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殿下の生い立ち②

 そんな矢先、母であるセラフィーヌが亡くなった。

 表向きは病死とされているが自害したのだ。

 セラフィーヌがどうしても外せない政務で本宮にいた時、宰相を含めた大臣達がこそこそと話していた事を聞いてしまったのだ。



 第二王子の立太子が決まるようだ———と。



 十年以上張り詰めていた一本の糸がプツリと切れた瞬間だった。

 レオニスが王太子になれば認めてもらえると、必死に、必死に耐えてきた。

 それまで血反吐を吐く思いでレオニスを教育してきたセラフィーヌの心は完全に折れてしまった。


 セラフィーヌが自害した時、室内にいたのは息子であるレオニスだけだった。

 この日部屋に呼び出されたレオニスは虚な目をした母親を無表情に見つめていた。

 ゆっくりとこちらに近づき抱きしめられ、耳元で呟かれた小さな言葉に目を見開くと同時に腹部に熱を感じた。

 その違和感に恐る恐るその部分に触れると短剣が突き刺さっていた。

 ふらりと離れたセラフィーヌは綺麗に纏められていた髪から簪を抜き取り、自身の喉を突いて息絶えた。

 一分にも満たないその出来事はレオニスにとって永遠とも感じられる時間だった。

 セラフィーヌは全てを終わらせようとレオニスと共に逝こうとした。

 最期に残したものは一筋の涙と「愛してあげれなくてごめんなさい」という謝罪の言葉。

 初めて見る母の涙と謝罪の言葉。最後の最期で母親としての顔を見せて星の彼方へと旅立ってしまったのだった。


 異変に気付いたのは王妃宮周辺の警備に当たっていた近衛兵だ。立ち入りが許されていない王妃の部屋のある区画で誰かの悲鳴が聞こえた為、規則違反とは知りつつも慌てて駆けつけたのだ。

 悲鳴の聞こえた場所に居たのは、血溜まりに沈む王妃とすぐ側で腹にナイフが刺さったまま痛みに耐えるように蹲る少年。混乱し右往左往する使用人達。

 凄惨な現場に言葉を無くしつつも近衛は非常事態を知らせる笛を鳴らしたのだった。


 その事が昨年即位したばかりの国王アルベルトと側妃カトレアに知らされたのは翌日の正午を過ぎた頃だった。

 二人が医務室に駆けつけると青白い顔色でベッドに横たわる少年———レオニスがいた。

 アルベルトの色をしたセラフィーヌに似た面立ちの少年は第一王子であるレオニスだと、アルベルトはすぐに気が付いた。

 生まれた直後に会ったきり、約十二年ぶりの再会だ。

 レオニスは幸い致命傷には至らず治癒魔術ですぐに回復した。しかし出血量が多かった為近衛が駆けつけるのがあと少し遅かったら失血死していただろうと王宮医師に告げられた。

 ほぼ他人という認識の親子。レオニスは父親の事は新聞などの絵姿で顔だけは一方的に知っていたがそれだけだ。側妃であるカトレアの事も同じく。

 セラフィーヌは国王が、側妃がどういう人なのか一切教えてはいなかった。

 アルベルトに今後どうしたいかと尋ねられた時、レオニスはどうもしないと、無表情に一言告げ王妃宮へ帰っていった。


 王太子となるべく育てられたレオニスは母の願いを叶える為に生きていた。王妃宮での生活が、母のために王太子になることが全てだった。


 母の死に直面して自覚してしまった思いがある。


 ———愛して欲しかった。


 レオニスにとって母が全てだった。

 その母がいなくなり気づいてしまったその心に、漠然とした不安感に、その全てに吐き気を覚え暴れ出しそうな感情を押さえ込むように心の奥深くにしまい込んだのだった。




 醜聞を隠す為、病死と公式発表された王妃セラフィーヌの国葬で第一王子が初めて公の場に姿を現した。

 埋められていく棺を涙も流さず無表情に眺めるその姿は薄情にも映ったのだろう。やはりあの王妃の息子だ、という言葉は尾鰭をつけて貴族達に、そして市井に流れていった。




 それから三年間王妃宮で変わらない生活を送るレオニス。

 変わった事と言えば王妃宮内に国王の手配で王室直轄の使用人と衛兵が数名が入った事だろう。あの事件の後、両手で足りる使用人達は片手で足りるまでに減ってしまったのだ。

 王妃宮に居た公爵家の使用人から暇を請われた為ここから出したのだ。

 彼女達はレオニスの味方ではなくセラフィーヌの味方だった。レオニスの事を気にもかけず、セラフィーヌの死だけを悲しみながら公爵領へと去っていった。


 王室付きの使用人とはいうが、実際の所監視なのだろう。よく王妃宮の外で侍従長と会話をしているのを見かけた。

 レオニスが何をしているのか逐一報告をしているようだった。


 新しくレオニス付きの侍従となったのはオズワルド・ケイン。侍従長の息子だそうだ。

 第一王子の為人や学習状況、剣術や魔術の技量などを国王へ報告しているようである。断片的ではあるが魔術で音を自分の元へ流し盗み聞きした内容はそのような事だった。


 母の死でやっと公に姿を現したレオニスの能力を見極めたいのだろう。

 中立派は噂通りの王子なのかどうかをしきりに気にしていると聞く。

 思ったより愚かではなさそうな様子に、王妃の死で流れてしまった王太子の座についても慎重な貴族達はどうするべきか決めかねているようだった。国王も側妃も沈黙を保っている。

