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原因判明

 そして相方、奥村真子の様子がおかしいと気付き始めて2ヶ月が経ったある日、帰宅すると奥村のハイヒールがあったのだが、部屋は真っ暗。リビングの方へ向かうと彼女は仄暗い部屋で泣いていた。奥村真子は悔しい時にしか涙を流さない性質。「嬉しい時、悲しい時には涙は出ないんだよね」と言っていた彼女が泣いている。

 

 リビングの明かりを点ける。こういう時、何と声を掛けたら良いのだろう。そっとして置く。「どうした?」と声を掛ける。何が正解に近いのだろうか……。

「どうした?」

 相方の横に座り声を掛けた。そっとして置く事など自分には出来ない。やはり何食わぬ顔をしおくというのは憚られた。もうこれ以上はいたたまれない雰囲気なのは、幾ら遅疑な奴でも明白。


「……」

「無理に言わなくても良いけどな」

 立上り、冷蔵庫からビールを取出そうとすると、

「……私にもお願い」

 か細い声だが缶ビール二つを持ってソファに戻る。

 『プシュッ』相方は一気に三口飲んだ。

「悔しいんだろ?……何があったんだよ?」

「……セクハラ……」

「えっ?……セクハラって?」

「……取材先でセクハラを受けてるの。昨日、スカートのファスナーを開けられて、パンツに手を入れて来てお尻触られた……」

 相方はアナウンサーはアナウンサー。務めて端的に伝えようと言葉を選んでいる。こんな時にも……。もっと素を出せば良いのに。


「……そりゃ酷い……。会社には相談したのか?」

「勿論したよ! でもこの件を報道すると私本人が特定されて、二次被害が予想される。だから報道は難しいって言われるだけだった! ……」

 相方は涙ながらにやっと告白してくれて、下唇を噛んた後にビールを一口。アルコールで悔しさは緩和されないだろうに。でも紛らわせるしかないのだ。

「……ごめんな。気付いてあげられなくて……」

 オレも謝る事くらしか言葉が見付からない。自分の頭の回転の悪さを痛切する……。この様な時に頭の中は真っ白だ。


「……これに証拠が入ってる」

 奥村はボールペンを一本差出して来た。

「……セクハラ発言や腰を摩ったりする言動が繰返されるから、自分の身を守る為に録画が出来るペンを、秋葉原で買ったの……」

「……そこまでしてたのか……」

 「自分の身を守る為に証拠を残す」。賢明な判断。相方の表情には、打明けるか否かの躊躇いが感じられた。それは当然。女性にとっては屈辱でしかない。正直に白状してくれたという事は、オレを心底信頼してくれているからだ。


「これ……、パソコンで観れるから」

「だろうな」

 オレは早速ノートパソコンを起動させ、USBにペンを繋ぎ再生した。

 

 動画には「抱きしめても良い?」「胸触っても良い?」という中年男性の顔と声。「それはちょっと……」「私、一応相手がいるんで……」と苦笑して返す奥村真子の声が録画されている。「一応相手がいる」の「一応」という部分には引っ掛かったが、それは口には出すまい。オチを付ける場面ではないから。

 

 動画は更に「もう我慢できない!!」「ちょっと……止めてください!!」奥村の必死な声と共にファスナーを開ける音がし、「ちょっと待ってください!!」抵抗する彼女の声と、「一度くらい良いじゃないか」同じ男性の顔と声。そして……。

「やっぱり若い女の尻は柔らかいな」

 にやついた顔と声が確り録画されていた……。そして。

「やめろ! クソオヤジ!!」

 流石は「勝気な奥村」と言われるだけはある。この期に及んで、下品な言葉、を……。そりゃ口にもするわな。だってガチで「クソオヤジ」なのだから。

 

 相方は努めて冷静を装って動画を観ているけど、彼の目は血走り怒りで潤んでいる。

 私は本当は「クソオヤジ!!」と叫んだ時に、平手打ちを喰らわせるか股間を蹴飛ばそうとした。でも……出来なかった。

 何故なら、一瞬、中山裕介の顔がフラッシュバックしたからだ。「相手が相手」。ここで手を出したら、私どころか中山裕介までも「閑職」に回されてしまう……。

 

 私が出来た事は、ペンの録画機能を起動させるだけだった。女はこういう時でも、「冷静な目」を持っているものだ。彼まで巻込むのは正直心苦しいし憚られた。

 だから、私からは、この事については何も言わない。

 

 女性は「クソオヤジ!!」程の怒りがあれば保身で手や足が出そうなもの。男だってその様な言動に出るだろう。何故真子はそうしなかったのだろうか……。

 ……まさか、オレを想ってグッと堪えていたのか?

 だとしたら、この「女」……男にフィジカル面でもメンタル面でも打撃を受けながらも……。それでも「男」を気遣うとは。

 一体何故なんだよ!……。正直、男に産れてこれ程までに「情けない」と思ったのは初めてだ。

 男である事がいたたまれない。


「これが昨日の事だな?」

 相方は無言で頷く。

「これはもう、不同意性行じゃないか……」

「そうよ!……そのペン、ボタンを押すと録画出来るの」

「上司には観せたんだろ」

「観せたよ! それでさっきの答えだったの!」

 相方の涙は止まらない。相当な悔しさと屈辱感を受けたからだ。こんなに涙を流し続ける奥村真子は初めて見た。


「この男は誰なんだ?」

「……財務省の、佐藤政行財務官。「オレは何れ事務次官に昇進する。そしたら君を贔屓の記者にしてあげよう」初めはそんな感じだったけど、徐々にエスカレートして行って……」

「それで、昨日あんな暴挙に及んだ?」

「そう……」

「あれは会議室かどこかか?」

「2人で話したい事があるって、無人の会議室に通されたの」

「これだけ散々な目に遭って、予感はなかったのかよ」


「当然あったよ。あったけど、記者ってそういうものだから。何か特ダネの為なら身の危険を予感しても、追求しなくちゃいけない。放送作家もその点では同じでしょ」

 相方はやっと涙が止まり、いつもどおりの冷静な口振りに戻った。

「確かにそりゃそうだけど……」

 「身の危険を呈してまで……特ダネの為って……正直大バカ野郎だろ! よりディープな情報を求める側もだけど」。言葉は出て来たが口にはしない。

 

 アナウンサー兼報道記者の奥村真子のプライドと意地を傷付けるからだ。


 しかし、メディア業界で働く者同士、因果な世界で生きている……まざまざと知らしめられた。


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