七話目 繋いだ手の温度
駅前の小さな公園。
周りを見渡したけれど、コースケの姿はまだない。
腕時計を確認すると、五分前。
もう一度あたりを見回して、「う~ん」と溜め息をついて俯いた。
それにしても、恥ずかしい。
こんなにがっつりお化粧をして出歩いたことなんてないから、周囲の視線がやたらと気になって、顔を上げていられない。
結依と澪は綺麗だと褒めてくれたけれど……本当に大丈夫かな、わたし。
本当に綺麗に見えてる?
考えれば考えるほど不安になってくる。
――早く来ないかな。
もう一度、腕時計を見る。
約束の時間を五分過ぎていた。
いつもならわたしより先に来ているはずなのに、何かあったのだろうか。
「明穂!」
「うわっ!」
「ご、ごめん。」
浴衣姿のコースケがいきなり声をかけてきて、わたしは目を丸くした。
わたしとお揃いの、深い紺色の浴衣。
いつもと違う、大人っぽいコースケに思わず見とれた。
「本当にごめん。」
コースケがさらに謝ってくる。
「ううん、全然大丈夫だよ。コースケにしてはちょっと遅かったけど、何かあったの?」
問いかけると、コースケはすぐに首を横に振った。
「気付かなかった。」
「んっ?」
「だって、めっちゃ綺麗だから。明穂だって気付かなかったんだ。」
心臓がどくんと跳ねた。
目が飛び出しそうなくらい見開いて、ぱちぱちと瞬きをする。
「き、綺麗?」
「うん、すごく綺麗。」
コースケが頭を掻きながら言い訳を続けた。
「ちょっと前に来てたんだけど、待ち合わせ場所に綺麗な人がいてさ、ナンパだと思われるの嫌だから少し離れた場所にいたんだ。まさか明穂だとは思わなくて……本当にごめん」
――いやいや、謝らないで。
めっちゃ褒められているんですけど、わたし。
心臓が壊れそうなくらいドキドキしているんですけど。
「なあ明穂。これ、似合ってるか?」
今にも倒れそうなわたしの事情など知る由もなく、コースケが照れくさそうに浴衣を見せてくる。
「真琴のヤツ、地味とか言ってたけど……やっぱり地味か?」
「ううん……似合ってる。コースケじゃないみたい」
褒めてもらったお返しに、わたしはコースケへ笑顔を向けた。
少し頬を赤くしたコースケが頭を掻く。その姿につい、くすっと笑いがこぼれた。
「じゃあ行こうぜ。小腹も空いたし、軽く何か食べようか。」
コースケがわたしの手を取って歩き出した。
――ちょっと待って、コースケ。
なんで自然に手を繋いでいるの。
て、手汗がやばいんですけど。
なによこの攻撃は。綺麗だと褒めておいて、続けて手繋ぎのコンボなんて、わたしの心が耐えられる訳がないでしょ、もう!
