館へと足を踏み入れた。
長兄である、第一王子リアリシウスに、ノランの師匠、今からまさに対面する「モルガナ=コードリア」…アイゼンハルトの伝説の魔女を語る者の素性を調べてもらったが、出立までには間に合わず、今日を迎えてしまった。
モルガナの名前を語る隠者であれば、それを正すべきである。しかし、万が一にも本物であれば、それはおとぎ話の大魔女に弟子入りするということで…判断のつかない今、目の前の魔女には、最敬礼を払う他ないのである。
薄紫の瞳を伏せ、そんな心中を尾首にも出さず凛としてモルガナの前に立つエレアノーリエ。
「お初にお目にかかります、大魔女モルガナ様。 わたくし、エレアノーリエ=グランセリアと申します。本日は、わたくしを貴女様の弟子にしていただきたく、参上いたしましたわ。」
真っ直ぐに頭を下げるエレアノーリエに、どこかアイゼンハルトの面影を感じたモルガナは優しく、しかしどこか悪戯っぽい瞳で見下ろした。そして、傍らに立つノランへ視線をやる。
「…いいでしょう。貴女に私から魔法の修行を与えると約束するわ。ただし、『等価交換』として、あなたにも相応の課題を果たしてもらわねばなりません」
エレアノーリエは頭を下げたまま、ゴクリと喉をならした。
「ありがとう存じます。モルガナ様。課題とは、どのようなものでしょうか」
「……そうね、あのノランを見なさい」
モルガナはクスクスと微笑みながら、隣で控えめに立っていたノランを指さした。
「二十七にもなって、頭の中は魔法と魔犬のことばかり。このままでは一生独り身で寂しく生涯を終えかねないわ。我が弟子をそんな惨めな男にしないためにも……社交界で、あの朴念仁に似合う奇特なお嬢さんでも探してきて頂戴」
冗談めかした軽口。だが、真面目すぎる十歳のエレアノーリエには、その言葉が魔女から課された無理難題として刺さってしまった。
(ノラン先生のお嫁さん……!? ノラン先生にふさわしい、一番近くで支えられる奇特なお嬢さん……!?)
思わぬ課題に、エレアノーリエは目を白黒させた。
(困りましたわ…年頃の令嬢は皆婚約者が決められているというもの、所謂「マトモでない」方でしたら幾人かおりますが…そんな方を宛がうわけにも)
この、「マトモでない」ご令嬢というのは、夜会を夜鷹のように遊び回り、贅の限りを尽くすような悪女か、没落寸前の家で途方にくれているような女性といった並びであった。
(未亡人をご紹介するのであればいくらかマシかしら…?いやいや、そんなことをしてはこの方の怒りに触れかねませんし、何よりわたくしが許しませんわ。…あら?なぜわたくしが許せないのかしら?)
完全に明後日の方向の疑問まで抱きながら、長く沈黙していたエレアノーリエは、ついに覚悟を決めた。
「……承知いたしましたわ。必ずやノラン様に最高のお相手を見つけてみせます」
幾分か悲壮な雰囲気を漂わせながら、重々しく返事をした王女に、魔女は「まぁ、早々見つからないでしょうから、修行しながら探してもらえればいいわ」と声をかけた。
その言葉に安堵したエレアノーリエは、やっと頭を上げ、モルガナを初めて真正面から見据えた。
すると、その小さな、自分と変わらないような背丈の少女からは想像もつかないような濃密な魔力が漏れ、その身を包んでいるのが肌でわかってしまった。
(あぁ、お兄様におねがいするまでもありませんでしたわ…この方は、間違いなく…)
モルガナ=コードリアその人であると、目の前の黒髪の少女を認めたエレアノーリエは、見事な赤髪が床につくのも構わず、恭しく最敬礼をしてみせた。
一方、当のノランは、相棒のブランの頭をなでながら、不思議そうに首をかしげている。
「僕のお嫁さんですか? うーん、僕はブランと魔法の探求があれば十分に満たされているのですが……モルガナ様も変な試練を出しますねぇ」
緊張感のないノランの反応に、モルガナは「これだから朴念仁は……」と呆れ顔で頭を振った。
また、頭を撫でられていたブランは、モルガナの苦悩を晴らそうと、元気に言葉をかけた。
