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repeat(リピート) ~運命の指輪に願うこと~  作者: しんいち
repeat4 残さなくていいもの

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30/41

七話目 遺された眼差し

 始業式が終わり、クラス替えがあったあの日。

 わたしは突然意識を失って、階段から落ちた。

 

 混乱する記憶、流れていく記憶……もうほとんど覚えていないけれど、その中に確かに『これ』はあった。

 

 わたしは急に怖くなった。

 

 首筋に冷たいものを押し当てられたような感覚。スマホを持つ手が、かすかに震えていた。

 

 ――なんでこれ、知ってるの?

 ――なんでわたし、手が止まっているの?


 自分に問いかけても、答えは返ってこない。

 

 でも確かな既視感……。

 

 いや、それとも――記憶?

 

 このあと、何が起きるのか

 ――思い出せそうで思い出せない。

 

 ――なにこれ。

 

 言い知れぬ不安がじわじわとわたしを包み込もうとしたとき。

 

「明穂、ちょっと――明穂?」

 

「明穂さん、どうしたんですか?」

 

 結依と澪の声が、わたしを現実に引き戻した。はっと我に返って、二人の顔を見る。

 二人の表情に、心配の色がはっきりと浮かんでいた。

 

「ねぇ、どうしたの。すごい顔してたよ。」

 

 いつものわたしなら、

 

 ――なによそれ、馬鹿にしてるの?

 

 なんておちゃらけるところだ。

 

 でも、よほど酷い顔をしていたのだろう。結依は壊れ物に触れるように、慎重に確かめるようにわたしの顔を覗き込んでいた。その横で澪も、おどおどと視線を揺らしている。

 

 そしてその奥。

 

 コースケの視線が、わたしに静かに刺さっていた。

 

 何も言わない。ただ眉間に深く刻まれた皺と、何か言いたげな表情が、わたしの胸をじわりと締め付けた。

 

「な、何でもないの。本当に。デジャブってやつかな……これ、前にも体験したことがあるような気がして。なんか変だよね。」

 

 嘘をつく気にはなれなかった。誤魔化す必要もない。ありのまま告げると、張り詰めていた空気がすっと緩んだ。

 

「デジャブ? 明穂にしては難しい言葉を知ってるわね。」

 

 結依の失礼な一言に、わたしの眉がぴくりと跳ねる。

 

「やだ! 明穂さんだってそれくらい知ってますよ。ねぇ」

 

 無邪気に聞き返す澪の言葉が、なんだかじわりと痛かった。

 

「未来の映像かもな。」

 

 さりげなく放たれたコースケの言葉に、わたしの胸が大きく脈打った。

 

 気づけば、手をぎゅっと握りしめていた。

 

 ――気づいているの。

 

 まさか、と思いながらも、コースケの妙な鋭さに胸がざわついた。

 

「予知ね……あり得るかも。」

 

 顎に手を当てて、わざとらしくコースケの話に乗っかる結依。わたしは苦笑いしながら、さりげなく手を振った。

 

「やだ、やめてよ。わたしそういうの苦手なんだから。気のせいよ、気のせい。ごめん、気を取り直して電話してみるわ。」

 

 ――気のせいよ。きっと。

 

 自分に言い聞かせながら、わたしは改めてスマホの画面を開いた。

 陽子ちゃんの名前。

 

 震える指に力を込めて、勢いのまま画面をタップした。


 スマホから呼び出し音が聞こえてくる。

 

 さっきの既視感がまだ頭に引っかかっていて、スマホを持つ手に自然と力が入った。

 みんなの視線が、一斉にわたしに集まっている。

 

 ――大丈夫。

 

 そう伝えるように、わたしは小さく微笑んだ。

 

 『もしもし』

 

 陽子ちゃんの声が聞こえた。

 

「陽子ちゃん! 明穂だけど」

 

 わたしの声を聞いて、みんなが息を飲む気配がした。

 

「どうしたの? 何か用事……」

 

「あのね」

 

 わたしは必要なことだけを選んで、話し始めた。

 URLを見つけたことは話さない。動画を見つけたことも。コースケの「遺言」という推理も、わたしの予知のことも、全部伏せる。

 

 ただ一点だけ。

 

 本のページに線が引かれていて、その横に『君の口癖』と書かれていたこと。それだけを、さりげなく告げた。

 

 電話の向こうで、陽子ちゃんの言葉が途切れた。

 

 切れてはいない。

 

 考えているのか。唖然としているのか。スマホ越しではまったくわからなかった。

 

 少しの沈黙。

 

 わたしはそれを破るように、声をかけた。

 

「陽子ちゃん?」

 

 『ああ、ごめんなさい』

 

「それで、ちょっと気になっちゃって電話しただけなんだけど……」

 

