第十二話 巡る年月と、庭園に咲く感謝の灯
霊峰ヴァルグヴェルドの深い山に佇む、大魔女モルガナの館。そこには人の言葉を解し、魔法を操る誇り高き『魔犬』たちが数百年の年月を共に暮らしていた。
ある日、麓のベイスの町に住む、少年ノランと金の魔犬ブランが出会い、やがて故郷の町を守るため大魔女と契約を交わした少年レオンは、白銀の魔犬クゥとともに「町へ降りる魔犬たちの世話役」としての歩みを始める。
宮廷で孤独を抱えていた第三王女エレアノーリエは、ノランやモルガナとの出会いを経て成長し、やがてノランと絆を結んでベイスの町の領主となり、人と魔犬が共に笑い合う「魔法都市」の礎を築いていく――。
――そして、これは第三王女エレアノーリエが大魔女の弟子として修行に励んでいた頃のお話――。
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山々に抱かれた大魔女モルガナの館。そのやわらかな木漏れ日が差し込む庭園で、11歳を迎えた王女エレアノーリエは、修業の合間に晴れやかな表情で口を開いた。
「ノラン先生、モルガナ様。わたくし、もうすぐ11歳の誕生日を迎えますので、王宮で開かれる催しに顔を出すために一度帰省させていただきますわ」
凛とした声でそう告げたエレアノーリエの足元で、彼女から名前を与えられた三匹の子魔犬たちが、ぴんと耳を立てて首をかしげた。
「たんじょうび……? たんびょうびって、なぁに?」
無邪気な瞳で尋ねる子魔犬たちに、エレアノーリエはしゃがみ込み、優しく微笑みかけた。
「誕生日はね、人間が生まれた日を年に一度、みんなでお祝いする特別な日なのよ。『生まれてきてくれてありがとう』って感謝を伝えて、美味しいケーキを食べたり、プレゼントを贈ったりするの」
兄弟子であり、家庭教師でもあるノランも温かく頷き、「そうだよ。大切な人の生まれた日を、みんなで温かく祝福する最高の日なんだ」と付け加えた。
それを聞いた子魔犬たちは、互いに顔を見合わせると、目を見開いて飛び上がった。
そのまま無言で固まる子犬たちを不思議に思いながら、エレアノーリエは三匹を腕のなかに回収し、自室へと戻った。
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『大変だーーっ! 人間には「たんじょうび」っていう素晴らしい日があるのに、僕らは育て親のモルガナ様をずぅっと放っておいたんだ!』
エレアノーリエと共に王宮の誕生パーティに参加し、その様子を克明に焼き付けてきた子魔犬たちは、館に帰るやいなや、魔犬全体に行き渡るように大音量の精神感応を飛ばした。
その悲鳴のような大騒ぎに、館の魔犬たちがぞろぞろと集まってきた。
「静かにしなさい。一体どうしたのだ」
一際大きな体躯をした、群れ長が呆れ顔で宥めようとしたが、三匹の子魔犬たちは、長の迫力をものともせず、「たんじょうび」の素晴らしさを語って聞かせた。
「生まれてきたことをお祝いするんだ!!」
「おっきなけぇき、おっきなお肉、沢山の贈り物をして!」
「エレアも『たんじょうび』をお祝いされて凄く喜んでた!そして、人間はふつう、毎年そのお祝いをするらしいんだ!」
それを聞いた魔犬の群れは、愕然とした。数百年を生きる大魔女モルガナ。彼女とその永い年月を共に歩んできた、魔犬たちは一度たりとも「たんじょうび」とやらを祝ったことがないのだ。
「な、なんと……! 我らを慈しみ育ててくださった大魔女様に、感謝を伝える日を設けていなかったとは……恐れ多いことだ!」
誰かがそう叫んだのを皮切りに、館中の魔犬たちが大騒ぎとなり、すぐさま緊急大会議が開催された。
ーー結局、魔犬達だけでは混乱するばかりで、町に降りる魔犬の世話役、いわば魔犬と人間の橋渡し役を担うレオンを呼びつけ、会議に参加させた。
レオンが腕を組み、真剣な表情で犬たちをまとめる。
「よし、みんな! モルガナ様の誕生日を祝いたいんだよな!それなら、最高のお祝いをしよう! 」
真剣な顔で犬たちは首をたてに振る。
