殿下の生い立ち①
異世界に送られ王子様の身体に入った時、彼のこれまでの記憶が流れ込んできた。
名前はレオニス・エルヴァルティス。十七歳。
エルヴァルティス王国の第一王子。
正妃腹の生まれだが国王の寵愛は惻妃にある為存在を軽んじられている。
正妃の手により幼い頃から苛烈な王太子教育を施され、五年前にはそれも終了している。
元々感情の起伏が少ない子供だった所に厳格を極めた教育のせいで立派な鉄面皮となってしまった。
施された教育はしっかりレオニスの糧となり頭もよく剣の腕も魔術の腕もピカイチ……だと思う。比べる対象者がいないので何とも言えないが。
友はいない。学友という名の腰巾着もいるが、愚か者の王子を祭り上げて操ろうと画策しているきな臭い家の子弟がいつも侍っている。
生い立ちもかなり不憫な王子様だった。
若干後悔もしつつ記憶の整理に戻る。
さて、文武両道の王子が何故愚か者というレッテルが貼られているかというと答えは簡単。
側妃側の派閥、所謂第二王子派の工作である。
長子継承が絶対ではないが慣例となっているこの王国。
第二王子を王太子にしたい派閥は第一王子の排除の為に色々な噂を流している。
やれ我儘で癇癪持ちだのやれ勉強もできない阿呆だの実は不貞の子だから隔離されてるだの、会った事も見た事もない人物にありもしない噂を流す姿はなんだか滑稽で笑えてくる。
そして愚か者で王たる器ではないという噂を本当にする為に怪しげな人員を王妃宮に送り込むが、王妃宮内でも特に王妃の私的区画の階には王妃の許可した者しか入れないようになっている為近付けた者は誰もいない。
第二王子と第三王子、第一王女は側妃腹だ。
正妃である母、公爵令嬢だったセラフィーヌと国王である父アルベルトは政略結婚である。
よくある話なのかわからないが、国王がまだ王太子だった学院時代に後の側妃である伯爵令嬢カトレアと出会い恋に落ち真実の愛を育んだそうだ。
そして卒業式典後の記念パーティーで、アルベルトはセラフィーヌに婚約破棄を言い渡すが、その時の世界情勢や政治的思惑でセラフィーヌの実家である公爵家と縁を切るわけにもいかない———とアルベルトの父、前国王は破棄を許さず結局そのまま結婚する事になったという話だ。
アルベルトは嫌々ながらも見届け人がいる為初夜まで済ますが、事が済んだ後責務は果たしたと言わんばかりにセラフィーヌを放置して部屋を出ていったそうだ。
呆然としたまま朝を迎えたセラフィーヌ。その姿を見た侍女達は侍女長にこの事を報告した。
使用人が仕える主君は国王だ。そして未来の国王はアルベルトである。
この時のアルベルトの仕打ちから、その意を汲み取った侍女長達はセラフィーヌへの今後の対応の仕方を決定した。
必要最低限世話しかされず、正面から何か言われる事はなかったが城内の全ての人間に軽んじられているのをひしひしと感じる日々が続いた。
『王太子に愛されない妃』として陰鬱と政務公務をこなす日々が続いた三ヶ月後、側妃としてカトレアが王宮入りする。
セラフィーヌにとっては寝耳に水だった。どうやらセラフィーヌとの婚姻式の準備と同時進行で進めていたらしく全く気付かなかったそうだ。
アルベルトと前国王の間で取引でもあったのだろう。本来なら三年以上正妃に子が出来ないと言う理由でのみ迎え入れられるのが側妃だ。
慣例を無視した早すぎる輿入れと、正妃との婚姻式や披露宴に劣らぬ豪華さ。さらに必要のないパレードを行い事実上の正妃はカトレアだと国中に知らしめたのだ。
仕事面でも政務は正妃、公務は側妃と完全に裏表を分けられセラフィーヌは表へ出てくる事がなくなってしまったのだ。
貴族達は格下の伯爵家に負けたセラフィーヌを嘲笑し、平民は夢物語のような真実の愛に熱狂した。
こうしてセラフィーヌは悪と断じられお飾りのレッテルを貼られる事となった。
しかしここで思わぬ誤算が発生する。
初夜の一回で子を宿していたのだ。
