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repeat(リピート) ~運命の指輪に願うこと~  作者: しんいち
最終章 左手の約束

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五話目 左手の約束

 展望室へと足を踏み入れた。

 すかさず周囲を見渡して、わたしはほっと息をついた。

 

 子供連れの家族が三組。

 

 ——よかった。

 

 でも——。

 

「スゲー、眺め最高だな。明穂、こっち行こうぜ。」

 

 不意に手を握られて、わたしは悲鳴が出そうになった。

 

 ——もうやめてよぉ。

 

 耳が熱い。

 顔が熱い。

 

 わたしはわざとらしく手で扇ぎながら「暑いわね」と、赤くなった顔をごまかした。

 

 でも——コースケが言った通り、眺めは本当に最高だった。

 

 晴れた夏空に、わずかに残る白い雲。

 夏の日差しを浴びてきらきらと光る海。

 

「すごーい……」

 

 まるで映画のワンシーンを切り抜いたような光景だった。

 

 少し緊張がほどけて、わたしはコースケと言葉を交わした。

 

「なぁ明穂、今度は海に泳ぎに行こうぜ。」

 

「う〜ん……嫌。」

 

「なんで?」

 

「嫌なものは嫌なの。」

 

 ちょっぴり頬を膨らませて視線を逸らすと、コースケが続けた。

 

「水着見られるのが恥ずかしいとか?」

 

 ——まぁ、それもあるけど。理由はもっと別のところ。

 

「ないから嫌なの。」

 

「ないって?」

 

「むね!」

 

 子供みたいに口を尖らせて顔を赤らめた。

 するとコースケが、わたしの胸に視線を落とす。

 

「なに見てるのよ。エッチ。」

 

 わずかな胸を隠すように怒ってみせると、コースケはけらけらと笑った。

 

「いいじゃん、今さら」

 

 ——失礼ね。

 

 じとっと睨むと、コースケは笑いを収めて言った。

 

「それに俺、別に気にしてねぇし。胸なんてなくても全然大丈夫だよ。」

 

「嘘ばっかり。」

 

 呆れてそっぽを向いたとき——。

 

 あれ?

 

 気づけば家族連れは、残り一組になっていた。

 しかもその一組も、エレベーターの方へと歩いていく。

 

 ——ヤバい、待って。

 

 そんなわたしの思いなど届くはずもなく、子供連れはエレベーターの中へと吸い込まれていった。

 

 残されたのは——わたしとコースケだけ。

 

 探るようにそっと視線を動かしてコースケを見ると、コースケもこちらを見ていた。

 

 すぐに視線を戻す。

 急に身体が固まった。

 

 誰もいない、静まり返った展望室。

 二人の間に、重い空気が漂い始める。

 わたしはごくりと喉を鳴らした。

 

 ここまで来たら、覚悟は決まった。

 シミュレーションも十分できている。

 あとはその瞬間を待つだけ——。

 

 いや、もう少しだけ心の準備を——。

 

「明穂」

 

「はい!」

 

 肩を掴まれて、わたしは前を向かされた。

 心臓が、薄い胸を激しく叩いてくる。

 

 ——わぁ、ど、どうしよう。目をつぶらないと——。

 

 んっ?

 

 コースケはポケットをごそごそ探ると、小さな箱を取り出した。

 

「なにこれ?」

 

「プレゼント……」

 

 顔を赤くして、ぶっきらぼうに箱を押しつけてきた。

 

 きょとんとしながら受け取って、中を開ける。

 

 ——指輪だった。


 シルバーのリングに青い海の色を模したような小さな石がついた指輪。

 

「これ……?」

 

「ほら、付き合って初めてのデートだから。記念に買ってきたんだ。入らなきゃ別に——」

 

 プッ、とわたしは吹き出した。

 

「なんだよ、返せよもう。」

 

「ごめん、ごめん、違うの。」

 

 笑いが込み上げてきて、くすくすと止まらなくなる。

 

 馬鹿にしたんじゃない。

 自分の勘違いがおかしくて。

 

 そして——こんなふうに、記念を大事にしてくれたことが、嬉しくて。

 

「ありがとう。すごく嬉しい。」

 

 指輪を手に取って、胸にそっと抱きしめた。

 頭をかきながらコースケが照れくさそうに「おう」と一言返す。

 

 その瞬間——わたしはぱっと閃いた。

 

「ねぇ、コースケ。お願いがあるんだけど。」

 

 甘えたような声を出すと、嫌な予感を察したのか、コースケの眉がぴくりと上がった。

 

「な、なんだよ。」

 

「せっかくだし、誰もいないんだしさ。

 ほら——結婚を申し込むみたいに片膝ついて、わたしに指輪つけてみてよ。」

 

 ニヤニヤするわたしに、コースケの顔色が変わった。

 

「ヤダよ。恥ずかしいから。

 普通でいいじゃないか。」

 

「いーや。お願い。」

 

「なんでだよ。」

 

「前に動画で、海外のスポーツ選手がプロポーズしてるの見て、いいなぁって思ってたの。誰も見てないんだしいいじゃん。ほら、お願い。」

 

