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repeat(リピート) ~運命の指輪に願うこと~  作者: しんいち
repeat1 タイムリープ

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二話目 予兆の夜

走馬灯のような映像が、ゆっくりと頭の中で消えていった。

 

 ――なに、いまの。


 気のせいであってほしいのに、思い出そうとするたびに心臓がどくん、と強く鳴る。

 胸の奥に、説明のつかない不安だけが残っていく。


 大丈夫、大丈夫。 ただの白昼夢だ。


 そう自分に言い聞かせる。

 けれど同時に、''そんなはずない''、という声も消えてくれない。


 わたしは呪文のようにそれを繰り返しながら、振り向いて足早に家路へ向かった。


「ただいま。」


 玄関の声に反応して、お母さんがリビングから顔を出した。


「明穂、お帰り。

遅かったわね。今日は部活しないで帰るって言ってなかった?」


「うん……結依の買い物に付き合ってたの。身体は平気だから心配しないで。」


「そう。あんまり無理しちゃダメよ。すぐご飯にするから、支度できたら降りてきてね。」


「うん、分かった。」


 少し心配性なお母さんとの、いつものやり取り。 そのやり取りをしているうちに、さっきの違和感は少しだけ遠ざかっていた。


 わたしの家族は四人。

 優しいお父さんと心配性のお母さん、わたし、それから生意気な二つ下の弟の明人。


 ――そんな、どこにでもある普通の家族。


 食卓につくと、すぐに夕食が並んだ。

 今日のメニューは唐揚げ。わたしの大好物だ。


「姉ちゃん、相変わらずよく食うな。」


 山盛りの唐揚げを見て呆れたように言う弟に、わたしは当然だと言わんばかりに返した。


「いいの。ダイエットしてないし、わたしいま怪我人だから。いっぱい食べれば早く治るでしょ。」


 大きな口で唐揚げを頬張ると、明人はため息まじりに言った。


「姉ちゃんって、ほんと平和で単純だよな。」


「なによそれ!」


 わたしは頬を膨らませて、そっぽを向く。


 食事を終え、栄養を蓄えたわたしは弓の練習をしようとした。 

いつもなら庭でゴム弓を引き、体幹トレーニングまでやるところだけど、今日はまだ身体が痛む。


 だからいつものように部屋で座禅を組んだ。


 これが、わたしなりのイメージトレーニング。


 静かに、弓を引く自分を思い浮かべながら、呼吸の確認をして、イメージの中の的を射貫く。

 

 ――けれど。


 閉じた瞼の裏に浮かんだのは、的ではなく。


 さっき見た、あの――光景だった。


 いくつかの映像が頭に流れ込んできた。

 けれど、その中でもはっきり覚えているものは三つだけだった。

 

 一つ目は、見覚えのない道。

 その場所で、わたしはしゃがみ込んで泣いていた。

 しかもその姿を、少し離れた上から眺めている

――そんな不思議な視点の映像だった。

 

 二つ目は、夜空に光る病院の看板。

 そこは昨日、お母さんに連れられて行ったあの大きな病院。

 

 そして三つ目――。

 それは、病室のベッドの上。

 無機質な機械に繋がれ、静かに横たわる結依の姿だった。

 

 妙に生々しい映像……。

 夢にしては現実味がありすぎる。

 もちろん、現実で結依がそんな目に遭ったことはない。

 

 以前、夢は願望が映し出されるものだと聞いたことがあるけれど――

 

 わたしは、そんなことを望んだ覚えは一度もない。

 

 結依は、わたしにとって掛け替えのない友達だ。

 これからもずっと隣で笑っていてほしい。

 くだらない話で笑い合って、同じ時間を過ごしていきたい。

 

 そんな大切な存在。

 

「わたしは、そんなこと思ってない……」

 

 小さく呟きながら、首を横に振った。

 そしてゆっくりと目を開いた。

 

「はぁ……集中できない。お風呂でも入ってこようかなあ。」

 

 ため息がこぼれる。

 お風呂に入って、早く寝て、また明日も結依と……


 両膝をぱん、と叩き、「よいしょ」と立ち上がろうとした――その瞬間だった。

 

「明穂! 明穂、ちょっと大変よ! 結依ちゃんが……!」

 

 一階から、お母さんの慌てた声。

 続いて、階段を駆け上がってくる足音が響く。

 胸が、嫌な音を立てて跳ねた。

 

 ――やめて。

 

 言葉にならない拒絶が喉の奥で震える。

 

「いや……結依……やめて……お母さん……来ないで……」

 

 不安が、形を持って近づいてくる。

 ドアノブが回る音。

 扉が開く。

 その瞬間、

 わたしの日常は、音もなく崩れ始めた。


 お母さんに連れられ、わたしは呆然としながら病院へと辿り着いた。

 昨日も来たはずの場所。けれど今日は、まるで別の世界の入口みたいに感じる。

 

 視界に入る景色はすべて――

 

 頭の中で見た、あの映像と同じだった。

 結依に何が起きたのかは、車の中でお母さんから少しだけ聞いていた。

 

 結依が――刺された、と。

 

 どうして?

 何で?

 

 理由は、お母さんも分からないらしい。

 結依のお母さんから、泣き叫ぶような電話が来て、何とか病院の名前だけ聞き出せたと話していた。


 手の震えがずっと止まらない。

 

 わたしはお母さんの背中を追いながら、ゆっくりと院内を歩いていく。

 

 刺されたといっても、きっと軽傷かもしれない。

 結依は臆病だから、病室で泣いているだけかもしれない。

 そしたら、わたしは、彼女の頭を撫でて言えばいい。

「怖かったね。もう大丈夫だよ」って。

 

 ――そんな、わたしの都合の良い勝手な妄想。

 

 でも、病室に近づくほどに、

 その妄想は静かに崩れていった。

 代わりに、頭の中に浮かんだあの映像が、現実の輪郭を帯びていく。

 

 廊下の先。

 泣き崩れている結依のお母さん。

 それを支えるお父さんも、声を殺して泣いている。

 

 警察官の姿も見える。

 そして、担任の益田先生も。

 

 周囲は騒然としているのに、

 わたしの耳には、自分の心臓の音だけが異様にはっきり響いていた。

 先生がわたしに気づき、ゆっくり近づいてくる。

 

「……中森。来てくれたのか。」

 

 力の抜けた声だった。

 お母さんは結依の両親の元へ駆け寄り、何かを話し始める。

 わたしはその場に立ち尽くし、先生を見上げた。

 

「先生……何で……どうして……?

 何があったんですか……?」

 

 自分でも分かるほど、声が震えていた。

 先生は一瞬目を伏せ、そして静かに言う。

 

「……それより先に。葛城の顔、見てやってくれないか。」

 

 案内されて連れていかれたのは、

 白い光がやけに眩しい、ガラスで仕切られた部屋。

 

 ――ICU。緊急治療室。

 

 そのベッドの一つに、結依を見つけ、わたしの周囲から音が消えた。

 酸素マスクを着け、

 無数の管に繋がれ、

 静かに横たわっている。

 

 ――わたしが別れ際に見た映像と、まったく同じ姿だった。

 

「結依……」

 

 声が、かすれる。

 

「結依……結依……」

 

 わたしはガラスに額を押し当てた。

 冷たさが、じんわりと皮膚に広がる。

 

「結依……」

 

 気づけば涙が溢れ、止められなかった。

 


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