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repeat(リピート) ~運命の指輪に願うこと~  作者: しんいち
repeat2 未来の味

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8/40

一話目 少しだけ違う朝

「おはよう、明穂。」

 

「うん!おはよう。」


 ――ああ……まただ。

 

「明穂先輩、おはようございます。」

 

「おはよう。」


 ――始めての子だな。


 あの事件から、二週間が過ぎた朝。

 わたしは結依と登校するため、町で唯一の駄菓子屋の前で待ち合わせをしていた。

 

 ここは、わたしたちの「境界線」だ。

 朝はここで合流し、放課後はここで''さよなら''をする。

 

 高層ビルや無機質なマンションに包囲されるようにして、ぽつんと取り残された小さなお店。色褪せた看板に、錆び付いたシャッター。

 

 ちょっと時間が止まったノスタルジックなこの場所が、けっこう気に入っていた。

 

「明穂さん、おはようございますっ」


「うん」

  

「明穂、おはよ!」

 

 通り過ぎる生徒たちが、次々と声をかけてくる。

 あの日以来、わたしはちょっとした「時の人」になっていた。

 

 曰く、強盗を半殺しにした。

 曰く、鮮やかなクロスカウンターで巨漢を沈めた。

 

 尾ひれどころか、背びれや胸びれまでついた噂話は独り歩きを続け、近所の小学生にはなぜか『進撃の巨人』なんて不名誉な二つ名まで頂戴している。

 

 ……いや、ちょっと待って。

 半殺しになんてしてないし、そもそもクロスカウンターって何? 誰の必殺技よ。

 

 それに「巨人」ってあんまりじゃない?

 確かに女子にしては背が高い方だけど、こんなに平和な女子高生に付けるあだ名じゃないでしょうに。

 

 とはいえ。

 ほんの少しだけ注目を浴びるのは、決して悪い気もしない。

 けれど、やはり「人気者」の座は、わたしには少々荷が重すぎる。

 

 小さく溜息を吐き出し、わたしは駄菓子屋の軒先に背中を預けた。

 

 事件のあとは、想像以上に''面倒くさいこと''の連続だった。

 

 パトカーで現場検証に連れ出されたり、万引き犯に入られた店の偉い人が自宅まで来て、仰々しいお礼を延々と述べられたり。


 正直うんざりだ。


 何より一番腹が立ったのは、加害者側の弁護士だ。『示談』の二文字をチラつかせたしつこい電話には、流石のわたしもムッとしてしまった。

 

 お気に入りだったバッグだって、「証拠品」という名目で警察に預けられたままだ。

 

 被害に遭ったのはわたしなのに、どうしてこんなに消耗しなきゃいけないんだろう。世の中の理不尽さを改めて教えられた。

 

 そういえば、調書を取るために警察署へ行ったとき、証拠品として預けられていたバッグを見たとき、背筋が凍った。

 

 キャンバス地には刃物の痕。

 中のノートまで貫いていた。


 あの日、何気なく入れた一冊。


 ――あれがなければ……

 あの嘘をつかなければ、

 わたしはここにいなかったかもしれない。

 

 ……けれど。

 

 命こそ助かったものの、わたしの左腕には、犯人に切り裂かれた痕がくっきりと刻まれている。

 制服の袖で隠してはいるけれど、お医者さんは「痕は残るよ」と静かに告げた。

 

 別に気にしていない、と自分に言い聞かせている。

 でも、やっぱり。

 多感な時期の女の子の腕に、消えない傷跡。

 その事実だけで、胸の奥が少しだけ熱を持つ。 

 

 わたしは服の上から、そっとその痕をなぞる。

 

 ――そして、もう一つ。

 

 この傷を見るたび、妙な『既視感』がわたしを捉えて離さない。

 

 病院で包帯を替えるときも、浴室で鏡を見るときも、この痛々しい線にどこかで見覚えがある気がしてならないのだ。

 

 こんな怪我、した覚えなんてない。

 

 けれど、記憶のどこかで、この線をなぞったような――。

 

 思考を霧の奥へ伸ばそうとしても、指先は空を切るばかり。

 ただ、胸の奥底に小さなざわつきだけが澱のように溜まっていく。

 

 そんなわたしの戸惑いを遮るように。

 不意に、聞き慣れた明るい声が、わたしの名前を呼んだ。


「明穂、おはよう。お待たせ!」

 

 振り向いた先で、結依がいつもの明るい笑顔を向けてくる。

 朝の光を背にしたその表情は、やけに眩しくて


 ――わたしは少しだけ、おどけるように笑った。

 

「結依ちゃん、おはよう。」

 

 そのまま一歩近づき、ぎゅっと彼女を抱きしめる。

 胸元に当たる、柔らかな感触。

 

 ……うん、柔らかい。

 

 それを確かめるように抱きしめながら、なぜかほっと息をついていた。

 

「もう、朝から抱きつかないでよ。

 ここ最近、毎日じゃない。

 恥ずかしいからほんとやめて。」

 

 結依は顔を赤くしながら、わたしを押し返す。

 軽く睨むその表情も、どこか照れ隠しみたいで。

 

