表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
repeat(リピート) ~運命の指輪に願うこと~  作者: しんいち
repeat5 歪んだ正解

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
36/41

三話目 遠くなる

澪の言葉が、頭の中でうまく咀嚼できなかった。

 

 コースケが、何で結依に……。

 

 何度反芻しても、答えが見つからない。わたしの理解が追いつかないまま、結依は頬を指で掻きながらコースケへの文句を口にした。

 

「もう、コースケ。変な相談しないでよ。」

 

 言葉とは裏腹に、結依は耳まで赤くして下を向いた。

 その瞬間、わたしの中でずっと小さかった疑問が、確かな不安として形をなした。

 

 結依に用事ができた理由。その正体――そういうことだったんだ。

 ズルをしたあの日から、もう始まっていたんだ。

 

 そしてもうひとつ、ずっと引っかかっていた違和感の正体にも気づいた。

 

 コースケを、最近見ていなかった。

 

 コースケは朝、ほぼ必ずわたしの席にやってくる。なのにここ最近、ずっといなかった。

 

 ――試験期間中だから。

 てっきりそう思い込んでいた。

  

 ……違う。

 

 最初から、いなかったんだ。

 

 試験が終わってからも、コースケは来なかった。

 何で確かめなかったんだろう。あの日、一言連絡していれば。

 

 ――今日来なかったじゃん。

 

 たったそれだけで気づけたはずなのに、毎朝来るのが当たり前過ぎて、わたしはそんなことすらしなかった。 

 

 慢心だった。最低の、慢心。

 

 ――コースケはわたしのことが好き。

 

 そんな都合のいい思い込みが、事態をじわじわと最悪な方向へ押し流していたのに、わたしはずっと気づかなかった。

 

 ――どうしよう。

 

 わたしは手をぎゅっと握り締めて、喉を鳴らした。

 そんなわたしの内側を知るはずもなく、澪が無邪気に結依へ言葉を重ねた。

 

「それで、結依さんはもう気持ち決まってるんですよね。明穂さんも気になりますよね。」

 

 ――やめて。

 

 指先が、じわりと冷たくなる。心の中で叫んだ。

 

 ――聞きたくない。

 

 でも、もしかして。淡い考えが、口をついて出た。

 

「うん……なんて答えるの?」

 

 平静を装ってはいたけれど、内心は穏やかじゃなかった。心臓がうるさいほど、胸を叩いている。

 

 ――断って。お願い、結依。

 

 自分勝手だってわかってる。わかってるのに、結依には届かなかった。

 

「うん……もちろん。――受けるわよ。」

 

 結依の言葉が、わたしの背中を冷たく撫でた。

 

 ――ダメ。絶対にダメ。だってわたし、コースケのことが……。

 

 気がついたときには、逃げていた。

 タイムリープを発動して、意識が途絶えた。


「明穂、ちょっと! 大丈夫?」

 

「ねえ、明穂。しっかりして」

 

「おい、中森!」

 

 頭が痛い。身体が痛い。

 ざわざわと周囲の声が聞こえて、身体を揺さぶられる感覚の中、わたしはゆっくりと目を開けた。

 

 床が、やけに近い。

 机と椅子が、頭の上にある。

 ……逆さま?

 

 一瞬、世界の向きがわからなくなった。

 

 見下ろすように、クラスの女子の顔、結依の顔、先生の顔が、心配そうに覗き込んでいた。

 わたしは床に倒れていた。

 

「あれ……」

 

 上半身を起こして、ぼんやりした意識のまま結依に尋ねた。

 

「もうびっくりしたわよ。急に大きな音がしたと思ったら、明穂が倒れてるんだもん。大丈夫? 怪我してない?」

 

 結依に続いて、先生もわたしに声をかけてくる。

 

「中森、調子が悪いのか。葛城、悪いが中森を保健室に連れてやってくれ。」

 

 集まってきた女子たちが、わたしが倒した椅子や机を直してくれている。

 結依と先生の手を借りて、わたしはゆっくりと立ち上がった。頭を少し打ったのか、足元がおぼつかない。

 

 ――夢?

 ……違う。

 

 あの途切れ方は、夢じゃない。

 

 でも……。

 

 タイムリープもショートリープも何度もやってきたけれど、意識を失ったのは初めてだった。

 

「明穂、行こ。」

 

 結依に促されて、いまだにざわついている教室をあとにした。

 結依の肩を借りながら、わたしは黙って歩いた。

 頭は少し痛いけれど、意識はしっかりしている。足取りだってもう大丈夫。

 

 でも――大丈夫じゃない。

 

 数分前のあの出来事が、頭にこびりついて離れなかった。

 

「ねえ、結依」

 

「なに?」

 

 歩きながら、結依がわたしの顔を覗き込む。一瞬の躊躇い。まともに顔を見られなくて、思わず目を逸らした。

 

「あ、あのう……」

 

 言葉がうまく出てこない。隣にいる結依が、結依じゃないみたいな気がした。

 

「結依って……コースケと、いつから付き合ってたの?」

 

 自分で言い放って、胸がズキッと痛んだ。

 いきなりの問いに、結依は戸惑ったような顔をした。

 

「どうしたの、急に」

 

「う、うん、ちょっと……」

 

