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repeat(リピート) ~運命の指輪に願うこと~  作者: しんいち
repeat2 未来の味

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三話目 未来なんて変えてやる

「ねぇ、明穂。大丈夫?」

 

 こめかみを押さえたままうつむくわたしを、結依が心配そうに覗き込む。

 その横から、コースケまで顔を寄せてきた。

 

「おい、具合悪いのか?」

 

 眉をひそめるコースケに、わたしは小さく首を振った。

 

「ううん。ちょっと偏頭痛。雨でも降るのかな。」

 

 そう言って、へらっと笑ってみせる。

 少しだけ嘘だ。

 

「なんだよ、びっくりさせんなよ。」

 

 コースケは肩の力を抜き、結依もほっとしたように息を吐いた。

 二人の表情が緩む。

 

 でも――

 

 わたしの胸の中は、まったく落ち着いていなかった。

 

 ホームルームが始まり、授業が始まる。

 先生の声は聞こえている。

 黒板の文字も見えている。

 それなのに、頭の中はさっきの“映像”のことでいっぱいだった。

 

 結依の事件以来、あの予知のような映像は一度も見ていない。

 

 だからこそ、余計に引っかかる。

 頭のいい方じゃないわたしでも分かる。

 あの予知が、タイムリープと何か関係しているってことくらいは。

 

 でも――

 

 なんで、今なの?


 前は、結依を助けたいって気持ちが限界まで高まって。

 それで眠っていた能力が目覚めたんじゃないか、なんて。

 そんなSFみたいな想像をしたこともある。

 けれど今回は違う。

 

 何もない。

 

 ただ――ケーキを食べ損ねただけ。

 まさか、そのためにタイムリープするわけ?

 別に今週でも良くない?

 わたしは、くるくるとペンを回しながら、小さく唸った。

 

「うーん……」

 

 そもそも、タイムリープなんて。

 そんなに何度もして大丈夫なものなんだろうか。

 

 結依の時だって、あれだけ手を尽くしたのに、結局事件は起きた。

 

 ――時間の自浄作用。

 

 ふと、あのAIが表示した文字が頭に浮かぶ。

 結果として、結依は助かった。

 わたしの周りでも、大きく変わったことは起きていない。

 

 ……たぶん。

 

 けれど。

 胸の奥に残るこの小さな不安は、どうしても消えてくれなかった。

 

 わたしはそっとノートを立てる。

 周りから見えないように、机の上に壁を作るみたいに。

 そして、小さく息を吐いた。

 ――もう一度、聞いてみよう。

 

 あのAIに。


 そっとスマホを取り出す。

 画面を開き、いつものAIアプリを起動した。

 

 前もそう……。


 こんなことを聞く相手じゃないのは分かっている。

 でも、今のわたしに思いつく相談相手なんて、これくらいしかなかった。

 

 少しだけ考えてから、ゆっくり文字を打ち込む。

 

『もしタイムリープして過去を変えたら、何か問題って起きる?』

 

 送信ボタンを押した瞬間、

 自分で何を聞いているんだろう、と少しだけ恥ずかしくなる。

 数秒後、画面に回答が表示された。

 

『タイムリープは現在の科学では確認されていない現象です。』

 

 ……前にも見た説明。

 わたしは指を軽く上にスクロールする。

 そして、その下に続く文章に目が止まった。

 

『ただしSF作品などでは、過去を改変することによる影響として「予測できない未来の変化」が起こる可能性がよく描かれます。』

 

 わたしは無意識に画面をじっと見つめる。

 予測できない未来の変化。

 まるで、この前の状況を説明しているみたいだった。

 

 さらにAIの文章は続いた。

 

『その考え方の例として、「バタフライエフェクト」という概念がよく引用されます。』

 

 わたしは首をかしげる。

 聞いたことはあるような、ないような言葉だ。

 わたしはすぐに打ち込んだ。

 

『バタフライエフェクトって何?』

 

 今度はすぐに答えが返ってくる。

 

『バタフライエフェクトとは、小さな出来事が時間の経過とともに大きな結果を生む可能性がある、という考え方です。』

 

 画面を読み進める。

 

『例えば、ある場所で蝶が羽ばたいたことが、遠く離れた場所の天候に影響を与えるかもしれない、という比喩から名付けられています。』

 

 ……蝶の羽ばたき。

 そんな小さなことで?

 AIはさらに続けた。

 

『この考え方を時間改変の物語に当てはめると、過去の小さな行動の変化が、予想できない形で未来に大きな影響を与える可能性がある、という仮説として語られることがあります。』

 

 わたしは指を止めた。

 小さな行動の変化。

 

 例えば――

 結依に声をかけたこと。

 あの日、違う選択をしたこと。

 あれも、もしかしたら。

 画面の文字が、妙に重く感じる。

 

『ただし、これはあくまで理論やフィクションの中で語られる考え方であり、実際に時間改変が起こるかどうかは科学的に確認されていません。


 机の上のノートに落ちた影の中で、指先だけが少し冷えている。

 

 ――小さな変化が、未来を大きく変える。

 

 もし、それが本当だとしたら。

 

 わたしは、とんでもないことをしてしまったのではないか。

 

 急に背筋をなぞるような寒気が走り、慌ててスマホの画面を閉じた。

 

 だめ。やっぱり。

 タイムリープなんて、しちゃだめ。

 わたしは首を強く振って、頭の中に浮かぶあの映像を振り払う。

 

 ――もし未来が、本当に変わってしまうのだとしたら。

 

 その時だった。

 