 大勢の前で力を誇示すれば排除される事もある。弱くとも集団となれば強い力となる事を教えてくれた老教師の言葉を思い出し、人前では適度に手を抜く事にしたレオニスは、可も不可もない王子に擬態することにした。

 王妃亡き後も淡々といつもの日常を過ごすレオニス。


 ()()()()王太子にならなければならない。


 しかし母亡き今王太子になる意味があるのか、心の奥底で自問自答を繰り返す。

 それは学院入学の十五歳を過ぎても続くのであった。




 王侯貴族は十五歳から三年間、王立学院に通う事が義務となっている。

 成人前に学院という名の小さな社交界で、今まで家庭教師から学んだ事の復習や人脈の形成など、本番の社交を前に総浚いする事が目的の学院だ。

 ここを卒業できなければ貴族として失格と見做される。

 レオニスと第二王子ラファエルは同年の入学だ。入学後、第一王子派と第二王子派で取り巻きがしっかりと別れた。

 ラファエルの側には公爵家や侯爵、伯爵家などの高位貴族であり政治の中枢に食い込みかつ側妃寄りの家の子息が侍り、レオニスの側には男爵家や子爵家などの低位貴族か、黒い噂の絶えない伯爵家などきな臭い家の子息が侍っていた。

 両派閥は犬猿の仲だが、ただ一つ共通する事が一つある。


『第一王子は愚か者』という噂を信じている事だ。


 慎重なのは城の中枢にいる中立派の者達だけでその他大勢は愚か者だと言うことを信じ切っている。

 レオニスは学院でも手を抜いた成績を披露していたし普段から何もしていない姿をよく見かける為、学院生は益々噂は本当だったと思い込んだのである。

 何もしていないだけで愚かな行為は何一つしていないのにも関わらず。

 レオニスの取り巻きも王族特権のおこぼれをもらう為に媚を売っているだけなので実際の姿はどうでもいいのであろう。

 逆に愚かな行為をしようと動いていた取り巻き達をレオニスがさりげなく軌道修正している事に気づきもしないのだ。

 そして当の本人も噂の否定を全くせずに沈黙を保っている。


 こうして侮られ続ける事二年。学院三年生になった直後のことだ。

 微熱が続き下がる気配もない事からオズワルドが王宮侍医長を連れてきた。

 診察が終わり難しい顔をする侍医が告げた病名は『魔力欠乏症』と言われる不治の病だった。

 レオニスは魔力を貯める器は常人のそれより遥かに大きいものだが、生み出す器官が生まれつき弱く僅かな量しか生み出せない状態らしい。

 原因不明の病のため治療法はない。

 生まれてくる赤子は器に並々と溜まった状態であるため莫大すぎる魔力を持っていたレオニスは長年気付かれなかったのだろう。

 セラフィーヌが生きていた頃に手配できていた医者は王宮医ではなく市井のものだった為詳しく診てもらえる事もなかったのも不運のひとつだった。


 王妃宮内は魔道具や護衛の結界が張り巡らされていたし、母がいた頃は母の防御魔術で幾重にも守られていたので魔術の授業以外で自身の魔力を使うことはあまりなかった。

 しかし、母が亡くなってからは周りを警戒して自身で防御魔術を張り、学院に通うようになってからはさらなる護身の為にそれなりの魔力がいる常時展開魔術を使う事になったのだ。

 本来一晩寝れば回復するのだが、レオニスの場合は回復量が極端に低い為、数週間から数ヶ月単位の時間が必要だった。

 こうして少しずつ魔力を減らしていき、現時点では並みから中程度の魔術師くらいの魔力量しか残っていないらしい。


 魔力は生命維持に必要なものだ。少なくなれば身体に支障をきたすし無くなれば生きてはいられない。

 今のまま魔術を使い続ければ保って一年。長く生きるには魔術を極力使用しないこと。そうすればもっと長く生きられるだろうと。

 王になるには魔力量の多さも基準となる。魔力の少ない、しかも欠乏症という疾患を抱えた人間など王になる事は不可能だ。

 複雑そうな顔の侍医とどこか呆然とした顔の侍従を前に、レオニスはいつもの無表情でこのことは誰にも言うなと告げ部屋から追い出した。


 部屋が静かになるとレオニスは虚な目で天蓋を見つめ、そのまま意識を手放したのだった。


怪我を見てくれた王宮医師は王宮勤めの平民や準貴族の役人や使用人を診てくれる人で、オズワルドが呼んできた王宮侍医長は王族専門医です。ちなみに普通の王宮侍医は貴族の役人や大臣などを診てくれる人です。

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