34 ちょーゆとみちょ
「ちゅこちあじみちたいにょ」小首を傾げて上目遣いでトーダさんにおねだりをしたエレナ。
そんな技いつ覚えたんだ。お父さんは教えていませんよ!
そしてトーダさんは陥落した。
「ちょっと待っててね」と言って、トーダさんは目尻を下げたまま奥に行き、小さなスプーンと小皿を持って戻って来た。
ずい分素早い動きだな。さすがCランク冒険者。
ガラス瓶は黒い液体。それを少量スプーンに乗せてもらい、エレナは指をチョンと付けて舐めた。
「う〜ん、ちょっと塩気が足りないけど使えない事は無いな。じゃあそっちをお願いします」
とうとう人前でスラスラ話してしまった。
今度は俺が固まってしまい、何も言えなくなった。
トーダさんをこっそり盗み見ると、気にする様子も無くエレナに言われた通り、隣の樽から茶色のクリームを掬う。
エレナはスプーンを受け取り口を付けた。
「うん、これも少し塩気が足りない。でも使えるわ」そう言うと、ニッコリ笑ってトーダさんにスプーンを返した。
エレナは俺の方を見て「こりぇじぇんぶほちいにょ」と言う。
ええぇ〜!わざと?わざとなの?その言葉使いは!!
◆◇◆◇◆◇
トーダさんは微動だにせず「エレナちゃん、コレどうやって使うの?」と聞いている。
「コレはちょーゆとみちょっていうにょよ」と説明しだした。
その後のエレナは、トーダさん宅のキッチンを借り“ちょーゆ”でスープを作った。
普通に美味かった。材料切ったの俺だけど。
もう一つの“みちょ”も同じ材料でスープを作った。こっちも普通に美味かった。
トーダさんの目は、次の売れ筋を見つけて輝いている。
「コレも旧王都のダンジョンで採れるんだよ。何かの木の実だと思って、割ったら中身が液体とクリームだったから驚いちゃった。この瓶一つで、木の実三つ分ぐらいかな?エレナちゃん、他の使い方は?」
しまった。これは長くなりそうだ。
「なぁ、エレナ。宿に行かなくて良いのか?宿はまた今度にしようか?」俺がそう聞くとエレナは焦って「だめぇ〜」と涙目で言う。
シメシメ。
「トーダさん、日を改めてまたと言う事で良いですか?俺達行かないと…」俺は努めて残念感を出し、オコメとちょーゆとみちょの代金に金貨五枚支払って、逃げるようにトーダさんの店を出た。
◆◇◆◇◆◇
馬車の待合場に行き、南門行きの馬車に乗った。
エレナを膝に乗せ、背中をトントン叩いていたらお昼寝に突入した。さっきトーダさんの所でスープ2杯飲んだからね。あれが昼食代わりになった。
きっとエレナは馬車から見える景色を楽しみにしていたと思うが、今回は諦めてもらおう。
パカパカとのんびり揺られて南門まで来た。この辺は貴族街の手前なんだな。
俺はフードを被り、眠ったままのエレナを抱えて宿を探した。
路地を2本程入り、行き止まりに宿があった。
宿の名前が【女神のキセキ】
何の冗談だろう…。一先ず入って気に入らなかったら、別の所にしようか。
扉を開けるとすぐ受付カウンターが見えた。奥から恰幅の良いご婦人が出て来る。
「いらっしゃい。何泊でしょう?」俺達を見てすぐ追い出すかと思ったのに、にこやかに応対してくれる。ここ、当たりかも。
「すいません、メルダさんの紹介で来ました」俺は手紙を出しつつそう告げた。
「アラ、義姉さんの知り合いなの?」女将は手紙を受け取りその場で読んだ。
「フンフン。お湯に浸かりたいのね。少し料金高くなるけど良いかしら?」女将が申し訳なさそうに言ってくる。
