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repeat(リピート) ~運命の指輪に願うこと~  作者: しんいち
六章 私の答え

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二話目 まだ友達のままで

「ひ、ひどい顔してるわよ、明穂。」

 

 朝の待ち合わせ。

 結依の第一声を聞いて、わたしは力なく鼻で笑った。

 

 ――分かってる。

 

 昨夜は目を閉じるたびにコースケの顔が浮かんで、緊張と、ときめきと、震えと、その他いろいろ、ごちゃ混ぜになって、結局一睡もできなかった。

 

 クマは酷い。

 寝癖は直らない。

 お腹まで痛い。

 

 久しぶりに、最悪の朝だった。

 

「ご、ごめん……明穂。そんなに追い詰められてるなんて、し、知らなかったから……」

 

 ――やめて。そんな哀れみの目で見ないで。

 

 わたしだって、恥ずかしい。

 

 恋愛漫画を見てはキャッキャ騒いで、恋愛ドラマを見てはウフフと笑って、そんなことを繰り返していた自分が、まさか''こっち側''に来るとは思っていなかった。

 

 こんなに苦しいなんて、知らなかった。

 

 ごめんなさい。

 

『早く告白しちゃいなさいよ』

 

 あんな言葉を吐いて、本当にごめん。

 だから許して。わたしを解放して。

 

 ぶつぶつと念仏を唱えながら、時折り意味のない笑いが口から漏れる。

 世の恋愛漫画の主人公たちに、土下座して回りたい気分だった。 

 

「だ、大丈夫、明穂?」

 

 遠くから結依の心配する声が聞こえて、フフフと笑いながら頷いた。

 

 全部、あの男のせいだ。

 

 コースケ、もう。

 

 嬉しいよ。嬉しいんだけど。

 こっちにだって心の準備というものがあるじゃない。

 どのタイミングがいいのかも分からないけどさぁ、あと三日なんて、そんな。

 もう……。

 

「し、しっかりして、明穂!」

 

 なんだか、泣きたくなってきた。


 結依に半ば引っ張られるようにして、わたしは学校へとたどり着いた。

 

 下駄箱を抜けて、二階への階段を上る。

 クラスの扉まであと数歩というところで、足が急に重くなった。

 

 ――金縛り。

 

 いや、違う。


 これは予感だ。

 

「どうしたの、明穂?」

 

「ねえ結依……。教室の中、ちょっと見てきてくれない。」

 

 結依が首を伸ばして扉の隙間から覗き込む。

 

「いるわよ、コースケくん。」

 

 やっぱり。

 

 わたしの第六感はよく当たる。

 

 以前、友達に「動物みたいな勘ね」と呆れられたこともあるけど、今はそんなことどうでもいい。

 

「どうするの、明穂。このまま廊下で固まってるつもり?」

 

「うん……」

 

 囁くように促され、わたしは重い足を引きずりながら教室へと入った。

 

「明穂おは……、って、どうしたの!」

 

「おはよう、あき……えっ」

 

 通りすぎるクラスメイトたちが口々に言葉を止める。

 よほど酷い顔をしているのだろう。

 

「おう、明穂、久しぶり!」

 

 コースケの声が聞こえた瞬間、肩がドキッと揺れた。

 久しぶりに聞いた声なのに、嬉しいのに、顔がまともに見られない。頬が燃えるように熱い。

 

「どうした明穂、酷い顔して。」

 

 わたしの椅子に座って覗き込んでくるコースケが、心配そうに声をかけてくる。

 

 ――あんたのせいでしょ。

 

 恥ずかしいのやら、顔を見られたくないのやら、一晩中目が冴えて一睡もできなかったことが頭をよぎって、気づいたら腹が立っていた。

 

「もう、どいてよ。」

 

 つい声を荒げて、コースケを席から追い払う。

 

「なんだよ、急に……」

 

 不満そうに口を尖らせながら、コースケが渋々立ち上がった。

 席について、わたしはぷいっと机に顔を伏せた。

 

 見られたくなかった。

 こんな酷い顔も、八つ当たりしている自分の顔も。

 

 背後で結依がコースケに何か言っている。

 「具合が悪い」という言葉が、ぼんやりと耳に届いた。

 

 久しぶりに会えて、声が聞けて、本当は嬉しいのに。

 胸がぎゅっと締め付けられる。

 

「ちょっと、明穂!」

 

 恐る恐る顔を上げると、コースケの姿はもうなかった。代わりにそこにいたのは、鬼の形相の結依だった。

 

「いい加減にしなさいよ。コースケくん、可哀想じゃない。」

 

 叱りつけられて、肩が縮む。

 

「きっと勇気出して会いに来たのよ。

 それなのにあんな言い方して……もう知らないからね。」

 

「うん……ごめん。」

 

 結依に謝って、それから、廊下の向こうに消えたコースケにも、心の中で謝った。


 ★☆

    

 昼休み。

 わたしはまだ責められていた。

 

「それで、だったんですね。」

 

 朝の経緯を聞いた澪が、目を丸くする。

 

「コースケさん、ずっと死んでましたよ。

 負のオーラ全開で。」

 

「えっ」

 