「魔女様!ノランには僕がずっとついているから、寂しくなんかさせないよっ!」
「ブラン、あなたもよ。もう他の兄弟はとっくに伴侶を見つけて子を育てたわ。」
思わぬカウンター攻撃を食らい、ブランは「キューンッ」と子犬のような鳴き声を出しながら、床に伏せた。
そんな、自らの師匠とその相棒の、締まらない様子に、エレアノーリエはやっと緊張をほどき、クスリと笑ったのだった。
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まずは修行よりも、ここでの生活に慣れなさいと指示されたエレアノーリエは、経験のない家事や、一人での身支度に奮闘しながらここ数日を過ごしていた。
そんな日々の昼過ぎ、エレアノーリエはモルガナの館の裏庭で、暖かい陽射しを浴びながら魔犬たちと、のんびりと過ごしていた。
彼女にとって「魔犬」とは、王宮にノランとともにやってきた金の魔犬ブランがすべてだった。魔犬はこの山にしか存在しない特別な種であり、他では見ることのできない生物であったからである。
魔犬たちは、聡明で、魔道魔法、精霊魔法を巧みに操り、人の言葉まで流暢に話してみせた。また、子魔犬たちは何事も拙いながらも、その可愛らしさは言うまでもなく、珍しい来訪者に興奮を弾けさせながら、エレアノーリエへ群がっていた。
元々動物好きだったエレアノーリエは、魔犬たちにすっかり魅了され、時間を見つけては彼らと戯れていたのである。
そんな彼女の前に、まだ幼い毛並みの柔らかい三頭の子魔犬たちがトコトコと駆け寄ってきた。
「ねえエレアノーリエ! 私たちにも素敵な名前をつけて!」
子魔犬たちはエレアノーリエのスカートの裾を引っ張り、小さな前脚を彼女の膝に乗せながら、キラキラとした瞳で見上げてくる。
本来、魔犬にとって『名付け』とは、生涯に一度だけ心を通わせた存在と魂の回廊を結ぶ契機をつくる、いわば精霊魔法の契約儀式のようなものであった。人里離れた館で育ち、エレアノーリエの純粋さと温かな魔力に完全に一目惚れした子魔犬たちにとって、これはまさに「一生に一度の決死のおねだり」だったのだ。
しかし、何も知らないエレアノーリエは、単なる愛称のスキンシップだと思い込み、屈み込んで愛おしそうに三頭の頭を撫でた。
「名前? ふふ、いいわよ!そういえばあなたたちを名前で呼んだことはなかったわね。 どんなのがいいかしら」
エレアノーリエは三頭の毛並みと雰囲気をじっくりと見つめ、無邪気な笑顔で言葉を紡ぐ。
「あなたの美しい黄金色の毛並みは……『ルクス』。そっちの夜空みたいに綺麗な黒い子は『ノクス』。そして、風みたいにすばしっこいあなたは『ヴェント』……ふふ、今日からよろしくね!」
彼女がその名を呼び、一頭一頭の額に優しく触れた——その瞬間。
――ブワッ……!!
世界の空気が一変した。
「え……!?」
三頭の胸の奥と、エレアノーリエの胸の奥が、目に見えない幾条もの光の糸によって結びつく感覚が全身を駆け抜けた。
彼女の血に眠っていた精霊魔法の才能が、三頭との契約の波動によって一気に呼応・覚醒したのだ。
黄金の光、夜空の如き静謐な魔力、そして澄み渡る風の旋律。三色の眩い精霊光と旋風が渦を巻き、館の裏庭全体を優しく、しかし圧倒的な密度で包み込んでいく。
「キュ~ン!」「ワフッ!」
名付けられた三頭は歓喜の声をあげ、光の輪の中でエレアノーリエに駆け寄った。
理解を越えた現象に呆然としていた王女は、三頭の勢いに押され、そのまま草むらに倒れてしまった。
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「なっ……ちょっと待ってください! エレアノーリエ様がいま、一気に三頭も……!?」
遠く館のテラスからその異変と溢れ出る精霊光を目撃したノランが、驚きのあまり手にしていた資料をバサバサと落としながら立ち上がった。
「一気に三頭に名付けするなんて……! それにあの精霊魔法の波長は……!」
