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repeat(リピート) ~運命の指輪に願うこと~  作者: しんいち
repeat3 幽霊になった日

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22/41

八話目 人でいる証明

「……そうよ。」

 

 彼女は、小さく頷いた。

 

「一年前、その学校新聞が配られたの。  わたし……びっくりしちゃった。」


 自嘲気味に、少しだけ唇の端を上げる。

 けれど、笑みはすぐに崩れ落ちた。

 

「本当に、呪いってあるんだって。」

 

「呪い……」

 

 その言葉を、口の中でなぞる。

 背筋が、ぞわりと粟立った。

 

「だってそうでしょ。」

 

 彼女は一歩、近づく。

 

「遠い高校を選んで、誰も知らない場所に来て……  誰とも話さないで、生きてきたのに。」

 

 ぐっと、距離が詰まる。

 

「――また、なのよ。」


 吐き出された声は、ひどく乾いていた。

 

「きっと、試されてたんだと思う。」

 

「試すって……何を?」

 

 問い返すと、彼女の目がわずかに見開かれる。

 

「決まってるじゃない!」


 鼓膜を刺すように、声が鋭さを増す。

 

「――幽霊になれているか……、ちゃんと、人をやめているか


 だから、大丈夫だったの。

 だから、ばれなかった。」

 

 彼女は、どこか誇るように言う。

 

「わたし……ちゃんと幽霊になってたんだから。」

 

 ――なに、言ってるの。

 言葉が、出てこない。

 

 壊れてる?

 おかしくなってる?

 違う……違うよね。

 

 そう思うのに――

 目の前の彼女から、目が反らせなかった。

 

「そ、そんなわけ……ないじゃん。」

 

 声が喉の奥で張り付く。。

 

「違うの。」

 

 彼女は頑なに首を振る。

 

「本当なの。」

 

 一歩、さらに近づく。

 思わず、私は後ずさった。

 

「だって私……約束、破っちゃったんだもん。」

 

 その声は、ひどく弱かった。

 

「約束……?破ったってなに。」

 

 うまく理解できない。

 頭に、入ってこない。

 

 怖い。

 逃げたい。

 

 そんな感情が、じわじわと広がっていく。

 

「二年生になって、クラスが変わっても……  ちゃんと守ってたの。

 無視していれば、誰も寄ってこない。

 幽霊でいれば、誰も近づかない。」

 

 彼女は前髪を指で絡ませてながら、ぽつりと呟く。

 

「そう思ってた。」

 

 ――でも。

 

「違ったの。

 みんな……話しかけてくるの。」

 

 彼女の眉にうっすら皺がよる。

 

「こんな前髪で、顔隠してる私に、気持ち悪いのに……また試されてるんだって思った。」

 

 悲しそうに彼女は顔を上げた。

 

「だから、無視したの。


 ……ずっと、我慢して。」

 

 その表情を見て、気づいた

 

 ――違う。

 この子は、壊れてるんじゃない。

 壊れそうなのを、必死で抑えてる。

 

「光介くん……」

 

「コースケ?」

 

 思わず聞き返す。

 彼女は小さく頷いた。

 

「うん……みんな離れていくのに、あの人だけは違った。」


 ほんの少しだけ、彼女の声に温度が宿る。

 

「何度も話しかけてきて……」


 ――朝比奈、これやっといて。

 ――朝比奈、これ一緒に運んで。


「……嬉しかった。」


 ぽつりと溢れた本音。

 

「私、見えてるんだって……

 人として、見てもらえてるんだって。」


 その言葉の重みに、私は何も返せなかった。

 

 ただ――、


 少し前にコースケをあんなにも激しく問い詰めてしまった光景が脳裏をよぎり、胸の中で彼に深く頭を下げた。

 

 ――ごめんコースケ。疑って 

 

「でもね……」

 

 その瞬間、微笑んだ彼女の顔から笑顔が消えた。

 まるで厚い雲がかかったかのように暗い影が落ちた。

 

「それがいけなかった。」

 

 静かに、首を振った。

 

「約束を破った報いが来たの。」

 

 彼女の視線が、私の手元へ落ちる。

 

「……それが、その冊子。

 この教室で見つけたとき、思ったわ。


 ああ、やっぱりって……

 許されてないんだって……

 断罪されてるみたいだった。」

 

 その言葉が、重く落ちる。

 

「だから、消そうとした。」

 

 かすれる声。

 

「それさえなければ、また……静かに生きられるって。」

 

 でも。

 

「そんな事しても無理だった。」

 

 彼女はゆっくりと首を振る。

 

「神様は、許してくれなかった。」

 

 顔を上げる。

 

「あなたに、見つかった。

 もう終わり……」

 

 小さく笑う。

 

「なんでこんなことしたんだろう。」


 声の輪郭が、涙に濡れて崩れていく。

 

「なんであのとき……典子さんを助けなかったんだろう。」


 胸を掻きむしられるような痛みが、私を襲う。

 

「戻りたい……

 戻って、私が死ねばよかった。」


 その瞬間――


 結依を助けたときに負った傷が、疼くようにズキリと痛んだ。わたしは無意識に、衣服の上からその傷口をそっと撫でる。 

 

「典子さんの代わりに……

 そしたら、こんなことにはならなかった。」

 

 その言葉は、あまりにも静かで――

 

「……最初から、幽霊になってれば良かった。」


「ダメ!」

 

 気づけば、叫んでいた。

 

「それだけは――絶対にダメ!」

 

 胸の奥から、言葉があふれ出す。

 私は彼女の肩をつかんだ。

 

 指先に伝わる体温が、やけに現実的で――

 その瞬間、涙がこぼれた。

 ぽた、ぽた、と大粒の雫が落ちて、床に染み込んでいく。

 

