一話目 はじめの翌日
花火大会の翌日、昼を少し過ぎた頃。
わたしは結依の家に来ていた。
着替えを取りに来るついでに、旅行の話もしなければならない。
でも本当の目的は——コースケから告白された結果を、二人に聞いてもらうことだった。
「やったじゃん、明穂!」
「おめでとうございます、明穂さん。」
二人はハイタッチを交わして、まるで自分のことのように喜んでくれる。
「ねぇねぇ、コースケくんなんて告白してきたの? どこで言われたのよ、教えてよぉ。」
「え、う、うん……」
「それより明穂さんはなんて答えたんですか?」
「いや、あのう、アハハ」
むず痒い。
恋愛話に飢えた女子たちに話せばこうなるのは分かってはいたし、予測だってできていた。
でも面と向かって聞かれると、やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。
顔を真っ赤にしながら、わたしはあの夜のことを二人に話した。
「学校の屋上……へぇ、ロマンチックですね。」
澪が頬に両手を当て、うっとりした顔でなにかを想像している。
——ちょっと待って。
勝手に妄想を膨らませないで。
「はぁ、でも。告白、しちゃったんだ。」
結依は残念そうに肩を落とした。
首を傾げるわたしに、結依はさらに「私の負けね」と澪を見て言った。
「いやいや、賭けはイーブンじゃないですか。結依さんは明穂さんが逃げるに賭けて、私はコースケさんが逃げるに賭けたんですから。二人とも負けですよ。アハハ」
——二人とも、どういうこと。
賭けてたって、なんの話よ。
「いやぁ。明穂が行ったあと二人で賭けてたのよ。マックのナゲットを。」
悪びれず、笑い合う結依と澪。
こめかみの辺りに青筋がぴくりと動くのを感じながら、わたしは引きつった笑みを二人に向けた。
「それで明穂?」
「うん!」
「チューはしたの?」
意地悪そうにニヤけた結依に聞かれて、わたしは目を逸らした。
★☆
あのあと——意外と大変だった。
だってコースケ、何にも喋らないんだもん。
キスどころの話ではない。結依の予言は見事に当たっていた。
告白した後、コースケは顔を真っ赤にしてうつむいてしまって、その緊張がそのままわたしにも伝染して、もうドキドキが止まらなかった。
コースケがシャイなのは分かっている。
でもお願いだから、なにか喋って。
そんなわたしの願いなど届くはずもなく、わたしたちは手を繋いで屋上をあとにした。
帰り道もお葬式の帰りのように静かで、余計にドキドキが募って、心臓が壊れるんじゃないかと本気で思った。
ようやくコースケが口を開いたのは、駅前の小さな公園だった。
お祭りの夜、待ち合わせた場所。
「また連絡する。水族館行こうぜ。」
それだけ言い残して歩き去るコースケの背中を、わたしは見送った。
その姿が角を曲がって消えた瞬間、ふっと緊張が解けて、ふうと息が漏れた。
家に帰ってお風呂に入っても、火照りは一向に収まらなかった。
ベッドに潜り込んでも、夢の中でコースケの顔が何度も浮かんで、「好き」という声が耳元で繰り返されて——わたしは悶々と唸りながら、何度も寝返りをうったのだ。
ようやく眠れたのは、朝日が昇り始めた頃。
本当に夏休みで良かった。
これが普通の平日だったら、間違いなく寝不足で死んでいた。
昼近くに目を覚まして、ようやく落ち着きを取り戻したわたしは顔を洗い、食パンを口に咥えながら結依にメールを打った。
——十三時頃にそっちに行く。
結果、聞かせてあげるね。
メールを送りながら、わたしはふと昨夜のことを思い出した。
コースケに返事を返そうとした瞬間、耳の奥に聞こえたあの声——わたし自身の声。
——ダメ。
——コースケのため。
あの時はとっさに怒りが湧き上がって、即座に押し込めた。でもあれはいったい何だったのだろう。
告白した瞬間に消えてしまったけれど……。
予知とは違う気がする。
コースケと付き合うことをどこかで恐れている、そんな弱い気持ちが、ああいう現象として現れたのだろうか。
思い出そうとすると、胸の奥がざわついた。
そもそもあれは、本当にわたしの声だったのだろうか。
ここに来る道すがら考え続けたけれど、答えはさっぱり分からなかった。
無論、こんなことは二人には話せない。