頭を抱えて狼狽するノランの横で、温かい紅茶を口に含んでいたモルガナが、ふうと静かに息を吐いて額を押さえた。
「……あの子、魔犬の名付けの意味なんて知るわけがないのよね。教える前だったわ……まさかこんな早くやってのけるとはね」
大魔女の呆れを含んだつぶやきに、隣で資料拾っていたレオンが苦笑しながら肩をすくめる。
「モルガナ様……あの子たち、エレアノーリエ様に完全に一目惚れしてましたからね。確信犯ですよ」
「まあいいじゃない。あの子の中に眠る精霊魔法の才能が開花したのだもの。魔道魔法に加えて、精霊魔法の修行もしなくてはね」
光の渦の中心で、ルクス、ノクス、ヴェントの三頭に顔中を舐め回されて「きゃははっ! やめて、くすぐったいわ!」とはしゃぐエレアノーリエ。
大魔女の山荘に訪れた小さな少女と三頭の子魔犬たち。
無知ゆえの暴走と、それによって解き放たれた無限の才能——こうして、エレアノーリエのモルガナの館での賑やかで特別な修練の日々が、いま幕を開けた。
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石造りの館、その裏手に広がる庭園で、大魔女モルガナは一歩前へと足を踏み出した。
少女の姿を留めたままの彼女が、ふっとその小さな指先を虚空に向ける。
「さて、エレアノーリエ。まずは現代の魔道魔法、その最高到達点と言われ、同時に最も危険な技術を見せてあげましょう」
モルガナの言葉が終わるか終わらないかの瞬間だった。
呼吸ひとつ分にも満たない一瞬の間に、モルガナの姿が静かに掻き消えた。気配も、空気のゆらぎすら残さない完全な消失。
「え……?」
エレアノーリエが驚愕に目を丸くした時には、すでにモルガナの気配は彼女の背後、十数メートルの位置にある木立の影から漂っていた。
王女がパッと後ろを振り向き、黒髪の少女の姿を確認したかと思えば、その瞬間にモルガナは彼女の目の前に戻ってきていた。
「これが『瞬間移動』――――転移魔法よ」
魔女が静かに告げる。傍らで見守っていたノランが、苦笑いを浮かべながら補足した。
「本当にいつ見ても凄まじい精度ですね……。僕もブランと自分自身だけなら何とか構築に時間をかけて空間を飛べますが、他人に教えられるほど術式に習熟しているわけではありません。何より……転移魔法は危険すぎる」
「そうね。だからこそ、最初に見せておく必要があるの」
モルガナは庭の片隅に置かれていた訓練用の木偶人形に視線を向けた。彼女の指先から、わざと術式を不完全なまま崩した不格好な魔力の糸が伸び、人形を包み込む。
「術式構築の計算がわずかでも狂えば――こうなるわ」
モルガナが指を鳴らした瞬間、空間がぐにゃりと歪んだ。
ギチギチと嫌な音が響き、木偶人形の胴体がねじ切れ、次の瞬間にはパンッという乾いた音とともに四散して粉々に砕け散った。
「っ……!?」
エレアノーリエは息を飲み、思わず自分の身体を抱きしめるように一歩後退した。
「もし人間がこの失敗をすれば、身体が空間のねじれに巻き込まれて四散する。……エレアノーリエ、貴女は呑み込みが早く、好奇心も強い。だからこそ、生半可な知識で試してしまわないよう、この危険性を骨の髄まで刻みなさい」
「は、はい……! 肝に銘じますわ……!」
実はノランは、王宮にいたときにはこの魔法の使用を控えていた。宮廷魔道士の目を気にしてでもあったが、何より、エレアノーリエが独学で習得しようとしかねなかったからだ。
教訓として与えられた恐怖を乗り越え、厳しい安全指導と過酷な空間計算の特訓を経て、エレアノーリエはまずは『転移魔法』の基礎を理解した。
その後、実践に移し、数多の木偶人形を捻きった。ようやく安定して転移させられるようになった頃には、犠牲となった木偶の屑が山となっていた。
ノランに魔道魔法を習い初めてから、失敗や停滞というのはほとんどなかったエレアノーリエにとって、これが初めての難関となった。
「エレアノーリエ殿下、流石です!私なんて、あの巨木ほどの木を丸々一つ駄目にしましたから!」
