第二十二話 商犬ギルドの設立と「魔犬喫茶」
霊峰ヴァルグヴェルドの深い山に佇む、大魔女モルガナの館。そこには人の言葉を解し、魔法を操る誇り高き『魔犬』たちが数百年の年月を共に暮らしていた。
ある日、麓のベイスの町に住む、少年ノランと金の魔犬ブランが出会い、やがて故郷の町を守るため大魔女と契約を交わした少年レオンは、白銀の魔犬クゥとともに「町へ降りる魔犬たちの世話役」としての歩みを始める。
宮廷で孤独を抱えていた第三王女エレアノーリエは、ノランやモルガナとの出会いを経て成長し、やがてノランと絆を結んでベイスの町の領主となり、人と魔犬が共に笑い合う「魔法都市」の礎を築いていく――。
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ベイスの町外れにある小売り商店『ハルコ屋』のカウンターの下には、いつも異様な光景が広がっていた。
「おい、今日の日銭、さっきのおばちゃんのオマケ分を計算に入れると、粗利が二銅貨減ってるぞ」
「仕方ないよ一番兄ちゃん。あのおばちゃん、明日は干し肉をまとめて買ってくれるって約束してくれたんだから。将来顧客の獲得だよ」
「むぅ……先行投資ってやつだな。ならしょうがない」
話し合っているのは、人間ではなく、手のひらに乗るほど小さな四匹の町魔犬の子犬たちだった。
この商店に住み着いた母犬から生まれた彼らは、普通の魔犬なら血沸き踊る狩りには目もくれない。幼い頃からカウンターの端っこにちょこんと顎を乗せ、店主の手元を食い入るように見つめて育ったのだ。
帳簿にサラサラと書き込まれる数字の並び、行商人が持ち込む商品の仕入れ値と売値の差額、客との軽妙な駆け引き――。
彼らは驚異的な聡明さと持ち前の「がめつさ」で、需要と供給、そして利益という概念を完璧に理解していった。
彼らの「がめつさ」、それは、彼らが生まれたての時期に、この商店の店主が大商いを成功させ、煌めく金貨を机に積んでみせたのが原因だった。
この煌めきを得るまでにいかなる苦労と興奮があり、これだけあればどんなに豪華な食事ができるかーーそれらを聞かされた子犬たちは、すっかり「カネ」に魅せられてしまったのである。
当時のベイスでは、鍛冶場や工房で働く「職犬ギルド」や、町から町へ手紙や荷物を届ける「魔犬郵便」など、魔犬たちの活躍の場が急速に広がっていた。だが、四兄弟は小さな前脚を組み、フンスと鼻息を荒くする。
「職犬の兄ちゃんたちも、郵便屋の兄ちゃんたちもすごいけどさ……あれは結局『雇われ』か、行政の仕組みだろ?」
「そうそう! 俺たちが目指すのはそれじゃない!」
「俺たち自身がおじさんみたいな店主になって起業し、ガッポリ一財産を築く商いを起こすんだ!」
彼らは自らが主体となる新たなビジネスの立ち上げを固く決意したのだった。
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決意したものの、どんな商売を始めるべきか。
四兄弟は町へ繰り出し、四頭でおでこを寄せて「う~ん」と唸りながら「市場の隙間」を探し回った。
小さな体が四つ丸まって路地裏で唸っている姿は、通りかかる人間たちから見れば悶絶するほど可愛らしかったが、当人たちは至って真剣である。
そんな折、日当たりの良いベンチの近くで、買い出し途中と思われる若い町娘ふたりの会話が、四兄弟の鋭い耳に飛び込んできた。
「ねえねえ、さっき広場にいた魔犬ちゃん見た? すごく可愛かった~! 何かおいしい食べものをあげたいし、お腹とか撫で回したいよね!」
「わかる~! でもダメだよ。あの子たちって大魔女様の魔犬でしょ? しつこくして、嫌われたりお叱りを受けたら……ぞっとするじゃない」
「あ~、確かに……。遠くから指を咥えて見てるしかないのかなぁ」
「友人になれた人たちが羨ましいよねぇ~」
