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repeat(リピート) ~運命の指輪に願うこと~  作者: しんいち
repeat1 タイムリープ

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三話目 決意の一射

ひとしきり涙を流したあと、わたしは先生に結依が刺された経緯を聞いた。

 

 先生の話はあまりにも現実的で、

 あまりにも――理不尽な理由だった。

 

 近くのドラッグストアで、万引きがあったらしい。

 

 犯人は、わたしより少し年上くらいの十代の男。

 会計をせずに店を出たところを店員に呼び止められ、すぐ捕まった――はずだった。 

 

 けれど彼は、警備室へ向かう途中で突然ポケットからナイフを取り出し、暴れて逃げ出した。

 

 そして、その逃げた先に。

 たまたまそこを歩いていたのが、結依だった。

 

 イヤホンをつけ、スマホを見ながら歩いていた結依は、近づいてくる男に気づかなかった。

 後ろを振り返りながら走ってきた男とぶつかり


 ――その瞬間、ナイフは結依の腹部に吸い込まれた。

 

 先生は、そこまで話して一度言葉を止めた。

 

 犯人は刺したことに動揺し、その場から逃げたが、わたしが病院へ来る少し前に自首したとの事だった。


 そして先生は、静かに言った。

 

「……不運な事故だった。」

 

 その言葉が、耳の奥で鈍く響く。

 

「不運な事故……?」

 

 わたしは思わず呟いた。

 事故って、何?

 だから仕方ないって言うの?


 先生の言葉を飲み込もうとするが、飲み込めない。


 気づいた時には、わたしは先生の胸ぐらを掴んでいた。

 指先が震えて、うまく力も入らないのに。


 万引きして、ナイフを持って逃げてくるなんて、誰が予測できるの。

 

 それとも――

 イヤホンをつけて、スマホを見ながら歩いてた結依が悪いって言いたいの?

 

 自首したから何だっていうの。

 反省してるから許してあげろってこと?

 

 そんなわけないじゃない。

 

 胸の奥から、言葉が次々に溢れてくる。

 怒りなのか、悲しみなのか、自分でも分からない。

 

 気づけば、また涙が頬を伝っていた。

 

 先生は何も言わなかった。

 ただ唇を強く噛みしめ、逃げずにその場に立っていてくれた。

 

 ――その沈黙が、かえって現実を突きつけてくるみたいで。

 わたしは、ただ立ち尽くすことしかできなかった。


 先生は、少しだけ言葉を選ぶように間を置いてから、わたしに優しく囁いた。

 

「中森……こんな時にすまんな。

 警察が、お前と葛城が最後に別れた時の状況を聞きたいそうなんだ。

 もし無理なら後日でもいい。先生からそう伝えておく。」

 

 わたしは涙を拭うこともできず、首を横に振った。

 

「だ、大丈夫……です。」

 

 自分でも情けなくなるほど、震えた声だった。

 

「先生も横についてる。辛くなったら、すぐ言えよ。」

 

 小さく頷き、先生に付き添われたまま、警察官の前に座った。


 何を話したのかは覚えていない。

 頭が真っ白で、警察官の質問も聞き取れていたのかすら分からない。


 ただ……


 言葉にするたびに現実が形を持ってしまうようで、胸の奥が冷たくなっていくのだけは分かった。

 

 そのあと、わたしは家に帰った。

 憔悴しきったわたしを見て、お母さんは何度も声をかけてくれた。

 

 けれど……わたしは、ぎこちない笑顔を作って答えた。

 

「平気だよ。」

 

 本当は、まったく平気なんかじゃないのに。

 

 その夜、わたしは一睡もできなかった。

 

 不安で。

 恐怖で。

 

 もし眠っている間に、結依に“もしも”のことが起きたら……。

 そう思うだけで、胸が締めつけられて、息ができなくなりそうだった。

 

 結局、朝を迎えるまで一度も眠れなかった。

 幸い今日は土曜日。

 学校は休みだ。

 仮に学校があったとしても、行ける気はしなかった。

 

 わたしの前の席。

 いつも結依が座っている、あの席に彼女がいない。

 そんな現実を、わたしはまだ受け止められそうにない。

 

 ぼんやりしたまま、わたしはスマホを開いた。

 いつの間にか、LINEの通知がいくつも溜まっていた。

 どれも学校の友達からで、結依を心配するメッセージだった。

 

 ――結依のこと聞いたんだけど、明穂なにか知ってる?

 

 ――お母さんから聞いた。刺されたって本当?大丈夫なの?

 

 ――結依大丈夫?お見舞い行きたいんだけど、状況分かる?

 

 画面をスクロールしていくと、その中に一つだけ、わたしを気遣う『コースケ』からのメールが混ざっていた。

 

『コースケ』

 

 ――結依ちゃんのこと聞いた。明穂、大丈夫か?

