37 帝国の内情
肉屋に行き、エレナが気に入った物をいくつか買った。「エレナは肉が好きなのか?」
バルタムさんの所に行くにはまだ早い。エレナと手を繋ぎ、のんびり街を歩きながら話をしていた。
「わたち、おしゃかにゃしゅきよ?」小首を傾げて俺を見た。
「そうか、魚は港に行かないと手に入り辛いんだよ。いつか海にも行きたいな」俺も久しぶりに魚が食いたい。
「ふお〜、海!海の物は自分で採って食べられるのかしら?」エレナの瞳が輝く。
…さすがに慣れたよ、その切り替わり。
「漁師がいるからな。色んな物があるはずだよ」
エレナがクスクス笑いながら「早く行きちゃいねー」と楽しそうに話す。
「いつか行こうな」俺はエレナの頭を撫でながらブラブラと歩いていた。
どこかで荷馬車を手に入れないと、と考えながら歩いていたら後ろから声を掛けられた。
◆◇◆◇◆◇
「あのっ」驚いて振り返ったら(小)が立っていた。
「お前っ!」俺はヤツの腕を引っ張り路地に引きずり込んだ。
「こんな所で何をしてるんだ!街を離れたんじゃないのか!」
「す、すいません。あれから港に向かい、船で向こうの大陸に行こうと思って。でも、どうしても持って行きたい荷物があって、途中で戻って来たんです」
(小)に見つかるなんて、俺はずい分腑抜けたようだ。
「ハァ〜、それで?俺達に何か用か?」俺は(小)を睨みつけながら聞いた。
エレナは俺の服をギュッと掴んだ。
「あの、失礼ながら…。もしかして帝国へ乗り込むおつもりですか?」(小)がそんな事を言い出した。
「どうしてそう思う?」俺は少し声を低くした。
「実は昨日、色々買い物をしている所を見たんです。長旅するぐらいの量でした。だから、その…」(小)が俯きながら話す。
「今の帝国は機能していません。食料は全て城に運ばれ、民は雑草を食べるしか無い。元々あの土地で育つ物はごく僅か。今だに贅沢をしているのは貴族と王族のみ。多分ですが、今の兵達に戦う力はありません。俺達に回ってきた食料は固い干し肉だけだった。俺達は飢え死にしそうになっていたんです。だから国から逃げたかった。兵長はこの国の豊かさを見て、意固地になってしまっただけなんです。本当にあなたを殺そうとしたわけじゃ…」
今更つらつらそんな事を言われても、命を狙われたのは俺だ。コイツの話は聞くに耐えん。
「今更なんだよ。どんな理由があろうと命を狙われたんだ。黙って殺られる理由が無い」俺が諌めると(小)は肩をビクッと震わせた。
「分かってます。そう言う意味じゃ…、あの、だから、今帝国に馬で駆け抜けても着いて来れるヤツはいないって事です。飼い葉はとっくに無くなっていたし、馬達は多分食料になっていると…」やっと有益な情報が手に入った。
「はぁ、そうか。城の中はどうなっている?誰が守っているんだ?」俺の表情が和らいだのが分かったのか、(小)は肩の力を抜いた。
「えっと…騎士団長がいるはずですが、あの人も女や酒に溺れたらしく、多分誰も守っていないと思われます。働いている所を見せないと食事が抜かれるので、見回りはいるかと思います」
そうか、城の中がそんな事に…。ふとエレナの顔を見ると眉間にシワが寄っている。どうやら腹を立てているようだ。
「城の中で唯一まともな考えを持つ者は誰だ?皇帝の息子か娘で」
創造神様が言っていた。“皇帝のたくさんいる子供の中でもまともな考えを持つ者がいる”と。
「あ、それなら多分、フォルダス様の事かと思います。いつも皇帝のやる事に異議を唱えていました。そのせいで部屋に軟禁されているとか。もしかしたら北の塔に囚われているかも知れません。もし出来たら助けて頂けませんか?」オイ、図々しいな。
「お前が助ければ良いじゃないか?」
(小)は項垂れて言った。
「俺達には、エルタナの呪いが掛かっているのはご存じですか?」
◆◇◆◇◆◇
「はっ?エルタナの呪いだと?何だよそれっ!」俺は思わず大声を上げてしまった。
「おとーしゃん」エレナに服を引っ張られ我に返る。
「ああ…すまん、移動しよう」周りを見渡し、俺達をチラチラ見ながら歩く人達が見える。
すぐ側に、ずい分寂れた食堂を見つけた。
「お前、飯食ったか?」俺は(小)に聞いた。そう言えば、名前聞いていなかったな。
「あ、いえ、大丈夫です…」コイツ、何も食って無いな。
「すいません、やってますか?」有無を言わさず店の中に(小)を引き込み、椅子に座らせた。エレナは俺の膝の上だ。
「いらっしゃい。今だとサンドイッチぐらいしか無いのだけどいいかい?」店の奥から老婆が出て来てそう言った。
「じゃあ、それを二人前と飲み物を三つ」
「はいよ」店の中には客はいない。
これでゆっくり話せる。
「それで?呪いってなんだ?」(小)はビクビクしながら話し始めた。
「エルタナの血を引く者同士は殺し合いは出来ない、と言う呪いです。剣で致命傷を負わせても、首を刎ねる事は出来ない。死ぬまで放っておかれるんです。銀髪に緑の目。これがエルタナの血を引く者の証。それなのに俺は一度だけ見た事があります。皇帝が剣を持ち、一人の兵の首を刎ねた。突然訓練場に現れて、目の前にいた男の首を刎ねました。そいつは俺の友人でした…」
(小)は泣き出してしまった。辛い記憶なんだろう。
「誰も声を上げる事が出来なかった。そこで初めて知ったんです。皇帝だけは俺達を殺せるんだと」魂替えのおかげかね?クソが。
「そこにフォルダス様が駆け込んで来て、皇帝がした事が分かると怒鳴りました。『あなたは狂っている!』と。皇帝は笑いながら『それがどうした?』と言って訓練場を出て行きました」(小)は涙を流しながら、悔しげに話す。
エレナも痛ましげに(小)を見ていた。
サンドイッチが運ばれて来て(小)に進めた。
「兵士なら食える時に必ず食っておけ。生き残ってやるべき事をやらなければ、先に死んで行った者達に顔向け出来なくなるぞ?」お前が言うなよって話なら聞かないが?
俺は一つサンドイッチを食べた。エレナも一つ取って食べた。
「おいちいよ?」(小)に食べるよう皿を押し出した。
「いただきます」(小)は涙を拭いて、バクバク食べ始めた。
運ばれてきた果実水を飲みながら、エレナが言った。「牢屋にちゅかまっていりゅおちょこをちりましぇんか?」
(小)は驚いていた。「なぜ……、知っているんですか?」
「すまん、それは言えないんだよ。でも何か知っているなら教えて欲しい」俺は(小)に頭を下げた。




