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repeat(リピート) ~運命の指輪に願うこと~  作者: しんいち
repeat2 未来の味

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9/40

二話目 甘くならない日曜日

「デートって誰とだよ。」

 

 少しだけ探るような目で、コースケが言う。

 わたしはわざと視線を逸らし、肩をすくめてみせた。

 

「気になる~?」

 

「ちげーよ。」

 

 むくれた声が返ってくる。

 わたしはくすっと笑い、結依の腕を引き寄せた。

 

「もちろん、結依とよ。」

 

 一瞬の沈黙。

 数秒遅れて理解が追いついたらしいコースケが、 「はぁ?」と間の抜けた声を漏らす。


 その顔があまりに見事で、わたしと結依は顔を見合わせ、同時に吹き出した。

 

「何だよ。やっぱりそうじゃねぇか。」

 

 知ってました、みたいな顔をしているけれど…

 たぶん今のは完全に焦った顔だ。

 

「隣町に、この前、パティシエール『ノエル』ってお店が出来たの。」

 

 わたしは鞄を机にかけながら続ける。

 

「そこの“粉雪のシフォン”がすごいらしいよ。

 雲みたいに軽い生地に、雪みたいに粉糖がかかっててさぁ。

 別皿の生クリームをつけて食べるのが、最高なんだって。」

 

 想像しただけで、口の中が甘くなりよだれが出てる。

 

「絶対に食べに行くんだから。ねぇ結依。」

 

「うんうん、行く行く。」

 

 事件のあと、

 こんなふうに何かを楽しみにする自分が、

 ちゃんと戻ってくるとは思っていなかった。

 

 でも今は、違う。

 

 甘い匂いのする日曜日の事を思い浮かべながら、

 わたしは少しだけ笑った。


 キーンコーン、とチャイムが鳴る。

 

「ほら、授業始まるって。帰れ帰れ、チャラ男。」

 

「うるせぇな。」

 

 コースケは肩をすくめて立ち上がる。

 去り際に振り向いて、

 

「デート、ついてっていい?」

 

 なんて言うものだから。

 わたしと結依は、ほぼ同時に消しゴムを投げつけた。


 ★☆

 

 ――そして、日曜日。

 

 いつもの交差点で合流し、そのまま駅へ向かう。

 開店は十一時。人気店だから、と少し早い電車に乗った。

 

 日曜の朝は、まだ眠そうだ。

 車内の乗客もまばらで、窓から差し込む光がやわらかい。

 揺れる車内で他愛ない話をしていると、不意に結依が言った。

 

「ねぇ、明穂。」

 

「なに?」

 

「今日、本当にコースケくん断っちゃってよかったの?」

 

 からかうように目を細める。

 

「せっかく遊びに行けるチャンスだったのに。」

 

「あ、当たり前でしょ。なんであんなヤツ。」

 

 思わず少し早口になる。

 

「前から言ってるけど、何にもないからね。中学からの友達なだけ。」

 

「分かりやすい。」

 

 結依がくすっと笑う。

 

「でもさ、コースケくん、明穂のこと好きだよね。」

 

 心臓が、ひとつ跳ねた。

 

「毎朝席に座って待ってるしさ。ちょっとストーカーっぽいけど、あれ意外と一途じゃないかな。」

 

「ないない。」

 

 わたしは手を振る。

 けれど結依は続けた。

 

「明穂が怪我したって聞いた朝もすごかったじゃない。

 “許さねぇ”って本気で怒っててさ。警察に押しかけそうな勢いだったじゃん。」

 

「……」

 

 窓の外に視線を逃がす。

 

 正直に言えば、知っている。

 

 コースケが、わたしをどう思っているのか。

 

 昔、部活の男子たちと話しているのを、偶然聞いてしまったことがある。

 

 少しチャラくて、いい加減で、馬鹿で。


 そんな変なところも別に嫌いじゃない。

 

 告白されたら、ちょっと困った顔をしてコースケをからかって上げたい、そんな想像もしている。


 でも……

 

 もし本当に告白なんてされたら――

 わたしは、どう答えるんだろう。

 

 今の関係は、ちょうどいい。

 くだらない話をして、笑って、時々怒って。


 わたしにとってコースケと過ごす日々は楽しくて、そして居心地がよい……。

 それが壊れるかもしれないと思うと、

 胸の奥が、ほんの少しだけ落ち着かなくなる。

 

 電車が小さく揺れる。

 窓に映る自分の顔は、

 どこか、まだ答えを決めきれていない表情をしていた。


 そんなことを考えていると、車内アナウンスが静かに流れた。

 

 ――まあ、そのときはそのとき。

 今はスイーツだ。

 結依と目が合う。

 どちらからともなく、にやりと笑った。

 

 駅から店までは徒歩十分。

 スマホの地図を頼りに曲がり角をいくつか抜ける。

 そして、最後の角を曲がった瞬間。

 

「えっ……ちょっと、並んでない?」

 

 結依の声が、半分ひっくり返った。

 顔を上げると、そこにはきれいに折れ曲がる長蛇の列。

 