 

「コースケ……大丈夫じゃないよぉ。」

 

 呟いた瞬間、また涙があふれた。

 画面が滲んで、文字が読めなくなっていく。

 わたしはスマホを握ったまま、ただ静かに泣き続けた。


 ★☆


 昼を回ったころ、わたしは結依が刺された現場へ向かうことにした。

 もちろん、興味本位なんかじゃない。

 

 確かめたかった。

 

 頭に浮かんだあの映像と、現実が本当に繋がっているのかを。

 

 場所は分かっている。

 病院の帰り際、警察官が教えてくれたからだ。

 わたしはまず、結依と別れたあの場所に立った。

 

 昨日――

 

 あの映像が流れ込んできた場所。

 あの時、わたしは不安を覚えた。

 でもすぐに、白昼夢だと自分に言い聞かせて、結依を呼び止めることもせず帰ってしまった。

 

 もし、あの時声をかけていれば。

 もし、あの時一緒に帰っていれば。

 

 運命は変わっていたのだろうか。

 胸を締めつける後悔に、涙が込み上げる。

 それでもわたしは、ぐっと堪えて歩き出した。

 まるで結依の影を追うみたいに、あの道をなぞっていく。

 

 結依は「少し寄る」と言っていた。

 どこへ向かっていたんだろう。

 人の流れをぼんやり眺めながら進む。

 

 そして――

 

 前方に警察官の姿が見えた。

 黄色いテープが張られ、その周囲で何人かが何かを調べている。

 

 わたしは足を止めた。

 

 ――同じだ。

 

 あの映像と、同じ場所。

 ただ一つ違うのは。

 わたしは泣いていない。

 あの映像の中では、わたしはあの場所でしゃがみ込んで泣いていた。

 

 しかもそれを、上から眺めていた。

 どうしてわたしは泣いていたの?

 どうして現実は違うの?

 

 胸の奥を冷たい予感が走った。

 わたしは思わず踵を返した。

 理由は分からない。

 でも、ひとつだけ確信があった。

 

 ――予知。


 そんなはずはない……

 ――でも

 それ意外に説明がつかない。

 

 病院の看板。

 ベッドに横たわる結依。

 そして、この場所。

 偶然じゃない。

 わたしは、未来を見ていたんだ。

 

 じゃあ――

 なぜ、わたしは、あそこで泣いていなかったの?

 

「結依……結依!」

 

 気づけば、わたしの歩幅は早くなり、

 やがて走り出していた。

 不安から逃げるみたいに。

 嫌な予感を振り払うみたいに。

 

 家に着くと、お母さんは電話をしていた。

 わたしに気づき、一瞬だけ視線を向ける。

 でもすぐに、沈んだ声で話を続けた。

 

「はい……うん……分かったわ。後で明穂を連れて行くわ。」

 

 通話が終わる。

 

「……結依?」

 

 わたしが訊くと、お母さんは小さく頷いた。

 

「いま、結依ちゃんのお母さんから連絡があって……

 状態があまり良くないみたい。明穂にも来てほしいって。」

 

 頭が真っ白になる。

 

 それって――

 

 結依が死ぬってこと?

 

 立っていられなくなる。

 

「……誰か、助けて……」

 

 無意識に漏れた言葉。

 その瞬間だった。

 脳裏に、あの映像が洪水みたいに流れ込んできた。

 思わず頭を押さえる。

 

「明穂、大丈夫?」

 

「……大丈夫」

 

 そう言って、わたしはお母さんの声を振り切るように自室へ駆け込んだ。

 映像は止まらない。

 何度も、何度も繰り返される。

 

 結依が倒れる未来。

 消えない未来。

 吐き気が込み上げる。

 

「何なのよ……何なのこの映像……!」

 

 わたしは叫んだ。

 

「わたしは望んでない!

 結依が死ぬなんて望んでない!

 そんな未来、見たくない!」

 

 誰に向けた言葉か分からない。

 神様か。

 世界か。

 それとも、自分自身か。

 

 胸の奥から、怒りがせり上がってくる。

 わたしは大きく息を吸った。

 そして、足を開き、姿勢を正す。

 

 胴造り。

 

 弓を射る時の基本の構え。

 見えない弓を手に取る。

 

 ゆっくりと打ち起こし――

 引き分ける。

 

 そして会。


 世界から音が消える。

 

 息を整え、心を一点に絞る。

 脳裏に浮かぶ未来を、的に見立てる。

 結依が倒れる未来。

 その一点だけを見据える。

 わたしは、静かに呟いた。

 

「こんな未来、認めない。」

 

 息を吐く。

 そして。

 

「――わたしが変える。」

 

 静かに弦を離した。

 


 

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