 警戒させないよう、わたしはできるだけ明るい声で続けた。

 

 『ああ、うん……

 ――ずっとそばにいるよ。

 でしょ。誠一さん、よく言ってたわ。あの人、意外とキザだから』

 

 懐かしむような、どこか弾んだ声だった。

 

「えっ! それで陽子ちゃんはなんて返してたの?」

 

 核心をつく。

 

 『え〜と、確か……

 ――知ってる。そう返してたわ』

 

「へぇ。けっこうあっさりだね」

 

 『だって、いつも言ってくるんだもん。流石に飽きちゃったのよ。……でも久しぶりに聞いたわ、そのセリフ』

 

 スマホの向こうで、陽子ちゃんが嬉しそうに笑っていた。

 

「ありがとう、陽子ちゃん。それだけなんだ。引っ越しの準備はどう?」

 

 『順調よ。今日、業者さんも来るから一気に片付きそうかな』

 

「うん、また手伝いに行くよ」

 

 『よろしくね』

 

 わたしは静かに通話を切って、みんなに向けてガッツポーズを決めた。

 

 ――知ってる。

 

 陽子ちゃんはそう言っていた。あっさりとした、彼女らしい一言。でも二人の姿が頭に浮かんで、自然と口元がゆるんだ。

 

「やったわね。」

 

「これで動画見れるかもな。」

 

「やりましたね。」

 

 口々に声が上がって、ハイタッチが飛び交う。

 

 ――本当に、良かったんだよね。

 

 胸の奥に残った小さなトゲが、まだかすかに引っかかっていた。

 

「まずどれで試す? ローマ字、それとも英文」

 

 結依が一人ずつ顔を見回しながら確かめていく。

 

「ローマ字じゃないかな。陽子ちゃんの口癖なら、そのままの方が自然だし。」

 

「俺も賛成」

 

 コースケが即座に手を上げた。

 

「わたしも明穂さんに賛成かな。」

 

 澪も控えめに手を上げる。

 黙って聞いていた結依が大きく頷いて、パソコンの画面に向き直った。

 

「じゃあ、まずローマ字ね。」

 

 カタカタとキーボードを叩く音がリビングに響く。打ち終わって、あとはエンターキーを叩くだけになった。

 

「お願い、今度こそ……」

 

 結依が画面に祈りをかける。澪が手を合わせ、コースケは目をつぶり願いを込める。

 

 ――お願い、開いて。

 

 わたしも心の中で静かに願った。

 

 ――カチッ。

 

 結依がエンターキーを叩いた。

 

「開いたよ。」

 

 その声と同時に、動画が始まった。

 

 『ああ……ちゃんと撮れてるかな』

 

 誠一さんがそこにいた。

 少しはにかんで、照れくさそうに。わたしが予知の映像の中で見た、あの誠一さんだった。

 

 『陽ちゃん……君がこの動画を見ているということは、僕はもうこの世にいないんだよね?』

 

 画面の彼が、こちらに問いかけてくる。

 胸の奥がきゅっと締め付けられて、わたしは胸元で静かに拳を握った。

 

 『この動画はね、本当は君の目が見えるようになった時に、一緒に見ようと思って撮りためていたものなんだ』

 

 画面の彼が、陽子ちゃんに笑顔を向ける。

 

 『普段の君が僕にどんな顔で笑って、どんな顔で喜んで……そんな君を僕がどんな表情で見ていたのか、一緒に見ようと思って内緒で撮っていたんだ。

 

 一緒に旅行にも行ったよね。

 

 見えないって怒ってたけど、伊豆の海岸から見た夕日。本当に綺麗だったよ。

 もう一緒には行けないけど、その時の動画も本の中に隠してある。

 見つけてほしい。それと……』

 

 動画は、まだ続いていた。

 部屋の中が静まり返っていた。車の音も、風の音も、時計の針の音すら、耳に届かない。

 

 みんなはこの動画を見て、何を思っているのだろう。

 

 表情を変えないまま、時折誰かが息を飲む音だけが、静かに聞こえてくる。

 

 陽子ちゃんに楽しそうに語りかけながら、笑顔を見せる誠一さん。

 彼はこの時、自分が亡くなることを知っていた。

 

 それなのに、彼は笑っている。

 

 泣き顔は見せずに、ただずっと、陽子ちゃんに語りかけ続けていた。

 

 『ずっとそばにいるよ。またね、陽ちゃん。』

 

 動画は、そこで終わった。

 誰も言葉を発さない。

 終わった画面を、それでもみんなはじっと見つめていた。


 まだわたしのトゲは抜けてはいない。

 あの既視感がわたしを迷わす。


 でも……  

 

 ――陽子ちゃんに届けなければ。


 この動画を……。

 

 わたしは胸元に握っていた拳を、ぎゅっと胸に押し当てた。


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