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repeat(リピート) ~運命の指輪に願うこと~  作者: しんいち
repeat5 歪んだ正解

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39/41

六話目 覚えていて

「うわぁぁ!」

 

 わたしは飛び起きた。

 

「な、なに……ここどこ?」

 

 周りを見渡す。

 暗い室内。

 ベッド。

 丸まった布団に、薄闇の中でぼんやり見える机。

 

 一瞬混乱したわたしの意識は、すぐに現実へと引き戻された。

 

 ――わたしの部屋。

 

 いつもの光景。わたしはすぐに明かりをつけた。

 

「わ、わたし……タイムリープしたよね。」

 

 独り言を呟いて、自分に問いかける。

 

 きょろきょろと挙動不審に部屋を見回してみるが、答えてくれるものは何もない。

 遠くで車の走り去る音が聞こえて、わたしは視線を落とした。

 

 現実と夢の境目が、ひどく曖昧だった。

 

 ――夢?

 

 思わず口に出す。

 

 みらいに背中を押されて、わたしはタイムリープしたはずだった。

 でも、いつも起きる時間の逆行は起きなかった。


 映画のフィルムが巻き戻るような、あの光景。それを見ることなく、気づいたらベッドの上にいた。

 

 それにそもそも……。

 

 わたしに『ショートリープ』なんて能力はない。試したこともないし、仮にあったとしても、きっと使わない。

 

 陽子ちゃんの一件以来、わたしはタイムリープが怖かった。


 また間違いを起こしてしまいそうで、あの時の陽子ちゃんの顔を思い出すたびに、胸が痛んだ。

 

 でも……本当に夢だったの?

 

 妙に現実感があった。


 こんな夢、見たことがない。五日分の記憶を、たった一晩の夢で見るなんて――。

 

 それに。

 

 指先に残る感覚。

 みらいがわたしの手を取ったあの感触が、まだ生々しく残っていた。

 

 息を飲んで、確かめたい衝動にかられた。

 

 時計は夜中の四時。

 仮にいま一時間戻ったところで、部屋の中にいるだけだ。

 何も影響はない……と思う。

 

「そうよ、ショートリープが成功してもそのまま眠れば済む話じゃない。ちょっと寝る時間が長くなっただけで、歪みなんて起こらないわ。」

 

 不安を口に出してみるが、部屋はしんと静まり返っている。その静けさが余計に、胸をざわつかせた。

 

 ――大丈夫よ。

 

 自分に言い聞かせて、手をぎゅっと握った。

 

 一時間……。

 

 目を閉じて、自分が眠っている姿を思い浮かべながら、強く願った。

 

「戻って!」

 

 変化はない。身体に何も感じない。目を開けるのを一瞬躊躇ったけれど、意を決して一気に開いた。

 

 恐る恐る時計を確認する。

 

 変わっていない。針は少し動いただけ。

 周りをもう一度確認するけど、布団はそのまま、着てるものだって変わってはいない。

 

 胸を撫でおろして、ほっと息を吐いた。

 

「やっぱり、夢じゃん。怖かったぁ。」

 

 本音が、つい口から漏れた。

 

「って言うか……今日って何日だっけ。」

 

 あまりにもリアルな夢のせいで、まだ感覚がおかしい。スマホを手に取って、わたしは顔を青くした。

 

「げっ、期末当日じゃん。」

 

 せめてここだけは過ぎ去っていてほしかった。そんなズルい願いを抱きながら、わたしは明かりを消して薄手の布団をかぶった。

 

 目を閉じた瞬間、みらいの顔が浮かんで、思わず目を開けた。

 

「みらい……」

 

 小さく名前を呟く。夢の中の出来事なのに、胸の奥が妙にざわついた。

 

 ――大丈夫かな。

 

 わたしはもう一度、ゆっくりと目を閉じた。


そして朝。

 

「ふぁわわわわ!」

 

 中途半端にしか眠れなくて、まだ少し頭が重い。

 

 ご飯を食べ、歯を磨き、雑に髪を整えて、わたしは駄菓子屋の前へと急いだ。

 

 すると、まだ目が開ききっていない結依がいつものように気だるそうに手を上げた。

 

「明穂、おはよ。」

 

 いつもの日常。いつもの挨拶。

 たった一日前のことなのに、少し久しぶりな気がした。

 

「結依聞いてよ、昨日の夜ね……」

 

 昨日見た夢の話を始める。今回は夢の話だから、堂々とタイムリープのことを話せた。

 

「なにそのSFみたいな話。平和ね。」

 

 大きなあくびを一つして、結依が雑に流した。

 そのあと、地獄の期末試験が淡々と進んでいく。

 

