殿下の冒険②
王都の外は見渡す限りの草原だった。
壮大な景色に目を輝かせながら辺りを見回すと遠くに木々が見えた。あの場所は森だろうか。
興味津々に辺りを観察するレオニスに苦笑しながらディルクが今日の工程を説明する。
「この街道を少し外れて西に歩いていくと角兎の棲家になってる場所がある」
指をさす方向へ目を向けると、街道沿いの草原より雑草が長く伸び覆い茂っているような場所があった。
「あの辺りに巣穴を作っているから遭遇しやすい。依頼の数は十五匹だが多くなっても構わない」
「そんな数どうやって持って帰るんだ?」
尋ねるとディルクが腰につけているポーチを叩く。
「マジックバッグに入れるから大丈夫だ」
マジックバッグは読んで字の如く魔術のかかった鞄型の魔道具だ。空間拡張の魔術が付与された鞄で収納力は籠めた魔力の程度で大きく変わる。
空間魔術は高度魔術の中でも群を抜いて難しいもので、それが付与された鞄ということは恐ろしいほどの高級品のはずだ。
ディルクが腰からポーチを外し興味津々なレオニスに手渡してくれた。
見た目は普通のポーチだが開けてみると中は真っ黒な空間が広がっていた。初めて見る魔道具を興味深く上下左右を隈なく観察する。
「採取とかの依頼で量が多いものはギルドが貸し出してくれるんだ。このポーチは角兎なら三十匹くらい入るんだぜ」
貸し出しには色々と条件があるらしいが、盗難や紛失防止のために貸し出し登録した人物からの魔力が感知できなくなればギルドへ自動的に転送されるようにもなっている。ディルクは貸し出しの常連なので麦穂亭からの指名依頼が入る時は依頼書と一緒に渡されるらしい。
ディルクに鞄を返し、生息地へと足を進める。
道中、狩りの注意事項を説明された。
角兎は通常五、六匹の群れで行動しているそうだ。繁殖期だとかなり凶暴になるらしいが今はその時期ではないらしい。
今回は肉の依頼なのでできるだけ傷つけないように素早く仕留めなければならない。時間をかけるとストレスで肉が硬くなってしまうそうだ。毛皮も売れるので綺麗な状態で手に入れるには首を狙うのがいいらしい。
「突進してくるだけの単純な動きしかしないが、でかい図体の割に素早いから気をつけろよ」
今まで人間相手の訓練はしてきたが、魔獣相手というのは初めてだ。実践経験もないので慎重にいきたい。
説明を聞きながら進んで行くと、目的地の少し手前で雑草が不自然に揺れた。
一歩先に歩いていたディルクが腕を伸ばしレオニスを止める。
静かに剣を抜き、茂みを睨むと角兎が三匹飛び出してきた。
ディルクに体当たりしようとした瞬間、一閃が走ると三匹の内二匹が地面へと落下した。残りの一匹は致命傷にはならず着地をした脚でそのままレオニスに向かって跳躍する。
先程のディルクの一閃を真似するようにレオニスの剣が走る。肉の切れる感触がしたと思った瞬間、角兎は地面へと沈んでいった。
「おー鮮やかに決まったな!」
ディルクの声に一瞬呆然としていたレオニスは弾けたように顔を上げる。
稽古では散々打ち合いをしていたが、何かを実際に切ったのは初めてだった。地面に転がる角兎を呆然と見つめていたレオニスは自分の手が震えている事に気づいた。
剣を持つ手を押さえるレオニスにディルクはなんて事ないように声をかける。
「まあ命を狩ってるからな。その内慣れてはくるが今日の事は忘れない方がいい」
「え?」
血抜きをする為に角兎をひっくり返しているディルクにレオニスは聞き返す。
「命を奪うのが怖いのは当たり前だ。それでいい。狩りは生きるために必要だが……今日の震えだけは忘れるなよ。この震えを忘れた時、人は平気で何だって奪えるようになる」
ディルクの言葉がストンと胸に落ちていく。
レオニスは王族だ。時には非情な判断をしなくてはいけない事もあるだろう。だからといって命の重みを忘れてはいけない。後僅かな期間でそのような決断をすることがあるかは分からないが今日の事は忘れない。レオニスは心の中で静かに決意した。
二人で黙々と角兎を狩っては解体を繰り返していればノルマである十五匹はあっという間に超えていた。
休憩がてらに弁当を食べるが、かなり体力を消費した様で物足りない気分だった。ディルクも同じなのか包み紙に残ったパンくずをつまんで口に入れている。
空を見上げると太陽が真上に昇っていた。そろそろ帰るかとどちらともなく広げた荷物をまとめ始めた。
「しかし結構出てくるものなんだな」
「角兎は割とどこにでも出てくるやつだからな。繁殖期になったらもっとすごいぜ」
「……それはちょっと遠慮したいな」
弱いとはいえまともに追突されると骨が折れてしまいそうなくらいの重さと衝撃だ。正直、今日の数でも相当疲れてしまった。ケロッとしているディルクはこれを一人で狩っているのかと思うと相当な体力お化けなんだろう。
ジト目で見ていたら背中を思いっきり叩かれた。
「レオは細いからもっと食って筋肉つけろよ!」
憎らしい程の笑顔を向けられたので顰めっ面で返事をした。
街へ戻るとまずは依頼完了報告をする為ギルドへ向かう。今回は十九匹と少し多めに狩れたので報酬も少し上乗せされた。初めての討伐依頼としては上々だ。
