■番外 やちよの継祚禄大学 第一講
■この回について
・本編のスピンオフの用語解説回です。読み飛ばしても本編はつながります
・本編第一章第三話「神無月の産声」のあとのおはなし。ゲストは義覚です
# 二十五話 やちよの継祚禄大学
【第一章前半】日輪ってどんな国? 祟り・防人・送り手をざっくり解説してみた【ゲスト:義覚】
【00:00 オープニング】
三河の後宮の奥、鬼姫の庵の縁側。座布団が三枚と小さな卓。卓の上の札に墨で「やちよの継祚禄大学」と書かれてている。
八千代「おはようございます。『やちよの継祚禄大学』のお時間です。司会の朝霧八千代でーす」
瑞雲『アシスタントの瑞雲でーす。いえーい』
八千代「……瑞雲。始まる前にひとついい?」
瑞雲『なに』
八千代「わたし今十歳なんだけど。司会って十歳のする仕事?」
瑞雲『この番組は出てくる人がその章の時点の姿で来る決まりなの。だから十歳。ついでに言うとゆうべは廊下で寝落ちしてます』
八千代「それは言わなくていいの」
瑞雲『髪に畳の跡ついてるよ』
八千代「……直してから始めればよかった」
【01:10 今朝の噺】
八千代「というわけで第一章もいよいよ折り返しです。前半のお話はどうでした?」
瑞雲『いやもう怒涛。出雲の汽車で問いの帳面広げてわくわくしてた子が、ちょっと目を離したら双子のお産に立ち会ってるんだよ。最近は時が過ぎるのが早くってさー』
八千代「いや、でも振り返ると長かったよ。摂津口の大きな鳥居をくぐって霧を抜けて」
瑞雲『沢に素足で入って沢の主に足首引っ張られて』
八千代「ひだるに会って、送り火の京で女将さんに『恨んだら祟りになりますさかい』って言われて」
瑞雲『峠の主のお通りで伏せて、坂下の村の切り株見て、尾張で瓢箪に呑まれた家に行って』
八千代「後宮に着いて綾月様と二年ぶりに会えて。三の君様のお茶会で『鼠の嫁入り』を語って」
瑞雲『で、土塀をかりかり齧る鼠が出て、ゆうべ双子が生まれた。……あと日輪に来てから怒られた回数、本編だけで五遍』
八千代「数えないで」
瑞雲『前半戦の失点が今後に響かないといいけど』
【03:00 ゲスト紹介】
八千代「では今日のゲストをお呼びします。この方です!」
庭の白砂を踏む地響きのような足音。縁側の前で大きな影が身を屈め、そのまま庇に角をごつんとぶつけた。
義覚「おっと。……いや失礼仕った。綾月殿にお仕えしております、義覚と申す。本日はお招きにあずかりまして」
瑞雲『角! 今庇に角いったよね!?』
義覚「なに慣れておりますでな。庵の鴨居はもう三つほど凹ませております」
八千代「義覚殿、その……お膝が泥だらけで」
義覚「おお、これは。ゆうべから払う暇がありませなんでな」
瑞雲『明け方に砥鹿の主が見に来て、霜の上に残った足跡に向かってずっと頭下げてたからね。泥付きで出演です』
義覚「赤子がお二人とも無事にお生まれになった朝でござる。膝の泥なぞどうでもよろしい。がっはっは!」
障子の向こうから女の怒気を孕んだ低い声が響いた。「でかい声出すんじゃないよ! 起きちまうだろ!」
義覚「……ご無礼を」
瑞雲『奥さんに怒られてて苔』
八千代「今日は声を半分くらいでお願いします」
義覚「心得た。半分のさらに半分にいたしましょう」
八千代「では改めて、義覚殿のこと少し教えてください」
義覚「わしと義賢は京の羅城門のあたりにおった鬼でしてな。今は綾月殿の式でござる。庭を掃き、門に立ち、薪を割る。本編でのわしの出番は概ねその三つでして」
瑞雲『所作で語るタイプだよね』
義覚「口で語るのは義賢の役目でな。あれが十喋る間に、わしは一つ頷く。それで釣り合いが取れております」
八千代「いつの時代も」
瑞雲『男女ってそーゆーモノ』
義覚「そういう釣り合いですな」
【05:20 きょうの言の葉① 継祚禄・祝人・野良者】
八千代「では本日の言葉、まいります。一つ目は『継祚禄』」
瑞雲『タイトルにもなってるのに一章の前半じゃ全然説明されないやつ』
八千代「日輪の伊勢にあるという大きな鏡です。力を持って生まれた人の名と、どんな力かを映すの。名が映った人のことを『祝人』って呼びます」
