第857話
遊廓、しだれ屋。
シズク達はまだ騒いでいる。
アルマダがことりと盃を置いて、
「マサヒデさん。自慢の風呂、行ってみませんか?」
「ああ、良いですね。行きましょうか」
ちら、と禿の方を見ると、まだ弁当を食べている。
「あの2人が食べ終わったら、案内してもらいましょう」
「まだ食べてるんですか」
「女の子なんです。仕方ないですよ」
おお? とアルマダが驚いた顔で、
「おやおや。マサヒデさんからそんな言葉が出るとは」
「何かおかしいですか?」
アルマダが肩を竦めて、
「あなたの周り、大食漢の女性ばかりではありませんか」
「ははは! 確かにそうですね!」
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「こちらでござんす」
禿に案内され、マサヒデとアルマダが風呂の前に来た。
蒸し風呂と湯船があるそうで、垢すりもしてくれるそうな。
「あ、良い匂いがしますね」
「今日は柚子湯でありんす」
「へえ。楽しみですね」
「お楽しみくんなまし」
がらりと戸を開けると、いきなり薄着の女が頭を下げた。
「すみませんでした!」
慌ててマサヒデが戸を閉める。
「ちょっと! 女湯じゃないですか!」
慌てるマサヒデを見て、くす、と禿が笑い、
「うふふ。あれは湯女でござんす」
「ゆなって何です」
「垢すりをしてくれんす」
「ああ、そうでしたか・・・もう、先に言って下さいよ」
「うふふ」
はあ、と溜め息をついて、マサヒデが戸を開ける。
湯女達がくすくす笑っていた。
「もう・・・すみませんでした。お願いします」
「はあい!」
むわっと湿気がある。
これは着込みに良くない。
アルマダと顔を見合わせて、戸から顔を突き出して、待っている禿に、
「あ、ちょっとすみません。外で預かって欲しい物があるので。
湿気に弱い物なんですよ」
「はい」
2人が急いで服を脱いで着込みも脱ぎ、
「これ、預かってて下さい」
「私のも」
と、ひょいひょいと禿に着込みを投げ渡す。
「わあ!」
鎖帷子だ! と、禿が驚いて頭を下げた。
ぱさり。
「・・・」
「それ、軽いでしょう? 持ってて下さい」
「あっ、あれ?」
禿が頭に乗っかった鎖帷子を下ろして、すりすりと手で撫でる。
軽いのに、ちゃんと鉄の感触。
「魔術で軽くした、お高い物ですからね。気を付けて下さい」
「もう! 驚かさんでくんなまし!」
「ははは!」
笑いながら、2人が顔を引っ込めた。
2人は湯女に渡された笹の枝を持って、蒸し風呂の方に入って行く。
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ぱしん、と背中を笹の枝ではたく。
言うだけあって、中々良い・・・ような気がしないでもない、ような。
「ううむ」
マサヒデが唸る。
ぴ、とアルマダが眉の上の汗を指先で払って、
「どうしました」
「ぶっちゃけて言うと、蒸し風呂の良し悪しって、良く分からないんです」
アルマダも首を振って、
「まあ・・・正直に言うと、私もです。
何をもって最高と言っているのかが分かりませんね。
冒険者ギルドの蒸し風呂とどう違うのか」
「湯の方に行ってみますか」
「そうしましょう」
立ち上がって戸を開けると、
「あら」
と、目の前の湯女が声を上げた。
たらいと布を持っている。垢すりに来てくれたのだろうか。
「もうお上がりですか?」
「ええ。実は私達、蒸し風呂って苦手なんですよ」
「うふふ。そうでしたか。ではこちらへどうぞ」
案内されるまま、2人は湯女についていく。
からりと戸を開けると、診察台のような簡素なベッド。
「何です、ここ」
「垢すり台ですよ」
「ああ」
「さ、どうぞ。うつ伏せに寝転がって頂いて。きっと驚きますよ」
「はあ。そうですか?」
「驚きますとも! 初めて来る方は、皆様、目を丸くして」
「ううむ、そうですか」
よいしょ、とマサヒデとアルマダが寝転がる。
もう1人の湯女が来て、アルマダの横に立つ。
「では、始めますよ」
すりすりすり・・・しょりしょりしょり・・・
(ううむ)
気持ちが良い事は良いが、何を驚く事があるのか。
そこまで驚く程でも・・・
「ほおら」
マサヒデの前に湯女の手が差し出される。
手の上には、1寸程の丸い玉。
何だ? と首を少し傾げて、あっ! と驚き、
「げっ!? ちょっと、これもしかして!?」
「そうですとも。背中を少しこすっただけでこんなに」
隣のアルマダも目を丸くして、湯女の手の上の玉を見ている。
「うふふ。肩こりなんかある方は、肩にごっそり溜まってたりして」
「う、ううむ」
「ほら、どんどん垢をすりますよ!」
すりすりすり・・・
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宴会の大部屋。
相変わらず、向こうでシズク達が大騒ぎしている。
マツ、カオル、イザベルは小赤の前に座っていた。
戯れに勝負を挑まれたのだ。
勝負と言っても、歌。
マツがさらさらと短冊に筆を走らせ、
「秋の山 珍しきしだれ 美しく 知るは二人の こどもだけとは」
ぴく。
小赤の眉が小さく動き、マツがにやりと笑う。
さらさらさら・・・
小赤が筆を走らせ、短冊を禿に渡す。
禿が短冊を前に出して、
「松枯れて しだれにもたれ 月見れば 夜長も足りず 朝になりし」
「おほほほ! 流石お上手ですこと。
マサヒデ様を朝まで捕まえる事が出来ますかしら?