 テストが配られたとき、もし同じ問題だったらどうしようかと思ったけれど、無論そんな都合のいいことは起きなかった。


 仮に同じ問題だったとしても、たぶんわたしは正解を書けなかったと思う。

 

 夢の出来事を現実にはしたくない。

 それにクラストップの成績なんて、やっぱりわたしには似合わない。

 こうして頭を悩ませて、何度も消しゴムで消しながら唸っているのが、わたしのお似合いだ。

 

 ……でもほんのちょっとだけ、答えを知りたい気もするわね。

 

 試験期間が無事に終わって、わたしは結依と澪とお弁当を食べながら夏休みの旅行について話していた。

 

 ぎりぎりだったけど、赤点は回避できた。

 勉強会のお陰なのか、わたしの実力なのかはよくわからないけれど。

 

 そんな中、お弁当を突っつきながら楽しそうに話す澪の顔を、わたしはじっと見つめていた。

 

 彼女は……変わっていない。

 

 いつもの長い髪のまま。学園のアイドルでも、注目を浴びているわけでもない。

 控えめな笑顔をしている、普通の澪だった。

 

 ほっとはするのだけれど、少しだけ複雑な気持ちになる。

 

 夢の話とはいえ、澪からしたらあの澪の方がきっと幸せだったと思う。

 あんな辛い過去を抱えているよりも、周りからちやほやされているほうが、何倍も幸せに決まっている。

 

 ズルい言い方だけど……それだけは、夢のままでよかった。

 

「明穂さん、どうしたんですか? ぼーっとして。わたしの顔に何かついてます?」

 

 急に突っ込まれて、わたしはあたふたと言い訳した。

 

「な、何でもないよ。澪、髪切った方がかわいいかなぁって思って。エヘヘヘ」

 

 笑って誤魔化す。

 

「ぼーっとしてるのはいつものことでしょ。それより、どこにするの場所。」

 

 さりげなく毒を吐いた結依に、わたしの笑顔がひきつる。

 

 ……どういうことよ。

 

 言葉に出せないまま、話は進んでいく。

 

 引っかかりといえば、わたしの中にはまだ二つ残っていた。

 

 一つは……みらいのこと。

 

 あのあと、彼とは会っていない。

 気になって家の前まで行ったり、公園を覗いたりはしたけれど、姿がなかった。

 

 仮に会ったとしても、なんて話しかければいいのかわからない。

 

 ――大丈夫だった?

 ――夢で会ったよね。

 

 そんなことを言ったって、不審がられるだけだ。そもそも「みらい」という名前だって夢の中で聞いた名前で、本当の名前かどうかすらわからない。


 名字は合っていたけれど、それだってたまたま近所で見かけたときに覚えていただけかもしれない。

 

 それにわたしの名前だって……。

 

 きっとあの子の中で、わたしは今でも「進撃の巨人」なのだろう。

 

 何事もなければそれでいい。

 そうわかってはいるのに、胸の中がほんの少しだけ寂しかった。

 

 それともう一つ。

 コースケのことだ。

 

 試験期間が終わっても、コースケの顔を見ていない。

 

 ――忙しいのかな。

 

 それとも……避けられている?

 

 夢の記憶が重なって、わたしの中に不安の芽がじわじわと芽吹いていく。

 

 ――会いに行こう。

 

 明日もし来なかったら。いや、今日、メールだけでも。

 

 その前に一つ確かめておきたくて、話を遮るようにさりげなく二人に問いかけた。

 

「ねえ、コースケなんだけど……今日も来なかったけど、何か知らない?」

 

「コースケくん?」

 

 結依が声を上げて、澪と顔を見合わせる。

 それから呆れたように手を広げてわたしに言った。

 

「知らないわよ、なによ急に。

 そんなに気になるなら会いに行けばいいじゃないの。」

 

 グサリと正論が刺さる。

 

「それより……そんなに好きなら告白しちゃえばいいじゃない。もう夏よ。いい加減はっきりしなさいよ。」

 

「ウッ……」

 

 胸をえぐられて、息が詰まった。

 そんなわたしを澪が困ったように頬を掻きながら見ている視線が、なんだか気になった。

 

 ――キーンコーン、カンコーン。

 

 昼休みが終わるチャイムが鳴った。

 

「休み時間終わっちゃった。続きまた放課後にやらない?」

 

 結依が慌ててお弁当を片付ける。

 

「私は大丈夫ですよ。」

 

 澪も手を動かしながら答える。

 

「わたしは部活に顔を出したいから、その後なら。遅くなると悪いから早めに切り上げるよ。」

 

 わたしもそそくさとお弁当の箱を包んだ。

 