そんな、ノランの慰めになっているような、ならないような励ましに支えられ、数ヵ月をかけ、エレアノーリエは転移魔法の習得に至った。
モルガナは、次にエレアノーリエ自身の持つ「精霊魔法」の特訓へと移行した。
「次は精霊魔法よ。まぁ、これはもう目覚めているのだから、簡単な結界程度なら作れるでしょう」
精神を集中させて、他者への慈しみを祈りなさい。そう指示されたエレアノーリエは、庭園の芝生の上で、胸の前で手を組み、自身のなか、そして子犬たちとの間にある力に耳を澄ませる。
「ルクス、ノクス、ヴェント……」
彼女が呼びかけると、三頭の子魔犬たちが「キュン!」「ワンッ!」と嬉しそうに駆け寄り、彼女の周りをぐるぐると回り始めた。
(この子たちを守りたい……そして、傷ついた民を包み込んであげたい)
純粋な祈りを込めた瞬間、子魔犬たちから溢れ出た光が三色の帯となってエレアノーリエを包み込んだ。
すると、三匹と一人を包み込むような、半円状の大きな結界の膜を形成すると同時に、降り注ぐ光が暖かな恵みとなって彼女と子犬たちの疲労を急速に「癒やし」ていく。
「な……!? 『結界』と『癒し』の同時展開……!?」
見守っていたノランが目を見開いた。
「精霊魔法は普通、一つの祈りに一つの現象を起こすもの。防御の祈りと再生の祈りを同時に通すなど……見たことがありません!」
モルガナもまた、驚きを隠さず目を見張っていた。
「……見事よ。想像以上だわ」
グランセリア王家、第三王女たる、エレアノーリエ=グランセリアは、宮殿のなかでは魔法の教師にこそ恵まれなかったものの、王族としての教育は、最高のものを受けていた。
それらは、元来の実直な性格も相まって、彼女の、民を思い国に身を捧げる覚悟、を見事に育て上げた。
ゆえに、民ーー他者を慮り、慈しむ祈りの強さは、既に「聖女」と呼ぶに相応しいほどの高みにあったのだった。
「すごい!初めてですが、ちゃんと出来ましたわ、ノラン先生! ルクスたちのおかげです!」
エレアノーリエは無邪気に子犬たちを抱きしめ、顔をほころばせた。
だが、本当の地獄はここからだった。
「基本は修行の必要もないようね。では――いきなりですが、最終課題に移りましょう」
魔女は澄んだ瞳で弟子を見つめた。
「貴女には『魔道魔法による攻撃』と、先ほど成功させた『精霊魔法による結界と癒やしの同時展開』を、すべて一斉に扱ってもらいます」
「す、すべて……同時に、ですか?」
「そうよ。魔道魔法の理論を構築しながら、祈りのちからで精霊魔法を行使する。これは、私しか実現できなかったけれど、500年前に人間が達成している領域」
「さらに、精霊魔法側でも今の二つの現象を維持する。……正真正銘、前人未到の領域よ」
モルガナは再度、エレアノーリエの瞳を真っ直ぐ見つめると、確信を持った声で告げた。
「貴女なら、貴女とルクスたち三匹のちからを合わせれば、可能である。と、私は考えているわ」
「やる前から諦めるというのであれば、それでも構わないわ」という師匠からの言葉に、エレアノーリエの瞳に炎が宿った。
「やりますわ、モルガナ様!」
しかし、それはあまりにも過酷な試練だった。
「違う。 魔道陣の計算に意識を引っ張られて、祈りが途切れているわ」
「きゃあッ!?」
右手の魔道陣が崩壊し、爆風を受けてエレアノーリエは芝生の上を転がった。
今度は精霊の「癒し」に気を取られれば攻撃陣の構築が解け、「結界」を強めようとすれば頭が割れるような激痛に襲われて倒れ込む。
「うう……っ……」
毎日、毎日早朝から日が沈むまでの修行。ある日の夕方、エレアノーリエは完全に限界を迎え、王族の気品も忘れ、荒い息を吐きながら芝生の上に倒れていた。
そこへ、温かい湯気の立つハーブティーを持ったノランが歩み寄り、手ぬぐいで彼女の額の汗を優しく拭う。
「焦る必要はありませんよ、エレアノーリエ殿下。片手で大剣を振るいながら、もう片方の手で針の穴に糸を通すようなものです。僕なんて魔道魔法だけしか使えず、防御はブランの精霊魔法任せなんですから」
「でも……わたくし……」
