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repeat(リピート) ~運命の指輪に願うこと~  作者: しんいち
repeat5 歪んだ正解

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34/40

一話目 今まではそうだった

「暑いわねぇ。」

 

 窓の外を眺めながら、わたしはポツリと呟いた。ギラギラと降り注ぐ陽光が、アスファルトを白く灼いている。外に出れば数秒で額から汗が滲む、そんな季節。

 

 でも、わたしは嫌いじゃない。

 

 アイスは美味しいし、愛用のかき氷器で作るふわとろのかき氷は毎年欠かせない楽しみだ。

 頭がキーンと痛むのに耐えながら食べるイチゴミルクは、もう格別のひと言に尽きる。

 

 そうめんも美味いし、スイカも美味い。

 食べ過ぎてお腹を壊すことだってあるけど、それはそれで夏の風物詩というやつだろう。

 

 何より――夏といえば、お祭りだ。

 

 焼きそば、綿菓子、そしてわたしの大好物のたこ焼き。


 去年は結依とコースケの三人で出かけたっけ。


 浴衣は着なかったけど、今年こそはコースケと二人で……なんて、くだらない妄想が頭の中で勝手に膨らんでいく。

 

 ただ。

 

 毎年この季節になると、決まってわたしの前に立ちはだかる〝アレ〟がある。

 

 ――期末テスト。

 

 去年はひどかった。答案用紙に赤い文字が並んで、夏休みの半分を補習と部活で溶かした。

 せっかくの自由な時間が、ため息と一緒に消えていった記憶がある。

 

 でも今年のわたしは違う。

 

 勉強したから?

 

 ノン、ノン、ノン。

 

 自慢じゃないけど、わたしは勉強が壊滅的に苦手だ。

 授業の半分はぼんやり窓の外を眺めて、残りの半分はうとうとしている。我ながら救いようがない。

 

 じゃあ、なぜ余裕なのか。

 ふふん。それはね――わたしには、秘策があるから。


 ''あの一件''のあと、目覚めた能力。

 

 その名も――『ショートリープ』。

 

 もちろん、名付け親はわたし。

 

 今までのタイムリープは、誰かに導かれるように発動していた。けれどショートリープは違う。わたし自身の意思で、好きなときに使える。

 

 もちろん万能じゃない。

 

 さかのぼれる時間は、せいぜい一時間。上手くいって二時間がいいところだ。

 

 でも、それで十分。

 

 しかもやり方が拍子抜けするほど簡単で、戻りたい場面を思い浮かべて、〝戻れ〟と強く念じるだけ。たったそれだけで、時間をさかのぼることができる。

 

 この前の抜き打ち小テストも、コースケの前で盛大に転んで爆笑された瞬間も、全部これで乗り切った。

 

 今回だって、同じこと。

 

 一応それなりに勉強はした。でも万が一のときは、これがある。

 もうわたしに、怖いものはないわ。

 

「明穂!」

 

「は~い」

 

 前の席に座る結依から、答案用紙が回ってきた。

 わたしはクルリとペンを回して、ニヤリと口角を上げた。

 

 試験は三日間。

 いずれも午前中に行われる。

 

 一日目が終わり、わたしは静かにペンを置いた。

 

 答案用紙が回収されると、教室のあちこちから息が漏れた。

 

 安堵のため息。

 頭を抱えてのため息。

 

 それぞれの三時間が、ようやく終わった。

 

 すると、前の席の結依がくるりと振り返った。

 

「明穂、どうだった? 今回難しくなかった?」

 

 頭を掻きながら、訝しげな目をわたしに向けてくる。

 

「そう? わたしは意外と簡単だったわよ。」

 

 ちょっとだけ、嘘をついた。

 正直に言えば、問題を見た瞬間に足がすくんだ。


 異世界の言語が並んでいるような問題用紙で、最初の一問から意味がわからなかった。

 一度ペンを走らせて、違うと気付く。

 

 だから当然、フフフ……。

 

「へぇ、すごいじゃない。……もしかして、カンニング?」

 

 妙なところだけ鋭い一言に、思わずドキリとさせられる。

 

 カンニング。

 違う、違う。わたしは自分の能力を使っただけ。


 勉強ができるのだって才能でしょ。わたしだって能力を使ったまでで、カンニングとは根本的に別物だ。

 

 そんな言い訳を胸の中でこっそり呟きながら。

 

「まあ……本気を出した、ってところかしら。」

 

 腕を組んで、したり顔で答えた。

 

「ほんとに……?」

 

 目を細めて、疑惑の視線がわたしに刺さる。

 なぜかわたしは、その目をまともに見返せなかった。

 

「まあいいわ。それより、今日の約束なんだけど。わたしちょっと遅れるから、澪ちゃんに伝えておいてくれる?」

 

「約束……?」

 

 記憶を辿っても、何も引っかからない。

 首を傾げながら聞き返した。

 

「なんだっけ?」

 

「はぁ! 忘れたの。」

 

 呆れた声。ちょっとだけムッとした顔で、結依は続けた。

 

「おととい約束したじゃない。明穂の家で勉強会するって。自分でメッセージ送ってきたんじゃないの、みんなでやろうって。」

 

 言いながら結依はスマホを取り出し、水戸黄門の印籠のように画面をこちらに突きつけてきた。

 

 どうよ、と言わんばかりの、勝ち誇った顔で。

 

 わたしは目を細めて画面を確認する。

 結依と澪とわたし、三人のグループチャット。

 

 確かにわたしの名前で、

 

 ――勉強会しない?