さ、カオルさんですよ」
「はあ・・・ううむ」
カオルが困った顔で短冊を見る。
マツと小赤のやり取り。
とりあえず、小赤を小馬鹿にした歌を詠めば良いのだろうか。
(ああ)
筆を取って、さらさらと書き、
「歌詠めず 分からず筆を 取りたれど こあか小馬鹿に すればよろしき」
ぷー! とマツが吹き出した。
いくらなんでも、あからさまに過ぎる!
目に見えて小赤の顔が赤くなり、いー、と横の禿が肩を竦める。
「おほほほほ! カオルさん、お上手ですよ!」
「おお、左様ですか! このような席は初めてで!」
「うんうん! 才がありますよ!」
きりきりと小赤の目がカオルを睨む。
さささ! と筆を走らせて、禿に短冊を突き出す。
禿が肩身を狭くして、少し小さな声で、
「酒と宵 拙き筆を 走らせて 世辞と褒められ 下手も分からず」
マツが手を伸ばして短冊を受け取り、
「あらお上手。よいの字は、宵闇の宵ですよ」
カオルが少し考えて、おお、と顔を上げて手を叩き、
「あ、なるほど! 酒に酔うとかけておられる! お見事です!」
「・・・」
ひええ、と禿が目を逸らす。
分からずに褒めた!
カオルは本当に感心した顔で頷いているが、逆に煽っているようなものだ。
小赤の目が怒りに燃えている。
「さて。とりは私で・・・」
イザベルが筆を取り、
「根を張りて 山の上にて 人待つも たれも見にこぬ さみし赤花」
「おほほほほ! 流石はイザベルさん!」
「いやはや、拙いもので、恥ずかしきかぎり」
マツもイザベルもにやにや笑っている。
カオルがしばらく短冊を見て首を傾げ、
「おお、なるほど! 山の上、上座におられて。根を張りて、動かない。で、誰も相手にしてくれなくて寂しいと」
「流石はカオル殿! 分かりますか!」
「ううむ、難しいものです」
筆を持つ小赤の手がぶるぶる震えている。
左右の禿は、怯えて今にも逃げ出しそうだ。
ば! と小赤が短冊を禿に突き出す。
いいー! と禿が下から覗くようにイザベルを見る。
イザベルがにやりと笑って、
「構わぬ。詠め」
「秋の夜に 吠える野良犬 かしましき たけなわの席も おもしろからず」
「はっはっは! おもしろからずか! 席を蹴立てて帰るか? んん?
ではへそを曲げて帰る前に、ひとつ返そう」
さらさら・・・
「ほれ」
ぴ! と短冊を投げる。
勢い良く飛んできて、ふわりと小赤の膝に落ちた。
『おおかみと 犬の区別も つかぬ猫 かなわぬと見て 尾巻き逃げるか』
小赤の眉が険しく寄せられ、短冊を持つ手がぶるぶる震える。
「はーはっは! 拙い歌で済まぬなあ! 残念、残念! 我は狼族であった!
色町に 良くきておるは 狼ぞ まさか知らずと 思いもよらず!
ははは! も少し世を知っておくと良いぞ!」
シズク達の騒ぎにも混じらず、マツ達にも混じらず。
ラディがちらちら警戒しながら、静かに箸を進める。
これは絶対にどちらにも混じってはいけない・・・
マサヒデ達が戻ったら、こっそり風呂に逃げよう。




