殿下と出会い
先程まで顔を隠していたフード付きのローブは、一見地味に見えるが、その光沢と仕立ての良さから上品さが伝わってくる。その下に見える衣服も平民のそれとは全く違う小綺麗なものだ。靴もわざと汚したような泥の付き方だが、型崩れも綻びもない。
まだ11、12歳くらいだろうか。幼さを残したその顔は日焼けもなく透き通るような白さで、大きな瞳は強い意志を持った力強さがある。艶やかな髪も手入れが行き届いた証拠だろう。
色は平民によくある茶系だが、ありありと分かる貴族らしい品の良さに二人は息を飲んだ。
ディルクがレオニスに目を向けるが反射的に首を全力で振る。一瞬疑わしい目を向けられるが、ため息を吐きながら少年に訪ねる。
「誰と一緒に来たんだ?」
「……従、いや親戚と一緒に来たが逸れた」
目線を合わせて尋ねたおかげか少し警戒しながらだが素直に答えてくれた。どうやら親戚と言う名の従者と来たらしい。
年上に対して随分と固く偉そうな言葉使いに連れは親戚。間違いなく貴族だと、そう判断したディルクは厄介なことになる前にその親戚を探すことにしたようだ。
立ち上がると、まだ衝撃から回復してないレオニスに声を掛けてきた。
「お前はどうする?そろそろ帰らないとまずいんだろ」
言外にまずい相手なら先に帰っていいと言ってくれたが放っておく事はできない。
「あぁ、いや、付き合うよ」
動揺を押し隠すように軽く微笑んでから少年に目を向けたタイミングで騒がしい声が聞こえてきた。
「ぼっちゃぁぁぁぁぁん!!」
悲壮な声のする方向へ揃って目を向けると涙目で走ってくる青年が見えた。まだ年若い見た目の青年の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている。
逸れてから余程時間が経過していたのだろう。こちらに気づくと悲壮感から安堵の表情に変わっていった。
「あれか?」
「……ああ」
ちょっと恥ずかしいのか頬を赤くしてポツリと肯定する様は歳相応な少年だった。
その少年らしさにディルクと一瞬に和んだ目を向けると、はっとしたように咳払いをしてからこちらへ向き直り小さく頭を下げる。
「迷惑をかけてすまなかった。礼はまたいずれ」
そう言いながら先程の青年の元へ走っていった。
目を向けた先で青年と合流した少年はそのまま連れ立って街中へ消えていった。
嵐が去ったような心地でいるとディルクから気遣わし気に声をかけられた。
「礼なんて怖くていらないんだけどな。なあ、あれ貴族だろ?知り合いか?」
「……いや、直接は知らない」
直接という言葉に怪訝な目を向けられるが、貴族の厄介ごとと思ってくれたのかそれ以上の追求はなかった。
確かに直接は知らない。しかし関係としては知り合いなんてものじゃない。
あの少年から感じた魔力の波長は認識阻害の魔術具からのものだろう。覚えのある魔力は以前一度だけ会ったことのある宮廷魔術師団の団長のものだ。
元の髪と目の色をあそこまで綺麗に認識できないようにする魔術を付与できるとは驚きだ。
それにあの顔は一度見たことがある。あれは母上の葬儀の時、陛下と側妃殿下の隣で第二王子と手を繋いで立っていたのを遠目で見た。
あの少年はレオニスの二番目の異母弟、第三王子のエリアスだ。
第二王子のラファエルとは学院で数度顔を見た事があるが、第三王子のエリアスはその時にまだ今より幼い姿を一度見たくらいだ。
王宮内では居住区が全く違うし、エリアスはまだデビュタントの年齢ではない為、公式行事でも顔を合わせた事はない。
家族の集まりにレオニスは声をかけられた事もないので、向こうは第一王子の事など認識もしていないかもしれない。
なんとも言えないざらざらとした気持ちはレオニス本人のものだろうか。
萎んだ気分のままディルクと別れ宮殿へと転移した。
オズワルドが呼びにくるぎりぎりの時間になんとか自室に戻る事ができた。
