第851話
魔術師協会、居間。
450年も前の本をクレールが見つけた。
ザ・ピーチマンの初版本。
誰もが知る悪鬼退治の話であったが、内容は全然違っていた・・・
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あれから1年。
ピーチマンは厳しい訓練を積みました。
夜中に叩き起こされ、朝まで対奇襲訓練をして、そのままを訓練しました。
素っ裸で山に放り出された事もありました。
全身鎧を着たまま、25町(約100km)の山中行軍もしました。
気を失うまで魔術の訓練をしては、水を掛けられて起こされました。
その全ての訓練を、ピーチマンは乗り越えてきました。
それは退役軍人と流した涙があったからなのです。
1年後、彼は最高の殺戮兵器となっていました。
退役軍人は一流の兵士に育ち上がったピーチマンの前に立ちました。
『おうけい! ふろむなうおにゅあひゅーまん!』
(宜しい! 今から貴様は人間だ!)
『いつまいおなー!』
(光栄であります!)
『ばっ! ゆあいねくすぺりんすどあざそるじゃ!』
(だが! 兵士としては経験不足だ!)
『いえっさ!』
(はい! サー!)
退役軍人がポケットから手紙を出しました。
彼はこの1年間、各地の傭兵部隊に連絡を取っていました。
魔族であるピーチマンを雇ってくれる所は、中々ありませんでした。
しかし、ひとつだけ彼を受け入れてくれる所があったのです。
『でぃしゃるびぱーてぃんぎふと』
(これは餞別だ)
『さんきゅべりまっち!』
(ありがとうございます!)
『ごうロストエンジェル領、スキトロウ町』
(ロストエンジェル領のスキトロウの町に行け)
『いえっさ!』
(はい! サー!)
『ていくでぃすれたー、あんどごうとぅざまーせなりぜあ』
(この手紙を持ち、そこの傭兵団に行くのだ)
『いえっさ!』
(はい! サー!)
『あふたげいにんえくすぺりえん、じょいんざれぎゅらあーみー』
(経験を積んだら、正規軍に入れ)
『いえっさ!』
(はい! サー!)
『おけ。ゆきゃんこーるみだど、なう』
(宜しい。今より私を父と呼んでも良い)
その時、感情を無くした殺戮兵器、ピーチマンの目から涙が流れました。
これまでの15年、1年の厳しい訓練。
彼の脳裏に、退役軍人と過ごした日々が一瞬で蘇りました。
『せんどみれたーわんしなわいる』
(たまには手紙を送れ)
『いえす、だど』
(はい、父上)
『おけ。ぱっきゅあばっぐさんりーぶ』
(宜しい。荷物をまとめて出発するのだ)
『いえす、だど』
(はい、父上)
そして、ピーチマンは泣きながら山を下りて行きました。
ピーチマンが見えなくなっても、退役軍人は見送っていました。
退役軍人の目からも、涙が流れました。
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うむうむ、とイザベルが頷く。
「ううむ、傭兵団で経験を積ませ、実績も上げろと。
実績があれば、正規軍にも入れるかもという考えですね」
マツが眉を寄せて、
「何だか、殺伐としてきそうですね。ロストエンジェル領のスキトロウと言えば、昔から治安の悪い所で有名です。そこの傭兵団って、怖そうですね」
カオルは頷いて、
「されど、名を上げるにはうってつけ、という所でしょう。
仕事には困りますまい。奥方様、この退役軍人、中々です」
「ピーチマンって、そういうお話でしたっけ?」
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半年かかって、ピーチマンはスキトロウの町に着きました。
途中で襲いかかってきた野盗を返り討ちにし、武器や鎧を揃えました。
正義の兵士として彼らを全て打ち首にし、奉行所に差し出しました。
賞金首もいたので、それでお金も貯まりました。
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「野盗から装備を剥ぎ取ってきたのですね・・・」
「現地調達は基本です」
「その通りですね」
イザベルとカオルが頷く。
マツは微妙な顔だが、クレールは固い笑みで、
「で、でも、正義の為に働いていますよ!
野盗と賞金首! 正義です! 正義ですよ!」
「そう、ですよね・・・正義の兵士としてですもの」
「続きを読みます!」
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スキトロウ傭兵団に着いたピーチマンは、手紙を受付に差し出しました。
団長は手紙を読んで、ピーチマンを傭兵団に入れてくれました。
ですが、スキトロウの傭兵団は荒くれ者達の集まりでした。
まるで野盗の巣窟かと見間違える程でした。
長旅でお腹が空いたピーチマンは、食堂に行きました。
まだ若いので、ピーチマンはお酒を飲めませんでした。
ピーチマンがミルクを注文すると、皆が大笑いしました。
ピーチマンは何故笑われたのか分かりませんでした。
そこに男が近付いてきました。
あっ! ピーチマンは驚きました。
なんとこの傭兵団には、魔族が居たのです!
