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repeat(リピート) ~運命の指輪に願うこと~  作者: しんいち
repeat4 残さなくていいもの

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31/40

八話目 掴んだ時間

「ね、ねぇ……、こ、これって……」

 

 袖で目頭を拭いながら、結依が声を震わせて訴えてきた。

 

 言いたいことはわかる。わたしも、同じ気持ちだった。

 

 胸の奥の引っかかりは、まだある。

 

 でも、もうそんなことは気にしていられない。

 この動画は、絶対に陽子ちゃんに見せなければいけない。

 

 誠一さんの部屋にあったあの本棚の本は、全て二人の思い出が詰まった書庫だったのだ。

 昨日の様子を見る限り、陽子ちゃんはそのことを知らない。

 

 ――それを教えるために、わたしはタイムリープしてきた。

 

 わたしの中で、確かな確信が芽吹く。

 

 と同時に、あることに気づいて、背筋を冷たい指でなぞられるような悪寒が走った。

 

 ――今日、業者さんも来るから一気に片付きそうかな。

 

 陽子ちゃんが電話口で言っていた、あの言葉。

 

 もしかして……。

 

「ねぇ、今から陽子ちゃんの家に行かない? 業者が来るって言ってたの。一気に片付くって。」

 

 その言葉を聞いた瞬間、澪がわたしの袖をぐいっと引っ張った。

 

「明穂さん、早く!」

 

「嫌な予感がするな。おばさんの家って近いのか?」

 

 コースケも慌てたように腰を上げる。

 

「明穂、先におばさんに電話してみたら。今から行くって。」

 

 結依が椅子から立ち上がりながら、支度を始めた。

 

「うん!」

 

 わたしはすぐに陽子ちゃんへ電話をかける。

 耳の奥に流れる呼び出し音を聞きながら、いそいそと支度を済ませていく。

 

 ――お願い、出て。

 

 なかなか繋がらない。焦るほど、不安の影が広がっていく。

 

 留守番電話に切り替わった。

 影が、じわりと侵食していく。

 

「ダメ、出ない。」

 

 わたしは『幸福な王子』を手に取って、みんなと一緒に玄関へと急いだ。

 

「おばさんの家、何分くらいかかるんだ?」

 

「え〜と、自転車で十五分くらい。」

 

 靴を履きながら、コースケの問いに答える。

 

「俺、今日は歩きだから明穂は先に行って。二人は?」

 

「わたしも歩きだわ。澪ちゃんは?」

 

「わたしは自転車ですけど、明穂さんが先に行ってください。わたしは結依さんとコースケさんと一緒に行きますから。」

 

「うん、じゃあ先に行くね。陽子ちゃんの家で合流しよ。」

 

 みんなと別れて、わたしは一人自転車にまたがった。

 

 久しぶりの立ち漕ぎ。

 最近してなかったわ、こんなの。

 

 息を切らせながら、ひたすらペダルを踏む。前かごの中で本が揺れて、飛び出さないかひやひやした。

 

 信号で止まる。弾む心臓、荒い息。早く行かなきゃという焦りが、全身を急き立てていた。

 あの角を曲がれば、陽子ちゃんの家だ。

 

 ……早く。早く変わって。

 

 信号が青になった瞬間、わたしは角を曲がった。

 

 視界の先に、見覚えのある背中があった。

 手を上げて、本を積んだトラックを見送っている。

 

 ――陽子ちゃんダメ。

 

 心臓が、大きく跳ねた。


 ――キキーーィ。

 

 ブレーキをかける金切り音が周囲に鳴り響いた。その音に気づいて、陽子ちゃんが振り向く。

 

「どうしたの、明穂ちゃん?」

 

 突然現れたわたしに面食らった顔を向ける陽子ちゃん。わたしは自転車を乗り捨てて、彼女に詰め寄った。

 

「あれ、業者の車よね。」

 

「そ、そうよ。」

 

「本は? 誠一さんの本は?」

 

 荒い息を押し殺しながら、わたしは一歩、陽子ちゃんに迫る。

 

「本? 今、持っていったわよ。あの車に。何か読みたい本でもあったの?」

 

 場違いな返答に、顔から血の気が引いた。

 

「違うの、陽子ちゃん止めて。あの本には——」

 

 そう告げて、わたしは走り出していた。

 

「なに、どういうこと?」

 

 背中から陽子ちゃんの声が追いかけてくる。

 でも振り向いている場合じゃない。

 トラックが、遠ざかっていく。

 わたしは手を振り上げながら、全力で追いかけた。

 

「待って、止まって!」

 

 届けと祈りながら叫ぶ。でも、トラックは止まらない。

 

 ――待って。待って。

 

 息が上がる。心臓が悲鳴を上げて、胸を激しく叩く。足が痛い。もつれる。

 

 それでも走った。

 

 わたしの願いが通じたのか、トラックが信号で止まった。

 最後の力を振り絞って、足を動かす。

 

 ――はっ、はっ、はっ、はっ。

 

 もう限界。息が苦しい。でも、もう少し。

 あと数メートル!

