第十五話 巡る便りと、愛される足跡
霊峰ヴァルグヴェルドの深い山に佇む、大魔女モルガナの館。そこには人の言葉を解し、魔法を操る誇り高き『魔犬』たちが数百年の年月を共に暮らしていた。
ある日、麓のベイスの町に住む、少年ノランと金の魔犬ブランが出会い、やがて故郷の町を守るため大魔女と契約を交わした少年レオンは、白銀の魔犬クゥとともに「町へ降りる魔犬たちの世話役」としての歩みを始める。
宮廷で孤独を抱えていた第三王女エレアノーリエは、ノランやモルガナとの出会いを経て成長し、やがてノランと絆を結んでベイスの町の領主となり、人と魔犬が共に笑い合う「魔法都市」の礎を築いていく――。
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南方辺境伯地レムリアスの港町から、北方辺境伯地コードリアの町、ベイス=アルカへと国を縦断して届く定期便の便りは、大魔女モルガナの館にいつにも増して華やかな賑わいをもたらしていた。
「今月も来た! 南に行ったあいつ、シアラグナからのお手紙だよ!」
「海って青いんだぁ~! お魚も川のとは違った味で、とびきり美味しいらしいよ!」
館の広場に集まった魔犬たちは、南へ旅立った仲間の便りに尻尾をちぎれんばかりに振り、目を輝かせてははしゃいでいた。遠く離れた場所から届く「言葉」は、山の中で暮らしてきた彼らにとって、まるで魔法以上に心を躍らせる宝物だったのだ。
「でも、なんで書いた日の日付が何ヵ月も前なんだろうね?」
「えー?なんでだろう?」
数ヵ月前の出来事が書かれた手紙が毎月届くことに、少し疑問を持った魔犬たちだったが、すぐさま、手紙に同封されていた魚の干物の争奪戦になり、そんな些細なことは忘れてしまったのであった。
――だが、その一方で。
コードリア領主執務室では、魔犬の明るさとは真逆の、なんとも重苦しい溜息が響いていた。
「……またですの? 隣町の代官からの確認文書の返答に、丸二週間もかかるとは……!」
羊皮紙の山を前にして、美麗な赤髪をゆらす領主エレアノーリエは、額に青筋を浮かべておでこを押さえていた。
ベイスの町が「魔法都市」として急速に発展するにつれ、領地内の周辺町や関所との書類のやり取りは膨れ上がる一方だった。
しかし、従来の騎士の伝令や馬車による飛脚では、魔獣対策の重装備も相まって、たった一通の書類を行き来させるだけで数週間から一ヶ月の時を費やしてしまう。
「ああもう! この確認が取れなければ、新区画の開拓も資材流通もストップしてしまいますわ!……こうなったら!」
エレアノーリエはガバッと立ち上がり、気迫満点に指先を掲げた。
「わたくしが直接『転移』で書類を持って彼の執務室まで跳んでまいりますわ!!」
「エレアノーリエ様、落ち着いてくださいっ!!」
傍らで控えていた夫であり、執務補佐筆頭のノランが、青ざめた顔で彼女の肩を抱き留めた。
「領主様が書類一通届けるために毎回空間飛躍をするなんて前代未聞です! それに、以前いきなり執務室に転移で出向かれた際には、相手の代官が気絶してしまったではないですか!今度こそ心臓を痛めて儚くなってしまわれます!」
「そうだよ、王女さま…じゃなかった領主さま!あの時、追いかけた僕たちがどれだけ怒られたか…」
足元にいた金毛皮の魔犬ブランも大慌てで前足をエレアノーリエの膝にかけ、懇願する。
「ですが、もどかしいのですもの……!」
「ワフッゥーワッ!」「ワンっ!」
『エレアがしたいなら自分でいけばいいじゃない!』『そうだそうだ!』
「君たち!なんでエレアノーリエ様を唆すのですか!」
膨れるエレアノーリエ、友を止められて不服なノクス、ルクス、ヴェントの子魔犬三匹、それをさらに制止するノラン