ため息をつく町娘たちを見送り、四兄弟は顔を見合わせた。
ピキーン! と、彼らの頭上で目に見えない電球が同時に点灯する。
「「「「これだーーーーっ!!」」」」
思わず声を揃えて叫び、四兄弟はバッと立ち上がった。
「聞いたか!? ニンゲンは俺たちを可愛がりたくてたまらないのに、遠慮して触れずにいるんだ!」
「俺たち町魔犬は小さくて最高に愛くるしい! それに大きな魔犬の兄ちゃんたちだって、人間から見たらメロメロの対象だ!」
「つまり『需要』は山ほどあるのに『触れ合う場』という供給が圧倒的に足りてない! これぞ市場の歪み、完璧な市場の隙間だぞ!」
思い立ったら即行動。四兄弟はすぐさま実家の『ハルコ屋』の店先へ駆け戻ると、小さな木箱を一つ置いた。
『銅貨1枚で3分間、撫で放題! (※おやつ体験は+銅貨1枚)』
手書きの拙い看板を掲げ、試験的な「自分たちを撫でられる屋さん」を開始したのだ。
効果は劇的だった。通りかかった町娘や子どもたちが「なにこれ可愛い!」「撫でていいの!?」と悲鳴を上げて押し寄せたのである。
四兄弟は手際よく役割を分担した。
一番上がストップウォッチ代わりの砂時計を見つめてタイムキーパーをし、二番目が愛嬌を振りまいてお腹を見せ、三番目がおやつをおねだりし、四番目がしっかりと小銭を箱へ回収していく。
ジャリ……ジャリ……と、木箱の中に銅貨が貯まっていく心地よい音に、四兄弟は心の中でニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
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数週間後。ズッシリと重くなった木箱を四頭で力と魔法を合わせて抱え、四兄弟は実家の商店主の前に整列した。
「おじさん! お話があります!」
ドン、と差し出された小銭の山と、紙一枚。
商店主が目を丸くして紙を開くと、そこには足形と拙い文字、そして緻密な数字で描かれた『魔犬喫茶 開業・収益予測計画書』が記されていた。
「……一軒分の喫茶店舗を借りるための頭金と、改装費の融資をお願いします!」
「な、なんだぁこれは……!? お前たち、自分たちでこれだけの準備金を貯めたのか!? それにこの計算……半年で投資回収して利益が出る計算になってるじゃないか!」
「当たり前だよ! 俺たちの可愛さと、人間の欲求を掛け合わせれば勝算は百パーセント! 一発当てればデカイよ、おじさん!」
熱意に満ちた小さな瞳と、あまりにも隙のない計画書に押され、商店主は頭を掻きながら笑い出した。
「参ったな……よし分かった! 俺が店舗の契約と融資の保証人になってやる! その代わり、儲かったらしっかり利息をつけて返せよ!」
資金の目処が立つと、四兄弟はすぐさまスカウト活動を開始した。
ふわふわの毛並みが自慢の町魔犬、おっとりとして膝枕が得意な大型の魔犬、そして日陰で暇そうにゴロゴロしていた仲間たちに声をかけていく。
「いいか、お前たちの仕事は簡単だ! 美味しいご飯を食べながら、人間に撫でられて気持ちよさそうにしていればいい! 会計や運営は全部俺たちがやる!」
こうして、ベイスの町の一角に革新的な店舗「魔犬喫茶」がオープンした。
店内は、『職犬ギルド』の魔犬たちの協力も得て、魔犬も人間も快適に過ごせる工夫が凝らされていた。人間用のテーブルの隣には、魔犬たちがゆったりと横たわれる柔らかいクッション席やローカウンターが配置され、毛の混入を防ぐための可愛い魔犬用エプロンも用意された。
客は自分用の飲み物を楽しむだけでなく、店内で販売されている「魔犬専用おやつ」を購入し、手のひらから直接あげることができる。
「きゃーっ! 美味しそうに食べてくれたわ!」
「見て、僕の膝の上で大きな魔犬ちゃんが寝ちゃった……! 夢みたいだ……!」