慌てて着替えた為ボサボサの髪と着崩れた衣服、おまけに今日の疲れが顔に出過ぎていたせいで体調を崩したと勘違いされ夕食は自室で取ることになった。
運ばれてきた軽めの夕食をオズワルドがテーブルに並べていく。ソファでその様子をぼんやりと眺めながら今日の出来事を頭の中で振り返った。
初めて街の外へ出た。初めて魔獣を討伐した。お腹いっぱいに食べたシチュー、市場の喧騒、そして思わぬ異母弟との出会い……。
「……下。レオニス殿下!」
はっと顔を上げるとオズワルドが心配そうにこちらを見ていた。食事の用意はすっかり終わっていたらしい。どうもぼんやりとし過ぎたようだ。
「失礼します」
一言断りを入れてからオズワルドが近づき、掌を額に当ててきた。少しひんやりとしたそれが心地良い。
「少し熱いですね。侍医を呼ぶのでベッドでお待ち下さい」
有無を言わさずベッドに押し込まれると、途端に身体が怠く感じた。思っていた以上に疲れが出たようだ。
しばらくするとオズワルドが侍医を連れて戻ってきた。
動くのも億劫なため、されるがままに診察を受ける。真剣な表情の侍医と心配そうなオズワルドを見ていると、ディルクの家にいると感じる暖かい気持ちがふわりと湧き上がった。
血の繋がった家族より家族らしいその様子に口角が少し上がったが誰にも気づかれなかったようだ。
眉間に皺を寄せた侍医が顔を向ける。
「魔力が当初の想定よりかなり減っておりますな。もしや学院で使われて……?」
少し咎めるような視線に思わず顔を逸らしてしまった。
「魔法学の講義は休まれているとお聞きしておりますが……他に魔力を使用するような事が?」
オズワルドもお説教に入りそうな雰囲気で問い質してきた。
黙秘を貫くつもりが責めるような二人の視線に耐えかねてつい漏らしてしまった。
「……身体強化と防御結界を少し」
病気が発覚してから学院の魔法関連の講義は適当な理由をつけて欠席している。
しかし、愚か者の王子を疎ましく思う一定の輩からは悪意ある悪戯をしかけられる事もしばしばある為、自衛の意味で自身に魔術をかけている。
これは学院に入学した当初からやっている事だったので、今更やめてしまえば色々と勘繰られるだろう。
一つの行動でありもしない事を邪推されるのが第一王子だ。
街に降りた時は魔力補強のバングルから魔力を使用しているので自身の魔力はほぼ消費してはいない。
学院でも身につけられればいいのだが、衣服で完全には隠せないので見られたら面倒だ。
今以上の悪意を浴びるのは精神衛生上よろしくないので以前と変わらない過ごし方をしている。
ポツリポツリと理由を含めて白状すると侍医は悩ましげに顎をさする。
「ふむ、この爺に伝手があるので防護魔術具を用意いたしましょう」
驚いて顔を上げるとにこりと笑いながらレオニスの手を摩ってくれた。
「……いいのか?」
「ほっほっほ。殿下は我儘を言われませんからな。何、孫にプレゼントを用意するようなものですわ」
「……すまない」
確かに有難いが、魔術具は高価なものが多い。
そんなものを嫌われ者の第一王子へと用意させることに気が引けてしまう。
そんな思いで謝罪を口にしたら頭を撫でられた。
「子供は素直に喜んでいればよろしいのですよ」
本来なら不敬だと叩き落とすのがレオニスだろうが、熱のせいか弱気が前面ですぎて不遜な態度がとれない。
短く礼を言うと侍医は満足そうに頷いた。
その様子を見ていたオズワルドが近づいてきて寝具を掛け直してくれる。
「少しお休み下さい。あとでパン粥をお持ちします」
額に濡れた手巾を乗せられるとその冷たさに安堵の溜息を吐く。
その手でレオニスの髪を梳くようにひと撫でされて、目をぱちくりとさせると優しげな目がこちらを見ていた。
一瞬呆けたようにその視線を受けていたが、すぐに気恥ずかしさが湧き上がり寝返りをうつように布団を頭から被った。
少し笑うような気配を感じたが、オズワルドは先程テーブルに並べた夕食を配膳台に戻し侍医と共に部屋を出て行った。