「何がいい、明穂?」
「じゃあ……たこ焼き」
そ、そうよ。落ち着きなさい、わたし。好物を食べて意識を逸らすのよ。
「了解!じゃあ行こうぜ。」
――ひぃ。
手をぎゅっと握られて、悲鳴が出そうになった。
たこ焼き屋に着いた。
一昨日来たばかりのいつものお店が、今日はすっかり様変わりしていた。
軒先に提灯が揺れて、ポップもお祭り仕様。
中のおじさんも法被を纏って、まさにお祭りといった出で立ちだ。
「おっ、明穂ちゃん!見違えちゃって。
コースケくんもカッコいいねえ!」
おじさんの威勢のいい大きな声が飛んできて、わたしは思わず俯いた。
やっぱりまだ慣れない。
代わりにコースケが挨拶を返すと、「どれにする?」と柔らかな声が聞こえて顔を上げた。
――ギルティ デラックス フルコンボ。
一瞬、その名前が視界に映ったけれど。
「こ、これにする。」
指を差したのは、普通のたこ焼きだった。
「どうした明穂?」
「元気ないのかい、明穂ちゃん?」
二人が同時に驚いた顔をするけれど。
緊張してる人間が、あのフルコンボを食べられる訳がないでしょ。
「ちょっと帯がキツくて……エヘヘ」
そう言い訳して笑って見せる。
「そうなんだ。絶対これだと思ったから、心配したよ」
「いやあ良かった。具合が悪いのかと思った。」
――失礼ね、まったく。
わたしだっておしとやかにする時くらいあるのよ。
ぷっと頬を膨らませて、そっぽを向いた。
たこ焼きを一粒口に放り込む。
「うん、美味しい。」
この瞬間が、妙に落ち着く。
コースケもわたしが持つ皿から一粒楊枝で取って、口に入れた。
「うまい。やっぱここのたこ焼き、美味しいよな。」
満足そうに目を細める。
や、やっぱりこれかしら。
何かをしていないと、今のわたしは落ち着かない。
コースケが隣にいるだけなのに。
……なんでこんなに苦しいの。
おそらく、これはストレス。
お化粧なんてしないわたしが、お化粧をして、好きな人と夏祭りデートをして、さらにしおらしく見せようと食べたいものまで我慢している。
これはきっと、拒否反応というやつに違いない。
だったらするべきことは、ただひとつ。
「ねえコースケ、次あれ食べよ。」
「綿菓子!?帯苦しいんじゃなかったのか。」
「いいの、いいの、ほら!」
何かが、弾けた。
我慢の限界だった。わたしはコースケの袖をぐいっと引いて、次の屋台へと急いだ。
★☆
く、苦しい……。
食べ過ぎた。
綿菓子、ソーセージ、人形焼き、りんご飴。
デザートに焼きそばをと思って取っておいたのに、もう入らない。
帯を緩めたい。でも一度緩めたら元に戻せない。でも何か食べていないと……。
「ねえコースケ、次あれ!」
かき氷の屋台を指差した。かき氷なんて所詮は水だ。あれくらいなら腹には入るかも。
そのとき、コースケの手がわたしの手を掴んだ。
「明穂、落ち着けって。」
そのまままた手を引かれる。
「うん……」
思わず俯いた。
――しまった。
はしゃぎすぎた。
いや、違う。
また、逃げた。
ストレスだなんて勝手な言い訳をして、自分を誤魔化していただけだ。
わたしが逃げていたのは、コースケからの告白から。
気持ちはもう決まっているはずなのに、なぜか心も身体も、どこかで拒否をする。
わたしが弱いから。
恋愛の耐性がないから。
それとも、あのとき偶然聞いてしまったあの『ダメ』という言葉のせいなのか。
もうよく分からない。
自然に振る舞えない。
普段のわたしがどんなだったか、さえ思い出せない。
黙ってわたしの手を握るコースケの横顔をちらりと盗み見ては、またすぐに俯く。
せっかくの楽しいデートなのに、わたしのせいで……また。
コースケの顔を見るたびに胸が締め付けられて、泣きたくなってくる。
黙ってるけど、やっぱり呆れちゃったのかな。
ドン。
「うわっ!」
前を見ていなかったわたしが、コースケに軽くぶつかった。
恐る恐る顔を上げると、コースケの横顔がすぐそこにあった。
口角をわずかに上げて、顎をくいっと持ち上げている。
「これやろうぜ!」
視線を辿ると、射的の屋台だった。
目を丸くするわたしに、コースケが「勝負しようぜ」と持ちかけてくる。
「うん、別にいいけど。」
戸惑うわたしの手を引いて、コースケは射的の屋台へと連れていった。
「三回勝負。負けた方が勝った方の言うことを聞く。それでいいか?」
「えっ!」
突然の宣言に焦るわたしを見て、コースケはにやりと笑った。