毛皮はギルドで買い取って貰わないのかと尋ねたら、市場の方にいい値段で買い取ってくれる所があるらしくそちらへ持って行くようだった。肉はそのまま麦穂亭へ持って行く事になっているので、一旦帰ってから市場に向かう事にした。
麦穂亭に着くとディルクが腹減ったと叫び、女将さんが呆れながら初討伐祝いだと言って大盛りのシチューといつもよりひとつ多い黒パンを用意してくれた。シチューを堪能しつつ、追加で頼んだ腹持ちの良いマッシュポテトとキャベツの塩漬けを混ぜたものを黒パンに乗せてかぶりつけばすぐに満腹になる。
冒険者として活動するようになってからは食べる量が格段に増えた。運動量が増えたのもあるが、美味しいものを腹一杯食べれるというのもあるのだろう。
王宮では腹八分目な量を少量ずつ時間をかけてなのであまり食べた気もしないので、街へ降りた時は腹一杯食べるようにしている。ささやかな幸せだ。
腹も膨れひと心地付いたので市場へと向かう。陽が西へ傾いてきた為、毛皮を売ったらすぐに王宮へ帰らなければいけない。ギリギリの時間になってしまうが最近はオズワルドも夕食の直前まではそっとしておいてくれているのが当たり前になってきたので大丈夫だろう。
正午を過ぎてしばらく経った市場は少し閑散としていた。生鮮食材を扱う露天はもう畳んでしまっているが雑貨や保存食を扱う所はまだ残っていた。しかし、並んでいる品は少なくそろそろ店じまいをするため片付け始めている所も多かった。活気があるのは正午過ぎぐらいまでだろう。
冒険者登録をした直後に雑用の依頼でよく来ていたが隅々まで回った事はなかった。今度依頼を受けない日にのんびり回ってみるかと考えていた所、迷わず進んでいたディルクが立ち止まった。
目を向けるとそこは様々な毛皮が吊るされている露天だった。どうやらここらしい。毛皮に埋もれるように座っていた店主に声をかけ手持ちの毛皮を広げていく。
二人の会話を邪魔しないように、なんの毛皮だろうと物珍しげに眺めていたらすぐに買取が成立したようだ。ディルクの掌に銀貨が数枚乗せられた。
「角兎の毛皮は銀貨になるのか?」
珍しくもない魔獣の毛皮だからそこまで価値のあるものではないと聞いた気がする。そんな疑問が顔に出ていたのがわかったのか露天の店主が笑いながら答えてくれた。
「この毛皮を見てみな。少し模様が入ってるだろ?これで作る小物や鞄は平民街のおしゃれ好きなご婦人に好評なんだよ」
そう言って見せてもらった数枚の毛皮には渦を巻いたような模様や水玉模様が綺麗に入っていた。
「ここまで綺麗な模様入りはなかなかないからね。うちで売ってくれるなら相場より色をつけて買い取ってるんだよ」
「ちょっとでも高く買い取ってもらえると俺の小遣いも増えるからな」
そう言って笑う二人にレオニスも釣られて笑顔になった。
すごく楽しい日々を過ごしているおかげか奥底で眠っているレオニスの心が痛むことはほとんどなくなっていた。代わりにじんわりと暖かい気配を微かに感じるのできっと楽しんでいるのだろう。
「うわっ」
そろそろ帰ろうかと踵を返したところでレオニスの腰あたりに何かがぶつかってきた。
大した衝撃でもなく体幹もしっかりしているレオニスは倒れる事もふらつく事もなかったが、ぶつかってきた方はそうでもなかったようで下を向くと足元で尻餅をついていた。
小さな声を上げて尻餅をついたそれはフードを被った小柄な人間だった。少し高めの声でまだ年端もいかない少年だとわかった。
その姿を視界に収めた瞬間、背中がぞわりと粟立つ感覚に襲われた。
「おいおい大丈夫かあ?」
突然の出来事に固まってしまったレオニスをよそに、ディルクが手を差し伸べて立ち上がらせると怪我がないか確認しようとかがみ込んだ。
思ったより間近に迫った顔に驚いたのか、のけぞった拍子にフードが外れてしまい少年の顔が露わになる。その姿に二人の目は驚きに見開いた。
「……あーこれまた綺麗な坊ちゃんだな」
ディルクが何かを思い出したような呆れた視線の先にいたのは、薄茶色の髪と瞳をもつ育ちの良さそうな少年だった。
小話
角兎
毛皮は大体灰色っぽい感じのが多いけどたまに縞模様とか柄っぽいやつとか真っ白なのがいて割といい値段で売れる。
牛豚などが高級なのは牧場を作ると魔獣に狙われるため(魔獣の格好の餌)警備費が尋常じゃない程かかる。
魔獣が寄ってくるから人里から離れたところに作らなければならない。不便。
弱い魔獣が寄ってくるとそれに釣られて強い魔獣も寄ってきたりする。
24時間警備かつ牧場が広ければ広いほど警戒範囲も広がり人手がいる。
今ある牧場は王家が出資しているところといくつかの貴族家が共同出資してるところ、商業ギルドが経営しているところぐらいで小規模なのばかり。なので平民が口にすることはない。
超高級品だが弱小、貧乏貴族は王家主催の夜会で口にできたりするので木っ端貴族でも夜会には這ってでも行く。
ミルクも同じくで平民は山羊乳(庭持ってる家は1、2匹飼ってる)貴族は牛乳。
麦穂亭では自宅で山羊二匹飼ってるので山羊乳のバターは自家製。




