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repeat(リピート) ~運命の指輪に願うこと~  作者: しんいち
repeat3 幽霊になった日

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19/40

五話目 逃げ場のない名前

見えない矢を放った瞬間――

 

 私の周りの風景が、映画のリールを逆回転させるように遡っていく。

 見慣れたはずの景色が歪み、ほどけていく。

 地面との境界が曖昧になり、身体がふわりと浮いた。

 

 そして。

 ――現れる、光の玉。

 

 小さいのに、はっきりとした存在感。

 その中に、あの子の顔が浮かんでいる。

 私は、ゆっくりと手を伸ばし――それを掴んだ。

 

「明穂、明穂。どうしたの? 早く代わって。」

 

 声が届いた瞬間、意識が引き戻される。

 

「……え?」

 

 思わず周囲を見渡す。

 ――弓道場。

 

 鼻をくすぐる木の匂い。

 張り詰めた空気。

 目の前には、怪訝そうにこちらを見ている先輩の姿。

 

「先輩……ここ、どこですか?」

 

「は?」

 

 呆れたように目を細められる。

 

「何言ってるの。ここ、弓道場でしょ。

 今日は特に変よ?」

 

 じっと覗き込まれて、私は思わず頬を膨らませた。

 

 ……ちょっと言い方キツくない?


 でも、それどころじゃない。

 どうやら――戻ってきたらしい。

 問題は、“どのタイミングに”か、だけど。

 

「とりあえず明穂、早く順番代わってよ。」

 

 そう言って、先輩は半ば強引に場所を譲ろうとする。

 私は慌てて声をかけた。

 

「先輩、今日って……何日ですか?」

 

「今日? 七日だけど。」

 

「七日……ありがとうございます。」

 

 順番を変わりながら、私はすぐに道場の隅にあるカレンダーへ視線を向けた。

 

 ――四日前。

 

 つまり。

 事件が起こる、その日だ。

 

 今日の夜。

 あの出来事が、起こる。

 時間は分からない。

 

 でも、あの映像は――暗い廊下だった。

 間違いなく、日が落ちた後。


 確かめなくてはいけない。


 だったら。

 やることは一つ。

 

 ――張り込みよ。


 部活が終わった後。


 私は一人、例の教室を見張れる位置にあるトイレへ身を潜めていた。


 夜の廊下は、静まり返っている。


 遠くの教室には、まだ明かりが灯っている場所もあるけれど――


 この辺りは、完全に闇に沈んでいた。


 ……うん、知ってた。暗いのは知ってたけど。


 こんなに暗いとは聞いてない。


 もちろん、明かりなんて点けられない。


 結果――めちゃくちゃ怖い。


 まるで、自分だけが世界から切り離されたみたいに。 ぽつんと取り残されている感覚。


 気づけば、足が小刻みに震えていた。


「……ちょっと待って。無理。普通に無理」


 小声で自分にツッコミを入れる。


 私は――幽霊が嫌いだ。


 ホラー映画なんて絶対無理だし、怪談話なんて聞いた日には、確実に夢に出てくる。


 なのに今の私、


 完全に“出る側の状況”にいる気がするんだけど。


「なんで、こんなこと一人でやってるのよ……」


 半分、本気で泣きそうだった。


 コースケには頼れなかった。 妹の面倒を見なきゃいけないし、巻き込みたくもない。


 結依だって――説明できる気がしなかった。


 だから、仕方なく一人で来たけど。


 ……うん、判断ミス。


 帰りたい。


 今すぐ帰りたい。


 ――そのとき。


 背後で、かすかな気配がした。


 びくっ。


 肩が跳ねる。


 いやいやいやいや。

 落ち着け私。


 ここには誰もいない。いないはず。


 だって今の時間、人気ほぼゼロだし。


 つまりこれは――


 気のせい。

 完全に気のせい。

 科学的に気のせいよ。


 そう思った瞬間。


 ――くす。


 「……え?」


 今、笑った?


 やめて。


 やめてほんとに。

 そういうの一番ダメなやつ。


 ゆっくり振り返るべきか。


 いやダメだ。


 絶対ダメ。


 ここで振り返ったら、


 何かいるパターンだから。絶対。


 私はぎゅっと目をつぶり、無理やり前を向いたまま固まる。


 ……大丈夫。


 大丈夫、大丈夫、大丈夫。


 ――大丈夫なわけないでしょ。


 心の中の自分が全力で否定してくる。


 ――そのときだった。


 廊下の奥に、影が現れた。


 足音を殺しながら。


 周囲を警戒するように、何度も振り返りながら。


 ――“誰か”が、近づいてきた。


 小さな明かりが灯る。

 スマートフォンなのか、懐中電灯なのかは分からない。

 この距離では、顔までは判別できなかった。

 

