第852話
魔術師協会。
ザ・ピーチマンの初版本。
誰もが知る有名なおとぎ話。
犬族、鳥族、龍人族を引き連れ、悪鬼退治・・・
ではなかった。
本当はハードボイルド? な大人の小説だったのだ。
皆が複雑な気分で茶を飲んでいると、がらりと玄関が開いた。
「只今戻りました」「ただいまー!」
マサヒデとシズクだ。
2人が入ってきて座ると、カオルが紅茶を差し出した。
マサヒデがカップを受け取って、
「どうしたんです? 皆さん、静かですけど」
クレールが複雑な顔で、
「あの、ピーチマンの初版本を見つけたんです」
「ええっ!? ピーチマンの初版本!?」
「まじで!?」
マサヒデとシズクが驚いて、クレールの横に置いてあった本を見つめる。
「それが、何と言うか・・・その、全然子供向けではないと言うか」
「ああ、元々は結構残酷な描写があるとか、そういうのですか」
「いえ、そうではなくて、そうなんですけど、違うんです」
「どう違うんです」
「凄くハードボイルドと言うか」
マサヒデとシズクが顔を見合わせる。
「はあ?」
「なにそれ?」
「親は老夫婦ではなくて、退役軍人で。野盗を斬り殺して装備を集めて。
悪党みたいな人がいっぱいの傭兵団に入ったりして・・・」
「なんです、それ。逆にと言うか、とても興味が湧きますね」
「だよねー! クレール様、読ませて!」
「あ、どうぞ」
差し出されたシズクの手に、クレールが本を渡す。
「うわ、これ古いねえ! あの貴族、こんな古い本持ってたんだ。
クレール様、これ何年前の本なの?」
「450年前です」
「うへえー! よく残ってたねえ!」
ぱらりと表紙をめくって、数ページ読んで、シズクが顔を上げる。
「なにこれ」
「ですよね。私達もそう思いました」
シズクが首を傾げて、
「ううん・・・でも、読んだら面白いのかも?
だって、世界中で知られてるって事は、それだけ売れたって事だもん」
「あ、確かに!」
「知ってるピーチマンは忘れて読んでみる。これは別のお話としてね。
なんか面白そうな感じはするよ」
シズクはこう見えて意外に読書家。読むのは活劇ばかりだが。
しばらくして、シズクはピーチマンに夢中になってしまった。
マサヒデはゆっくり茶を飲み干してから、
「イザベルさん」
「は!」
「明日の夕刻、空けておいて下さい。酉の刻にしだれ屋に行きますよ」
「しだれ屋? どこの店でしょう」
「ああ、看板に名前が書いてませんからね。遊廓です。色町の」
「遊廓ですか?」
イザベルが首を傾げる。
マサヒデに遊廓とは、イメージがかけ離れている。
「向こうの奢りです。美味い飯と酒と、最高の風呂があるそうで」
「最高の風呂!」
ギルドの大衆浴場と川での水浴び。
まともな風呂(貴族にとって)に入るのは久し振りだ!
「酒もたくさん用意するようにお願いしておきました。
好きなだけ呑んで酔っ払って下さい」
「有難き幸せ!」
「服装は自由だそうですが、つなぎより着流しの方が良いですかね?
まあ、つなぎは仕事着ですし、着流しが無難だと思います」
「ははっ!」
「太夫さんに会えるかもしれませんね。マツさん、何て名前でしたっけ」
「小赤太夫ですよ」
「そうそう。思い出した。小さくて赤毛だから小赤って名前つけたんですよ。
自分で適当に名前決めちゃったから、後で叱られたとか」
「あら、お詳しい事」
「変な勘違いはやめて下さい。ジョナスさんに聞いたんです。
あの人、アルマダさんの所では一番の色好みなんですって! ははは!」
「うふふ」
マサヒデ達が笑っていると、シズクがピーチマンの本から顔を上げ、
「マサちゃん!」
「どうしました」
「これヤバいよ! すげえ面白いよ!」
「ははは! そうですか!」
「凄いよ! ピーチマン、傭兵団に入った後さあ!」
「ええ」
「秘密ー!」
「そうですか」
「とにかく台詞が面白いよー! これは人気出るわ。分かる」
「ほう。そこまでですか」
「そこまでだねー。知ってるピーチマンと別の話だと思えば、全然気にならないし。まじ面白い」
「そんなにですか?」
「やめとけ。給料安いんだろ。ばっさり! ボーナス前だったら悪かったな! だって!」
「ははは!」
「お前が弱いんじゃないぜ。俺が強すぎるだけさ!」
「良いですね、それ! 父上が言いそうですね!」
「面白いよこれ! あははは!」
----------
夕餉の後。
イザベルは森の奥にキャンプがあるので、早目に帰って行った。
涼しい風を感じながら、幸せな一服中。
クレールが茶を飲んで、ほっと息をつき、
「マサヒデ様」
「なんですか」
「遊廓にはマナーがあるそうですよ」
「ええ? 面倒ですねえ」
「簡単です。明日は太夫さんが居ても、お喋りも出来ないんですって」
「はあ?」
「そういう決まり事みたいです」
「ふうん。まあ決まり事では仕方ないですけど、ちょっと気が引けますよね」
「何がですか?」
「いや、喋りも出来ない人の前で、私達が楽しく食事をしてるなんて」
「ううん、それもそうですねえ」
「決まり事というなら、我慢してもらいましょう。
向こうも慣れているでしょうしね」
「そうですね。それと、上座に座ってても怒らないで下さいね」
「そんな事で怒りはしませんよ。私達は客ですし。
それよりカオルさん」
「は」
「あの店、覗き部屋とかあるんですよね」
「は」
マサヒデがにやりと笑う。
「驚かせてあげましょうよ」
「あー! マサヒデ様、悪い顔してますよ!」
「ふふふ」
「カオルさんも悪い顔!」
「中に居たらですけど、何奴ー! とか、曲者ー! とか。
きっとびっくりしますよね」
「ふふふ・・・何にしましょう。燃やしますか」
「ええーっ!?」
クレールが驚いて声を上げる。
「冗談です。顔のぎりぎり横に刀でも突き刺しますか」
「刀に瑕はつけないように気を付けて下さいよ。
カオルさんのも年代物なんですから」
「は」
「飯はどれくらい美味いんですかね。
三浦酒天には勝てないとか言ってましたけど」
「お酒は同じ物を仕入れてるかもしれませんね」
「それなら楽しめそうじゃない?
クレール様、マツ様、またすっからかんにしてやろうよ!
イザベル様もいるしさあ、びっくりするよー」
「ははは! 楽しみになってきましたね!」
ふとカオルが今朝のマサヒデの様子を思い出した。
険しい顔で、じっと黙り込んでいた。
「ご主人様。ご心配はよろしいのですか?」
「心配? ああ、今朝の。多分解決しました。大丈夫だと思います」
「多分?」
「ええ。喋りもしないとか決まり事があるなら、多分平気そうです」
「どういう事ですか?」
「秘密です」
はて、と皆が首を傾げた。
マサヒデは安心した顔で、
「さ、そろそろ風呂に行きましょうか」
と、立ち上がって行ってしまった。
マサヒデの心配は、店の女と寝なければいけないのか、という事であった。
そんな事をしたら例え何もなくても、マツとクレールに始末される。
喋りもしないという事なら、平気だろう。