「中森、さっきから何してるんだ。

 また寝てたのか?」

 

 先生の声に、教室の空気が一斉にこちらへ向いた。

 

「眠たいなら、先生の代わりに教科書の続きを読んでみろ。」

 

「アハハハ」

 

 クラスのあちこちから笑い声が上がる。

 顔が一気に熱くなりながら、わたしは立ち上がって教科書をめくった。

 けれど――どこを読んでいたのか、まったく聞いていない。

 

「……あれ?」

 

 ページをぱらぱらとめくる。

 完全に迷子だ。

 

「もう、明穂……」

 小さく呆れた声がして、結依がくるっと振り向く。

 

 そして、教科書の端を指でとんとんと叩いた。

 

「ここ。三行目よ。」

 

 口の動きだけでそう教えてくれる。

 

「……あ、ありがと。」

 

 小声で返したつもりだったのに、

 それを見ていた誰かがくすっと笑った。

 つられてまた、教室のあちこちから笑い声が広がる。

 

「おい中森、居眠りのあとはカンニングか。

 感心しないぞ。」

 

 先生まで笑いながら言うものだから、

 わたしはもう完全に真っ赤だ。


「寝てないのに……」

 

 ぼそっと言い訳すると、

 

「ほんと~?」

 

 結依が肩を小さく揺らして笑う。

 

「うるさいな……」

 

 わたしは教科書に顔を近づけ、逃げるように読み始めた。

 

 けれど。

 文字を追っているはずなのに、頭の中にはさっきの言葉が残ったままだ。

 

 ――小さな変化が、未来を変える。

 もし、それが本当だとしたら。


 ★☆


 そして放課後――

 モヤモヤした気持ちを晴らすため矢を放ってはみたものの……

 

「なんだ明穂、調子悪いな。」

 

「う~ん……」

 

 放課後。

 部活には来たものの、矢は乱れて思うように的に当たらない。

 

 弦を引く手が、どこか落ち着かない。

 昨日から、なんだかもう散々だ。

 

 シフォンは食べられないし。

 朝から予知は始まるし。

 挙げ句の果てには先生に当てられて、皆に笑われる始末。

 

 ……何かわたし、悪いことした?

 

 いや、むしろ最近のわたしはかなり良い子だ。

 

 シフォンのために、部活帰りの買い食いだって控えていたし。

 授業中だって、ウトウトすることはあっても寝てはいない。

 この前なんて、忙しいお母さんの代わりに夕飯まで作ったのだ。

 ……まあ、見事に失敗したけど。

 

 わたしは矢を番え、深く息を吸う。

 引いて、狙って――放つ。

 矢は、すぱんと風を切り。

 

 そして見事に、的の外へ消えた。

 

「アハハハ。ダメだな明穂。」

 

 後ろから先輩の笑い声が飛んでくる。

 

「キィィィィィ」

 

 思わず変な声が漏れた。

 もう、なんなのよ今日は。

 順番を先輩と交代しながら、わたしは弓を下ろす。

 道場の天井を仰ぎ、ふうっと長い溜め息を吐いた。

 

 ……本当に、今日はついてない。


 気晴らしのつもりで意気揚々と来てみたけれど、結果は散々だった。

 

 まあ、こうなることは分かっていた。

 

 弓道は精神のスポーツ。

 心が乱れれば、矢も乱れる。

 

 実際、今のわたしはひどいものだ。

 呼吸は浅く、胴作りもどこか浮ついていて安定しない。

 

 なにより――会。

 

 溜めが作れず、矢が勝手に離れてしまう。

 完全な早気だ。

 

 ……もう帰ろうかな。

 

 弱気な言葉が、ぽつりと口からこぼれた。

 

 家に帰ってご飯を食べて。

 お風呂に入って。

 テレビでも見て。

 勉強は……まあ、明日頑張ればいい。

 今日はもう、早く寝よう。

 

 そんなことを考えながら矢籠に手を伸ばした、その時だった。

 

 ――ずきり。

 

 こめかみの奥が、また焼けるように痛む。

 そして。

 あの映像が、頭の奥に流れ込んできた。

 

 もう、やめてよ。

 

 今日だけで、三回目。

 昼にもあったし、まるで発作みたいだ。

 

「……嫌だって言ってるでしょ。」

 

 誰に向けたのかも分からない文句を、小さく呟く。

 けれど、映像は止まらない。

 

 駅のホーム。

 あのお店の前で、うなだれているわたし。


 そして――

 コースケと結依の、笑っている姿。

 

 前に見たようで、どこか違う。

 既視感に似た、妙に引っかかる光景。

 

 ……もう、なんなのよ。

 

 そのとき。

 

「明穂、次。」

 

 呼ばれて顔を上げると、いつの間にか自分の順番だった。

 

 ……いいわ。

 やってやろうじゃないの。

 

 わたしは大きく息を吸い、足踏みを始めた。

 的の前に立つ。

 

 視線をまっすぐ据え、胴作り。

 背筋は吊られるように伸ばし、余計な力を抜く。

 肩と腰の線を静かに整える。

 

 弓構え。

 打起し。

 息を吸いながら、ゆっくりと引き分ける。

 

 ――会。

 

 わたしは、ゆっくりと息を吐いた。


 あの映像が頭に浮かぶ。

 

「……いいわよ」

 

 小さく、呟く。

 

「変えてやる。」

 

 こんな未来、認めない。

 ――わたしが、変える。

 

 そして。

 矢は迷いなく空を裂き、的の中央へと吸い込まれていった。


 その瞬間――


 世界が静かに裏返った。


  

 

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