殿下の実力
ギルドのある通りへ引き返し、少し歩いた先に武器や防具を置いている店舗がずらりと並んでいた。
剣や弓、斧に棍棒。何に使うのかよくわからない武器もあったりと見るだけでも楽しくて自然と頬が緩んでいく。
ディルクの後ろに付いて暫く進むと、一軒の店の前で立ち止まった。
「おすすめはここの店だ。店主が頑固爺なんだがピッタリな剣を選んでくれる」
案内された店は一見普通の商店に見えるが中に入ると所狭しと大小様々な剣が少し乱雑に置いてあった。
壁に掛かっているものだけは丁寧に置かれているのできっと良いものなのだろう事が伺える。
様々な剣を眺めていると、店の奥から白髪だが厳つい顔をした筋肉隆々で歳を感じさせない男が出てきた。男がディルクの姿を捉えると大股で近寄って来る。
「ディルクじゃねーか!どうした?また刃こぼれしたのか?」
ガハハと大きな声で笑いながら背中を叩かれたディルクはあまりの衝撃によろめいていた。ちょっと痛そうだ。
「おっちゃんいてぇよ……。今日はこいつの剣買いに来たんだ。よかったら見繕ってくれよ」
「初めまして、レオです」
店主の前に押し出されたので挨拶をすると、レオに目を向け全身を観察される。
一瞬で表情が消え職人の目つきとなったのは己の仕事に矜持を持っているからなのだろう。
「ほお……。パッと見た感じはなよなよしてるが程よく筋肉もあるし体幹も良さそうだな。重心も傾いていない。お上品さは拭えないがまあ戦える部類ではあるか」
見ただけで見抜いた事に驚くと隣のディルクも何故かびっくりしていた。
「え、マジで剣いけるの?」
「使えるって言っただろ……信じてなかったの?」
「あー……」
呆れながら言うと曖昧な返事が返ってきた。本気で信じてなかったようだ。
見た目はどちらかというと魔術師寄りだから仕方ないといえば仕方ないが。
すると店主は大口を開けて笑い提案してきた。
「裏庭が使えるから手合わせしてやりな。そうしたらこのバカも納得するだろうよ」
そう言うと商品が立てかけてある一角から三本の剣を引き抜きレオニスに差し出す。
「レオと言ったか。この辺りの剣が扱いやすいと思うんだが一度振ってみな」
差し出された三本の剣をじっくりと見つめ手に取ってみる。
鞘から抜き、微妙な重さの違いや柄の握り具合を確かめ軽く振ってみる。
「このロングソードがしっくりきます。この剣は魔術付与に耐えられますか?」
店内の明かりが反射し、煌めく峰を指でそっとなぞりながら店主に尋ねる。
レオニスは物質強化の魔術が使える。それを剣に付与する事で強度を上げるつもりだ。
魔術付与するには魔鉱石の混じった金属でないと上手く魔術が定着しないのだ。
「ほお!付与が使えるのか!それはすごいな。この店の剣は漏れなく魔鉱石が使われている。混ぜ物から純魔鉱までなんでもあるぞ」
純魔鉱の剣はお高いがな、と指で円を作りニヒルに笑う店主は実に悪い顔をしている。
店主に渡された剣はミスリルと魔鉱石の混ぜ物のようだ。
「品揃えも質もいいから知る人ぞ知るの人気店なんだ」
すると二人のやりとりを聞いていたディルクがいきなり口を挟んできた。どうやら手合わせを早くやりたいらしくレオニスの肩に腕を回してきた。
「おっちゃん裏庭借りていいだろ?少しの間だけでいいからさ」
「おう、いいぞ。物だけは壊すんじゃねえぞ」
「わかってるって!」
ディルクに肩を組まれたままレオニスは裏庭に連れて行かれることになった。
裏庭は広々としていて綺麗に手入れもされていた。
試し切りする為のものだろうか、不揃いの木材が積まれていたり、座れるようにベンチも用意されていた。
少し開けた場所は雑草や石もなく打ち合いするにはちょうど良い広さだ。
レオニスは持っていた鞄をベンチへ置きディルクと向かい合うように立つ。
「どちらかが剣を手放すか膝をついたとき、あとは降参を告げれば勝負はそこまでだ」
店主の言葉にお互い頷き、腰に差した剣を抜いた。
構えると同時にスッと目を細め、目の前の相手を見据えたその瞬間、風も空気も止まったような感覚が裏庭を支配する。
レオニスの纏う空気が変わった事にディルクは瞠目し、店主は感嘆の声を上げる。
「様になってるじゃないか。その綺麗な構えは騎士が使う剣に近いな」
「すごい豹変ぶりだな。さっきまでの緩い雰囲気はどこにいったんだ?」
実際に元騎士に師事したので間違ってはないし、豹変ぶりはこっちが素のレオニスだからだ。
緩いのは日本人的な部分のところだから仕方ない。
王族の振る舞いは記憶とこの身体に染み付いているのでできなくはないが、市井では浮いてしまうので王宮と学院以外ではやるつもりはない。
流石に剣術はレオニスでないと出来ないので緩い部分には引っ込んでもらう。