「うわ……」

 

 わたしは列の先を目で追う。

 ちゃんと、店の扉に繋がっている。

 

「どうする……並ぶ?」

 

 結依が少しだけ不安そうにこちらを見る。

 わたしは無言で人数を数え始めた。

 ……四十七、四十八、四十九。

 

 五十。

 五十一。

 

「……五十一番目。」

 

 思わず無言のまま顔を見合わせた。

 

「取りあえず並ぼうか。

 店内無理でも、テイクアウトあるみたいだし。」

 

「だよね。ここまで来たんだし。」

 

 列の最後尾に並ぶ。


 十五分。


 太陽は少し高くなり、後ろにはさらに人が増えた。

 期待と不安が、じわじわと混ざっていく。

 そのときだった。

 

 白衣を着た女の子が、店から出てきた。

 手元の紙を見ながら、列をゆっくり数えている。

 ……嫌な予感しかしない。

 四十人あたりで足を止め、指がゆっくり動く。

 

 そして。

 わたしたちの、五人前で止まった。

 

「申し訳ございません。

 本日の“粉雪のシフォン”は、こちらで終了となります。」

 

 空気が、ほんの少しだけ静まる。

 

「他のケーキでしたらご案内できますので――」

 

 その言葉の続きは、もうあまり聞いていなかった。

 わたしは結依と顔を見合わせる。

 そして、同時に。

 

「……えぇー……」

 

 力なく、肩を落とした。


 店員の声をきっかけに、列がゆるやかにほどけていく。

 

 別のケーキを尋ねる人。

 「仕方ないよね」と笑って去る人。

 

 わたしと結依も、その流れに混ざった。

 

 溜め息が、ひとつ。

 

 一週間前から楽しみにしていた日曜日。

 地図を見て、時間を調べて、電車の本数まで確認して。

 それが、あっけなく。

 音もなく、崩れた。

 

「……どうする?」

 

 結依が少しだけ困った顔をする。

 

「うーん……」

 

 考えてみるけれど、名案なんて浮かばない。

 結局、わたしたちは駅前のファーストフード店に落ち着いた。

 

 見慣れたロゴ。

 聞き慣れた注文のやり取り。

 トレイの上には、食べ慣れたハンバーガーとポテト。

 

「……これはこれで、美味しいけどね。」

 

「うん。間違いない味。」

 

 そう言いながら、また小さく笑う。

 本当は、ふわふわのシフォンを食べるはずだった。

 雪みたいな粉糖に、別皿の生クリーム。

 それなのに、今は塩気の強いポテトをつまんでいる。

 

 ああ、しょっぱい……。


 わたしの人生なんてこんな感じよね。

 窓の外をぼんやり眺めながら、

 もう一度だけ、静かに溜め息をついた。


 ★☆


 次の日。

 昨日のことを、ほんの少しだけ引きずりながら。

 わたしは結依といつもの道を歩いた。

 そして教室に入ると、案の定。

 

「おう。」

 

 わたしの席に座っている男がいる。

 

「……コースケ、退いて。」

 

 いつもより少しだけ強い声になった。

 

「なんだよ。機嫌悪いじゃん。」

 

 肩をすくめながら席を立つコースケ。

 その横で、結依が彼の腕を引いてこそこそと耳打ちする。

 

 次の瞬間。

 

「アハハハハ!」

 

 やたらと響く笑い声。

 わたしはじとっと睨みつけた。

 

「なんだよ、ケーキぐらいで。」

 

「うるさい!今、機嫌悪いの。

 早く自分の教室帰って。」

 

 ぷい、と窓の外へ視線を逸らす。

 

「シフォンだろ? そんなの俺が作ってやるよ。

 絶対、俺のほうがうまいし。」

 

 わたしは鼻で笑って、手をひらひら振った。

 

「あんたのケーキなんて食べ飽きたわ。

 わたしはあのお店のが食べたいの。」

 

 言いながら、少しだけ本気で拗ねている自分に気づく。

 

「もう、イラつくから消えて。」

 

 そのときだった。

 

 ――不意に。

 頭の中で何かが弾けた。


 周囲の音が途切れ、

 コースケの笑い声がスローモーションになり

 窓から差し込む春の光が、フラッシュを焚かれたように白く反転する。

 

――嘘でしょ。またなの?


 こめかみを突き刺す痛みと同時に、目を閉じているはずなのに、映像の断片が流れ込んでくる。 


 「……っ」


 頭を押さえ顔をしかめる。

 

「明穂?」

 

 結依の小さな声が聞こえる。

 あの事件以来、見ていなかったはずの“予知”。

 どうして、今。


 教室のざわめきが、遠くなる。

 目を閉じたまま、息を整える。

 ほんの一瞬だったはずなのに、


 嫌な確信だけが胸に残った。

 ゆっくりと目を開ける。

指先の震えを隠すように、制服のスカートをぎゅっと握りしめた。


 窓の外は、いつも通りの朝。

 何も変わっていない。

 ――まだ、何も。 


 

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