瑞雲『え、鏡が力をくれるんじゃないの?』
八千代「くれるのは神さま。生まれた時に神さまから力を頂いて、鏡はその名前を教えてくれるだけ。三つの御鏡参りで鏡の前に立って、宮司さまに名を読み上げてもらうんだよ」
義覚「生まれた後に、神や祟りから直に力を頂く者もおりまする。その時は授けた方が、名を耳の奥に置いていかれる。夢の中で呼ばれた、目が覚めたら口が覚えておった、と皆申しますな。鏡にも後から映りまする」
瑞雲『名前が分かんないままだとどうなるの?』
義覚「使えませぬ。鍵の名を知らぬ蔵のようなもの。宝の持ち腐れですな」
八千代「ただ、命が危ない時だけは別みたいね。名を知らなくても体が勝手に強くなったり、力が暴れたりすることがあるとか」
瑞雲『はい読者さん向けにまとめます。継祚禄は能力を配るガチャじゃなくて、ステータス画面。スキルをくれるのは神様で、スキル名が分かんないと使えない。ピンチの時は火事場の馬鹿力!』
八千代「スキル…技能というよりは使用感は魔法に近い感覚だけれども」
瑞雲『神気とかいうMP使うしね』
義覚「名が刻まれておるのに神祇局へ届けておらぬ者が『野良者』でござるな」
八千代「摂津口の関所で、京言葉のお役人に教わったよね。隣の部屋の母子のこと」
瑞雲『結局どうなったんだろあの親子』
義覚「局は野良者を見つければ雇い入れるか、呪や約定で縛って働かせまする。それもかなわぬ時は……」
瑞雲『…嫌な事件だったね』
八千代「出雲だと届けてない人は”無籍”って言って、捕まる感じだね」
義覚「日輪は人と同程度に祟りの多い国でしてな。力のある者が一人荒れれば、村が一つ消えることもありまする」
【08:50 きょうの言の葉② 祟り】
八千代「二つ目は『祟り』。呪詛とか祝福とか、思いが形を持って勝手に動き出したものです。どこか狂っていて、単純になってるのが特徴。強さで甲・乙・丙・丁の四つに分けます。善悪ではないのがポイント」
瑞雲『ひだるとか瓢箪の家とか、ここまででもういっぱい出てきたけど、一例だよね』
八千代「読者の方は『神さまと祟りって何が違うの』ってなってると思うんだけど」
瑞雲『なってるなってる。多分』
義覚「わしが申すと重みが違いましょうな。わしらも昔は日輪で言うところの大祟りの扱いでござった」
瑞雲『つまりボスクラスってことか』
義覚「神さまは初めからそこに在るもの。祟りはあとから溜まって形になったもの。恨みや未練が溜まり、溜まった端からこぼれて歩き出す。まあ大まかにはそういうものでござる」
八千代「だから日輪の人は恨まないようにするんだよね。送り火の京の女将さんも、坂下の村の人たちも」
義覚「恨まぬことは日輪では情けではなく、掟でしてな。尾張の家は村を出されましたでしょう」
八千代「……『日輪の掟は、生き残るように出来とる』」
瑞雲『まぁそうは言っても人間だからね〜…祟りが生まれる仕組みについてはまた次の機会かな』
【11:20 きょうの言の葉③ 呪詛と真名】
八千代「三つ目は、祟りの元にもなる『呪詛』と、それに関わる『真名』のお話です」
瑞雲『呪詛ってつまり呪いでしょ』
八千代「うん。祝福の裏返し。相手に向けた良くない思いが、形を持たずに相手を縛るもの」
義覚「呪詛は、相手の芯に爪を立てるようなものでござる。その芯の在り処を指し示すのが、名でしてな」
八千代「名前は、その人そのものを表すと昔から言われてるの。だから本当の名前、真名を知られると、魂や存在を掴まれて、呪いをかけられたり操られたりするんだよ」
瑞雲『ファンタジーでよく見るやつ!八千代なら真名看破!とかできそう』
義覚「とは申せ、名を知られただけで縛られることは、まずござらぬ。神通力を持つ者は、呪詛に対して己でも気付かぬほど強い抗いを持っておりまする。名だけで届くのは、よほど強い呪詛のみ」
八千代「でも、防人さんや神通力のない方は、名乗るのを嫌がる人も多いよね」
瑞雲『だから本編、名前の出てこない村人さんが多いのかー』
義覚「抗いを持たぬ者には、名は急所でござるからな。おとく殿の班の名を八千代殿が知っておるのは、向こうがそれを許したからでござる」
八千代「……覚えておきます」