 ――いつものやり取り、いつもの日常。

 

 それを噛み締めながら、わたしたちは並んで歩き出した。

 

 あの事件で、結依に大きな怪我はなかった。

 

 少なくとも、見た目には。

 でも――心のほうは、そうじゃない。

 

 結依の話では、あのときの出来事が、たまに夢に出てくるらしい。

 

 犯人が迫ってくる姿だけじゃない。

 血を流しているわたしの姿も、夢の中で繰り返し現れるのだという。

 

 そのたびに飛び起きて、気づけば涙が溢れていると話してはいた。

 

 今、隣で笑っている彼女からは、そんな話は想像もつかない。

 見えない傷って、こういうことを言うんだろう。

 

 いつか、ちゃんと消えてくれるんだろうか。

 そんなことを考えながら、隣を歩く結依の横顔をそっと見た。


 ★☆


「先生おはよう。」

 

 校門をくぐり、いつもの玄関を抜け、賑やかな廊下を歩く。

 そのまま教室に入ろうとしたところで――

 

 「はいストップ。」

 

 不意に結依に腕を掴まれた。

 

「明穂、そこB組。」

 

「あ!」

 

「“あ”じゃないのよ。今日で何回目?」

 

「……三回?」

 

「五回目よ。」

 

「そんなに!?」

 

「そんなに」

 

 結依は呆れた顔でため息をつく。

 

「私たちのクラスは?」

 

「C組……」

 

「そう。“C組”。声に出して。」

 

「C組です。」

 

「よし。じゃあ行こう。」

 

 先生みたいな口調でうなずく結依に、思わず苦笑する。


 二年生になってから、わたしはよく教室を間違える。

 理由は自分でも分からない。ただ、気づくと足がB組へ向かっているのだ。

 

 同じ校舎、同じ窓際の席。

 けれど――あの事件のあとから、窓の外の景色だけが、ほんの少し違って見える気がしている。

 

 ……気のせい、だよね。

 

 自分にそう言い聞かせ、踵を返してC組へ向かった。

 

「おっはよう!」

 

 結依と並んで教室に入ると――

 やっぱりいた。

 

 わたしの席に、またあいつが座っている。

 

「結依ちゃん、明穂。おはよう。」

 

「ちょっとコースケ。なんで朝来るとわたしの席に座ってるのよ。早くどいて。」

 

「別にいいじゃん。明穂のために席、温めといたんだからさ。」

 

「やめてよ。生ぬるくなるでしょ。ほら、シッシッ!」

 

 手を振ってコースケを追い払う。

 

 神木 光介(かみき こうすけ)

 中学のとき同じバスケ部だった男子だ。

 

 茶髪に、いつも緩めたネクタイ。

 真面目とは言い難い見た目のくせに、どこか憎めない。

 

 顔はそこそこ整っているから女子人気はあるらしい。

 でも本人は恋愛に興味がないのか、浮いた噂はほとんど聞かない。

 

 こんなチャラそうなやつなのに、なぜか気が合う。

 

 中学の頃からよく喋る仲で――

 高校に入った今も続いている。

 友達、というより。

 ……たぶん、腐れ縁よ、腐れ縁。


 そんなコースケが、あからさまに結依の胸元へ視線を落とし、わたしと見比べるように言った。

 

「お、結依ちゃん。相変わらず順調に育ってるね。」

 

「でしょ?」

 

 結依は悪びれもせずツンッと胸を張る。

 

「この前測ったらね、八十六のFだったのよ。」

 

「エフゥ!?」

 

 声を上げたのはコースケ――ではなく、わたしだった。

 

 え、F?

 八十六?

 ……ちょっと待って。

 

 それ、わたしより十センチ以上大きくない?

 何その圧倒的な差は。

 朝から人生の格差社会を突きつけられ、わたしは机に手をついてうなだれた。

 

 負けたわ……。

 

「なに落ち込んでんの。」

 

 結依が吹き出しながら言う。

 

「いや別に……」

 

「分かりやすいんだけど。」

 

「うるさいなぁ。」

 

 顔を上げると、二人ともクスクス笑っている。

 むっとして睨み返すと、

 

「ごめんごめん。」

 

「悪かったって。」

 

 と肩をすくめて謝ってきた。

 

「もう! いいから早く自分のクラス帰りなさいよ!」

 

 わたしは頬を膨らませながらバッグを机に置き、どさっと席に座る。

 すると、そんな言葉を無視するようにコースケはわたし達に告げた。

 

「そうだ。それよりさ。」

 

「なに?」

 

「今度の日曜ヒマなんだけど。佑馬たち誘って遊び行かない?」


日曜日。

その言葉に、わたしは結依と顔を見合わせる。

そして――

二人同時に、ニヤリと笑った。

 

「ダメーーーェ!」

 

勝ち誇った声が教室に響いた。

コースケの間の抜けた顔を見て、わたし達はクスりと笑った。


「何でだよ。」

 

不満そうに眉をひそめるコースケに、

わたしはわざと左の口角を上げて言い放つ。

 

「デート。」

 

その一言に、

コースケの顔が見事なくらい固まった。


「はぁ?」


 

 


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