その姿を、執務室の窓枠からひょっこりと覗き込んでいた者たちがいた。手紙に集まっていた、若手の魔犬たちである。
シアラグナからの手紙で「離れた場所に言葉が届く喜び」を知ったばかりの彼らは、顔を見合わせると、窓からしなやかに室内へと飛び込んできた。
「ねえねえ領主さま! 人間の『お手紙』って、届くのにそんなに時間がかかるの?」
「僕たちなら、魔法を使って走れば隣の町なんてあっという間だよ!」
「大事なお手紙なら、おれらが速攻で届けてみせるよ!」
無邪気な瞳で胸を張る魔犬たちの言葉に、エレアノーリエとノランは顔を見合わせた。
「……確かに、魔犬たちの脚力と魔法を合わせれば、どんな快速馬よりも遥かに早く書状を運べますわね」
エレアノーリエは顎に手を当てて思案した。だが、すぐに困り顔で首を振る。
「ですが……ベイスの町の外では、まだ魔犬の存在が広く知られていませんわ。手紙を持った大きな犬が突然現れたら、現地の人々に『魔物が出た!』と誤解されて攻撃されたり、怖がられたりしてしまう危険があります」
「だったら、一目で『領主の正式な使者』だとわかる印を持たせればいいんじゃないですか?」
ノランの提案に、エレアノーリエの瞳がキラリと輝いた。
「それですわ!! コードリア家の紋章を背負わせ、『コードリア魔犬郵便』として正式な領主事業にしてしまえばよろしいのですわ!」
「えっ?!そこまでは私言っていませんが…」
「いいえ!これは行政の重大案件です!領主の私が決めたのですからそうなのですわ!早速職人通りで魔犬たちに持って貰う鞄を誂えなければ…!さぞ可愛い…いえ、立派な姿になることでしょう」
「いやいや待ってください!せめて一筆各領主へその事業開始の告知文をしたためて下さい!…普通の郵便で、ですよ」
「またですの?!もどかしいですわぁ~」
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「魔犬郵便」事業の決定が下りてすぐに、大張り切りで立ち上がったのはベイスの職人街だった。
「オヤカタ」と呼ばれる灰銀色の大型魔犬ーー鍛冶屋に弟子入り、魔犬と職人をつなぐ「職犬ギルド」を設立した奇特な魔犬を中心とし、鍛冶屋や皮鞣し職人、細工師たちが工房に集結した。
「領主様の大事な書類を運ぶんだ、雨でも絶対に濡れねぇ頑丈な革じゃなきゃな!」
「ガッハハハ!犬の鞄作るなんてはじめてだぜっ!」
職人たちの熱気のもと開発されたのは、領地の紋章である【山と狼と騎士帽】と、魔犬郵便のシンボルマーク【手紙をくわえて走る羽の生えた犬】が金色で鮮やかに刻印された、特製のレザーケースだった。
魔犬の体に負担をかけず、激しく疾走してもズレない特注ハーネス仕様である。
一方、モルガナの館、庭園ではレオンが手元の『魔犬観察ノート』を開き、適性審査を行っていた。
「よし、体力のスタミナ自慢、気配を消す隠遁魔法が得意な奴……うん、お前たちなら完璧だな!」
そして、選ばれた若手魔犬たちの前に、白銀の毛並みを誇る指導役・クゥが厳格な面持ちで立ちはだかった。
「いいですか、皆さん!」
クゥはビシッと前脚を上げて一閃した。
「道中は、魔犬の誇りにかけて魔獣に遅れをとってはいけません。しかし!人間たちの領地へ降りたら、我らはただの足の速い獣ではなく、領主様の使者なのです。関所や役所に到着したら、まずはピシッとした姿勢を見せて、前脚を揃えて丁寧に一礼! 鞄に記されたマークを提示するのです! 決して飛びかかったり、威嚇の声をあげてはなりませんよ!」
「「ワンっ!」」
『『はいっ!』』
クゥの熱血マナー講座を完璧に叩き込まれた魔犬たちは、胸に燦然と輝くレザーケースを装着し、いざ試運転の初陣へと飛び出していった!
