兄弟そんな歳
「もしもし?」
オレは椅子に座る。
『裕介、あんたまだ仕事中なの?』
「ああ、また帰って台本書かなきゃいけないけど、一応もう帰るから良いよ。何かあったの?」
『秋久が結婚する事になったの。9月には子供が生まれる予定なんだって』
秋久はオレのたった一人の弟だ。
でも「なんだって」って、息子の事なのに他人事みたいな口振り。呆れる気にもなれない。小枝子はそういう性質でいつもの事だから。
「そうなんだ。授かり婚だね。おめでとうって伝えといて」
『兄貴なんだから自分で言ってやりなさいよ』
「オレ、あんまり羽村市まで帰れる暇ないだろう。あいつとももう3年は会ってないし」
『忙しい職業に就くからよ。暇な職業なんてないのは解るけど、あんたが特殊な職業に就いたのが悪い。来年のお正月にはもう産まれてるだろうから、ちょっとでも時間を貰って帰って来なさい。その時に「おめでとう」って伝えれば良いじゃないの』
「特殊な仕事ではあるけど、「悪い」って言われてもねえ。オレだって頑張って就いたんだし今も頑張ってるんだからな」
念は押しておく。
『頑張ってるのは認めてるけどね』
「それで挙式は挙げるの」
『挙げないんだって』
「なら良かった」
『良かったって何よ』
小枝子は電話の向こうで呆れている口振り。
「また時間を貰わなきゃいけないからちょっと安心したんだよ。つい出た本音」
『あんたも大変ねえ。私達親もこれから大変なんだけど』
「まあ大変だろうけど何が?」
『まだお嫁さんの両親と顔を合わせてないのよ。秋久は当然挨拶しただろうけどね』
「えっ! まだ両家の両親が顔も見ずに結婚するの!? そりゃちょっとおかしくね?」
『まあちょっと順序が違うけど、向こうの両親は授かり婚にも結婚にも反対はしてないそうだから』
小枝子は声を弾ませているが、そういう問題じゃねえだろ。その点では、秋久も何を考えているのやら……。
「ふーん。親父は何て言ってる」
『お父さんは「まだ奨学金を返済し終わってないだろ」って最初は難色を示してたけど、子供が出来たって聞いて渋々だったけど納得はしたみたい』
「両家が顔を合わせてない事には?」
『それも「まああいつが決めたんだから仕方ないな」って言ってた』
「へえー。あの頑固者だった親父が理解を示すようになったか」
父の譲一はオレ達が子供の頃は高圧的で、拳骨で子育てをし、堅実な「昔タイプ」の父親だった。
そんな譲一が「あいつが決めたんだから」とは、年齢的なものもあるだろうが、子供の思念に耳を傾けるような性質に変わって行ったか。
「まあ、中山家にとってはおめでたい話って事は解った。初孫が生まれるんだしね。正月帰れるかどうかはまだ何とも言えないけど、念頭には入れとく」
『解った。お願いね』
小枝子との電話が終わっても、直ぐに帰宅の途に着く気にはなれず、荷物を持ってTTH内の喫煙ルームで一服する事にした。
喫煙ルームには誰もいない。聞こえるのは『ゴーー』と稼働する吸煙機の音だけ。
弟が結婚する。しかもオレにとっては甥か姪まで生まれるのだ。何でもかんでも兄の先を行く弟だなあ。でも、オレにも義理ではあっても妹が出来るのである。万感が浮かんで来ながら紫煙を吐く。
秋久は子供の頃から負けん気が強い性格だった。何でも真に受け言われるがまま、されるがままで内憤を抱き、傷付き、惰眠を貪って消極的で受け身な性格のオレとは、真逆。同じ母親から産まれても、これだけの個体差がある。こればっかりは持って産まれた性格なので仕方ないとしか言いようがないが。
秋久は中・高校と野球部に所属していたが、持ち前の負けん気で勉強も疎かにはしなかった。大学は大学院にまで進み、心理カウンセラーの資格を取得した。
卒業後は都内の学校でカウンセラーとして勤務していたが、現在は横浜市内の病院に勤務している。
妻になる女性にも負けん気と積極的な性格でアプローチしたのだろうて。まっ、オレも結婚を前提として奥村真子と同棲中ではあるんだけど……。
一服が終わり、いつまでもここにいても仕方ないのでTTHを後にした。