「お祝いは、サプライズって言って、モルガナ様本人に、そのときまでバレちゃいけないんだ。そして、秘密にしながら調べなきゃいけないことが二つある」
相棒のクゥーー白銀毛皮をした魔犬まで、喉をならして続きの言葉を待った。
「一つ、そもそも、モルガナ様の誕生日は一体いつなのか?」
「そして、二つ目は不老の大魔女様に、何を贈れば、何をすれば喜んでもらえるのか?これを調べなきゃいけない。そこで、『お誕生日調べ班』と『贈り物調べ班』を結成する!」
手を高々と挙げ、レオンが宣言すると、魔犬たちは遠吠えで答えた。慌てたレオンが「秘密だって!シーッ!シーッ!」とやるのを、クゥは一転、冷めた目で見たのだった。
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さっそく、極秘の「誕生日サプライズ作戦」が開始された。
まず動いたのは【誕生日特定班】に任命された、ノランとその相棒、金の魔犬ブランだ。
レオンが魔犬たちを引き連れて自室に来たときには何事かと思ったノランだったが、この作戦のことを聞くと、快く協力を申し出た。
一匹と一人は館の奥深くにある古い書庫へ向かい、埃をかぶった古文書や年表の山に挑んだ。
「うーん、この中からモルガナ様の昔の記録なんて見つかるかな……」
弱音を吐くノランの横で、ブランが鼻をヒクヒクと動かした。ブランは鋭い嗅覚と魔法の察知力を駆使し、書棚の奥の隠し棚から一冊の古い日記を見つけ出した。
「レオン、これを見て!」
ブランに促され、ノランが日記のページを慎重にめくっていく。そこには、幼き日のモルガナがかつてアイゼンハルト侯爵家に引き取られた際の記録や、彼女の生誕の日が特別な記念日として記されていた。
「あった、これだ! モルガナ様の誕生日」
「よかった~!何て書いてある?!」
ノランは師匠の日記を盗み見るという悪徳に目をつぶりながら、記述を目で追っていく。
「えっと、旧暦のこの日っていうと…二ヶ月後の今日…」
「そうなんだ!じゃあその日までに贈り物を準備しないとね~」
ブランが機嫌良く尻尾を振りながら続ける。
「『たんじょうび』って、僕知ってたけど魔女さまにあるって思わなかったなぁ~なんだか不思議!」
その言葉に、今更ながら相棒の頭のできが少し心配になったノランだったが、思い至らなかったのは自分も同じかと苦笑した。
何はともあれ、無事任務を完遂した二人は、固くハイタッチを交わした。
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一方、「贈り物調べ隊」は難航していた。これは、モルガナの傍に控えることの多い魔犬たちが担当したのだが、困り果てていた。
観察すればするほど、魔女様が特別に喜ぶものがわからないのだ。
数百年を生きる大魔女モルガナに、およそ不可能という言葉はなく、「これをしてくれたら」、「これがあったら」などと思う前に、自前の魔道魔法で実現してしまうのだ。
これに参った魔犬たちは、再度レオンに尋ねた。皆で熟考した末、「母」なる人が子供に求める贈り物を準備することにした。
モルガナは魔犬の育ての母のようなもの、ならば、同じ「母」に聞けば良いという一匹からの発案だったが、その対象に選ばれたのはノランとレオンの母だった。
早速、レオンはクゥと共に自宅の母を尋ねた。
「なぁ母ちゃん、俺とか兄ちゃんから貰って嬉しかったプレゼントってなんかあるか?」
「そうだねぇ…あんたとクゥが持ってきた大猪を丸ごとってのはビックリしたけどーー」
「それはなし!!それ以外で!」
自身と相棒の少し恥ずかしい話を持ち出されそうになり、レオンは焦って遮った。
「なら、家族全員の絵を木に描いてきてくれたやつかねぇ。皆笑顔でかかれてて、幸せな気分になったものよ」
「なるほど、皆の絵ね…」
フムフムと納得し、何か思案を巡らすレオンと対照的に、クゥの顔色は悪くなっていた。
(私は…「たんじょうび」を知っていたのに、魔女様のそれを祝おうとなぜ、なぜ思い至らなかったのか…!)
