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repeat(リピート) ~運命の指輪に願うこと~  作者: しんいち
repeat4 残さなくていいもの

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五話目 残された声

 ――ピンポーン。

 

 チャイムの音が室内に響く。

 壁の時計を見ると、もうお昼だった。

 

「結依、ちょっと待ってて。」

 

 まだ探偵ごっこに興じている結依を部屋に残して、わたしは玄関へと向かった。

 

「は〜い」

 

 扉を開けると。

 

「おう!」

 

 軽い掛け声と共に、コースケが立っていた。

 黒の薄手のパーカーにデニム。いつもの軽い装い。そしてその手に提げた紙袋から漏れてくる甘い香りが、わたしの鼻をそっとくすぐった。

 

「ほら、作ってきたぞ。」

 

 わたしの視線に気づいたコースケが、紙袋を軽く持ち上げて見せてくる。

 

「ありがとう!」

 

 思わず口元がゆるんだ。わたしはコースケを家の中へと招き入れた。

 

「おっ、結依ちゃん!」

 

 軽く手を上げてリビングの結依に挨拶するコースケだったが……。

 

「え〜、神木くん」

 

 おでこに手を当て、人差し指をびしっとコースケに向ける結依。

 

「な、なにやってるの結依ちゃん……」

 

 左の眉をひきつらせながら、コースケがわたしに助けを求めてくる。わたしは両手を広げて、静かに首を横に振った。

 

「関わっちゃダメよ。面倒だから。」

 

「う、うん……」

 

 戸惑いを顔に貼りつけたまま、コースケは紙袋をテーブルにそっと置いた。

 

「ところでコースケ、何のケーキ作ったの?」

 

 結依はそのまま放っておいて、わたしの関心は箱へと移っていた。

 

 ユニバに行けなくなったわたしのために、コースケが作ってきてくれたケーキ。これだけが、今日のわたしの救いだ。

 

「タルト作ってみた。フルーツタルト。前に明穂、タルト好きって言ってたろ。」

 

「へぇ、よく覚えてたじゃん。」

 

「当たり前だろ。」

 

 少し頬を赤らめながら、照れくさそうに頬をかくコースケ。なんだかこっちまで、むずがゆくなってくる。


 コースケのタルトは、本当においしいのだ。

 

 サクッとした生地に、しっかりとした甘さのクリーム。最近は甘さ控えめなんてものが流行りだけど、わたしには少し物足りない。


 わたしの好みをちゃんとわかってくれてるコースケのケーキは、どんなケーキ屋さんのものよりも格別だった。

 

 コースケの手がゆっくりと箱へと伸びる。そして、蓋がひらいた。

 

「うわ〜!おいしそう!」

 

 声を上げたのは、わたしじゃなく結依だった。

 

 構ってもらえなくて飽きたのか、いつの間にかケーキを覗き込んで、目をきらきらさせている。

 

 結依……それ、わたしのセリフなんだけど。

 

 心の中でひとつツッコミを入れながら、わたしははしゃぐ結依を半ば呆れながら眺めていた。


「包丁ある?せっかくだからみんなで食べようぜ。」

 

 コースケが声を上げる。

 

「うん、じゃあわたし飲み物用意するね。コーヒーでいい?」

 

 コースケを台所に案内しながら、まな板と包丁を出して、わたしはお湯を沸かし始めた。

 

 手際よく箱からタルトを取り出したコースケが、慣れた手つきで包丁を入れていく。その横顔に、思わず目が吸い寄せられて――。

 

「明穂、皿どこ?」

 

「う、うん!」

 

 慌てて棚から皿を取り出す。

 

 一瞬……、ほんの一瞬よ。

 

 コースケと並んでキッチンに立つ、ちょっと先の未来みたいなものが頭をよぎって、なんだか勝手にドキドキしてしまった。


 未来の予知映像じゃなくて、これがわたしの選びたい未来だったらいいのに……なんて。

  

「そういえば、今日は朝比奈来ないの?」

 

 不意に澪の名前が出て、わたしはちょっとだけムッとした。

 

「澪は美容院で髪切ってから来るって。

 ……なんで、気になるの?」

 

 我ながら少しトゲのある言い方だと思いながらも、止められなかった。

 

「違うって!最近仲良いじゃん、お前たち。

 今日はいないなって思っただけだろ。」

 

「ふーーん。だから気になるんでしょ。」

 

 わたしはプッと頬を膨らませて、コースケを横目で睨んだ。

 

「だから違うって。」

 

 苦笑いを浮かべながら、コースケは面倒くさそうに言った。

 

「やだ……焼きもち?」

 

 話を聞いていた結依がにやにやしながら割り込んでくる。

 わたしはフグみたいにさらに頬を膨らませて、「違うもん」とそっぽを向く。

 コースケも照れくさそうに頬を搔いていた。

   

