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repeat(リピート) ~運命の指輪に願うこと~  作者: しんいち
repeat5 歪んだ正解

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37/41

四話目 歪みの中で

違和感には、すぐに気づいた。

 

 教室に入ってきた先生を見た瞬間、心臓が小さく跳ねた。

 

 見知らぬ女の先生が当たり前のように教室へ入ってきて、当たり前のように授業を進めていく。そしてクラスのみんなは、当たり前のようにそれを聞いていた。

 

 理解が追いつかないまま、わたしは結依の背中をそっと突っついた。

 結依が軽く振り返って、訝しげにわたしを見た。

 

「ねえ結依、あの先生、誰?」

 

 当然の疑問のつもりだった。でも結依の反応は違った。

 

「国語の杉山先生でしょ。もう……」

 

 呆れたようにそそくさと前を向き直す。

 

 ――杉山?

 

 確かに杉山先生という名前は知っている。

 でも彼女じゃない。

 そもそも国語を教えているのは『関先生』だ。女の人じゃなくて、男の先生のはずだ。

 

 異常な光景なのに、周りのみんなはいつもと変わらない。

 

「はい、テストの答案を配ります。今回は――」

 

 知らない先生の話が続いて、クラスがざわつく。


 いつもの光景のはずなのに、わたしだけがぽつんと取り残されているようだった。

 

 胃の奥が、ぐにゃりと捻れる。

 手の震えが、止まらない。

 

 ――歪み。

 

 時間の歪みが、いるべき人を変えてしまった。

 

 ――あり得ない。そんなこと……。

 

 都合のいい言葉が口をついて出そうになる。

 でもその気持ちとは裏腹に、震えが手から全身へと広がって、思わず気分が悪くなった。


 澪だけじゃない。 今度は先生まで。

 このまま続けば、次は誰が――。

 

「中森明穂さん」

 

 教壇に立つ知らない先生に名前を呼ばれて、わたしはハッと前を向く。

 震える足に力を込めて立ち上がった。

 

 この日、わたしはこれ以上何もできなかった。

 昼休みは、澪と結依のやり取りを作り笑いで乗り切った。


 部活へ行って矢を射続けても、的から外れてばかりだった。

 周囲の変化が気になって集中できない。

 矢をかけ引く手が途中で止まってしまった。

 

「明穂、どうした?」

 

 先輩の声に答えられなかった。わたしは黙って弓を置いて、部室へと戻った。

 

 ――もう、どうにもならない。

 

 制服に着替えながら、その言葉が頭の中で何度も繰り返された。

 これ以上、考えなしにタイムリープを繰り返して。もし身近な誰かが消えてしまったら――そう思うと、わたしは……。

 

 カバンを掴んで、部室をあとにした。

 

 家に帰る足取りが、やけに重かった。色んな考えが、すれ違う人のように現れては消えていく。

 

 家に帰る気になれなかった。

 時計はまだ十七時前。

 

 夕焼けに染まり始めた公園が視界に入って、わたしは吸い込まれるように足を向けた。


 ベンチに腰かけて、当てもなく考え続けた。

 

 先生はどうなってしまったんだろう。まさか消えたなんて、思いたくない。

 

 結依やコースケのことも気になる。休み時間にでも会いに行けばよかったのかな。でも……怖くて行けなかった。

 

 もしかしたらコースケは、もうわたしのことなんて――。

 

 ――いっそ、諦めた方がいいのかな。

  

 だってわたしが悪いんだから。わたしがズルなんてしなければ。


 コースケの顔が頭を過る。

 コースケのこと諦めるなんて……

 

 頭を抱えて、泣きそうになるのをこらえるようにうつむいた、その瞬間。

 

「お姉さん、危ない!」

 

「えっ!」

 

 顔を上げた目の前に、サッカーボールが迫っていた。

 

「フベッ」

 

 避ける間もなく、ボールはわたしのおでこに直撃した。

 

「痛い! なによもう!」

 

 踏んだり蹴ったりとはこのことだ。

 怒りのまま、ボールが飛んできた方向を睨みつける。

 

「ご、ごめんなさい。」

 

 小学生の男の子と目が合った。

 

 あれ?

 見覚えがある。

 

 わたしと目が合うなり、その子は目を見開いて声を上げた。

 

「うわぁ!やべぇ、『進撃の巨人』じゃん。」

 

 しんげき……あっ!

 

 結依を助けたあと、わたしのことを『進撃の巨人』と指差したあの子供だった。

 

「もう、何してるのよ。危ないじゃない。」

 

 というか、もう盛大に当たっているのだけれど。

 

 男の子がばつが悪そうに頭を掻きながら「ごめんなさい」と謝ったとき、ふとわたしは気がついた。

 

「一人なの?」

 

 周りを見回しても、誰もいない。夕方の公園。まだ日は高いとはいえ、子供がぽつんと一人でいることに、少し違和感を覚えた。

 

「そうだけど……、そんなこと言ったらお姉さんだって一人じゃん。」

 

 グサッと、痛いところを突いてくる。

 何だか同じ匂いを感じて、わたしはその子に手招きした。

 

「ちょっとこっち来て。お姉さんに付き合いなさいよ。」

 