クゥは、とても幼い子犬の頃からレオンとともにこの家にいるため、どちらかと言えば、レオンの母こそ、育ての母であるのだが。
それでも魔犬の誇りにかけて、魔女様への恩に報いることができなかった不甲斐なさを嘆いていた。
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館に戻ったレオンは、魔犬たちに複数の贈り物を用意することを提案した。
「まず、ケーキ!これは外せないだろう。俺もちっせえ頃の誕生日に一度だけ食わせて貰ったけど、これは凄い。甘くて幸せになること間違いなしだ」
「そして、肉!分かりやすくご馳走って感じがして良いだろう?まぁ皆狩りは得意だろうから、上等なのを一頭捕ってきて貰って、それを料理にしよう!」
「そして最後に…」と少しもったいぶってから、最も重要な贈り物を発表した。
「魔女様と皆が描かれた絵だ!ずっと一緒にいてくれたことに感謝を込めて、皆で幸せそうな絵を贈る!これだ!」
両手を広げて魔犬たちを煽る。しかし、その反応は芳しくなかった。
「料理か…」「絵なんてかいたことないぞ」と、普段してこなかったことを要求され、狼狽えていた。
それを見渡したレオンは、胸を叩いて元気良く宣言した。
「大丈夫!俺がなんとかする!とにかく、皆で力を合わせて頑張ることが大事だろう?」
すると、同意する声が犬たちから上がり、「贈り物調べ隊」の任務も無事完遂されたのだった。
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そして、「贈り物調べ隊」は、そのまま「贈り物作り隊」に移行し、レオン率いる料理部隊と、クゥ率いる絵部隊に分かれることになった。
まず料理部隊は、山で採れた新鮮な果物をたっぷり使った特製ケーキを作ることにした。オーブンの火加減で焦がしかけるトラブルがあったものの、数度にわたる試行錯誤の末、なんとか、ケーキと呼べるものができた。
さらに、肉料理に関しては、エレアノーリエから「ローフとビーフ」なる、香辛料を効かせ、低温でじっくり仕上げれば豪華になる料理を聞き出し、なんと一発で成功させてしまった。
これには、ケーキも最初からエレアノーリエに頼るべきだったと非難轟々だったが、これを「努力の尊さ」で説き伏せ、一応、料理部隊の準備は整ったのであった。
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対する絵部隊はかなり難航した。
まず、魔犬の前足で、いかにして絵を描くのかについて議論がなされた。
「肉球にインクをつけて、大きな絵をかけばいい」「それでは小さな魔女様にもって貰えない」「では爪で…」「そもそも絵の技術がある者がいるのか」などと、議論は混迷した。
そして一匹の、火魔法、特にその制御に長けていた魔犬が解法を示した。
「これでいいんじゃない?」といいながら、巻き上げた羊皮紙に、炎魔法で思い浮かべたモルガナの姿を焼き移す。
ヒラヒラっと皆の目の前に落ちてきた「絵」をしげしげと見つめ、歓喜した。
「これだ!これだよ!」「お前凄いな!」「でも紙じゃすぐに破けちゃうかも…」「ずっと残る、頑丈で綺麗なものがいい!」
そう意気込んだ魔犬たちは、クゥになにか素材の案はないかとせっついた。
クゥはピーンッと閃き、「鉄はどうでしょう!あれらなら人間の武器になるほど固くて丈夫だったと思います」と提案し満場一致で決定した
――しかし、これが大失敗の始まりだった。
町から調達してきた鉄の固まりに、直接絵を描くわけにはいかぬと、簡易的な鍛冶を始めた。
「よし、鉄を熱するぞ!」と気合を入れた火使いの魔犬が火魔法を放つと、ごうっと吹き荒れた爆炎によって、鉄の塊が一瞬でドロドロの液体に溶け、そのまま煙となって蒸発してしまった。
「ああっ!? 鉄が消えた!?」