「じゃあ放課後。学校じゃあれだから、お菓子買って明穂の家は?」

 

「いいよ!」

 

 即座に答えて、急いで屋上をあとにした。

 

 放課後、教室で待ち合わせた三人で試験の反省会をしながらわたしの家へと向かう。

 

「澪ちゃん凄いわよね。学年でも上の方でしょ。」

 

 結依の称賛に、澪はぶんぶんと手のひらを振って謙遜した。

 

「そんなことないですよぉ。ただやることないだけで、勉強ばっかりしてたんで。

 それだったらコースケさんの方が凄いですよ。勉強とかしそうにないのに、しれっといい点取っててびっくりしちゃいます。」

 

 そう……知ってる。

 

 コースケはああ見えて頭がいい。

 チャラいくせに。

 

 ――勉強?なんにもしてないぜ。


 なんて平気で嘘をついて、わたしを下に見てくる。

 

 ――そんなわけないじゃないのよ。

 

 正直、コースケには負けたくない。

 でもこればかりは全く歯が立たないから、勉強だけは教わらないし、試験の話すらしない。

 

「ふーん」

 

 気のない返事を返すと、澪がそわそわと指を絡ませながらわたしの顔を覗き込んできた。

 

「あ、あの……明穂さん」

 

「なに?」

 

 急に振られて首を傾げながら澪を見た。 

 

「じ、実は……」

 

 澪が何かを言いかけた、その瞬間だった。

 

「お~い、みらい! パース!」

 

 公園の方から声がして、わたしは振り向いた。

 

「いったぞ!」

 

 聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「あっ! 明穂さん」

 

 澪の言葉を振り切って、わたしは走り出した。

 

 公園を覗き込む。

 

 そして――


 みらいがいた。

 

 友達数人とサッカーをしながら遊んでいた。

 楽しそうに、笑顔で。

 

 彼を見て、わたしは立ち尽くした。

 

 ――みらい。

 

 本当に、みらいだ。

 

 元気に遊んでいる彼を見て、ほっとしたような、嬉しいような、そんな複雑な気持ちがじわりと胸を締め付けた。

 

「明穂~ぉ!」

 

「明穂さ~ん!」

 

 急に駆け出したわたしを追って、二人の声が飛んでくる。

 

 その声が聞こえたのか、みらいがこちらを振り向いた。

 

 目が合った。しっかりと。

 

 ドキッと心臓が跳ねた。

 でも、わたしはすぐに目を逸らした。

 

 わたしのことなんて覚えていない。

 名前はたまたま合っていただけ。

 もしかしたらお母さんから聞いたことがあったのかもしれない。


 そうに違いない。

 

 自分にそう言い聞かせて、結依と澪に視線を移した。

 

「どうしたのよ明穂、急に走り出して。」

 

 息を切らした結依が、怪訝そうにわたしを見る。

 

「何でもない。

 知ってる子の声が聞こえた気がして確かめただけ。

 知らない子だった。」

 

 わざとらしく肩をすくめて、「もう……」と文句を言う結依に手を合わせてゴメンと謝った。

 

「行こ!」

 

 三人で並んで、一歩、二歩、歩き出す。

 

 ――バーン!

 

 乾いた音と共に、お尻に鋭い痛みが走った。

 

「痛ーい! なに?」

 

 振り向くと……みらいがすぐ後ろに立っていた。

 

 口を尖らせて、怒ったようにわたしに告げる。

 

「明穂! 無視するんじゃねぇよ。」

 

 生意気な喋り方……。

 夢で見た、変わらないみらいがそこにいた。

 

「誰、この子?」

 

 結依がわたしに聞いてくるが、耳に届かない。

 見上げてくる彼に視線を落として、わたしは恐る恐る問いかけた。

 

「みらい……わたしのこと、覚えてるの?」

 

 声が震えそうになった。

 

 みらいは呆れたように眉をひそめた。

 

「当たり前だろ。姉ちゃんが覚えてろって言ったんだろ。」

 

 その言葉を聞いて、わたしはぎゅっと手を握った。

 

「お父さんと、お母さんは?」

 

「うん! ちゃんと言ってやった。

 明穂が言ったみたいに喧嘩するなって、逃げないで言ってやった。」

 

 どうだ、と自慢するようにみらいがわたしに告げた。

 

 その顔を見た瞬間、胸の奥に溜まっていたものが、一気にほどけた。

 

「ちょっと明穂! 何してるの。」

 

「ねえ、明穂さん!」

 

 二人の声が、遠くから聞こえるようだった。

 

「良かった……」

 

 わたしはみらいを、抱き締めていた。


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