その様子に気を引き締めたディルクは改めて剣を構える。
「本気でこいよ」
口元に笑みを浮かべたディルクは冗談めかして言うが、その目はレオニスの挙動を見逃すまいと真剣だ。
静寂が降り風が舞う。
舞い上がった葉が地面に落ちる瞬間、金属音が響いた。
レオニスがディルクに一直線に突っ込んだのだ。
「……っ!?重ぇ……!」
反射的なのだろう、レオニスの剣をかろうじて受け流したディルクは距離を取ろうと後方へ飛び退いた。
しかしレオニスは追撃の手を止めない。
一太刀一太刀が重く早い。息つく暇もない程の攻撃にディルクの手からとうとう剣が弾き飛ばされた。
弧を描くように太陽の光を受けキラリと光った剣がベンチに突き刺ささり、静寂が訪れた。
「……勝負ありだな」
ぽつりと呟いた店主の声に時間が動き出したかのように音が戻ってきた。
大きく息を吐いたディルクは地面に座り込み店を見上げる。
「レオ。お前、見た目詐欺だろ」
「詐欺とは失礼な」
思わず突っ込んでしまったが言い分には同意してしまいたい。
ディルクの手は如何にも剣を扱うような大きな手だが、レオニスの手は剣ダコすらなく荒れてもいない。毎日侍従にケアされているのでまるで令嬢のような手だ。剣を持つ手ではない。
あとはわざと気弱そうにしてた為、細身の外見も相まって補正も働いたのだろう。
「本気で来いって言ったから身体強化の魔術も使っちゃったんだけど不味かった?」
最初に踏み込む時、一瞬の内に己の手足に身体強化をかけた。
ディルクの体格の良さと冒険者剣士としての経験は、レオニスにとっては埋められない差である。
しかし、軽い手合わせなので魔術を使うまでもないかと思っていたところに「本気で来い」との言葉だ。
舐めてかかってる様子にじゃあ遠慮なく、と思ったのだった。
「見た目で判断するなと他の奴らにも言われているだろう」
店主の呆れた声にぐうの音も出ないディルクは開き直ったのか言い訳を始める。
「おっさんも最初はレオのことほんのちょっとだけ疑わしい目で見て観察してたじゃねーか。どう見たって魔術師だろうこれは」
「まあ見た目はな」
二人はレオニスを頭のてっぺんから足の先まで眺める。
一般男性とあまり変わらない体格だと思うのだが、この二人と比べると貧相にも見えるのでもしかしたら一般的な剣士と比べられているのだろうか。
「力で競り負けそうな相手には大体身体強化を使うからすぐに負けることはないと思うよ」
「というか、付与といい魔術もかなり使えるんだな」
ディルクの言葉にまあね、と曖昧に笑う。
付与魔術は高度魔法だ。王宮魔術師団に入れる実力出ないと使えない。平民では師事してくれる人間を探すことすら難しいと聞く。
その為平民で魔力の高いものは、国の審査を受けた後に特待生として魔術学院に入る事でしか才能を伸ばせないのだ。
「教育は受けたけど使う機会はなかったから、自分でもどこまで通用するかわからないんだ。だから魔術よりは剣を使いたい」
それっぽい言い訳で話題を逸らす。病のせいで魔術師としてはやっていけないのだ。
先程も部分的にかけたとはいえやはり消費が激しい。今日は少し使いすぎたせいもある。
魔術を使う補助的な魔道具が必要な事を再認識した。
店主がベンチに刺さった剣を抜いてその刃を見つめながらレオニスに声をかける。
「銀手前の実力のディルク相手に一瞬で勝負がついたんだ。魔術込みで剣士としての腕は充分だろう。騎士でも身体強化使うやつはいるしな。まあ、ソロでもやっていけるだろうが冒険者としての経験はディルクのが上だから色々教えてもらえばいい」
豪快に笑いながら剣をディルクに返すと、真顔になって指を刺した先には座面が無惨に割れたベンチがある。
「壊れたから、お前が弁償な」
「なんでだよ!?」
店を出た頃には陽が傾き街路の影が長く伸び始めていた。そろそろ帰らなければならない。
「ディー、今日はありがとう。色々助かったよ」
「おう、気にすんな。帰るのか?」
「黙って抜け出してきたからな。あと一つだけお願いがあるんだ」
鞄から魔術陣の紙を出す。
「これをディーの家の物置部屋とかでいいから設置させてくれないか?」
「なんだこれ?」
「転移魔術の陣」
聞いた途端ディルクは吹き出した。
「お前……事もなげに高位魔術連発するなよな」
「申し訳ないとは思うけど抜け出すにはこれが一番便利だからね」
「しょーがねえな。家の階段下に物置き部屋があるからそこに置いといてやるよ。朝と夜以外なら家族は留守にしてるから飛んできて構わないぞ」
開き直るレオニスに溜息をつきながら快諾してくれる。
やはりディルクはいい奴だ。
「七日後にまた来るよ。予定空いてたらまた付き合ってほしい」
「おう!待ってるぜ」
こうして初めての街歩きは終わっていったのだった。