「次は僕の番だ!」と力量自慢の魔犬が金づちを勢いよく振り下ろした瞬間、ドカンッ!と凄まじい衝撃音が響き、鉄床ごと周囲の木々に粉砕されてしまった。
黒煙が上がり、顔も体も煤だらけになった魔犬たちは、毛並みを逆立てたまま呆然と立ち尽くした。
「鍛冶って……こんなに難しいんだね……」
「町の鍛冶屋の職人さんって、本当にすごいんだ……」
絶望にうちひしがれる一同だったが、いつまでも落ち込んでいる暇はない。
「気を取り直して、私たちにできる『手作り』に切り替えましょう!」
反省を生かし、木材を風魔法で丁寧に削り出した「手作りの木彫りレリーフ」を制作し、そこに炎魔法で、魔女を魔犬たちが囲む写真のような精緻な絵が刻印された。
これにて、ようやく絵部隊の任務も完遂されたのだった。
しかし、作成に関われなかった魔犬たちがそれなりの数おり、そういったものなかで魔法が得意な魔犬たちは庭園を光でデコレーションする練習に励んだ。
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「モルガナ様、庭園で少しお見せしたいものがありますの」
エレアノーリエに促され、モルガナは庭園へと歩み出た。
その時――。
「「せーのっ!!」」
合図とともに、パッと一斉に灯りがともった。
暗くなりかけていた庭園に、魔犬たちの魔法による柔らかな光の花々が一斉に咲き誇り、まるで夢のような幻想的な空間が広がった。
「ほう………」
瞳を瞬かせ見入るモルガナの前に、中央のテーブルが現れる。
そこには、甘い香りを漂わせる特製の果実ケーキと、大きな塊のまま飾り付けられた「ローストビーフ」、そして、心を込めて削り出された「モルガナと館の魔犬たちが描かれた木彫りのレリーフ」が飾られていた。
魔犬たちとノラン、レオンがずらりと一列に並び、背筋を伸ばした。
群れ長が静かに一歩前へ出で、重厚な声をを響かせる。
「モルガナ様。いつも僕たちを見守り、温かい居場所を頂き、ありがとうございます」
ブランもまっすぐな瞳で声を張った。
「モルガナ様、お誕生日おめでとうございます!」
「おめでとう!」「いつもありがとう!」
魔犬たちが、一斉に嬉しそうに歓声をあげて吠え交わした。
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何百年もの長い年月を生きてきて、「自分の誕生日」などとうの昔に忘れていたモルガナは、呆然と立ちつくした。
「……誕生日なんて、何百年も前に捨てたと思っていたけれど、祝われると嬉しいものね」
ほんの少しだけ照れたように微笑むと、心を込めて作られた木彫りレリーフに触れた。その瞳は優しく揺れ、いつになく暖かな色をしていた。
モルガナは差し出されたフォークを受け取り、特製ケーキを一口、口に運んだ。
甘酸っぱい果実の風味と、優しい生地の温もりが口いっぱいに広がる。
また、厚切りに切り分けられたローストビーフに小さな口でかぶり付き、満足そうな顔でモグモグと咀嚼する。
「……ふふ、美味しいわ。とっても。この数百年で一番の美味よ」
モルガナの言葉に、庭園はワッと歓声と笑顔に包まれた。
魔女様が喜んでくださったと、嬉しさのあまり吠えろや踊れやの騒ぎになっている魔犬たちのなかで、大魔女はレリーフを撫でながら、ご馳走に舌鼓を打っていた。
そして愛弟子、ノランを呼び寄せると、小さな声で耳打ちした。
「あなた、日記の他のページまでみていないでしょうね?」
「なっ…!んでそれを…あっ、もしかして、全てご覧になっていたんですか?!」
あわてふためくノランを横目に、魔女はいたずらっぽく微笑む。
魔法の柔らかな光が優しく照らす庭園で、大魔女と弟子、そして言葉を紡ぐ魔犬たちの温かな絆が静かに深まっていった。
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