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repeat(リピート) ~運命の指輪に願うこと~  作者: しんいち
六章 私の答え

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八話目 二人だけの特等席

 わたしは静かに息を整えた。

 

 射的台の奥――ちょこんと座る子熊のキーホルダーを見据え、足踏みを始める。


 肩の力を抜き、腰と肩を一直線に揃え胴作り。

 

 銃口にコルクを詰め。

 静かに構え、ゆっくりと打起し。

 

 そして――会。

 

 狙いを定め、お腹の底から細く息を吐いた。

 

「こんな勝負、認めない。――わたしが変える」

 

 決め台詞と共に、引き金を引く。

 

 ぽんっ。

 

 乾いた音と共に飛び出したコルクが、子熊の頭に軽く当たった。

 

 ぐらりと小さく揺れた熊は、そのままくるりと回り――ぽてっと倒れる。

 

 カラン、カラン。

 

 店員が鳴らす祝福の鐘。

 その音を聞きながら、わたしは満足げに残心を決めた。

 

 おもちゃの銃を肩に担ぎ、ワナワナと肩を震わせているコースケへ勝ち誇った視線を向ける。

 

「これで三連勝よ。わたしの勝ちね。」

 

 コースケは悔しそうに顔を真っ赤にしていた。

 

「ずりぃだろ。射的に弓道の技持ち込むとか。恥ずかしくねぇのか?」

 

「全然」

 

 罪悪感なんて、これっぽっちもない。

 勝負の世界は非情なのだ。

 勝てば官軍。つまり、わたしが正義。

 

「明穂、もう一戦!  もう一戦だけ!」

 

 子供みたいに再戦を挑んでくるコースケに、わたしは吹き出しそうになる。

 

「良いわよ。何回でも相手してあげる。」

 

 そう言って、わざと耳元へ顔を寄せた。

 

「でもさぁ、勝てるわけないでしょ?  わたし、視力2.5だよ。  あんな的、直ぐそこに人間が立ってるくらいはっきり見えてるんだから。」

 

「やってみなきゃ分かんねぇだろ。」

 

 さらにムキになったコースケが銃を構える。

 

 その姿が、昔の記憶と重なった。

 

 中学の頃。

 バスケをしていた頃のコースケ。

 

 どっちが点を取っただの、リバウンドが多いだの。 負けず嫌いなわたしたちは、いつもこんな風に張り合っていた。

 

 ……きっと、コースケなりに気を遣ってくれたんだ。

 

 様子がおかしかったわたしを。

 元気づけようとして、ここへ連れ出してくれた。

 

 その不器用な優しさが、なんだか嬉しい。

 射的台に向かう横顔を見つめながら、わたしはそっと胸の中で呟く。

 

 ――ありがとう、コースケ。

 

 ……でも、それとこれとは別の話。

 

 的を外して悔しそうに呻くコースケを見て、わたしはにやりと笑った。

 


 ★☆

 

「ほら、やっぱりわたしの勝ち。」

 

 最後の勝負も、コースケは善戦した。

 けれど結果は、わたしの圧勝。

 

 拗ねたように視線を逸らすコースケへ、わたしはそっと顔を寄せる。

 

「約束は保留にしてあげる。 楽しみにしてて?」

 

「明穂、あれ撤回! マジで勘弁!」

 

 焦った声に、わたしは聞こえないふりをした。

 笑いながら前を向いた。


 西の空が、ゆっくりと茜色に染まっていく。

 浴衣の袖を軽く引き上げ腕時計に目を落とすと、時刻は六時半だった。

 

 ――けっこう遊んだなあ。

 

 商店街の頭上に吊るされた提灯には、いつの間にか明かりが灯っていた。

 人通りも昼間よりずっと増えて、祭りの熱気が夜へ向かってじわじわと膨らんでいく。

 

「コースケ、花火どこで見る?」

 

 例年なら七時を少し過ぎた頃に上がる。

 もう一時間もない。

 どうせなら、ちゃんと見える場所で見たい。

 

 そんなことを考えていると、コースケが待ってましたとばかりに周囲を見回して、小さく囁いた。

 

「いい場所、知ってるんだ。」

 

 その悪戯っぽい笑みに、胸がざわりとした。

 

「どこ?」

 

 つられて、わたしまで声を潜めていた。

 するとコースケは当たり前みたいにわたしの手を掴む。

 

「ないしょ。」

 

 そう言って、そのまま歩き出した。

 

 ――え、なにそれ。

 

 人の流れとは逆方向へ進んでいく。

 賑やかな通りを離れるたびに、胸の奥がそわそわした。


 裏路地へ曲がると人影が一気に減って、祭りの日とは思えないほど静かな道になる。

 薄暗い路地をコースケは迷いなく進んでいく。その背中を追うたびに、心臓が変に速くなった。

 

「ちょ、ちょっとコースケ!」

 

 呼び止めても、本人はにやにや笑うだけだ。

 

 ――えっ、まさか。

 

 こんな場所で告白、とかないよね。


 もっと雰囲気のいい場所があるでしょ、普通。

 

 頬を膨らませながら路地を抜けると、見覚えのある景色に気づいた。

 

「あれ……ここって、学校行く道じゃない?」


 見覚えのある通学路だった。

 この先は、わたしたちの高校。

  

「行こうぜ。」

 

 コースケが親指で校舎の方向を示した。

 

 ――学校?

