新たなオファー
12月28日の夜。小旅行から帰京して一日が経った。TTH内の『高ネオ STREET』のスタッフルームを借りてホンの仕上げをする。他にスタッフは誰もいない。
ちょっと前ならスタッフルームで仕事をしていると、他のスタッフやプロデューサーから別の仕事を頼まれるという「危険」があった。だから作家はトイレに「避難」して籠ってホンや企画書を書いていた。ノートパソコンの充電がなくなればウォシュレットのプラグを抜いて「拝借」するという、姑息な手段。
だが今は時代も変わり、大石さんからは、
「私達もう帰らなきゃいけない時間だから、スタッフルーム思う存分使っても良いよ」
笑顔で告げられ、他のスタッフもみんな帰宅の途に着いた。働き方改革。これが「社員」と「非正規労働者」との違いである。
まあ、大石さんクラスの立場の人は、帰宅しても自宅で仕事の続きをしているのだろうけど。サービス残業と同じ。人間が作り出すものに「完璧」なものはないから……。
独りで仕上げを始めて終わりが見え始めたのは、2時間半くらい経った頃だろうか。時計は23時を回っていた。
「フーー」鼻から息を吐き椅子の背もたれに身体を預けた刹那、側に置いていたスマートフォンがバイブし始める。画面には下平希。
また旦那と喧嘩でもしたか? それとも飲みの誘いか? 将又仕事の用件か? 無視してやろうかとも思ったが、そうもいくまい。また事務所に押し掛けて来て貰っても困るし。
仕方なく通話ボタンを押し……「出てやった」。
『旅行は楽しかったかい? 今日もファビュラスなプロデューサーですよお』
またテレビ電話。これまた自撮り棒を使いやがって。しかも飲んでるし。
「……ああ、お陰で楽しんで来たよ。今日は土曜日だぜ、『ーーSTREET』の会議も打合せもない筈ですが」
『そうだけど、ちょっと様子を見てやりたくなってね』
「何だ見てやりたくなってって。特に用件がないんなら切るぞ。オレはまだTTHにいるからな」
『いいやちょっと待て! お仕事ご苦労様。今日は大事な話があんの。最後まで聞け』
『ごめんユースケ、仕事中に。今日はオレもいるんだよ』
大場が顔を出した。何かあいつがいるだけでも安心する。
『駿府城はどうだった?』
「久しぶりにゆっくり城跡見学が出来たよ。新しく復元された櫓の中にも入れたしな」
『そりゃ良かった』
『って事で大場との話はこれでお仕舞。本題に入るぞ』
また下平プロデューサー殿のアップ。
「端的に言えよ。オレもそろそろ帰りたいんだからな」
『じゃあ手っ取り早く言う。来春からTOKYOーMS(東京メディアシティー)でワイドショーのプロデュースをする事になった。それで、ユースケにも構成に携わって貰いたい。っていう訳』
下平はにんまり。
「TOKYOーMSでワイドショーねえ。時期的には丁度良い打診ではあるけど、どうせまだ事務所を通してないんだろ?」
『いいや、もう<レッドマウンテン>にはオファーしてある。今回はうちの会社からね』
澄ました顔しやがって……。
放送作家が仕事を受ける場合、制作プロダクションからオファーされる事もあれば、放送局、番組サイドからと、ケースバイケースである。
それと、新番のオファーがされて来るのは番組開始3、4ヶ月前というのが通例。今回下平プロデューサーは通例に従った訳ではあるが。
「でも社長からは何も聞いてないぞ」
『明日にでも伝えられるんじゃね? 陣内社長は忘れる人じゃないじゃん』
「まあな。でもいつも「急にオファーした方が仕事を躍起になってやる」とか言って、事務所を通す前に伝えて来るあんたが、珍しいじゃん」
『ユースケ、あんた作家に成って何年目?』
「24の時に<レッドマウンテン>に入所したから7年目」
『もうお互いアラサーだしあたしもプロデューサーに昇格したんだから、いつまでも若手じゃないんだよ』
「まっ、それもそうだな」
変な所で自分のキャリアを自覚させられた。オレも人の教育係を任せられるようになったし。
『今回はオレもディレクターとして携わるんだよ。引き続き宜しくな!』
破顔する大場。まだ承諾はしていないのですが。だが陣内社長の事だからまた背中を引っ叩いてGOサインを出すのは火を見るよりも明らか。諦めるしかないって事か。
「こっちこそまた宜しく。オレ、今回の新番入れたらレギュラー7本になるな」
『良い事じゃねえか。仕事があるってのはさ。仕事は出来る奴の所に来るようになってんだよ。売れっ子作家さん』
いつもクールな大場華が持ち上げるとは、これまた珍しい。
画面はまた下平へ。
『もう番組のコンセプトは決まってるの。一週間のニュースを集めて、出演者全員が時事ネタで時事漫才をするってね』
「時事漫才ねえ。情報番組が嫌で会社に懇願してバラエティ担当にして貰ったんじゃなかったの?」
『だから情報バラエティ番組。制作もTOKYOーMSのバラエティ制作室が担当するのも決まってるから』
「バラエティ班がワイドショー? ドラマ制作なら聞いた事あるし観ても来たけど、情報番組は初耳だぞ」
怪訝そうなユースケの顔。まさかこいつ「嫌だね」とか言ってオファーを蹴るとか、正当な理由もなくまた「降りたい」とか言うんじゃねえだろうな。もしそんな事言って来たらガチで絶交だしぜってえ許さねえぞ!
『じゃあそういう事だから。あたしのプロデュース番組第二弾、宜しくねえ。敏腕な放送作家さん』
敢えてにこやかに言ってやった。
「解ったよ。月曜の会議でお土産持って行くから」
電話を切りやっと解放された気分。それにしてもバラエティ班がワイドショーを制作するって、不馴れな事をさせて……開始前から数字が心配だ。
まあ良いや。帰宅の途に着く筈、だったが……。
今度は奥村真子からの電話。
『今飲んでるの?』
「いいや、仕事してた。まだTTH」
『そう。私もうお風呂に入っちゃったよ』
「コミュニケーション取れなくてごめんな。オレ、来春からまたレギュラーが1本増える事になったよ」
『そうなんだ、おめでとう。私もアナウンサー兼記者だから擦れ違いが多くなるだろうけど、まあ何とかやって行こう。っていうか、何とかなるようになってるんだよ、世の中は』
「そうだな。電話やメールもあるしな。もう帰るけど、先に寝てても良いから」
『そう。じゃあお互い無理せずお休み』
「お休み」
ホンの仕上げはもう出来上がったに等しい。後は自宅マンションか事務所でだな。
「さっ、今度こそ帰りますかっ……」
パソコンや資料をリュックに仕舞い、スタッフルームを後にして帰途に着いた。