帰り道の話だけをすると二人は笑ってくれた。
わたしもその笑いに乗っかるように、コースケへの愚痴をひとつふたつ並べた。
「ところで二人は、お祭りどうだったの。どのへん回ったの?」
わたしが問いかけると、二人は顔を見合わせてから、揃って疲れたようなため息をついた。
「それがもう、聞いてよぉ明穂。」
口元を歪めて怒った顔の結依に、わたしは目を丸くしながら先を促した。
話はこんな感じだった。
わたしが結依の家を出たあと、二人はお化粧を済ませ浴衣に着替えて、六時過ぎに家を出たらしい。
——わたしがコースケと学校へ向かう、少し前ね。
「それで、それで?」
今のところ、とくに問題はなさそうだ。
ところが二人は再び顔を見合わせ、ため息まじりに続けた。
「駅の南口を出たあたりだったわよね。」
「……はい、そうです。」
どうやら二人は行く先々で、男たちに声をかけられたらしい。
「もう大変だったの。澪ちゃん、何人くらいだったっけ?」
「う〜ん、数えてないです。」
しかも群がる男たちを、結依が片っ端から切って捨てたそうなのだ。
「本当に凄かったんですよ、結依さん」
——消えて。
——うざい。
——自分の顔見て声かけなさいよ。
言い寄る男たちを一刀両断していく結依の姿を勝手に想像して、わたしは苦笑いを浮かべながら先を促した。
すると、結依の顔がさらに歪む。
「どうしたの?まだなにかあるの。」
「トオルよ。」
結依の表情が、怒りの色に変わった。
「トオル……?もしかしてうちのクラスの?」
問いかけると、結依は歯を剥き出しにしながら「そうよ」と答えた。
うちのクラスのお調子者、トオル。
かつて文化祭のとき、わたしと結依を「ぬりかべ」と「ぬらりひょん」に仕立て上げた、忘れもしない憎き男。
思わずわたしの顔も歪んだ。
「そ、それでアイツ、なにしたのよ。」
「それがさぁ」
結依がちらりと澪を見ると、澪は恥ずかしそうにうつむいた。
詳細はこういうことらしい。
澪がかき氷を食べたいと言い、結依が屋台の前で待っていたところ——その隙をついて、トオルが澪に声をかけたのだそうだ。
『きみ可愛いね。どこの学校?』
『いま一人なの?一緒にお祭り回らない?』
——最悪。
トオルが澪に話しかけている光景が頭に浮かんで、背筋に悪寒が走った。
「すぐに私が気づいて、困ってる澪ちゃんを助けに行ったのよ。そしたらさぁ。」
『えっ、結依の友達なの!』
『これから他のクラスやつも合流するから、一緒に回らない?』
「そんなこと言うのよ。信じられないでしょ。」
顔を歪めて訴える結依に、わたしは何度も頷いた。
「それで……」
「もちろん切ってやったわよ。『一昨日来やがれ』って!」
さすが、結依ね。
よく言った。
すると澪が、もじもじと手を動かしながらわたしたちを見やった。
「でも私……ちょっと嬉しかったかなぁ。男の人に声かけられるの、初めてだったから。」
「「ダメよ!」」
わたしと結依の声が、きれいにハモった。
「あんな男はダメよ澪ちゃん。良い男なら他に紹介してあげるから。」
「トオルだけは絶対ダメ。変な人に騙されちゃダメよ、澪」
肩をすくめる澪の顔を見て、
——澪、無防備過ぎなんだから。
胸がざわりと揺れた。
★☆
「じゃあ、そろそろ旅行の話しましょ。」
結依が話を切り替えた。
結局旅行は、結依の叔父さんの別荘を借りることが出来、そこに二泊三日で行くことに決まってた。
「そうね。バーベキュー、なに焼く?」
「違うでしょ、明穂。また食べ物の話。待ち合わせの時間とか、荷物の分担とか、決めることがいっぱいあるんだから」
結依があきれたようにわたしを睨む。
「別荘かぁ、私そんなところ泊まった事ないです。ほんと楽しみです。」
澪も身を乗り出してきた。
「じゃあ早速、決めていきましょ。」
結依が音頭を取って、わたしたちはわいわいと旅行の話し合いを始めた。
「食材はいつ買う?肉は多めで。」
「もう……、それよりは肝試しはどうする。」
「えっ!」
「私はちょっとやってみたいかも。」
「ほら澪ちゃんも乗り気じゃないの。」
笑い声の絶えない打ち合わせの中で。
わたしはまだ気付いていなかった。
この先に待つ出来事が、わたしたちの日常を大きく変えてしまうことを。
その日はすぐ近くまで来ていた。