八千代「それから『忌み名』。昔は、身分の高い方や親しい間柄のほかには本当の名を隠して、官職の名やあだ名、通り名で呼び合ったの」
義覚「神祇局と祓士は、その習いを今も守っておりまする」
瑞雲『じゃあ継祚禄の「万物を見分けるもの」みたいなのは?』
八千代「あれは継祚禄の名。同じ名を授かる人もいるから、名乗れば力の性質は分かっちゃうけど……」
義覚「名乗りが真とは限りませぬ。知性の高い祟りは言葉を解するモノもおります故、虚勢で異なる名乗りで相手を惑わせる祓士もおりまする」
瑞雲『ブラフ!はったりの名乗り!舌戦とか頭脳戦もアリなのか』
義覚「それから……名だけで人を縛れるものも、この世にはおりまする。普通ではないものが。滅多に出会いはしませぬがな」
【13:50 きょうの言の葉④ 防人と祓士】
八千代「四つ目は『防人』と『祓士』。セットで覚えるのがおすすめです」
瑞雲『どっちも祟りと戦う人。違いは?』
八千代「防人は神通力を持っていない人。塩と竈の灰を混ぜた塩灰と槍で祟りに立ち向かうの。どの村にも最低一班五人いて、都の奉行所が束ねてます」
義覚「おとく殿の班は見事でござったな」
八千代「見てたの?」
義覚「本編では見ておりませぬ。台本で読み申した」
瑞雲『メタい』
八千代「太一くんはまだ十五で、脛を噛まれて……。防人はね、怪我も亡くなる人も凄く多いんだってさ」
義覚「神通力はなくとも鍛えた己の肉体で前に出る。日輪で一番肝の要る仕事かも知れませぬな」
八千代「それで祓士は祟りを祓ったり鎮めたり、神さまと人の間に立つ人。神通力を持ってる人の中でも戦える人だね。お菊さんがそう」
瑞雲『動きが人間の速さじゃないんだよなー。あのお婆ちゃん』
義覚「手練れの祓士は人と思わぬ方が良いほどには人間離れしておりますでな。我が主人もその一人」
瑞雲『鬼姫様は身固め…身体強化的なアレも超強いからね』
八千代「私は祓士ではありませんし、その手の荒事はからっきしです」
【16:30 きょうの言の葉⑤ 主・お通り・断り】
八千代「五つ目は三つまとめて。『主』は土地の神さまです。山の主、森の主、沢の主、峠の主。固有名詞がそれしかなくて普通の人の言葉が通じない方がほとんど」
瑞雲『そもそも神様と意思疎通ができるんか?』
八千代「出来るのがこの世界。それで主が自分の領分の中を動くことを『お通り』って言います。」
瑞雲『縄張りの巡回かな?自分の領分って神域とか?』
義覚「わしらは元を辿れば祟り故、基本的によその神の領分には入りませぬ。ゆうべも砥鹿の主がお見えになった時、わしは門から一歩も入れず、ただ伏せておりました」
八千代「だからあの泥なんだ」
義覚「左様。それから『断り』でござるな」
八千代「木を伐ったり田を拓いたりする前に、その土地の主に許しをお願いすること。半助さんが倒れた杉に断りを入れて、待ってたよね」
瑞雲『断りなしに伐った人の村が、どうなったかっていうと』
八千代「坂下の村、だね」
瑞雲『ほんと容赦ない』
瑞雲『それにしても八千代、道中は主に絡まれてたね〜。沢とか峠とか』
義覚「朝霧の家は、日輪の帝の遠い筋でござろう。古くから帝の血は神々に好かれる、と申しまする」
八千代「好かれる……あれで?」
義覚「好かれておらねば、無礼もただでは済みませぬ」
瑞雲『生まれに感謝だね』
【19:40 きょうの言の葉⑥ 送り手】
八千代「六つ目。『送り手』です」
瑞雲『白い狩衣の人かー 処刑人かな?』
八千代「神祇局の人だよ。力の強い祝人や祓士が亡くなる時、祟りになってしまう前に送るのがお仕事。京の六条河原で十七の娘さんが送られるのを一緒に見たよね」
瑞雲『そもそも、なんで人が祟りになるの?』
義覚「器で申しましょう。人はみな、器を一つ持っておりまする。神通力を持つ者の器には、その者の神気が水のように張っておる」
八千代「神通力を持たない人の器は、神気が少ししか入っていない」
義覚「左様。生きておる間、器の神気は巡っておる。ところが器を満たしたまま死ねば、巡りが止まる。止まった神気はいずれ腐る。腐った神気は器から出られず、大地に還れぬ。それが祟りの種でござるな」
瑞雲『神気が多い人ほど、腐った時やばいわけだ』
