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repeat(リピート) ~運命の指輪に願うこと~  作者: しんいち
repeat4 残さなくていいもの

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33/40

十話目 最終話 答えのないまま

 玄関の扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。

 外の空気は冷たいはずなのに、うまく息が吸えない。

 

 胸の奥に、重たいものがつっかえているみたいだった。

 

 誰も、すぐには歩き出さなかった。

 沈黙が、静かに落ちる。

 

 さっきまで聞こえていた嗚咽が、まだ耳の奥に残っている。

 

「……行こっか。」

 

 結依が小さく言って、先に歩き出した。

 澪も下を向きながら、無言で続く。

 コースケだけが、その場に少し残っていた。

 

 わたしは動けなかった。

 

 足が、地面に貼りついたみたいに重い。

 

 ――行かなきゃ。

 

 そう思うのに、身体が言うことを聞かない。

 その時、手を引かれた。

 

「……明穂」

 

 コースケだった。

 強くはない。

 でも、離さないという意思だけははっきりと伝わってくる、そんな握り方だった。

 

 わたしは小さく頷いて、一歩を踏み出した。

 

 歩き出しても、誰も話さなかった。

 靴音だけが、規則正しく道に落ちていく。

 さっきまでの出来事が、現実だったのかどうか、わからなくなってくる。

 

 でも——

 

 右手が、ずきりと痛んだ。

 思わず、指先に力が入る。

 

 傷はない。

 

 それでも確かに、あの時の痛みだけが残っていた。

 

 ――わたしが、やったこと。

 

 胸の奥で、何かが軋んだ。

 

「……明穂」

 

 隣から、低い声が落ちてきた。

 

 コースケだった。

 

 でも、その先の言葉は続かなかった。

 わたしも、何も言えなかった。

 

 言葉にした瞬間、全部が壊れてしまいそうで。

 だから、ただ前を見て歩いた。

 

 夕焼けが、やけに赤かった。

 滲んで見えるのは、光のせいなのか。

 

 それとも——

 自分でも、わからなかった。


 ★☆

 

 後日。

 

 学校から帰った夜、陽子ちゃんがわたしの家を訪ねてきた。

 引っ越しが終わって、一段落したからだと、お母さんが教えてくれた。

 

「明穂ちゃん、こんばんは!」

 

 リビングから声をかけてくる陽子ちゃんは、いつも通りの明るい声だった。

 

 あれから、わたしはずっと自問自答を繰り返していた。

 

 陽子ちゃんは、前へ踏み出そうとしていた。

 あの家を出て、誠一さんの声と——少しずつお別れしようとしていた。

 

 それを、わたしは止めてしまったのかもしれない。

 

 四番目の映像を、履き違えていた。

 勝手に、喜んで泣いているのだと思い込んでいた。

 

 独りよがり。

 自己満足。

 

 そんな言葉が、胸の奥にずっと引っかかったままだった。

 

「あの時はごめんね、取り乱しちゃって。みんな一生懸命調べてくれたんでしょ。謝っておいてくれないかな。」

 

 陽子ちゃんは肩をすくめて、手を合わせた。

 

「ごめんなさい。」

 

 わたしはうまく顔を上げられなくて、床を見たまま謝った。

 今のわたしには、それしかできなかった。

 

「やだ、謝らないで。」

 

 心配したように、陽子ちゃんがわたしの顔を覗き込んでくる。

 

「本当に——ありがとう。」

 

 その言葉に、やっと顔を上げた。

 

「わたしね、毎日あの人に会えるの。」

 

 はにかんだ笑顔。

 

「本を開いて、あの人のメモを見つけて、考えるのよ。なぞなぞみたいにね。

 わたしの好きなもの、あの時なにを言ったのか、なんで怒ったのか……。

 まるでわたしの記憶を確かめるような質問ばっかりで。」

 

 陽子ちゃんは子供みたいに楽しそうに話し続ける。

 

「そしてその質問に答えると、あの人が現れるの。画面越しに語りかけてきてね。

 あんな映像を撮ってたなんて知らなかったから、子供みたいにピースサインなんかして

 ——本当に子供みたいなのよ、あの人。」

 

「うん……」

 

「そうなんだ。」

 

 わたしは言葉だけを返した。

 話は正直、半分も入ってこなかった。

 

 やっぱりわたしは——

 陽子ちゃんの一歩を、引き止めてしまったのかもしれない。

 

 聞いていられなかった。

 耳を塞ぎたかった。

 楽しそうな声が、責めているみたいに胸に響いた。

 

「明穂ちゃん。あの人にまた会わせてくれて、本当にありがとう。」

 

 陽子ちゃんはわたしの手をそっと取って、そう言った。

 

 玄関まで見送る。

 

「明穂ちゃん、またみんなと遊びに来てね。」

 

 手を振る陽子ちゃんの背中を、わたしは笑顔で見送った。

 

 ふっと、息が漏れた。

 

 ——楽になった。

 そう思ってしまった自分に、嫌悪感が湧く。

 

 わたしは、どうすれば良かったのだろう。

 そもそもあの映像は、何だったのだろう。

 なぜわたしは、タイムリープをさせられたのだろう。

 

 本を処分させないため……違う。

 

 別の何か。

 

 誠一さんの意志が、わたしを動かした。

 

 だったら——

 ずるいよ、誠一さん。

 

 わたし……、わたし……。

 

 夜空を見上げて、溢れそうになる涙をぐっと堪えた。

 

 答えは、まだ見つからない。

 

 そのとき——スマホが震えた。

 取り出して画面を見ると、コースケからのメッセージだった。

 

 ――明穂。今度のケーキ、なに食べたい。

 

 思わず、くすっと笑ってしまった。

 

 ――ありがとう、コースケ。

 

 言葉には出さずに、わたしはスマホをそっと胸に抱いた。

 

 さっきまでの重さが、ほんの少しだけ——軽くなった気がした。

 

 答えは、まだわからない。

 わたしが正しかったのか。

 余計なことをしたのか。

 

 誠一さんが本当に望んでいたことは何だったのか。

 

 全部、まだわからない。

 

 でも——

 

 一つだけ、確かなことがある。

 陽子ちゃんは今日、笑っていた。

 誠一さんの話を、子供みたいに楽しそうに話していた。

 

 それが答えなのか、それとも違うのか。

 今のわたしには、まだ判断できない。

 

 ただ。

 

 右手の痛みは、もう消えていた。

 傷ひとつない手のひらを、わたしはそっと見つめた。

 

 夜風が、頬をなでていく。

 

 ――また、繰り返すのかな。

 

 ふと、そんなことを思った。

 

 次の予知が来るのか。

 次のタイムリープが始まるのか。

 それとも——もう終わりなのか。

 

 何も、わからない。

 

 でも今夜だけは。

 コースケのあの一言のおかげで、わたしは前を向いて歩ける気がした。

 

 胸のスマホが、じんわりと温かかった。


 



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