「あなたは僕の誇り高い妹弟子です。自分の歩幅で進めばいい」
「キュ~ン……」「ワンッ!」
『エレア、大丈夫…?』『大丈夫だよ!王女さまならできるよ!』
ルクス、ノクス、ヴェント、そしてブランが寄ってきて、傷ついた彼女の手や頬を優しく舐め、暖かな精霊魔法のちからを分け与えてくれる。
「みんな……。ふふ、ありがとう。……わたくし、絶対に諦めませんわ!」
温かいお茶とノランの言葉、そして寄り添う仲間たちのぬくもりに包まれ、エレアノーリエの心に再び闘志が灯った。
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三年後――
光陰矢のごとし。モルガナの館の裏手に広がる石造りの広大な模擬闘技場には、張り詰めたような圧倒的な魔力の気が満ちていた。
そこに立っていたのは、背が大きく伸び、すっかり凛とした気品を纏うようになった十三歳のエレアノーリエだった。
膝下まで伸びた艶やかな赤髪は一つに束ねられ、風が吹くたびに美しくたなびいている。
「行くわよ、エレアノーリエ」
十歳の少女の姿をした大魔女モルガナが手のひらを上に掲げると、空を覆い尽くすほどの熾烈な火炎弾が嵐のように降り注いだ。
エレアノーリエは束ねた赤髪をたなびかせ、しなやかな動作で地を蹴る。
(『転移』――!)
一瞬で炎の死角へと跳躍。発動までの時間を完璧に克服した破綻のない空間飛躍だ。
「甘い」
モルガナの追撃の雷撃が、転移後のエレアノーリエの頭上から襲いかかる。
だが、エレアノーリエは焦らない。
「ルクス、ノクス、ヴェント――祈りに応えて!」
彼女の身体を包み込んだのは、三頭の魔犬たちと絆を深めた三色の光。
絶え間ない雷撃の衝撃を「結界」が受け止め、それを通過してしまった電撃による傷を、魔道魔法に費やされる魔力を「癒やしの光」が瞬時に相殺・回復していく。
防御と回復が完全に自動循環する精霊の衣。
そして――全く同時に。
「っ、―――――構築、完了!」
彼女の右手が描き出していたのは、精密極まる魔道魔法の極大攻撃陣だった。
「穿ちなさい――『紅花光矢』ッ!!」
論理の極致たる魔道攻撃と、祈りと絆の極致たる「結界」と「癒やし」の同時展開。
エレアノーリエの右手から解き放たれた、紅蓮に煌めく極太の光の柱が、空間を置き去りにしてモルガナへと肉薄する。
「――ッ!?」
モルガナは咄嗟に転移で回避したものの、一束の赤髪の残光とともに放たれた光矢は、モルガナの黒髪の一筋をかすめ、後ろに聳え立つ巨大な岩山を跡形もなく粉砕・穿ち抜いた。
ドォン……!! と轟音が響き渡り、煙が舞い散る。
「きゃう〜ん!」「魔女様にちょっとだけ当てれたよ!」「すごい、すごいよエレア!」
毛を逆立てて大興奮するルクスたち。
闘技場の壁際でそれを見ていたノランは、呆然とした後、苦笑しながら肩をすくめた。
「……あはは。自分を結界で守り、さらに癒し続けながら魔導を撃つなんて……。僕なんて、もうあっさり追い抜かれてしまいましたね」
煙の向こう側、着地したモルガナは、凛と立つ赤髪の少女を見つめ、静かに息を呑んでいた。
(ノランも間違いなく数十年、数百年レベルの天才だった。……けれど、あの子は段違いだわ)
かつて愛したアイゼンハルトの血統という枠組みすら跳び越し、伝説と呼ばれた500年前の自分自身の領域にまでをもたった三年で越えようとしている。
大魔女モルガナは、胸の奥から湧き上がる戦慄と、それを遥かに上回る深い歓喜に唇をほころばせた。
「見事です、エレアノーリエ。……本来、貴女に教えるのはここまでだったのですが、良いでしょう。私の本当の技を、すべて貴女に授けましょう」
たなびく赤髪を背に、エレアノーリエは誇らしげに、そして美しく微笑んだのだった。
三匹の子犬書くのが楽しかったです!これから沢山出していきたいです!
ブックマーク、評価ありがとうございます!
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