 テーブルにタルトとコーヒーが並んだ。

 綺麗に切り分けられたタルトと、コーヒーの香ばしい香りがリビングをふんわりと包む。なんだかカフェに来たみたいだ。

 

 三人で席に着く。

 

「いただきます。」

 

 コースケのタルトを一口、口に運ぶ。

 

 あーあ、幸せ。

 

 しみじみとそう思いながら、話題はいつの間にか、あの本のことへと移っていった。

 

「URL?なにそれ、面白そうじゃん。ちょっと話聞かせてよ。」

 

 コースケは前のめりになりながら、コーヒーをひと口すすった。

 

 昨日の引っ越しのこと。

 誠一さんの本棚から、みんなで一冊ずつ貰ってきたこと。

 

 そして……

 家に帰ってから、雨で滲んだURLを見つけた経緯を、わたしはコースケに話して聞かせた。

 

「ふーん。……それで明穂はなんでこの本を貰ってきたんだ。こんなヨレヨレの。」

 

 本を手に取りながら、コースケが鋭く切り込んでくる。

 コーヒーカップを持つ手が、思わず止まった。

 全く考えていなかった。本物の探偵に出くわしたような感覚に、言葉が詰まる。

 

「う~ん、なんて言うか……そ、そう、ほら!誠一さんが最後に買った本でしょ。なんか取っておいた方が良いかなって思って。エヘヘ」

 

 ちょっと笑ってごまかしてみる。

 

「ふーん……」

 

 「……」

 

 コースケだけじゃない。結依まで言葉を止めて、目を細めてわたしを見てくる。


 二人の視線が刺さって痛い。

 

 やめてよ。なんでいつも変なところだけ鋭いのよ。

 

 いっそのこと――

 

 『わたし、階段から落ちて予知が見えるようになったの。ついでにタイムリープまで!』


 ああ、言いたい。

 最近誤魔化すの面倒なのよホントに。

 もう言って、楽になりたい。

 

 でも、そんなことを言ったら、二人が離れていく未来が見える気がした。喉まで出かかった言葉を、わたしはぐっと飲み込んだ。

 

「まあ、いいや。それで、そのURLって何なのかわかったのか?」

 

 コースケがあっさり流してくれて、ほっと息をつく。

 

 わたしたちはコースケが来る直前の調査の話をして聞かせた。


 パソコンを開いて画面を見せながら、結依がマウスを操作しつつ説明を始める。

 コースケは口に手を当てながら、黙って話に耳を傾けていた。

 

「わたしはきっと、お宝の隠し場所を伝える動画だと思うの。

 一つひとつにヒントがあって、それを解いていくと最後にとんでもない財宝に辿り着く。

 わたしはそう睨んでいるわ。」

 

 持論を展開する結依を前に、さしものコースケも苦笑いを浮かべて、突っ込んでいいものか確かめるようにわたしを見てきた。

 

 ――任せるわ。

 

 肩をすくめて、わたしはコースケに合図を送った。

 

「う〜ん、お、面白い推理だけどさあ。」

 

 優しいコースケは、はっきりとは言わずにやんわりと否定する道を選んだようだった。

 

「やっぱりこういうのって、『遺言』じゃないのかな。

 全部のフォルダーがそうかはわからないけど、少なくともこの本のタイトルがついたフォルダー……。

 この動画は、そんな気がするんだよな。」


 画面をトントンと指で叩きながら、コースケは真剣な顔でそう告げた。

 

「遺言……」

 

 わたしと結依が、思わず顔を見合わせた。

 

「動画を残した人が、その陽子さんって人に向けて言い残したかったこと……。

 そういうものじゃないかな。」


画面を凝視したまま、コースケは静かに続けた。

 

「目が見えなかった人に、動画にして見せて、声にして伝える。俺もそうするし。

 だからこれ、『to.youko』なんだろ。」


 コースケが本の文字をそっと指でなぞりながら、静かにそう言った。


 わたしはコースケを見つめた。

 

 まともな推理だった。

 いつも結依のヘンテコな迷推理を聞かされ続けてきたわたしには、コースケの言葉が本物の名探偵のそれに聞こえた。

 感嘆の声が漏れて、気付けば拍手を送ってしまう。

 

「すごいコースケ!コナンくんみたい。

 やっぱり古畑とは格が違うわね。」

 

 ――しまった。口が滑った。

 

 結依が、じとーっと恨めしい瞳でわたしを見てくる。

 

 ヤバイ……。

 そのとき、チャイムが鳴った。

 

 ――ピンポーン。

 

 た、助かった。

 たぶん澪だ。タイミング良すぎる。


 ちょっと結依に罪悪感を感じつつも、わたしは逃げるように席を立った。


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