閑話 王女様の縁結びと、朴念仁
連投一話目です!
大魔女の館での厳しい修業の合間、久しぶりに王宮へと帰省したエレアノーリエ。
長兄リアリシウスの執務室を訪れ、格式張った挨拶と、定期報告を行う。
一通り済むと、リアリシウスは部下を全員下がらせ、妹に椅子を用意し、労いの言葉をかけた。
「よく帰ってきたね、エレア。報告の限りでは修行は順調そうだけど、身体は大事ないかい?」
「ええ、リアリシウス兄様! 毎日本当に充実していますわ。……ところで兄様、例の集めていただいていた『お見合い資料』の整理、手伝っていただけますか?」
「ふむ……良いだろう。モルガナ様がお前を弟子として引き取る際、提示された『等価交換』の条件――【ノランの良縁を探し、彼を幸せにすること】だったね。突然お前自身が主導してノランの縁談を進めたいと言い出した時は驚いたけれど……本当に健気なことだ」
「当然ですわ! わたくしを弟子にしていただくための大事なことですもの。ノラン先生には絶対に素敵な方と結ばれて、幸せになっていただかなければ困ります!」
エレアノーリエは気合十分といった様子で胸を張り、机の上に山のように積み上げられた貴族令嬢たちの釣書(縁談書)の束に取りかかった。
魔女からこの条件を持ちかけられたとき、相手探しは絶望的かと思われたが、以外と探せばいるもので、市政まで手を広げた結果、家や本人の希望で未婚の令嬢から、大商家の次女、三女など文字通り、山のような候補が見つかったのだった。
ノランは王宮での家庭教師の任期を無事に終え、現在はモルガナの館やベイスの町を拠点に研究と冒険に勤しんでいる。王宮に縛られない自由な彼にふさわしい、最高のお嫁さんを見つけること。それがエレアノーリエに課せられた大仕事だった。
「この商会のご令嬢は教養も高く、お淑やかで素敵ですわ。……ですが、ノラン先生は研究に没頭すると何日も寝食を忘れますから、一緒になって戸惑ってしまわれるかも……」
「こちらの伯爵令嬢は魔導への理解も深いようですが……少々高圧的な性格とお聞きしますわね。ノラン先生は優しい方ですから、振り回されて疲れ果ててしまうかも……」
一冊一冊、真剣な眼差しで吟味していくエレアノーリエ。
しかし、どの令嬢の釣書を見ても、どうしても「ノラン先生のお嫁さんとしては何かが足りない」「先生には合わないのではないか」と難癖をつけては弾いてしまう。
リアリシウスは、眉をひそめて真剣に釣書とにらめっこをする妹の姿を、どこか微笑ましそうに見守っていた。
(ノランのために必死になっているようだが……当の本人は自分の胸の奥にある感情にすら気づいていないな)
「エレアノーリエ。そうやって釣書を眺めているばかりでは埒が明くまい。ノラン本人に『どんな女性が好きなのか』聞き出してみたらどうだ?」
「…! そうですわね! 先生のご希望を直接伺うのが一番確かですわ!」
そう言うが早いか、エレアノーリエは覚えたての転移魔法で、ノランのいる館へと文字通り飛んでいってしまった。
「ーーーっ?!…また、とんでもないことをこともなげに」
お転婆な妹に心臓の強さを試される、第一王子リアリシウスであった。
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数分後、当のノランが、相棒である金の魔犬ブランを伴ってまた転移魔法にてやってきた。ついで、エレアノーリエも転移魔法で戻ってきた。
「お、お呼びでしょうか、リアリシウス殿下」
「ノラン先生、お呼び立てして申し訳ありませんわ!」
第一王子からの突然の呼び出しと聞き動揺しているノランと対照的に、ブランが嬉しそうに「ワン!」と鳴き、王女の足元に駆け寄って頭をすり寄せてきた。
「先生、単刀直入にお聞きしますわ!」
エレアノーリエは机の上にずらりと並べた釣書を指差し、自信満々に胸を張った。
「モルガナ様とのお約束を果たすため、わたくしが主導して先生のお嫁さん探しを進めております! ですが、先生のご好みを把握しておかなければ選定が難航してしまいますの。……ズバリ、先生の『理想の女性像』をお教えくださいな!」
「えっ……お、お嫁さん……!?」
呼び出しの思いがけない要件に、ノランは困惑したように目を丸くし、弱り果てて頭をかいた。
「いえ、エレアノーリエ殿下……お気持ちは大変ありがたいのですが、やはり私はしがない冒険者上がりの魔導士ですし、身分違いのご令嬢をお迎えする気もありませんので……モルガナ様もご冗談のつもりでしょうし」
「ダメですわ! これはわたくしの修業がかかった重大な仕事なのですから、妥協は許されません! さあ、教えてください!」
「うーむ……そこまで言われてしまっては……」
ノランは腕を組み、天井を見上げて真剣に思案し始めた。
「そうですねぇ……まず第一に、意志が強く、自分の足でしっかり立とうとする人でしょうか」
「意志が強く、自分の足で立つ人……」
エレアノーリエは手元のメモ帳に素早く書き留める。
「はい。誰かに庇護されるのを待つだけでなく、自分自身の信念を持ち、どんな困難があっても前を向ける……そんな凛とした気高さを持った女性は、とても美しいと思います」
(意志が強く、凛とした気高さ……昔のわたくしは泣いてばかりだったけれど、ノラン先生に弟子入りしてからは自分の足で立つと決めたわ。……少しは当てはまっているかしら?)