 笑顔を作りながら、声をかける。

 

 誰でもいい……いや、違う。

 

 知らない誰かに隣にいてほしい。そんな気持ちから、わたしは彼を呼んでいた。

 でもそんなわたしを見て、彼は顔をひきつらせて一歩引いた。

 

「やだよ。怖いもん。」

 

 ――怖い。

 

 グサッと、また何かがわたしの胸をえぐる。

 今まで怖いなんて言われたことはない。

 

 かわいい。綺麗。

 

 一応……ちょっとだけ、そういう言葉をもらってきた方だ。

 

 でも今のわたしなら、自分でも少し怖いかもしれない。

 

「いいから座る。お姉さんにボールぶつけて、ただで帰れると思ってるの。」

 

 ここぞとばかりに、彼の弱みを突いた。

 その子は顔を歪めながら、仕方なさそうにボールを拾ってわたしの横に少し間を開けて腰を下ろした。

 

「名前は?」

 

時任 未来(ときとう みらい)

 

 素っ気なく、そう答えた。

 

「みらいかぁ! いい名前じゃん」

 

 ――みらい。あれ?

 

 どこかで聞いたような気がする名前だ。

 心の奥でかすかな引っかかりを感じながら、わたしは彼を見た。

 

 それとも、今のわたしの心情に重なる言葉だから、妙な親近感を覚えるのだろうか。

 

「わたしはねぇ……」

 

 ちょっと偉そうにお姉さんヅラで声を上げると、みらいは鼻で笑うように言った。

 

「知ってるよ。明穂だろ、中森明穂。母さんが教えてくれた。」

 

 わたしは満面の笑みで彼の肩に腕を絡めて、告げた。

 

「明穂さんでしょ、年上なのよ。わたし。」

 

 真顔で上から、おどし……

 いやいや、教育的指導を。

 

 そんなわたしを見て、みらいは肩を小刻みに震わせていた。


「それで、みらいは何で一人だったのよ。

 友達いないの?」

 

 話し相手を得たわたしは、すかさず彼に話しかけた。

 みらいはすぐに首を横に振った。

 

「違うよ。みんな塾行ったり、遅くなるからって帰っただけ。友達くらいいるに決まってるだろ。」

 

 その言葉にわたしは、内心ホッと胸を撫でおろした。いじめられているわけじゃないらしい。

 

「じゃあ、みらいも帰ればよかったじゃん。

 宿題したり、ゲームしたりさ。」

 

 そこで気づいた。

 みらいの顔が、急に険しくなっていた。

 

「帰りたくない理由があるんだ。

 お母さんに怒られたの?」

 

 慎重に声のトーンを落として問いかけるが、みらいは首を横に振るだけで答えてくれない。

 

 わたしはもう一歩踏み込んだ。

 

「ほら、お姉さんが聞いてあげるから話してみ。こういうときは全部吐き出したらスッキリするよ。」

 

 まるで、自分に言い聞かせているみたいだった。

 すると、みらいの重い口がゆっくりと開いた。

 

「うちの両親、いま喧嘩してて……離婚しそうなんだ。さっき帰ったら喧嘩してたから、逃げてきた。」

 

 思わぬ重さにわたしは目を見開いた。

 

 ――しまった。

 

 子供らしい悩みだと思って軽く口を滑らせてしまった。頬を掻きながら、少し後悔する。

 

 でも、聞いてしまった以上、後戻りはできない。


 喧嘩の理由を尋ねると、みらいは呆れたようにまた首を振った。

 

「わかんない。」

 

 ぶっきらぼうに、そう答えた。

 

「わかんない?」

 

「うん……仕事がどうとか、子供の面倒がとか言ってるけどさぁ。

 俺、なんも悪いことしてないんだぜ。

 先生に呼ばれるようなこともしてないし、勉強だって普通にやってるのに。

 なんで俺のことで喧嘩するんだよ。

 訳わかんねぇよ。」

 

「そっかぁ!」

 

 答えが思い浮かばなくて、わたしはみらいの頭をくしゃっと撫でた。

 

 大人の都合。

 子供には理解できない理由で、大人は簡単に何かを壊してしまう。

 

 みらいのことだって、もしかしたらただの言い訳なのかもしれない。


 積もり積もったものか、それともストレスか。

 

 気休めの言葉くらい、思いつきはする。

 でもわたしはそれを口に出せなかった。


 わたしだって、時間をいじって勝手に誰かの人生を壊しているのかもしれない。

 

「それで、明穂姉ちゃんは何で一人なんだよ。」

 

「んっ? わたし!」

 

 いきなり突っ込まれて、わたしはすっとみらいの視線を受け流し、口ごもった。

 

「ずりーよ。俺だけ言わせて。

 明穂も話せよ。

 スッキリするぜ。」

 

 妙に馴れ馴れしい態度に口を尖らせて、「明穂さんでしょ、年上なのよ、全く。」と悪態をついて誤魔化す。

 

 けど、みらいの視線はわたしを見続けた。

 

 ――聞いてやるよ。

 

 そう言われているみたいに。

 

 ――いっか。

 どうせ誰にも信じてもらえない話だし。

 

「あのね……」

 

 わたしは話し始めた。


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