「はい、大丈夫です。これでも冒険者をしていますので」俺は胸を張ってウソを吐いた。
「そう?一泊金貨三枚よ。良い?」そう言われて俺は、マジックバッグから二泊分の金貨六枚を出した。
確かに高いがエレナの為だ。
「夕食はどうする?部屋でも構わないわよ?」エレナが周りを気にして食べられないと困るから、俺はエレナを見ながら答えた。
「肉は柔らかめにお願いします。部屋で食べますので」女将は笑顔で「はい、承りました」と言うと、部屋の鍵をくれた。
「二階の階段の側よ」もっと上の階かと思っていたら、すぐ上の階だなんて…。すっげー嬉しい。
「ありがとうございます」俺は鍵を受け取り部屋へ向かった。
メルダさん、何て書いてくれたんだろうな?トラブル無く泊めてもらえたのはありがたい。
◆◇◆◇◆◇
部屋に入ると、大きなベッドとソファーとテーブル。奥に風呂があるようだ。
結構良い部屋だぞ?さすが一泊金貨三枚だな。
俺はエレナをベッドに寝かせて、ローブを脱がした。
スヤスヤ眠っていて、可愛い寝顔だ。久しぶりだもんなぁ〜、一緒に眠るのは。
俺はエレナが起きるまで、荷物の整理をしたり一人でお茶を飲んだり、暇つぶしに精を出した。
エレナがすぐ側でお昼寝をしているだけなのに、その寝顔を見ているだけで時間が過ぎてしまう。
不思議だ。
夕方になると、さすがにエレナを起こした。
◆◇◆◇◆◇
エレナはさっそく「おふりょはいりゅ」と言う。
一緒にまずお風呂を覗き、エレナが一人で入れるか確認をした。結構デカいし広い。何人で入るんだと言う広さ。
二人で顔を合わせて「どうする?」と聞いてしまった。
エレナは物凄く嫌そうだ。
「でも、こんな大きな湯船に一人は無理だろう?諦めて一緒に入ろう」俺は気にしないけど、一応女の子だしな。タオル巻くからさ。
どうやら諦めたらしいエレナは、フンッと気合いを入れて「はいりゅ」と短く答えた。
湯はもう入っているから、すぐ入ろうか。
着替えを用意し、服を脱いでタオルを巻いた。エレナも小さな体にタオルを巻いていた。
俺は笑いを堪えて、有無を言わさずタオルをひっぺがしエレナをワシャワシャ洗った。何か文句らしき事を言っていたが俺は知らん。
俺も手早く洗い、一緒に湯船に入ったらエレナは立っていなければならない深さだった。
エレナを俺の膝に乗せて向かい合う。
俺の体の傷を見て、エレナが泣きそうな顔をした。
「こりぇいちゃいにょ?」と、左肩から胸にかけてある傷を小さな指でなぞる。
「もう痛くは無いけど、少し引きつるんだよな」俺はもう何とも無いと言う意味で言ったのに、エレナが「わたちがなおちゅ」と手を添えた。
「イヤ……」俺は止めようとしたが、エレナが「キレイにな〜れ」と言うと、俺の体が淡く輝き、光が収まると傷が全て消えていた。
腕にあった傷も、足にあった傷も。子供の頃に付いた傷さえもキレイに消えてしまった。左肩の引きつる痛みも無くなっている。
「エレナ…」感動して泣けてくる。
エレナは「にゃおったでちょ?」と聞いてくる。この子は…
俺は泣き顔を見られまいと、エレナの顔を肩に埋めて抱きしめた。
「ありがとうな」俺は精一杯気付かれ無いよう、エレナに礼を言う。
「どーいたちまちて」とエレナはケタケタ笑いながら返事をした。
ウチの娘は本当に規格外だ。ヘタに誰かに知られたら大変な事になる。
俺は新たにこの子を守ろうと、密かに誓った。
誰にだって?創造神様にだよ。