「見るも酷い有り様でした。

 クラスのみんなも声をかけようとして、でも誰も近寄れなくて。私も行ってみたんですけど……」

 

 澪が言葉を濁す。

 

 ――やめて澪、それ以上言わないで。

 

「ごめんね、ごめんね、コースケ。」

 

 どうしたらいいか分からなくて、頭を抱えてひたすら謝り続けた。

 すると結依がわたしの肩をぽんと叩く。

 

「落ち着きなさい、明穂。過ぎたことは仕方ないわ。」

 

「結依……」

 

 優しい言葉にすがりつくと、

 

「きっとコースケくんも、明穂のことは諦めたわね。」

 

「えっ!」

 

「あんな酷い態度をとられたら、そりゃ愛想も尽きるわよ。でもよかったじゃない、これで楽になれて!」

 

 傷口に塩を塗り込んできた。

 思わず、瞳に涙が滲んできた。

 

「嘘よ。でもね、いつまでもそんな態度を続けてたら、本当になっちゃうわよ。ちゃんと応えてあげないと」

 

「うん……」

 

 顔を歪めながら、子供みたいに頷いた。

 

「じゃあ明日、ちゃんと伝えなさい。分かった?」

 

「うん……」

 

 とは言ったものの、覚悟はまだ、どこにも見当たらなかった。

 

「じゃあ話はここまで。旅行の計画なんだけど……」

 

「あの、今日の放課後、喫茶店で話しませんか?」

 

 結依の言葉を遮って、澪が提案してくる。

 

「ほら、明穂さんが行きたいって言ってたお店で。」

 

 澪がちらりとわたしを見た。

 

「明穂さん元気なさそうだから、美味しいものを食べたら少し元気になるかなって……どうですか?」

 

 わたしと結依を交互に見ながら、遠慮がちに確認してくる。

 

「私はいいけど、明穂は?」

 

「部活の後でよければ……」

 

「じゃあ決まりね。私と澪ちゃんは先に行って待ってるから、明穂は後で合流して。」

 

「うん」

 

 わたしは、できるだけ元気に返事をした。


 ★☆


「うーーーん」

 

 部活に出たわたしの矢は、やはり外れた。

 

 足踏みしても位置が定まらず、踏み直す。

 胴造りしてもどこか落ち着かない。

 会に入るとコースケの顔が浮かんで、溜めが作れないまま早打ちになる。

 

 当たらない訳じゃない。

 でも散っている。

 集中できていない。

 

 順番を替わり、ペットボトルのお茶を一口飲んで、息をゆっくりと吐いた。

 

 昼休みが終わってからずっと、同じことを考えていた。

 

 コースケのことが好きなのに、いざ告白されると聞いた途端、どうしてこんなにも心が乱れるのだろう。

 

 コースケと手を繋いで歩く場面なんて、何度も頭の中で描いた。

 少し前、みんなでシフォンケーキを作ったとき、台所で肩が触れるくらい並んでドキドキもした。


 嫌じゃない、全然嫌じゃない。

 

 なのに、わたしの中の何かが、彼を遠ざけようとしている。

 

 最初は、関係が壊れるのが怖いからだと思っていた。

 

 でも、たぶん違う。

 

 うまく言葉にはできないけれど、もっと根っこのところ――心の奥底で、ブレーキみたいなものが働いている。そんな気がする。

 

 何なのかは、分からない。

 

 そもそも、コースケはわたしのどこが好きなんだろう。


 結依みたいに女子力が高い訳でもないし、澪みたいに頭が良い訳でもない。自慢できることといえば、少し運動神経がいいくらい。

 そんなわたしがコースケの隣に並んで、釣り合うのだろうか。

 

 考えれば考えるほど、暗い方へと引っ張られていく。

 

「明穂さん」

 

 後輩の声に、顔を上げた。

 お茶をもう一口飲んで、矢籠を受け取る。気持ちを切り替える。

 

 ――今はやめよう、こんな考えは。

 

 明日、まず最初にコースケに謝る。

 今朝の八つ当たりを、素直に謝る。

 そのあとのことは……まあ、何とかなるわよ、きっと。

 

 それに今日はこの後――フフフ。

 

 順番に戻り、わたしは足踏みを始めた。さっきよりずっと安定している。

 

 胴造り。

 息を吐いて、肩と腰の位置を揃える。力が、ちゃんと抜けている。

 

 弓構え、打起し。

 いい感じだ。

 

 そして会――。

 ゆっくりと、息を吐く。

 

 狙うはパフェ。

 

 夏季限定、トロピカルフルーツパフェ。

 矢を放った。

 

「よーし」

 

 みんなの掛け声が聞こえて、わたしはニヤリと笑った。


 ★☆

 

    

 放課後。

 さっさと着替えを済ませて、わたしはスキップしながら喫茶店へと急いだ。

 

 切り替えが早いのが、わたしの良いところ。

 

 あのあとの矢は全部、気持ちのいい場所へ飛んでいった。そうよ、考えすぎてはダメ。まずパフェを攻略して、そのあとは――。

 

 目当ての喫茶店が、前方に見えてきた。

 足が自然と速くなる。

 

 すると。

 足が、急に止まった。

 

 あれ……? 


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