殿下の街歩き
冒険者ギルドは麦穂亭のある通りから歩いて数分のところにあった。
無骨な石造りの建物で出入り口の上にはギルドの看板と印が掲げてあり、武具を身につけた男女が出入りしていた。
「この時間は依頼に出てる冒険者が多いから中は空いてると思う」
ディルクはそう言いながら扉を開き中に入っていく。
中は開放的な空間になっていて、奥に受付カウンター、壁際には依頼用の大きな掲示板、打ち合わせなどに使うのか衝立で仕切られた空間にテーブルや椅子が配置されている。
物珍しさに周りを見回していると、苦笑したディルクに腕を引かれて受付カウンターへ向かう。
一番端のカウンターに行くとそこには登録と書いてある札が置いてあり、受付嬢がひとり座っていた。どうやらここが冒険者登録用の受付らしい。
「すまん、こいつの冒険者登録を頼む」
「ご登録ですね。準備してきますのでこちらに掛けてお待ちください」
受付嬢はディルクの後ろにいるレオニスに目を向けにこやかに話しかけると、奥の棚から数枚の羊皮紙を持ってくる。
カウンター前の椅子に腰掛け、並べられた羊皮紙を眺めると受付嬢が説明を始めた。
「こちらはギルドの規約が書かれております。文字は読めますか?」
「はい、大丈夫です」
レオニスは規約の書かれた羊皮紙を手に取り目を通す。
冒険者ランクは上から『白金・金・銀・銅・鉄』の五つ。
最初はお使いや掃除などの街中での雑用、ランクが上がるにつれ依頼も難しいものや危険なものが増える。
鉄からランクを上げる時のみ、銅以上の者と組み、五回街の外での依頼をこなす事。そこで問題がないと判断されれば無事にランクアップできる。
ギルドカードの偽造、貸与、売買禁止。発覚次第永久追放。
犯罪行為も永久追放。
依頼放棄は基本的に禁止。相応の理由がある場合は可能だがペナルティが発生する。
一年以上依頼を受けないと続ける意思がないとみなされ冒険者資格は剥奪される。
その場合再登録は可能だが、また鉄からのやり直しになる。資格剥奪の理由如何では面接と試験あり。
怪我や命を落とす事態になっても自己責任でありギルドは一切関与しない。依頼を受けた時点でそういった危険も承諾したとみなされる。
冒険者同士のいざこざもギルドは一切関与しない。しかし介入が必要と判断した場合はその限りではない。
ざっと目を通した限り結果がどうなろうが全て自己責任、というようなものだった。
「ご理解いただけましたらここに署名をお願いします」
指し示された場所に用意された羽ペンにインクをつけて署名する。
レオニスは羽ペンを使用した事がないため、ペン先を潰さないようにそっとペンを走らせる。力加減が難しい。
「続きましてこちらですね。ここの空欄を埋めてください。偽名など虚偽の情報でも大丈夫ですが魔力登録をさせてもらいます。犯罪歴のある魔力でしたら憲兵に連絡させていただきますので」
和かに伝える受付嬢は年若いのになんというか肝が据わっている感じがして頼もしく感じる。職業柄荒事も多いのだろう。
記入欄は氏名と出身地、職業の三つのみで思いの外少なかった。
理由を尋ねるとこれはギルドカードに載せるもので、本人登録に必要な情報は魔力のみで事足りるそうだ。
生体認証みたいなものなのだろう、魔力の便利さに感動しながらペンを走らせる。
「……レオ、お前剣使えるの?」
後ろから覗き込んでいたディルクが職業欄を見て胡乱げに眉を顰めて呟いた。
「剣術と体術は一通り習ったよ」
魔術師でもよかったが、魔力は小出しで使いたいので「剣士」で行くことにした。
「俺も剣士なんだ。後で手合わせしようぜ」
そう言いながら頭を乱暴に撫でてきた。どうにも弟扱いされてるのは気のせいだろうか?
