殿下の出会い①
城下に広がる都は円を描くように広がっていて、中心から王城、貴族街、商業街、平民街となっている。
城を抜け出したレオニスは、まずは買取をしてくれる道具屋を探す為に商業街を目指す。
レオニスの私室には現金がなかった為、手持ちの万年筆を一本売ることにしたのだ。
古びた物だが蓋の装飾は綺麗なものだし小さな宝石も付いているからそれなりな値段にはなるだろう。
本来、城の使用人や役人は馬車を使用するので庭師の格好した男が徒歩で貴族街を歩くのは悪目立ちしてしまう。
服装を隠すためにローブを羽織りフードで顔を隠してから、なるべく人目に付かないよう裏道を選び足早に商業街を目指す。
ローブは地味そうなやつを選んだつもりだが外で見ると上等な生地が輝いて見えてしまう。貴族街ならばそこまで気にする必要はないだろうが、平民がいる所では脱いでしまえば良いだろう。
裏道を抜けると商店が建ち並ぶ商業街に出た。
貴族御用達の店が並ぶ区画を素通りし歩くこと数分、平民の利用者が多い商店が並ぶ通りに出た。広場になっている所には屋台も出ていて活気に溢れている。
この辺りから平民街になるのだろう。学院は貴族街と商業街の狭間にある為、この場所はレオニスにとって未知の場所だ。
心の奥底がワクワクしている。楽しめているようで何よりだ。
貴族がいない場所まで来たためローブとエプロンを脱ぎ認識阻害魔法を解く。
空間把握の魔法と立て続けに魔力を使った為か僅かに怠さを感じる。今後の事を考えると魔道具の購入も考えた方がいいかもしれない。
屋台の店主に道具の買取を行なっている店を聞くと何軒か教えてくれたので向かうことにする。
たどり着いたのは外観が怪しげな雰囲気を醸し出している『幻灯屋』という萬屋だった。
他に教えてもらった所はどちらかというと冒険者が利用するような素材や武器防具の買取専門だったので、万年筆のような雑貨を買い取ってくれそうな店はここだけだったのだが。
「……………………どうしよう、怪しすぎる」
大通りから逸れた場所にあったこの店。雰囲気のある店と言えば聞こえはいいが怪しさ満点で怖い。
扉を開けるのを躊躇していると、中から勢いよく扉が開いた。
出てきたのは短く切り揃えられた茶褐色の髪と濃い灰色の眼をした青年だった。腰に剣を下げ、胸当てや籠手などを装備している事から冒険者だろう事が窺える。
青年は吃驚して固まっているレオニスを視界に入れると店の奥へ声をかける。
「じーさん!!客!!」
大きい声と粗野な言葉使いに吃驚して思わず固まってしまった。
「わりぃな。何か買いに来たんだろ?怪しい見た目だがここの店は何でも揃うってこの辺じゃ有名なんだぜ」
闊達に笑いながらバシバシとレオニスの肩を叩き店の奥へ誘導する。筋肉がしっかりついているその腕は見た目通りの馬鹿力で叩かれたところが地味に痛い。
「あっ、購入ではなく買い取ってもらいたい物があります……」
青年の乱暴な言動に、目を白黒させながら店内へ足を進めていく。
薄暗い店の中は所狭しと商品なのかガラクタなのか見分けのつかないもので溢れていた。
そんな商品に埋もれた一番奥のカウンターに店主と思しき腰の曲がった老人がいた。髭も眉も髪ももじゃもじゃしており顔が見えない。
老人はカウンターの前にやってきたレオニスに一瞥をくれ、手を差し出してきた。物を見せろということなのだろう。
「これなんですが……」
手巾に包んだ万年筆を差し出すと後ろから覗き込んでいた青年が驚きの声を上げる。
「お前それ万年筆じゃねーか!普通の平民じゃ買えないお貴族様のペンだぞ!」
「!?」
青年の言葉に吃驚してしまった。日本では普通にあった物だし、レオニスも幼い頃から普通に使っていた。
そういえば王妃宮にいる使用人が使っているペンは羽ペンだったような気がする。
内心冷や汗を流すレオニスの全身を青年はジロジロと観察する。
「身なりは薄汚いがよく見ると髪も肌も全然荒れてないな。いいとこの坊ちゃんには間違いなさそうだが……」
ブツブツと何やら考え込み始めた青年。
第一王子の顔は学院生か一部貴族にしか知られていないはずなので、平民らしき目の前の青年に正体がバレる事はないはずだ。そのままお忍び貴族と勘違いしておいてほしい。
二人が考え込んでいる所にしわがれた声がかかる。
「お前さん、これ本当に売るつもりかい?」
老人は表情こそわからないが、困惑した声で尋ねてくるあたり相当高価な物なのだろうか。
「…………訳あって現金が必要なので、買い取っていただけるなら、助かる、のですが」
しどろもどろと答えながら老人を見やると、髭をワシワシと撫で付けながらペンをそっと机上に置く。
「これは魔法付与されとるもんだ。インクが切れる事のないようにされておる」
そう言いながら、軸を回してペン先を外すと中から青みがかった透明な石がコロンと出てきた。
綺麗な宝石のようなその石をキョトンと眺める。
「これは魔石じゃよ。魔力はそれなりに減ってるようじゃが、この色の濃さだとそこら辺の一般家庭の四.五年分の燃料になるぞ」
老人のその言葉に白目を剥いてしまった。
この世界の燃料のほとんどが魔石だ。灯に火おこし、水を汲むポンプの動力も魔石で補っている。所謂電気の代わりなのだ。
田舎だと人力は珍しくないが王都など人が集まる大きな街などはほぼ魔道具を使い、その燃料として魔石を使う。
魔石は魔力の含有量で価値が決まる。色が濃ければ濃いほど含有量が高く、爪先程の大きさでも色が濃ければ濃いほど貴族が使うような王都邸が買えてしまうくらいの価値がある。
魔石を研磨する際に出る欠片や粉も魔力を保有している為、これらはクズ石として格安で量り売りされており、平民が買える燃料として広く普及している。
「クズ石じゃない魔石初めて見たな」
青年が感心したように呟く。一般的な平民にとってはそのくらい希少な物なのだ。
「小さいとはいえ魔石は魔石。綺麗に研磨されとるから宝石としての価値も高い。この石だけで金貨二十枚はくだらない」
「お前ほんとにどこの坊ちゃんだよ」
呆れた声にどうしようかと目を彷徨わせる。
「金が必要なら万年筆本体とこの手巾の二つで金貨三枚じゃな」
万年筆自体はありきたりな魔法付与のため希少価値が高いわけではないらしい。小さい宝石も傷が入っていてあまり価値はないらしい。
手巾は上等なシルクでできていて余計な刺繍がない分使い勝手が良いそうだ。
訳ありということで口止め料を差し引いて金貨三枚。まあ悪くないんじゃないだろうか。
「そこのディルクの口止め交渉はお前さんがしな」
まいどありと追い出された店先でディルクと呼ばれた青年と顔を見合わすレオニス。二人は気まずげに視線を泳がせるがややあってディルクが声をかける。
「とりあえず家にくるか?」
「…………はい」
こうしてディルクと呼ばれた青年の家にお邪魔することになったのだった。
平民四人家族の月の平均生活費は金貨一枚くらい。節約すれば銀貨七枚くらいでもいける。
クズ魔石は含有量じゃなくキロ単位の量り売り。質の悪いものから上等なものまで混ざっているから当たり外れがある。