 さらに一歩、コースケに近づく。

 コースケは一瞬考えてから——。

 

「マジで恥ずかしいから無理だって。」

 

 と、泣き言を言い出した。

 

 わたしはすねたように口を尖らせ、無言で抗議する。それでもコースケは激しく首を振り続ける。

 

 その瞬間——わたしはある事を思い出して、口角をニヤリと上げた。

 

「やくそく。覚えてる?」

 

「なに?」

 

 コースケの眉が寄って、目が泳ぐ。

 忘れているみたいね。

 

「お祭り……ほら、射的のとき——」

 

 少しずつヒントを出しながら、コースケの表情を伺う。

 

 みるみる顔が青くなった。

 

「明穂、あれはなしだって言っただろ。」

 

「なによ、約束破る気?『賭けに負けたら何でも言うこと聞く』って言ったじゃない。」

 

 首を傾げながら、わたしはとどめの一言を放った。

 

「あーあ、男らしくないなぁ。」

 

「……分かったよぉ。」

 

 観念したコースケが、わたしの手から指輪を取り上げる。

 

 そして——ゆっくりと、片膝をついた。

 

 その瞬間。

 冗談半分だったはずなのに、胸が大きく跳ねた。

 

 真剣な顔。

 まっすぐな眼差し。

 コースケはわたしの左手を、優しく取った。

 静かに息を吐く。

 

 そして——わたしの薬指に、指輪をそっとはめた。

 

 

「卒業まで、それ着けてろよ。

 次は——本物、渡すから。」


 

 その言葉を聞いた瞬間、胸が締め付けられた。

 心の中が、じわりと熱くなる。

 

 目頭に込み上げるものをきゅっと堪えて、唇を噛みしめながら小さく頷いた。

 

「うん……約束ね。」

 

 それだけ言うのが、精一杯だった。

 

 これ以上話したら——。

 本当に泣いてしまいそうだったから。


 ★☆


 恋人になって初めてのデート。

 そして——初めてのプレゼント。

 

 そのあといろいろ回ったけれど、ニヤつきが止まらなかった。

 

 本当に幸せだ。

 

 この時間が、この関係が、ずっと続けばいいと心から思った。

 

 でも、時間は無情だ。

 幸せな時間はあっという間に過ぎて、帰りの時間になった。

 

 帰りのバスの中、隣に座るコースケに、わたしは左手を掲げて指輪を見せびらかした。

 

 コースケが買ってくれたものなのに、何度も何度も——おもちゃをもらった子供みたいに、指輪を見ては笑った。

 

 そんなわたしを照れたように見つめるコースケが、なんだか可愛かった。


 ★☆

 

 バス停に着いて、いよいよお別れの時間。

 朝に待ち合わせた、駅前の小さな公園で言葉を交わした。

 

「今日、本当に楽しかった。」

 

「俺も楽しかった。」

 

 コースケが笑顔を向けてくれた。

 

「これ、大切にするね。」

 

 胸に置いた手をそっと広げてコースケに言うと、頭をかきながら「うん」と小さく頷いてくれた。

 

「また連絡する……ううん、帰ったらすぐ連絡する。夏休み、また何処か行こうぜ。」

 

「うん! 今度はもっと遠くに……あっ、別にいいや。コースケと一緒なら、何処に行っても楽しいから。」

 

 心の声が、そのまま口をついて出た。

 ちょっと照れたように笑ったコースケが、別れの言葉を言った。

 

「じゃあ、行くわ。気をつけて帰れよ。」

 

「コースケも気をつけて。またね。」

 

 彼の背中が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けた。


 ★☆

 

 コースケの姿が消えて、わたしも帰路についた。

 

 時刻はまだ夕方だけど、八月の陽射しは高い。

 そのお日さまを掴むように、わたしは左手を掲げた。

 

 陽射しを受けてきらきらと輝く、薬指のリング。

 その光をながめながら、喜びに浸ってゆっくりと歩いた。

 

 不意に——太陽の光が直接目に入って、一瞬視界が白くなる。

 

 その瞬間、頭の中に映像が流れ込んできた。

 

 鋭い痛みが走る。思わず立ち尽くして、こめかみを押さえた。

 

 予知の映像——なんで、今。

 

 いつもとは違った。

 一つの映像だけが、ただひたすら流れ込んでくる。

 

 その映像を見た瞬間、血の気が引いた。

 

 背中に氷の棒でも差し込まれたように、全身に悪寒が走る。

 

「みらい……なんで、みらいが……。」

 

 彼が血を流して、倒れていた。

 

 場所は分かる。

 彼と初めて会った、あの公園の信号だ。


 その瞬間だった。

 

 ——救ってあげて。

 

 みらいと会った時に聞こえた声が、耳元でした気がして振り返った。

 

 誰もいない。

 

 息を飲む。


 でも、声はさらにはっきりとわたしの耳元で聞こえた。

 

 ——彼を、救ってあげて。

 

 あの時は分からなかった。でも今なら分かる。

 

 これは——わたしの声だ。


 わたしが、わたし自身に救いを求めていた。

 気づいた瞬間には、もう走り出していた。

 

「みらい——ダメ。行っちゃダメ!」


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