 手が届く、もう少しで手が届く——

 

 ――ブーーン。

 

 車は走り出してしまった。

 足がもつれて、わたしはその場に転がった。

 

 膝が痛い。手を擦りむいて、じわりと血がにじむ。

 

 もう走れない。

 

 張り詰めていた緊張が、ぷつりと途切れる。

 身体が悲鳴を上げていた。

 一歩も動けない。トラックがどんどん小さくなっていく。

 

 それでも、わたしは立ち上がった。

 

 ふらつく足で、的に向かって足踏みを始める。

 

 予知の映像は流れていない。タイムリープできるかどうかもわからない。

 

 でも——。

 

 気づけばわたしは、胴造りを始めていた。

 

 息を整える。迷いを捨てる。

 

 弓構え。打ち起こし。見えない矢を引き分けて、遠ざかるトラックに狙いを定め……、


 音が消えた。 

 

 ――会。

 

 お願い。お願い、神様。

 あの本を陽子ちゃんに返して。誠一さんの思い出を、陽子ちゃんに返して。

 

 わたしは、矢を放った。

 

 そして残心……。


 

 タイムリープは——

 

 ――起こらなかった。

 

 トラックはウインカーを出して、交差点の向こうへ消えていった。

 

 悔しくて、涙がこぼれた。

 膝をついたままわたしは動けずにいた。

 

 こんな肝心なとき。こんな大切なとき。時間は巻き戻らない。

 自分の無力さに、わたしは叫んでいた。


 ――お願い!戻って、戻って……


「戻れ。戻れ……戻れ……

 ——戻んなさいよ!」


 

 その瞬間。

 目の前が、歪んだ。


 わたしの周りの風景が、映画のリールを逆回転させるように遡っていく。

 見慣れたはずの景色が歪み、ほどけていく。

 

 地面との境界が曖昧になって、身体がふわりと浮いた。

 

 でも……違う。

 

 いつもと、違った。


 今までは、流されていた。

 どこかへ運ばれるみたいに。


 でも、違う。


 今回は——掴んだ。

 わたしの意思で。

 

 光の玉がわたしに近づいて、くるりと周囲を回り始めた。

 初めてタイムリープをしたときのような緊張感。玉に触れようとする手が、わずかに強ばって一瞬止まる。 

 

 陽子ちゃんの顔が。誠一さんの顔が。脳裏をよぎった。

 

 もう後戻りはできない。

 わたしは光の玉に、そっと触れた。

  

「明穂……明穂……ちょっと、明穂!」

 

 肩を揺さぶられて、わたしは我に返った。

 

 結依の顔。

 結依の声。

 

 目をしばたたかせながら、ぼうっとする頭で周囲を見渡す。

 

 リビングだ。

 

 怪訝そうに覗き込む結依と、その後ろで心配そうにわたしを見つめる澪とコースケの顔があった。

 

 意識がゆっくりと戻ってくる。


 「今、どこ……? 何してたの、わたし?」 

 

 結依の肩を掴んで、思わず激しく揺らしてしまう。

 

「ちょっと待って明穂、揺らさないでよ!」

 

 頭を前後させながら、結依が懇願してきた。

 

「あっ、ごめん」

 

「もう、どうしたのよ。急にぼーっとして動かなくなるから、心配したじゃない。」

 

 首元をさすりながら、結依が呆れたように言った。

 

「ごめん……ちょっと考え事しちゃって。今、何してたんだっけ?」

 

 何とか言い訳を絞り出して、苦笑いでごまかす。

 

 ――本当に困るんだけど。

 

 澪もコースケも変な顔してるじゃないのよ。

 

 心の中でぼやきながら、状況を確認した。

 

「何って……これから陽子さんに電話するんでしょ。本に書かれた口癖について、明穂が言い出したんじゃないの。」

 

 結依の言葉に、記憶が戻ってくる。

 陽子ちゃんに電話をかける、あの場面に戻ってきたのだ。

 

 ちょうどいいタイミング。

 

 あの時は——サプライズで見せようと、動画のことは伝えなかった。

 誠一さんが残したものを、まず自分たちで確かめてから届けようと思っていた。

 

 でも……。

 

「そ、そうだったわね。ほ、ほら結依がダイイングメッセージとか言うから、ちょ、ちょっと心配になっちゃって」

 

 ――ご、ごめん結依。

 

 ちょっとだけ結依のせいにして、言い訳を重ねる。

 

「じ、じゃあ電話するね。」

 

 テーブルのスマホに手を伸ばした瞬間。

 

 ――ズキッ。

 

 鋭い痛みが手に走って、スマホを取り落としてしまった。

 

「大丈夫ですか?」

 

 澪がすかさずスマホを拾い上げて、わたしに渡してくれた。

 

 右手が痛い。

 

 さっき転んで擦りむいた、あの場所。思わず確認するが、傷はどこにもない。

 それなのに痛みだけがまだそこに残っていた。

 

——まるで、さっきの時間だけが残っているみたいに。

 


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