 言い訳が思いつかなくて、言葉を濁す。

 

「う~ん、まだ付き合ってはないよ。だってコースケ、なかなか告白してくれないんだもん。明穂だって知ってるでしょ」

 

 心臓が早鐘のように打ち付けた。

 夢じゃない……戻っていた。

 

「ご、ごめん。そうだったね。」

 

 声が震えそうになる。

 

 ――どうしよう。どうしたらいいの。

 

 頭の中が混乱したまま、わたしは保健室にたどり着いた。

 

「一緒にいようか?」

 

「ううん、大丈夫。少し寝ればすぐ戻るから。」

 

 結依の申し出を断って、わたしはベッドに横になった。

 

 一人になりたかった。

 自分がしでかした過ちについて、ちゃんと考えなくてはいけなかった。

 

 ショートリープでまた戻ればいい。

 いや、少し戻ったくらいでどうにもならないことくらい、わたしにだってわかる。

 

 それに今回の件は、雑に戻ったから?

 行き先も決めずに、ただ逃げるみたいに――。

 不安がよぎって、息が荒くなるのがわかった。

 

 時間の怖さは知っていたはずなのに、すっかり忘れていた。

 結依が襲われたあの夜も。

 シフォンケーキのときだって。

 わたしはそっと、左手の傷跡をなぞった。

 

 ――バタフライエフェクト。

 

 小さな羽ばたきが、大きな嵐を呼ぶ。

 

 今回は悪い方向へ転んだけれど、結依を救えたあの夜だって、上手くやれた。今回だって――。

 

「大丈夫よ、きっと。

 こんなの、乗り越えてやるわよ。

 だって、そうじゃなきゃ……」

 

 身体を起こして、拳を握った。震える手を誤魔化すように、わたしはもう一度、その名前を呼んだ。

 

「コースケ……」

 

 願いを込めて、大きく息を吸った。

 そして……

 視界が、歪んだ。


 今度は上手く戻れた。

 

 朝のホームルームが終わった直後。

 ただ、戻ってはみたものの、正直なところ何をすればいいのか、自分でもまだ整理がついていない。

 

 でも、何もしなければ何も変わらない。

 

 とりあえず、何でもいい。

 今までやっていないことを片っ端から試す。それしか思いつかなかった。

 

 まずは小さなことから。

 

 授業をちゃんと聞いてみたり、行きたくもないのにトイレにも立ってみた。

 普段ほとんど喋らない長谷川たちにも、いつも本ばかり読んでいる智子にも、明るく話しかけてみた。

 

 小さな変化はあった。

 答案用紙を配るときの先生のセリフが少し違ったり、休み時間に結依が話す話題が変わっていたり。


 でも、それだけ。


 結局、引き戻されるように、あの変わってしまった澪に話しかけられて、昼休みにはまたあの屋上へ向かうことになった。

 

 それからわたしは、何度も何度も繰り返した

 何回やったのか、もう覚えていない。 

 

 それでも、ざわつく心を押し殺して、いつも以上におどけてみせたり。

 答案用紙を受け取るときはわざとらしくピースサインまで披露した。

 でもやっぱり、何も変わらなかった。

 

 焦ったわたしはもう一歩踏み込んで、朝、学校に来る前からやり直した。

 

 身体が重い。頭がぼうっとする。

 これほどショートリープを連続して使ったことはない。これも、初めてだった。

 

 全力疾走したあとのような疲労感と、記憶が曖昧になっていく妙な感覚。

 

 誰と何を喋ったのか、どんな会話をしたのか。

 今起きていることなのか、それとも数時間前の記憶なのか、だんだんわからなくなってくる。

 

 それでも、諦めるわけにはいかなかった。

 

 朝、いつもより少し早く起きて、わたしは普段しないお化粧をした。

 慣れない手つきで、指先が微かに震える。

 

 髪型も変えてみた。寝癖をブラシで整えるだけのズボラなわたしが、ドライヤーをかけて、髪飾りまでつけた。

 

 鏡に映る自分が、他人に見えた。


 「今度こそ……」

 

 その人に向かって、わたしはそっと呟いた。

 

 そしていつもの場所。

 少し遅れて結依と挨拶を交わす。

 

「どうしたの明穂、お化粧なんてして。」

 

「どう、似合う?」

 

 ポーズを決めて、道化を演じた。

 朝の教室の前で、一瞬足が止まる。

 

 ――コースケがいますように。

 

 心の中で両手を合わせて、思い切って中を覗き込んだ。

 わたしの席の近くに、男子の後ろ姿があった。

 

 ――コースケ!

 

 目を見開いて近づこうとした。振り返った顔は、トオルだった。

 

 紛らわしい……。

 

 やっぱりコースケはいなかった。

 

「おう明穂、珍しいじゃん。化粧してる。」

 

 代わりに絡んできたトオルを手でしっしと払いのけて、わたしは席に座り、盛大にため息をついた。

 顔を机に伏せる。

 

 そして、答案用紙が配られる時間がきた。

 受け取る手が、震えていた。

 

「明穂さん、今回は本当に頑張りましたね。」

 

 教壇に立つ、スーツ姿の知らない女性が、明るい声でわたしに答案用紙を渡してきた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