 けれど。

 浮かび上がったシルエットと、あの特徴的な前髪。

 

 ――朝比奈澪。

 やっぱり、あの子だ。

 

 カラカラ、とドアが開く音。

 彼女は周囲を警戒するように視線を巡らせてから、教室の中へと入っていく。

 それと同時に、私は身を屈めた。

 足音を殺しながら、ゆっくりと入口へ近づく。

 

 そっと、耳を澄ませる。

 

 ――カタッ。カタカタ。ドサッ。

 

 何かを探しているような音。

 物が擦れる音と、何かが落ちる鈍い音が、静かな教室にやけに大きく響いていた。

 

 私は、ドアの小さなガラス窓にそっと顔を寄せる。

 

 一瞬。

 

 細い光の帯が、教室のあちこちへと走る。

 その先を追うように、必死に何かを探している彼女の姿が見えた。

 

 ――間違いない。

 

 私は一度顔を引っ込め、小さく息を吐く。

 その瞬間、肩の力が抜けて、がくりと落ちた。

 

 ……やっぱり、あの子じゃないの。

 

 胸の奥に浮かんだのは、呆れにも似た感情と、わずかな苛立ちだった。

 

 タイムリープする前。

 床に押し倒されていた、あの子の姿。

 あれを見て、私は――彼女は犯人じゃないと、信じていた。

 

 予知の映像を見たときも、確かに違和感はあった。

 

 ……でも。

 

 あれは、ただの偶然だったのかもしれない。

 私が問いかけたタイミングで、たまたま痛みが走っただけ。

 

 そう思った瞬間、胸の奥がじくりと痛んだ。

 

 裏切られたような気がして、思わず壁に背をもたれた。

 

 わざわざタイムリープまでして。

 こんな怖い思いまでして。

 それでも、信じていたのに。

 

 じわじわと、怒りがこみ上げてくる。

 

 ――でも。

 

 同時に、引っかかる。

 

 どうして、あの予知が起こったのか。

 

 ただ、先輩たちやクラスの人たちに見捨てられて、可哀想だったから――?

 

 ……そんなの、放っておけばいい。

 自業自得なんだから。

 

 それとも。

 新聞部や、コースケのクラスの展示物を壊させないため……?

 それを止めないと、何かまずいことが起きる?

 

 心の中で問いかける。

 けれど、答えは返ってこない。

 

 ――そのとき。

 

 教室の中で響いていた物音が、ふっと途切れた。

 

 もう一度、ガラス越しに中を覗く。

 

 小さな光に照らされて。

 彼女の手には、緑色の冊子が握られていた。

 

 予知の映像では――あれが、破かれる。

 

 止めないと。


 ドアノブを握る手が、一瞬何故か手が強張る。


 私は大きく息を吐き出し迷いを消し、覚悟を決める。

 

 そして――思いきって、ドアを開いた。


「何してるの?」

 

 思っていたよりも、低い声が出た。

 

 彼女が、ゆっくりと振り向く。

 暗い教室と長い前髪に遮られて、表情まではよく見えない。

 

 けれど――

 

 動きを止めた肩が、かすかに震えているのは分かった。

 

 私は入口のスイッチに手を伸ばす。

 位置を確かめて、迷いなく押し込んだ。

 

 ――パチッ。

 

 乾いた音とともに、教室に明かりが灯る。

 

 浮かび上がった彼女の顔。

 前髪に隠れながらも、目を見開き、唇を震わせて――

 まっすぐに、私を見ていた。

 

「何してるの?」

 

 動けないままの彼女に、もう一度問いかける。

 

「な、何って……」

 

 初めて聞く声だった。

 か細くて、今にも途切れそうな声。

 

「し、新聞部の冊子を……と、取りに来たの。」

 

 視線が揺れる。

 言葉も、どこか噛み合っていない。

 

「なんで?」

 

 間を置かずに、問いを重ねる。

 

「わ、私、新聞部で……ぶ、文化祭に……」

 

 ――違う。

 

「うそ」

 

 短く、言い切る。

 

 私は一歩、踏み出した。

 距離を詰める。

 

「あなた、新聞部じゃないでしょ。」

 

 彼女の目が、わずかに揺れる。

 

「私、あなたのこと知ってるの。」

 

 さらに一歩。

 逃げ場を削るように。

 

「コースケ、分かる?」

 

 一瞬の沈黙。

 

「神木光介……私の友達なの。」

 

 彼女の呼吸が、目に見えて乱れる。

 

「彼から、あなたのことは聞いてる。」

 

 そして――

 

「……朝比奈澪さん。」

 

 名前を呼んだ、その瞬間。

 

 教室の空気が、ぴたりと張り詰めた。

 

 もう、逃げ場はない。


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