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――その日、ベイスと隣町を結ぶ街道を進んでいた商会の護衛部隊は、凄まじい衝撃を目撃することとなった。
魔獣警戒のために重装甲を固め、慎重に馬を進めていた伝令騎士たちの横を――。
「行ってきまーす!!」
シュバッ……!! と、一陣の輝く風が吹き抜けた。
「なっ……なにごとだ!? 影しか見えなかったぞ!?」
「馬より遥かに速い……! 魔獣か!?」
呆然と立ち尽くす騎士たちを後目に、風魔法や身体強化など、思い思いの魔法を纏った魔犬たちは街道を弾丸のごとく駆け抜け、わずか数時間で隣町の関所へと到達してしまった。通常なら馬車で四日はかかる道のりである。
「ヒッ……!? ま、魔物――!?」
突如現れた大きな魔犬に、関所の兵士たちは青ざめて槍を構えた。
だが、魔犬はクゥの教え通り、ピシッとその場でお座りをした。
そして、ちょこんと前脚を揃えて深々とお辞儀をすると、背中の特製レザーケースを兵士に見せるようにくるりと背中を向け、「ワンッ」と柔らかく尾を振ったのだ。
「あ……あれ? 攻撃してこない……?」
「おい見ろ、あの鞄! 領主様……コードリア女伯の紋章だ!」
「このマーク……『魔犬郵便』……?」
おっかなびっくり鞄の金具を開けた兵士は、息をのんだ。
中から出てきたのは、一切の濡れもシワもない完璧な状態の「至急行政書状」と差し出し日の書かれた「受領確認書」だった。
「う、嘘だろ……今朝出されたはずの手紙が、もう届いたのか!?」
驚愕が感動へと変わるのに時間はかからなかった。何より、大仕事をやってのけた魔犬が、兵士の足元で「上手にお仕事できたよ!」と言わんばかりに鼻をフンフン鳴らし、くりくりの瞳で見上げてくるのだ。
「お、お利巧だ…。よしよし……凄いモフモフだな…」
「お前…いや、分かるがな、その魔犬?たちは領主様の使者殿という扱いに…え?撫でていいのか?」
兵士たちはひとしきり柔らかな毛並みを撫でまわした後、代官の元へと魔犬を案内した。そこでも怯えと驚愕の視線を受けたが、魔犬たちの素晴らしい姿勢によって親しみと感動へと変わっていき、代官の家でも歓待を受けたのだった。
そして、帰路につく頃には、出迎えた兵士たちによって魔犬の詳細が周知され、偉業を達成した可愛い英雄として、子供から大人まで、一目魔犬を見ようと人だかりができるほどの人気を博していた。
「これ、うち町の特製のスパイスを使った干し肉だ! 食べてくれ!」
「遠くからありがとうねぇ、この焼き菓子もお土産に持っていきなさい!」
「ワォーーーンッ!」
『ありがとう!また来るね!』
魔犬は道端で美味しい特産品を山ほど振る舞われ、頭や背中を撫で回され、誇らしい気持ちで帰りの街道を駆け抜けるのだった。
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最初の試運転は大成功に終わり、ベイスへ帰還した魔犬たちは大絶賛で迎えられた。
その圧倒的な速度と確実性を目の当たりにした騎士団長からは、すぐさま「緊急連絡や急ぎの小荷物はぜひ彼らに任せたい!」と正式な連携協定の申し出が入った。
大型物資の運搬や、要人警護といった騎士団の役割を奪うことなく、急を要する書状や軽度の郵送を魔犬が担うという、見事な業務分担が成立したのである。
帰還した魔犬たちのレザーケースを開けると、相手方からの迅速な返信文書と共に、出先でもらった旨味たっぷりの干し肉、現地の子供が「郵便屋さんありがとう」と添えた可愛らしい小花、日持ちする特製のお菓子などがぎっちりと詰まっていた。
「ふふ、大人気ですわね」
エレアノーリエが嬉しそうに目を細める。
なお、その後正式稼働した魔犬郵便として各地の関所や町を訪ねた犬たちの中には、訪れた先の風土や現地の人々をすっかり気に入り、モルガナに「私、あの町が好きになりました!」と挨拶をしてから、連絡役の「駐在犬」として現地に居着いてしまう賑やかな猛者もあらわれた。
こうして発足した『コードリア魔犬郵便』は、領主と各地の代官を結ぶ不可欠な行政機能として、魔法都市ベイス=アルカの発展を力強く支えていくことになる。
走る魔犬はその時々の彼らの気分や当番で変わるが、何度も郵便を務めた優秀な魔犬には、特製の「真鍮製記念バッジ」を鞄に装着することが許された。魔犬たちはその輝くバッジと、訪問先でもらえる美味しいおやつを励みに、誇らしく街道を駆け抜けたのだった。
――そして、その波及効果は思わぬところにも広がっていた。
「ぼくたちも! おっきい兄ちゃんたちみたいに郵便屋さんやるー!」
「まちのなかなら、私たちのほうが詳しいもんね!」
ベイスの町の中では、母犬が町で過ごしたため、小さな身体に生まれた「町魔犬」たちが、大きな体を疾風のようしてに走る魔犬郵便の姿に憧れを抱いていた。
彼らはオヤカタに作ってもらった小さなポーチを身につけ、おやつを代金に、簡単な連絡が書かれた木札や軽い荷物を町中で運ぶ『町魔犬郵便』を勝手に発足させてしまったのだ。
「はい、時計屋さんへの伝言木札ね! おねがいね!」
「わんっ!」
『まかせてよっ!』
小さな鞄を揺らし、ベイスの石畳を元気いっぱいに走っていく小さな魔犬たち。
その愛らしく誇らしい足音は、人と魔犬が共に歩むこの街に、今日も温かな笑顔と絆を運んでいくのだった。
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