レオニスは見た目からは剣を扱えるようには見えない線の細さがある。
着痩せをするタイプで身長こそ平均より高いがどことなく華奢に見え、日に焼けた事のない肌はとても白く、目を伏せれば儚げな美人という顔つきでもある。
しかし、脱げば程よく筋肉はついているし騎士団員相手に立ち回りはできるくらいの実力はある。
対するディルクはとても体格がいい。身長はレオニスより高く、腕の筋肉は程よく太く逞しさがよく分かる。少し日焼けした顔は端正な顔つきでとても男前だし、掌には剣ダコが出来ていてゴツゴツとしている。
「僕は型にはまった剣術しかできないからね。ディーの剣、すごく見てみたい」
実際、元騎士に習った剣術なので冒険者が使うような荒々しい剣術には興味がある。
同世代と打ち合いをした事がないのでこういう事もきっと楽しいだろう。
微笑みながら手合わせが楽しみだと言うレオニスに、受付嬢があらまあと口元に手を当てる。
「ディルクさんの知り合いにしては擦れてないというか純粋培養というか……どこから拾ってきたんですか?」
「俺がいつも犬猫拾ってくるからって人間まで拾わねえよ」
ディルクは見た目通りに世話焼きらしい。
記入が終わると、次に出てきたのは細い鎖のついた名刺サイズくらいの小さなカードだ。
薄い金属のようなものでできた板で、左側の部分にギルド印が透かし彫りになっている。
「こことここのギルド印のところに魔力を少量流してください。それで冒険者登録が完了します」
カードの方と、先程記入をした用紙のギルド印にも魔力を流すらしい。
人差し指を印に乗せ魔力を流すと、印の縁が淡く光りカードに名前と出身地、職業、ランクが滲み出るように浮かんだ。
「はい、これで登録完了です。こちらのカードは身分証になるので肌身離さず持ち歩いてください。こちらの用紙は照会があった時に使用しますのでギルドにて保管させていただきます。依頼は受けて行かれますか?」
「ありがとうございます。今日は登録に来ただけなので依頼は後日受けにきます」
この後必要な物の買い出しに行かなければならない為、丁重に断る。
差し出されたカードを受け取り首にかける。服の中に入れてしまえば落とすこともないだろうし、取り出しやすいように内ポケットのついた服を買っておこう。
振り向いてディルクに声をかける。
「お待たせ。このまま街で服や装備を揃えたいから案内頼んでもいいか?」
「おうよ!いいとこ知ってるからついてきな」
無事に登録が済み、二人でまた商業街の方に戻る事にした。
平民用の動きやすい服と靴、それと冒険者として王都の外に出る為、マントやブーツも揃える。
手持ちの金貨が細かく崩れた為、最初に幻灯屋を教えてくれた屋台に行き先程のお礼と言って苺の果実水を二つ購入した。
代金に少し色をつけると屋台の店主が刻んだ苺を少し多めに入れてくれた。
果実水を一つディルクに差し出した。
「これ街案内のお礼。昼食のお礼はまた後日にするよ」
「……お前律儀だなあ」
喉が渇いていたのだろう、ディルクはそう言いながらもカップを受け取り遠慮なく飲み干している。
レオニスもカップに口をつけて果実水を味わう。少し温いが甘酸っぱい風味が口に広がる。
氷が入っていたらいいのだろうが、生憎氷は高級品だ。
魔術で作れないことはないがこんな事に魔力を消費したくはない。
「あとは武具と魔道具を扱っている店にも行きたいんだけど……」
「魔道具屋は今仕入れで街を出てるから休業中だな。武具の店ならいいとこがあるぜ」
魔道具屋は定期的に別の街に仕入れに行くらしくたまたま今日がその日だったらしい。
魔道具屋は後日案内を頼み、武具の店へ向かう事にした。
小話
動物に懐かれやすいディルクはよく犬猫を拾ってくるので見かねたギルドマスターが特別にギルドの裏庭の一角を貸し出していてそこでディルクと職員が交代でお世話をしている。
麦穂亭で出る肉の切れ端や野菜クズが餌になっているため結構いい食生活な犬猫たち。
毛艶もいいので引き取り手はそれなりにいるらしい(ギルド名物の一つになってる)
麦穂亭にはディルクに拾われた犬二匹が番犬として活躍している。