 ――戻りたい。

 

 さっき、彼女はそう言った。

 私は戻れる。

 

 二回。

 

 たった二回だけど、それでも――未来を変えてきた。

 

 でも。

 

 彼女の過去は、変えられない。

 私にできるのは、せいぜい二日か三日。

 一年前の出来事なんて、どうやったって届かない。

 

 ――それでも。

 

 過去が無理でも、今なら。

 今、この瞬間なら。

 目の前にいるこの子を――

 朝比奈澪さんを、救うことはできる。

 

 そのために、私はここにいる。

 

 あの予知だって、きっと――

 このためにあった。

 

 大きく息を吸う。

 弓を引いたときの、あの一瞬を思い出す。

 迷いを捨てて、ただ狙いを定めた、あの感覚を。

 

 震える心を、押し込める。

 そして――顔を上げた。

 

「私が、あなたを助ける。」

 

「どうやって?」


 即座に返ってきたのは、氷のような言葉だった。彼女の鼻を鳴らすような微かな笑いに、胸が痛む。

 

 ――見透かされている。


 具体的な方法なんて、何一つない。

 何も思い付いていない。

 

 それでも。

 それでも――

 

 ここで黙るわけにはいかない。

 私は、言葉を探すんじゃなくて。

 胸の奥にあるものを、そのまま掴み取る。

 

「……友達になろ。」


 自分の声が震えているのがよくわかる。

 それでも、視線だけは逸らさずに言葉を紡ぐ。

 

「だから――私が、あなたを信じる。」

 

 言い切った。

 逃げずに、まっすぐに。

 

 すると。

 彼女は、くすりと笑った。

 どこか呆れたように。

 

 けれど――

 ほんの少しだけ、さっきとは違う笑い方だった。


 「うそ……そんなわけ、ないじゃん。」

 

 彼女の視線が、まっすぐ突き刺さる。


 「あなた、私のこと知らないでしょ。」


 「初めて喋ったでしょ。」

 

 一歩、踏み込まれる。


 「何も知らないくせに!」


 「私の辛さなんて、知らないくせに!」


 激情の言葉が、容赦なくわたしに叩きつけられる。


 「可哀想って思った?」


  「そうでしょ!」

 

 息が詰まる。

 それでも――私は目を逸らさない。

 逃げない。

 彼女の視線を、真正面から受け止める。


 「それに……」

 

 ふっと、声が落ちた。

 

「私、うそ言ってるかもしれないよ。」

 

 心臓が、どくんと跳ねる。

 

「これだって作り話かも。」


「冊子を盗もうとして、見つかって……誤魔化すための“うそ”」

 

「全部、言い訳なの。」

 

 彼女は顔を上げた。

 まっすぐに、私を見据える。


 「私、見捨てたの。」


 「いじめられてた人を……典子さんを。」

 

 言葉が、静かに沈んでいく。

 

「さっきだって、新聞部だなんて嘘ついた。」

 

 肩を掴んだ腕ごと、一歩距離を詰められる。


 「そんな人間、信じられるの?」


 「友達になれるの?」

 

 押し返される。

 肩にかかる力に、体が揺れる。

 

 ――離れそうになる。

 ――逃げたくなる。

 

 心が、ぐらりと傾く。

 

 それでも。

 それでも――

 私は、手を離さない。

 

 もう一度、ぎゅっと握り返した。

 

「……そうだよ。」

 

 息を吸う。

 腹を括る。

 

「私は、あなたのこと知らない。」

 

「だから――これから教えてよ。」

 

「な、なに言ってるの……」

 

 彼女の目が揺れる。

 わたしは心の思いを、言葉に吐き出した。


 「周りが何を言ってもいい。」


 「あなたが自分でどう思っててもいい。」

 

  今度はわたしが一歩、踏み出す。


 「私は、友達になるって決めたの。」

 

 胸の奥から、言葉を引きずり出す。


 「私が、そう決めた。」

 

 それは勢いじゃない。

 逃げないための、誓いだ。


 「だから――」

 

 一度、息を整える。


 「私に、証明してよ。」


  まっすぐに、見つめる。


 「“みお”のことが、もしみんなに知られても」


 「――この子は違う。」


 「――そんなことする子じゃない。」


 一点の曇りもない声で、強く、言い切る。


 「そうやって、胸張って言わせてよ。」


 掴む手に、さらに力がこもる。


 「あなたを、死なせない!」


 「幽霊なんかに、させない!」

 

 声が、震える。

 それでも止めない。


 「私が――守るから!」


 叫びきった、その瞬間。


 「……痛い。」


 ぽつりと、返ってきた。


 「肩、ちょっと痛い。」


 「あっ……ごめん!」


 はっとして、手を離す。

 現実に引き戻される。

 触れていた肩の温もりが、わたしの手のひらを熱くしていた。

 

 彼女は肩をさすりながら、うつむいたまま動かない。

 

 沈黙が、落ちる。


 「……うん」


 蚊の鳴くような、小さな声だった。


 「うん……うん……」


 そのまま、糸が切れた人形のように、彼女の膝が折れる。


 「……っ、……ぅ、……う……っ」

 

 声にならない声が、漏れ出す。

 彼女は顔を覆い、その場に泣き崩れた。

 

 ――張り詰めていたものが、切れたみたいに。

 

 私はそっと膝をつく。

 そして、壊れ物に触れるみたいに――

 

 彼女を、抱き寄せた。


 嗚咽が、制服越しに伝わってくる


 何も言わない。

 ただ、そこにいる。

 彼女の嗚咽が、落ち着くまで。

 ずっと、黙って聞き続けた。

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