メモを取る手が、ふと止まる。
「それから?」と、リアリシウスが静かに先を促した。
「あとは……魔道の理を理解し、魔法の美しさを共に分かち合える人、ですね」
「魔道の理を理解し、分かち合える人……」
「ええ。飾られた無駄な詠唱や魔法陣ではなく、魔法の本質を真摯に学ぼうとする人です。一緒に術式の構築について夜通し議論したり、新しい魔法が成功した時に子供のように目を輝かせて喜んでくれるような……そんな人となら、生涯を共にできたらとても楽しいでしょうね」
(っ……!?)
エレアノーリエの胸が、ドクンと大きく鳴った。
(そ、それって……いつも館やベイスの町で、わたくしとノラン先生がやっていることそのものではありませんか……!?)
魔法の理を学び、効率的な構築を好み、成功すれば手を取り合って喜び合う。
頭の中でノランの語る言葉と、自分自身の姿が完璧に重なっていく。
「さらに言えば――」
ノランは柔らかく目を細め、どこか愛おしむような眼差しになった。
「美しい赤髪を持っていて、少しおてんばですが、誰よりも心優しく、人々を守ろうとする強い気品に満ちた人……なんていうのは、さすがに高望みが過ぎますかね」
「………………」
執務室の中に、しんと静まり返った時間が流れた。
リアリシウスの視線が、ゆっくりとノランから、顔を真っ赤にしてフリーズしている妹へと移動する。
ブランだけが「フンフン」と嬉しそうに尾を振り、エレアノーリエの膝に鼻先を押し当てていた。
(あ、赤髪……!? おてんば……!? それって……それって絶対に、わたくしのことですわよね……!?)
あまりの事態にパニックになりかけるエレアノーリエ。
だが、当のノランは「ははは」と爽やかに笑い、平然と追撃の言葉を口にした。
「……失礼いたしました。今のはただの例えです。エレアノーリエ殿下のように気高く、美しく成長された方を見ていると、どうしても目が肥えてしまいまして。このような素晴らしい女性は、世界に二人とおりませんからね」
――どこまでも真っ直ぐで、どこまでも無自覚。
ノランの言葉には、一筋の邪心も打算もなく、ただ純粋な「愛弟子への惜しみない誇りと賛辞」しか込められていなかったのだ。
(〜〜〜〜っ!! 先生のバカ! 無自覚すぎますわ!!)
エレアノーリエの顔は、彼女の髪と同じくらい真っ赤に染まり、湯気が立ちそうなほど熱くなった。
「〜〜〜っ! の、ノラン先生のバカ!! わたくし、もう知りませんわ!!」
「えっ!? エ、エレアノーリエ殿下……!? 私、また何かお気に召さないことを言ってしまいましたでしょうか!?」
持っていたメモ帳と釣書を抱え込み、バタバタと執務室を飛び出していくエレアノーリエ。
取り残されたノランは、ポカンと口を開けて首を傾げるばかりだった。
そんな「天然の罪作り」なノランを、リアリシウスは哀れみと呆れが混ざった目で見つめ、深く、深く溜め息をついた。
「……ノラン」
「は、はい、リアリシウス殿下?」
「お前は魔導士としては紛れもない天才だが……女心に関しては救いようのない大バカ者だな」
「は……? 一体どういうことで……?」
「いいから聞け。エレアノーリエが主導しているこの『縁談探し』だが……当分、決着がつくことはなさそうだな」
「え? はぁ……?」
最後まで何が起きたのか理解できずに首を傾げるノランの足元で、金の魔犬ブランだけが「折角王宮に来たんだから、食堂でごはんたべようよ!」などと尻尾を振って呑気にはしゃいでいた。
やはり書いてて楽しい王女さま