 

 意味が分からないまま後をついていくと、辿り着いたのは案の定、学校の正門だった。

 

 当然、門は閉まっている。

 校舎にも明かりはなく、夜の学校は昼間とはまるで別物みたいに静まり返っていた。

 

「ここから見るの?」

 

「違うよぉ明穂、こっち。」

 

 手招きされて校舎裏へ回り込むと、コースケが足を止めたのは――秘密の入口だった。

 

「ここから入れるんだぜ。知ってた?」

 

「う、うん……」

 

 部活の先輩から聞いたことがある。

 先生たちには秘密の入り口、と言うより柵と柵のわずかな隙間。


 気づけばコースケはもう中へ潜り込んでいた。

 

「ばれたら怒られるよ……」

 

 きょろきょろと辺りを見回すわたしに向かって、コースケは平然と手を伸ばした。

 

「大丈夫。今日は誰もいないって。」

 

「もう……」

 

 呆れながら、その手を取る。

 でも柵を抜ける瞬間、胸が妙に高鳴った。

 

 校舎裏を、二人でこそこそ進む。

 

「どこ行くの?」

 

「屋上。非常階段から行けるんだよ。一年のとき先輩に教えてもらったんだ。花火見るなら特等席だって。」

 

 得意げに笑うコースケに、思わず顔をしかめる。なんだか泥棒みたいだ。

 

 でも――嫌じゃなかった。

 

 怒られそうな罪悪感よりも、秘密基地に忍び込んだみたいな高揚感の方がずっと大きい。


 わくわくする。


 それが少し、悔しい。

 

 少し腰を屈め、手すりに身を隠しながら階段を上がっていく。


 コースケはスパイ映画みたいに曲がり角を覗き込んでは、わたしを手招きする。

 その大袈裟な仕草がおかしくて、何度も吹き出しそうになった。

 

 そして。

 

 屋上を閉ざす最後の扉を通り抜けた瞬間、夜風がふわりと頬を撫でた。

 

「着いた!」

 

 人工芝の敷かれた、見慣れた場所。

 なのに今夜は、昼間とはまるで違って見える。


 町明かりのせいで真っ暗ではないけれど、人気のない学校は少しだけ不気味で。

 わたしは無意識にコースケの近くへ寄っていた。

 

「なんだ明穂、怖いのか?」

 

「違うもん。」

 

 からかう声に口を尖らせた、その瞬間だった。

 

「――もうすぐ上がるな。」

 

 コースケがスマホを確認しながら呟く。

 次の瞬間。

 

 

 ヒュゥゥゥ――――ドンッ。

 

 

 轟音とともに、夜空へ大輪の花が咲いた。

 

「わぁ……!」

 

 次々と打ち上がる光の花が、夏の夜を鮮やかに染めていく。


 大きな花火、小さな花火が、息も付かせぬ勢いで次々に上がっていく。


 わたしとコースケは、声も出さずその花火に見とれていた。

 そして一瞬の間。

 花火が一斉に上がり、昼間のように明るくなる。


「凄い!」


 わたしの声が掻き消されるように夜空に轟音が鳴り響いた。

 

 校舎越しに見る花火は、思っていたよりずっと綺麗だった。

 金網が少し邪魔なのに、それすら特別に思えた。

 

 ここには、わたしとコースケしかいない。

 

 まるで二人だけのために花火が上がっているみたいで、胸がくすぐったくなる。

 

「すごい!あの形、初めて見た!」

 

「だろ?」

 

「うん、ほんと綺麗……!」

 

 花火の光に照らされたコースケの横顔を、ちらりと見た。

 

 この時間が終わらなければいいのにな。


 ★☆

   

 花火大会も中盤に差しかかった頃、少し間が空いたタイミングでコースケが口を開く。

 

「明穂、ベンチ座ろうか?」

 

「うん」

 

 歩き回ったせいで、草履の鼻緒が少し痛かった。二人でベンチに並んで腰を下ろして、次の花火を待ちながら夜空を見上げていると――。

 

「……ありがとう」

 

 不意に。

 コースケが、わたしの顔を覗き込みながらそう言った。


  



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