腹の子はセラフィーヌにとって希望の星であった。この子が男児で王太子になれば自身の立場は今より向上する。味方は作れなくとも冷遇される事はなくなるはずだと。
ざわつく城内に身の危険を感じたセラフィーヌは、生活区画である王妃宮に引きこもる事になった。
政務の時以外にほとんど出てくる事がなかったが、その政務も王妃宮に持ち込んだ為、益々本宮で見かける事がなくなった。
そして腹の子を王太子たる人物に育て上げる為に、まずは王宮の使用人達を排除した。
信頼できる者として、公爵家で幼い頃から支えてくれていた侍女や侍従を呼び寄せ、出産間近には腹の子の乳母にとセラフィーヌよりひと足先に嫁いでいた乳姉妹である伯爵夫人を呼び寄せる事にしたのだ。
一方セラフィーヌの懐妊に慌てた周囲の者はアルベルトとカトレアの婚姻休暇を一週間延ばすという暴挙に出る。その間の政務を妊娠中のセラフィーヌに押し付けて。
そしてその二ヶ月後にカトレアは懐妊がわかり、城中に安堵のため息が溢れた。
セラフィーヌが王妃宮に引きこもってから約七ヶ月後。
難産の末誕生したのは男児———レオニスであった。
この事実に城中が戦慄した。このまま何事もなく成長すれば未来の王太子、国王になるのは長子であるレオニスだ。
後三ヶ月程でカトレアも出産する。男児が産まれれば同い年の王子だ。側妃派の貴族達は祈るようにその時を待った。
レオニス誕生から三ヶ月遅れることの翌る日。カトレアも元気な男児を出産した。
大々的に発表された第二王子の誕生に国中が沸いた。第一王子が誕生した時は定時報告のついでのように発表された為、平民の中には第二王子が第一王子と勘違いしている者も多かった。
セラフィーヌは益々危機感を強めて、出産後も王妃宮から出てくる事はなかった。
王城内、ひいては国中の至る所に敵しかいない状況に生まれて間もないレオニスを連れ出す訳にはいかなかった。
父親であるアルベルトはレオニスの顔を見る為に王妃宮を訪れたのは出産直後の一回のみだった。
その時セラフィーヌはレオニスをアルベルトに取り上げられないよう、乳母ではなく自身の手で赤子のレオニスを抱いていた。
信頼できるものは公爵家で幼い頃から世話をしてくれていた乳母一家や侍女等の一部の使用人だけだ。
公爵家の両親はセラフィーヌを駒としか思っていない。
帰る場所も逃げる場所もないセラフィーヌは、両手で足りる数しかいない味方と少ない伝手でレオニスを王太子にすべく心血を注ぐ事になった。
決して表に出てくる事のない正妃と第一王子。不気味な沈黙に王城内は薄ら恐怖を感じていた。
姿を見せないレオニスに憶測が憶測を呼び、いつしか正妃によく似た愚か者の第一王子という呼び名だけが一人歩きし始めたのだった。
物心ついた頃から王太子教育を施されたレオニスは、両親の良いところしか受け継がなかったと言っても過言ではない程優れた人間だった。
王族特有の輝く黄金の髪に紺碧の瞳、細身だが程よく筋肉のついたしなやかな身体、一つ一つの整い過ぎた目鼻立ち、ずば抜けた頭脳と身体能力、そして莫大すぎる魔力。
教えられた事は全て吸収し、剣技や魔術も難なくこなす正に天才と呼ばれるに相応しい王子だった。
しかし心根は誰に似たのか優しすぎたのだ。非情になれないレオニスにセラフィーヌは鞭を片手に言い聞かせる。
国王とは時に非情の決断をしなければならないと。そんな時に優しさを見せれば破滅するのは自分であり国であるのだと。
如何に感情を殺すか、という事を幼い頃より徹底的に覚え込まされた結果、感情を表に出す事のない子供となってしまった。
そして母の為に王太子にならなければいけない、と洗脳するように教育された結果、僅か十二歳で王太子教育を全て終わらせたのだった。
長くなりすぎたので分けます。
小話
前国王と前王妃も政略結婚。ビジネスパートナーとして信頼はあったが愛していたのかと言われると?となるくらいの関係性。しかし仲が悪い訳ではない。
アルベルトは一人息子なので大切に育ててきたがちょっと恋愛脳になっちゃったので頭を抱えてしまったようだ。




