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依頼

「頼みたい事って何?」

 陣内社長はライトな口振り。会議や打ち合わせを終えて21時過ぎ、<レッドマウンテン>に立寄った。ていうか寄る必要があった。

「実は、これの保証人になって貰いたいんです」

 陣内社長に紙を見せる。

「婚姻届じゃない。中山君、遂に結婚する決心をしたんだ。おめでとう」

 社長はにっこり微笑む。


「えっ! ユースケ君結婚するの? おめでとう!」

 自分のデスクにいたナギジュンも入って来て破顔し、拍手をして祝福してくれる。

「ありがとう」

「相手は誰なの? 奥村さん?」

「そう。TTHの奥村真子さんとだよ」

 陣内社長に先に言われてしまう。まあ2人共、奥村とオレが交際していたのは既知しているから、もう放念だ。


「奥村さん、前にセクハラ騒動があったよね? その時週刊誌にリークしたのはユースケ君って噂で聞いてたけど、彼女を守ったんだよね。カッコ良いぞ!」

 ナギジュンが右腕でオレの身体を突く。

「もう2年近くも前の事だよ。ナギジュンは仕事してたんだろ。デスクに戻って良いよ」

「仕事どころじゃないよ。三従兄妹、親戚が結婚するんだもん」

 彼女は笑みを崩さない。「親戚」といったって「遠戚」なんだけど……。


「私、結婚の保証人になった事ないし、まさか初めて頼まれるのが中山君とは予想だもしてなかった。前に交際してたキャバ嬢の子と結婚するんだろうなあってばっかり思ってたけどね」

「えっ! ユースケ君キャバ嬢とも付合ってたんですか!?」

 ナギジュンが笑顔のまま目を丸くする。

「社長、余計な事を吹き込まないでくださいよ。もう過去の事なんですから」


 オレは以前、キャバクラで勤務していたチハルという彼女と交際し半同棲までしていた。長らく芳縁が続いていたのだが、オレの過失で喧嘩別れしてしまった。

「だって事実だしそう思ってたんだもん」

 陣内社長の笑みはからかいか……。

「キャバ嬢の次は女性アナ、ユースケ君も好き者だね」

 ナギジュンは今度は右肘でオレの身体を揺蕩させる。


「ほらからかわれるじゃないですか!」

 声のトーンを上げてツッコまずにはいられない。

「でも良かったんじゃない? キャバの女性は色んな男性客と接するから浮気の心配があると思うし、それに対して奥村さんは真面目そうな人だから」

 ナギジュンは言うが、キャバ嬢の人達への偏見だ。それにチハルはそんなタイプじゃなかったし。

「ごめんごめん。もう既済した事だしね。でもあの子を逃してもう結婚はしないんじゃないかって思ってた中山君がねえ」

 陣内社長は感慨深げ。


「それで、保証人にはなって頂けるんですか?」

「解ってるよ。ここに書けば良いんでしょ」

 社長は空欄に「陣内美貴」と達筆で書いてくれた。

「これで良いんだよね」

「はい。ありがとうございます」

「中山君、今度は失敗するなよ!」

 陣内社長は笑みは浮かべてはいるが目力は凄い。

「はい。心得てますしそれはコミットします」

 この人には誤魔化しは利かないし、衷心を口にするしかないのである。嘘を言えば絶対看破されるから。オレが顔に出易いだけなのだが……。


「これで中山君にも「守る存在の人」が出来たんだね。家庭も大事にして行かなくちゃいけないけど、仕事にも身体に気を付けながら精一杯やって行かなくちゃ。中山君は地道にこなして行くタイプだから大丈夫だろうと信じてるけどね」

 陣内社長は再び感慨深げな口振りで、今度は目も微笑みも優しい。

 オレが<レッドマウンテン>に入所した頃、教育係は陣内社長だった。その教え子が結婚するのだから、感慨も喜びも一入に思ってくれているのだろう。


「先を越されちゃったけど、改めておめでとう」

 そういや陣内社長はまだ独身だ。

「私も嬉しい。本当におめでとう!」

 ナギジュンも我が事のように祝福してくれている。

「ありがとうございます」

 笑顔で終わるかと思いきや、

「子供は何人欲しいの? それとも授かり婚?」

 ナギジュンはまたにんまり……。

「授かってもないし、子供はまだ未定だよ」

「何だ何だ? 3人で微笑ましい雰囲気出しちゃって。何か祝い事ですか? 社長」

「ほんと何かあったんですか?」

 大畑が川並を連れてオフィスエリアに入って来た。


「ユースケ君がね……」

 口走ろうとしたナギジュンを肩を押さえて止める。

「しっ! あいつらには後日オレから言うから」

 そっと耳打ちしたがあの2人に伝えるつもりは、微塵もなし!

