九話目 私の答え…
――ありがとう。
不意に告げられた言葉に、わたしはきょとんと首を傾げた。
なんのお礼……お祭りに付き合ったこと?
聞き返そうとした瞬間、夜空に大輪の花火が咲く。
赤や青の光を見上げながら、コースケが静かに口を開いた。
「中学のときさ。三年の先輩が怪我して、代わりに二年の俺が試合出たことあったろ。覚えてるか?」
言われて記憶を探る。
「うーん……あったっけ?」
「あったよ、もう……」
呆れたように笑われる。
でも覚えていないものは仕方ない。
「それで?」と続きを促すと、コースケは小さく息を吐いた。
「あのとき俺、めちゃくちゃビビってたんだよ。
足引っ張ったらどうしようとか、
俺のせいで負けたらどうしようとか、そんなことばっか考えててさ。」
花火の光が横顔を照らす。
「そしたら明穂が、いきなり俺の尻を叩いてきたんだ。」
「あー……」
ぼんやり思い出してきた。
「まだそんなに喋ってなかった頃だよね?」
「そうそう」
コースケは懐かしそうに笑う。
「『しっかりして。固くなってるよ』って言われてさ。
そのあとも『一点くらい取ってきなさいよ』とか、『負けたらジュース奢りね』とか、ずっと喋ってきて。」
……うん。
それは確かわたしっぽい。
そう思っていたら。
「嬉しかった。」
しみじみとした声が落ちてきて、わたしは思わず隣を見る。
花火の閃光に照らされたコースケと、一瞬だけ目が合った。
胸が小さく跳ねる。
誤魔化すように、わたしは夜空へ視線を逃がした。
「緊張が一気に抜けたんだ。 おかげでいつものプレーできてさ、点も取れて。最高のデビューだった。」
夜空で花火が弾ける。
「あのとき、ありがとうな。」
「……別に」
素っ気なく返したけれど、胸の奥が妙に落ち着かなかった。
どうして今さら、そんな話をするんだろう。
わたしが黙っていると、コースケは続けた。
「そのあと仲良くなってさ。 バスケでも勉強でも張り合って、ゲームして、明穂がむきになって怒るの面白くて。喧嘩もいっぱいしたよな。」
楽しそうに笑う声。
「めちゃくちゃ楽しかった。
ありがとう、明穂。」
「……うん」
また礼を言われる。
花火の音はあんなに大きいのに、不思議なくらいコースケの声だけがはっきり聞こえた。
なんだか顔を見られなくて、わたしは膝を抱える。
少しの沈黙のあと、コースケがぽつりと言った。
「俺が三年のとき、練習試合で大怪我しただろ。」
「……うん。」
「あのときさ。もうバスケができなくなって、病院のベッドで笑いながら明穂に言ったとき……明穂、怒ってたろ。
『なんで』って、『そんなの酷いよ』って、泣いてさ。
正直、あのときかなり落ち込んでた。
でもさ、明穂が泣いてくれたの、すげぇ嬉しかったんだ。」
コースケの視線を感じる。
「ありがとうな、明穂。」
「うん。」
コースケは今、わたしがずっと疑問に思っていたことへの答えを話している気がした。
わたしは特別なことなんてしていない。
ただ声をかけて。
隣で笑って。
一緒に悔しがって、泣いただけ。
わたしにとっては当たり前のことだった。
でもコースケは――そんな“当たり前のわたし”を、好きになってくれたんだ。
――そんなの、当然よ。だって……
喉まで出かかった言葉は、最後まで形にならなかった。
夜空の花火が、ふっと途切れる。
静けさの中、コースケが立ち上がった。
「多分、次が最後だろ。」
そう言って、わたしへ手を差し出す。
「前行って見ようぜ。」
わたしは小さく頷いて、その手を取った。
あと少しで、この時間が終わってしまう。
「なぁ、明穂。」
「なに?」
トクトクと胸の奥で鳴り続ける鼓動を隠すように、わたしはコースケへ顔を向けた。
「夏休み、まだ始まったばっかだろ。 また二人で、どっか行こうぜ。」
「じゃあねぇ……水族館。」
「水族館? 明穂って、そんな好きだっけ。」
わたしは小さく笑って首を振る。
「デートっぽいでしょ?」
一瞬きょとんとしたコースケが、ふっと吹き出した。
「なんだそれ、明穂らしいな。」
「でしょ?」
つられるように、わたしも笑う。
「なぁ、明穂。」
「うん? なによ。」
「……好きだよ。」
その瞬間。
わたしたちの周りの時間が、止まった。
車の音も、風の囁きも、遠くへ消えていく。
自分の呼吸すら、うまくできない。
「明穂といると楽しくてさ。 気づいたら、ずっと目で追ってた。」
コースケは緊張したように拳を握り震えを止めていた。 それでも、視線だけは逸らさない。
「いつの間にか、明穂が俺の中心にいたんだ。 だから――答えを聞かせてほしい。」
まっすぐな言葉が、胸の奥へ落ちてくる。
「俺と、付き合ってくれないか。」
息が止まる。
そのタイミングで、最後の花火が夜空へ打ち上がった。
鮮やかな光。 消えていく音。
わたしは俯いた。
答えを出さなきゃいけない。
もう逃げたくない。
逃げるつもりもない。
気持ちは、ちゃんと決まっている。
自分の想いを、そのまま伝えればいい。
そう思って、息を吸って顔を上げた、その時だった。
――ダメ!
はっきりと、声が聞こえた。
「えっ……?」
思わず声が漏れる。
――お願い、やめて。
今度はもっと鮮明に。
胸の奥から響く、悲鳴みたいな声。
コースケが不安そうに眉を曇らせる。
――誰……?
問いかけても、返事はない。
ただ。
――お願い……
――お願いだから答えないで。
その言葉だけが、何度も響く。
そして、わたしは気づいてしまった。
この声の正体に。
――わたし……だ。
胸のざわめきと共に息が荒くなる。
どうして。
なんで、そんなこと言うの。
問いかけても、返ってくる答えは変わらない。
――ダメ、お願い。
――コースケのために、答えないで。
違う!
心の中で、わたしは強く否定し、拳を強く握りしめた。
わたしの答えは決まっている。
ちゃんと、自分の気持ちでそう思ってる。
コースケのため?
なによそれ、そんなわけ、ないじゃない。
ヒュゥゥゥ――――ドンッ。
最後の花火が、夜空に大きく咲いた。
眩しい光が広がって。
そして、静かに消えていく。
わたしはもう一度、顔を上げた。
まっすぐコースケを見る。
心の答えを、
思いを、
静かに告げた。
「わたしも、コースケが好き。」
「……ずっと、ずっと。
コースケのこと……、好きだったよ。」
耳の後ろから熱が広がっていく。
いつの間にか胸の奥で響いていた声が、ぴたりと止まった。
コースケが目を見開いて、じっとわたしを見つめてくる。
「わたし、お化粧も下手だし、料理もできないし……。 全然、女の子っぽくないよ?」
わたしは首を傾げた。
「それでも……わたしでいいの?」
するとコースケは、顔を真っ赤にしながら。
それでも迷わず、頷いた。
「うん」
その返事が嬉しくて。
わたしは泣きそうになるくらい、笑った。