 

 そう送られていた。

 でも……記憶にない。

 

 こんなの、送ったっけ?

 

 首を傾げるわたしを見て、結依は一瞬怪訝な顔をした。ほんのわずか、言葉を探すような間があった、けれどすぐに立ち上がり、

 

「じゃあそういうことだから、また後でね。」

 

 それだけ言い残して、慌ただしく教室を出ていった。


わたしの目の前に、影が広がった。

 

 ――時間の歪み。

 

 その言葉が頭に浮かんで、わたしは小さく首を振った。

 

 歪みは今までも起きていた。

 でもそこには、ある種の法則があるとわたしは気づいていた。

 

 大きなことをすれば、大きく返ってくるし、小さいことなら、小さく返ってくる。

 波のように。 

 

 今回わたしがしたのは、ちょっとしたズルだけ。それくらいで記憶が書き換わるなんてこと、今まで一度だってなかった。


 ――そう今までは。

 しかもこんなに早く歪みが起きるなんて、これも今までにない。

 

「やっぱり気のせいよね。ただ忘れてるだけ……。夏の大会で部活も忙しかったし、一応ちゃんと勉強だってしてたんだから。」

 

 わたしはスマホを開いた。

 送った覚えのないメッセージをもう一度確認して、

 

 ――十三時ね、


 と心の中で呟く。

 

 荷物を肩にかけて、わたしは教室をあとにした。

 

 あっという間に、試験期間が過ぎた。

 解放された安堵感のまま椅子の背もたれに体を預けて、わたしは思い切り伸びをした。骨がパキパキと鳴って、それだけで気持ちがいい。

 

 試験は順調に終わった。

 明るい未来しか見えてこない。しかも今日まで部活は休みだ。

 

 ここはやっぱり――。

 

「ねえ結依、これから澪も誘って遊びに行かない? 前に行こうって言ってたケーキ屋さん、ここがチャンスじゃない。」

 

 振り返った結依の顔が、困ったように歪んだ。眉を寄せて、肩をすくめて、申し訳なさそうに両手を合わせてくる。

 

「ごめん、今日もちょっと用事があって。」

 

「この前も用事って言ってなかった? バイトでも始めたの?」

 

 何気なく聞いてみた。

 結依は頭を掻きながら、言いにくそうに言葉を濁す。

 

「まあ、うん……そんなとこかな。友達に頼まれて、妹さんの面倒をちょっと見てほしいって。バイトじゃないんだけどね。」

 

 なんだか顔が赤くて、どこかそわそわしている。

 

 もしや。

 まさか。

 彼氏?

 

 ……いや、そんなはずない。そういう人がいればわたしに真っ先に話してくれるはずだもの。

 

 でも……。

 

「うん、わかった。またにしよ。」

 

「うん! ごめんね。」

 

 結依はそそくさと荷物をまとめて、教室を出ていった。

 

 フッ。わたしは野暮じゃない。

 あれは絶対、男だ。

 結依に彼氏かぁ。

 いったい誰だろう。

 

 思い浮かべてみるけれど、返ってくるのは自分の唸り声だけだった。


 ちょっと気にはなるけど……。

 まあ、そのうち紹介してくれるわよね。

 わたしはスマホを開いて、澪にメッセージを送った。

 

 そして二日後。

 運命の日がやってきた。

 

 わたしは先生から、クラスのみんなから――称賛を浴びていた。

 

「明穂、どうしたんだ。頑張ったな。」

 

「おーお」

 

「明穂、すごいじゃん!」

 

 黄色い歓声。いつもと違う、羨望のまなざし。

 ち、ちょっとやりすぎたかしら。

 

 クラストップの点数。わたしは賞状でも受け取るような気持ちで、答案用紙を受け取った。

 ただ、手が、なんだか微妙に震えている。

 

 た、たまにはこんなのも悪くないわよね。

 

 口の中でそう呟きながら、小さな拍手でわたしを迎えてくれた結依の横をすり抜けて自分の席に座る。

 

 すると、教室の喧騒が消えた。

 

 ――カチッ。

 

 乾いた音がして、一瞬だけ……

 わたしの視界が歪み、暗転した。


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