開店初日から店舗は大爆発的な大繁盛となった。
町の住民はもちろんのこと、「ベイスには話せる犬たちと心ゆくまでお茶が飲める天国のような場所がある」と噂を聞きつけた外からの商人や観光客が押し寄せ、店の前には連日長蛇の列が形成されたのである。
この空前の大ヒットは、ベイスの領主エレアノーリエの耳にも届いた。
ある日、視察としてお忍びで店舗を訪れたエレアノーリエは、人間と魔犬が笑顔で触れ合う光景を目にして、深く感銘を受けた。
「素晴らしいですわ……!」
エレアノーリエは胸の前で手を組み、感極まった様子で四兄弟を見つめた。
「ただ可愛いだけでなく、粗相や怪我がないようマナー教育が徹底されており、人々が魔犬の生態を安全に知る最高の場になっています。これは人と魔犬の親愛を深める、極めて重要な事業ですわ!」
「きっと、ベイスの町以外のコードリア領へ魔犬たちを浸透させる素晴らしい取り組みになります!」
エレアノーリエはその場で「魔犬喫茶」に領主公認のお墨付きを与え、さらには領内の他町への支店展開における許可と、行政からのバックアップまで約束したのだった。
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領主公認という強力な後ろ盾を得て、「魔犬喫茶」の勢いはとどまることを知らなかった。
そして、この四兄弟の華々しい成功は、町に暮らす他の町魔犬たちの起業家精神にも火をつけることとなった。
「四兄弟のやつらだけずるいぞ! 俺たちだって自分の得意なことでお店を開きたい!」
「僕の鼻の良さを活かした『お買い物代行屋さん』をやりたい!」
「私は魔犬向けに、魔法で毛並みを整える『ブラッシング専門店』を開きたいわ!」
ビジネスに目覚めた魔犬たちが続々と立ち上がったのを見た四兄弟は、不敵にニヤリと笑った。
「ふふふ……いいぞ、みんな! だが、ただ店を開くだけじゃ失敗する! 店舗選び、契約調整、衛生管理、そして資金調達……ノウハウを持つ俺たちが全部まとめて面倒を見てやろう!」
四兄弟は、町魔犬たちの店舗立ち上げや経営を一括して支援する組織「商犬ギルド」を設立し、四頭による共同代表として就任した。
「魔犬喫茶」の支店拡大にとどまらず、魔犬目線の独創的な商業ビジネスを次々とプロデュースし、商犬ギルドは瞬く間に歴とした経済組織へと成長していったのである。
――そして、その皺寄せが最も色濃く押し寄せたのが、魔犬たちの総合世話役を務める少年、レオンであった。
レオンの自室。
机の上には、尋常ではない高さの書類の山が築かれていた。
「れ、レオン……また商犬ギルドから大量の申請書が届きましたよ」
相棒の白銀魔犬クゥが、呆れ顔で新たな書類の束を咥えて部屋に入ってくる。
「『第5号支店の安全基準チェック依頼』に、『新事業の営業許可申請』……それから『ギルド主催・秋の商戦バザール開催届』です」
「うわああああっ! 職犬ギルドの点検が終わったばっかりなのに、今度は商犬ギルドかよ!? みんな、たくましすぎるよ~~~っ!」
頭を抱えて悲鳴を上げるレオン。
しかし、提出された書類を一枚一枚確認していくレオンの口元は、困り果てつつもどこか誇らしげに緩んでいた。
「でも……すごいなぁ。昔は人間に怯えられてた犬たちが、今じゃ人間と一緒に商売をして、町をこんなに賑やかにしてるんだもんな」
「ええ。我が後輩たちの逞しさには頭が下がります。……まあ、レオンの書類仕事は当分終わりそうにありませんが」
「クゥ、そこは笑うところじゃねぇよ! 一緒にチェック手伝えってー!」
夕暮れ時のベイスの町に、レオンの賑やかな悲鳴と、新店舗のオープンを祝う魔犬たちの歓声が、心地よく響き渡っていたのだった。
私も生きたいです。魔犬喫茶
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