「社長もあの2人には内密にしといてください」

「うん、解ってる」

「何だよ、教えろよ」

 大畑は不服顔。

「もう用件は終わったから」

 社長が助け船を出してくれる。


「そうそう。あんた達は仕事に集中して」

 あの2人が入って来るとまた面倒な事になるのは明白。これも、衷心。


「これはこれは「江戸川さん」、今日は態々済みません」

「だからオレはその「コナン」じゃねえよ! 「虎」に「南」と書いて「虎南」だオレは!!」

 翌日の19時過ぎ。オレより10年先輩の虎南侑二さんに、

「明日、ちょっと時間を貰えないでしょうか? お願いしたい事があるのですが」

 とメールを入れ、

『某局の社食でなら良いぞ』

 と返信と了解を得た。

 

 この「江戸川さん」ネタ。発信者はオレ。別に本人は怒っている訳でもなくいつも「その「コナン」じゃねえよ!!」と全力でツッコんで来る。

 このやり取りを面白がって続けている内、作家仲間も真似するようになり、いつしか虎南さんはすっかりイジられキャラになってしまう。

 だがこれも後輩とのスキンシップだと本人も思っているらしく、「お前のせいでいい迷惑だ」とは言っているが、いつも笑って済ませてくれる優しい先輩だ。


「それで、お願いしたい事って何だ?」

「実は、これの保証人になって頂きたいんです」

 陣内社長の時と同じように紙を広げて見せた。

「それって、婚姻届じゃねえか。お前結婚するんだな」

「はい」

「相手は一般人か?」

「いや、TTHのアナウンサーの奥村真子とです」

 嘘を付いてももう婚姻届には「奥村真子」と書いてあるから所詮バレる。

「そうかあ。あの奥村アナとか。噂には聞いてたけどほんとに付合ってたんだな」


 今度は虎南さんがにんまりとし、自分の中で納得して「うんうん」と頷く。

 「人の噂も七十五日」とはいうが、噂は直ぐに出回り「七十五日」どころか俄然長い「噂」だ。

「なので保証人、お願いします。「江戸川さん」」

「だからオレはその「コナン」じゃねえって!」

「しっ! ここは社食ですよ」

 構って貰うのはありがたいが声を張り上げ過ぎ。

「お前から振って来たんじゃねえか。まあ、確かに今のは力が入り過ぎたな」

 独りで苦笑。


「いつも時と場所を弁える人が、今日はどうしたんですか?」

「保証人になってくれって頼まれたから動揺したのかもな」

 尚も苦笑。

「それで、お願い出来るんですか?」

「オレも結婚してるし保証人になってくれって頼んだ事はあるけど、頼まれるのは初めてだな」

 虎南さんはそう言いながら婚姻届を自分の方へ手に取る。

「うちの社長も同じ事言ってましたよ」

「この陣内って人だな? この社長も大変だな。お前みたいなやんちゃ者が社員にいて」

「いや、社長の方が一枚上手ですから」

「そうか。まあお前みたいな奴を面倒看るくらいだからな。すげえ会社だな、<レッドマウンテン>って」

 

 虎南さんは言いながら保証人の欄に「虎南侑二」と、社長と同じく達筆にサインしてくれた。

「ありがとうございました。「江戸川さん」」

「その「コナン」じゃねえっつってんの!」

 やっと声のトーンを下げる。

「これで後は役所に提出するだけだな。おめでとうな、幸せに成れよ」

 虎南さんは口振りも表情も優しくなった。


「まあ何とか頑張ります」

「お前も「守るべき存在」が出来たんだからな」

 今の言葉も社長と一緒。やっと「結婚」というものに実感が涌いて来た。

「まあ、お前は過去にセクハラ問題で揺れてた彼女を守ってるからな。大丈夫だろう」

 その噂も「七十五日」とはいかなかったか……。

 再度お礼を言って一礼し、

「コーヒー代はオレが払いますから」

「良いよ。今日はオレからのお祝いだ。コーヒー一杯だけどな」

 虎南さんは財布を取り出す。

「じゃあ甘えます」

 

 社食を後にし、虎南さんとオレは各々の職場へと向かう。今日はこの後、某キー局でディレクターとの打合せが入っている。

 

 結婚するからといっても仕事と時間は待ってはくれない。どうせこの世はそんなとこ。あの世は逝った事がないので知らんが……。



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