義覚「ゆえに送り手は、息のあるうちに神通力でその者の器を割る。割れた器から神気は漏れ出て残らず土へ還り、あとには肉の亡骸だけが残りまする」
八千代「間に合わなかった時は」
義覚「名を祀る。生きておった頃の名を呼んで、祠を建てて供えをする。名を祀れた祟りは鎮まるか、少なくともうんと弱うなりまする」
義覚が己の手を見下ろす
義覚「わしと義賢が、それでござる。門を根城にして賊らめを喰らっておったわしらを、山城の古い村の衆が祀ってくれた。祀られてからは鬼神と呼ばれておりました」
瑞雲『祟りって妖怪ってことだったのか、なるほどね』
瑞雲『はい、ではまとめ〜!祝人はMPを体に溜めてる人。死ぬとMPが体の中で腐ってアンデッドになる。だからトドメは魔法で器ごと割る。間に合わなかったら、名前を呼んで供養すると弱体化。義覚さんたちは供養されて神様側にクラスチェンジした組です』
八千代「雑だけど、まぁそんな感じかな」
瑞雲『ざっくりが肝要なんだよー』
八千代「義覚さん的にはどうでしょう」
義覚「がっーはっ……は、神と崇められればそれなりに力を得ますな」
障子の方をちらりと見て、義覚が声を落とした。やはり嫁は怖いらしい。
義覚「……ともあれ、送り手とはそういうお役でござる。祟りを出さぬための人の仕組み」
八千代「それで、ゆうべの送り手さんは」
義覚「相当腕の立つ祓士でありましたな。一人でお立ちでござったが見えぬところにも幾つか別の気配がございました」
八千代「もし綾月様がお産で亡くなっていたら、その時に送るために」
瑞雲『お産って命がけ過ぎるな〜 現代医学なら助かる命もあるだろうけど、ここは日輪だからね』
義覚「わしは門を挟んで、あの送り手殿と一度だけ礼を交わしましてな。それきりどちらも動かず朝まで」
八千代「何もないのが一番いいからね」
義覚「送り手にとっても、それが一番よい仕事の終わり方でござる」
瑞雲『本当に無事に終わって何よりだよ』
【23:20 きょうの言の葉⑦ 七つまでは神のうち】
八千代「最後の言葉です。『七つまでは神のうち』」
瑞雲『日本語の本来の意味と同じやつだね』
八千代「うん、子供が亡くなっても泣かないための言葉なんだって。泣けば神さまに未練が見えて、ほかの子まで連れていかれるから。一の君様のお庭に、石が十四、置いてあったよね」
瑞雲『ここって一応後宮だよね。栄養事情も良いはずなのに、そんなに過酷なの?』
義覚「幼子にとっての脅威は決して病だけではござらんからな」
八千代「だから日輪の人は子供の節目をすごく大事にお祝いするんだってさ」
義覚「七日目のお七夜、三つ、五つ、七つ。一つ越えるたびに神さまから少しずつお返し頂くのでござる」
瑞雲『七五三ってそう言う意味だったのか』
【24:50 この先どうなる?】
八千代「さて、ここからは後半の予想コーナーです。気になるのはやっぱり」
瑞雲『双子の名前!』
八千代「まだ決まってないんだよね」
義覚「それはですな、主上が手ずから——」
瑞雲『はいストーップ! それ次の話だから!』
義覚「おお、これはいかん。年を取ると口の門が緩うなりまして」
八千代「あと土塀の鼠と、片割れ殺しの札のことも。義賢殿が燃やしてくれたけど」
義覚「あれの手際は日輪一でござる。燃やしながら煙管の火まで点けておりましたでな」
瑞雲『それと、そろそろ護衛の人たちが来るって噂』
八千代「護衛?」
瑞雲『これ以上は言えない〜』
八千代「今後の展開が気になりますね」
【26:00 エンディング】
八千代「以上、『やちよの継祚禄大学』第一講でした。分からない言葉があったら」
瑞雲『コメント欄に書いておくと、八千代の問いの帳面に足されまーす』
八千代「足せないよ。今百三十一番目まで埋まってるんだから」
義覚「本日はまことに楽しゅうござった。また呼んでくだされ」
義覚が深々と頭を下げて立ち上がり、庇にもう一度角をぶつける。その音で障子の向こうから赤子の泣き声が二つ。
義覚「……あ」
瑞雲『あーあ』
障子が開いて足音と鳴き声が近づいてくる。
八千代「それではまた。ごきげんよう!」
■次回のあらすじ
・霜月の朝
・鬼に礼を言う坊主
・香の師




