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傷心旅行

 そして12月下旬、出発の前日。

「かってえなあ……この財布」

 新品の合成革の財布と格闘していた。カードもまともに入りゃしない。

 何とか紙幣、小銭、免許証などのカードを無理やり詰込み終える。

 今まで使っていた財布を眺めていると、奥村が帰って来た。


「財布変えたんだ。明日に備えて」

「別に備えた訳じゃないけど、もう7年も使ってボロボロになったからな」

「7年も?」

 物を大事に使ってと感心しているのか、世知辛い奴と思っているのか、何とも解らない表情。

「作家に成る前、派遣社員の頃に買った。あの頃は一応安定した収入を得られてたから」

「今でも安定した収入を得られてるじゃない」

「まあな。ありがたい事だけど。でも財布って3年に一度は変えた方が良いって、ある占い師が言ってた。その方が運気が上がるって」

「4年オーバーしちゃったね」


「7年大切に使ってたつもりだけどな。時には洗濯してみたり」

「財布を洗濯!?」

「その方が運気が上がるんじゃないかって思ってさ」

「ハハハハハッ! 何か相方らしい。物を大事にするっていうか、お爺ちゃんみたい」

「悪かったな! 精神年齢がお爺ちゃんでよ! まあ、7年間、ありがとうございました」

 使い潰した財布をごみ箱に投げ入れた。

「フフンッ。やっぱり中山裕介って変! 突飛な人。私が思ってた通り」

「誉めてんのか? その言葉」

 

 相方の嬉々とした表情。彼女の反応と言葉からすれば、只の奇人変人に見られているだけ、かもしれんが。


 出発当日。品川から10時10分発の新幹線に乗車し、11時3分には静岡駅に到着する予定だ。まだ帰省シーズン前なので混雑はしていない。

「お城の跡を見に行くのは付合うけど、私の楽しみもちゃんと考えてくれてるんだろうね」

 念押しする鋭い目と微笑み。

「解ってるよ。数日前からネットで調べてるの見てただろ」

「見てたけど、お城のホームページじゃないだろうね」

 鋭い目と微笑みは崩さず。


「お城はもう調べたから、これ以上リサーチする必要なし。食事処のページだよ」

「なら良いけど。私窓側座っても良いよね?」

「どうぞ」

 自由席に座り、オレはヘッドフォンで音楽を聴いたり本や資料に目を通す事にした。

 発車3、4分前になりふとプラットホームの方へ目をやると……5百ミミリリットルの缶ビールを飲みながら途方に暮れた表情でベンチに座っている佐藤政行前財務官がいるではないか。

 服装は白いYシャツにグレーのスーツ。間違いなく、あの人だ。オレの悪戯心に火が点く。


「おい、あれ」

「えっ?」

「どう見ても佐藤政行前財務官じゃないか?」

「誰が?」

 相方は小声で怪訝そう。

「あの人だよ」

 オレは指差し相方もプラットホームを見る。

「ほんとだ……」

 奥村真子は確認すると途端に獣を見る目付きに変わり、眉間に皺を寄せた。

 オレが聴いていた曲はウルフルズの『ええねん』。

「そんな顔するなよ。ほら」

 

 オレは相方にヘッドフォンを装着させ、巻き戻してイントロから聴かせる。すると曲調も手伝ってか奥村真子は打って変わってニヤリとした。言外な喜色満面な表情が、ガラス越しに映し出される。

 相方はヘッドフォンを外し、

「エンディングで似たような作品あるけど、大丈夫なの」

 若干心配そうに訊く。

「良いんじゃないの。内容も曲も違うし。それよりあそこにいるって事は、傷心旅行にでも行く気なのかねえ」

「傷心旅行は私だよ!」

「そうだな、ごめん。なあ、手でも振ってやったら」

 そっと耳打ちした。


「何かそんな気しないんだけど」

 とは言いながら、奥村は笑顔のまま佐藤前財務官に向け手を振り出す。

 数秒後、佐藤政行前財務官は奥村真子に気付き、笑顔で手を振る彼女を忌々しい表情で睨んだ。オレは面識はないが、手を振ってみる。

 笑みの被害者と屈辱を浮かべた加害者は、お互い目を合わせたまま発車し始めた。


「乗らなかったな」

「うん。フフフフフンッ!」

「ハハハハハッ!」

 加害者だって所詮は人間。猛省し改心する事を祈るばかりなり。でもあの表情を見ると、まだまだだろう。


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