ここまでの旅でも魔族と会うことはありませんでした。
ピーチマンはとても嬉しくなりました。
犬族の男はにこにこしながら隣に座りました。
『ようミルク小僧! 俺がお子様ランチを奢ってやるぜ!』
皆がまた笑いました。
ピーチマンはずっと山で暮らしていました。
ですから、お子様ランチが何だか分かりませんでした。
でも、この人は新人のピーチマンに奢ってくれると言ってくれました。
この人は優しいので、仲良くなりたいな、と思いました。
『新人か? 見かけねえツラだ』
反対側に、鳥族の人が座りました。
また魔族です。ピーチマンはとても嬉しくなりました。
犬族の男がピーチマンの肩に手を置きました。
『消えな。そこは新人が座って良い席じゃねえんだ』
席に序列があったのは知りませんでした。
それをこの犬族は教えてくれたのです。
この親切な犬族とは仲良くなれそうです。
ロストエンジェル領は都会なので、ピーチマンの方言が通用しません。
ピーチマンは言葉遣いに気を付けよう、と思いました。
ピーチマンはにっこり笑ってこう言いました。
『仲良くしようぜ。おれは犬みたいな顔をした人が好きなんだ』
『なんだと?』
犬族の人が怒り出しました。
鳥族の人が立ち上がって、席を離れて行きました。
『あ~あ知らねえ! ドンクロウが一番気にしてる事言っちまいやんの』
すらりとドンクロウと呼ばれた犬族がナイフを抜きました。
同じ魔族同士、仲良くしたかったのに、何故でしょう。
ピーチマンは困ってしまいました。
『おい、抜きやがれミルク小僧。
今まで俺の顔の話をして墓場に行かなかった奴は1人も居ねえ』
言葉遣いが悪かったと気付いて、ピーチマンは慌ててしまいました。
『誤解しないでくれ。俺は別にあんたが犬みたいだなんて言ってないよ』
『何?』
『犬があんたに似てるんだ』
『このビチグソ小僧が!』
『決まった! 血まみれナイフのドンクロウを本気で怒らせやがった!』
皆が2人から離れて行きました。
さっきまで笑いで包まれていた食堂が、静まり返ってしまいました。
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「このピーチマン、大丈夫でしょうか? 情景が目に浮かびます」
「この食堂、壁に賞金首のポスターが並んでいるのでは?
で、その賞金首達が堂々とお酒を飲んでいるっていう」
「両開きの戸のお店ですよね。開けると皆の視線が集まる感じの」
「ううむ・・・」
「これで言葉遣い気を付けようとは、良く分からなくなりますね」
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ドンクロウがナイフを突き出してきました。
危ない!
ピーチマンは背を逸らしました。
ドンクロウのナイフはピーチマンの顔の前を掠めていきました。
『危ないなあ。そんな物振り回すんじゃないよ』
勢い良く突っ込んできたドンクロウが、ピーチマンの足につまずきました。
ドンクロウはカウンターの上に倒れ込みました。
勢い良くころんだドンクロウは、カウンターを滑って行きました。
カウンターからコップやお酒の瓶が、がちゃがちゃと落ちてしまいました。
『おいおい、大丈夫かい? 壊した分はお前持ちだぜ』
ピーチマンが歩いて行くと、ドンクロウの胸にナイフが刺さっていました。
『こりゃ参ったね。俺持ちかよ』
ドンクロウはぴくぴくと動いていました。
まだ、治癒魔術で助かります。
『よいしょ』
ピーチマンがナイフを抜くと、血が吹き出ました。
さっと治癒魔術を掛けると、傷口が閉じましたが、辺りは血の海です。
流石に食欲もなくなりました。
『オヤジ。つけといてくれ。また来るよ』
『へい!』
ピーチマンが立ち去ろうとした時、後ろで剣を抜く音がしました。
『てめえ! よくも俺のダチを!』
『はあ?』
先程の鳥族が剣を抜いていました。
ピーチマンも驚いてしまいました。
『よせよ。俺は気が小さいんだ。後ろから剣を突き付けて脅かすなよ』
もうドンクロウの傷は塞がったし、まだ死んではいません。
『お友達はまだ生きてるよ。早く輸血しないと本当にあの世行きだぜ』
『おめえもあの世に送ってやるぜ! 地獄でドンクロウに詫び入れな!』
『おいおい』
友達のドンクロウはまだ生きています。
早く病院に行かないと、本当に死んでしまいます。
これは急がないと大変です。
『死にやがれ!』
鳥族の人が剣を振り上げました。
ピーチマンがナイフを投げると、鳥族の人の胸に突き刺さりました。
『うっ!』
ばたんと鳥族の人が倒れてしまいました。
『そんなに死に急ぐもんじゃあないぜ』
刺さったナイフを抜くと、また血が吹き出ました。
ピーチマンは急いで治癒魔術をかけて、ドンクロウの所に行きました。
友達の鳥族も倒れてしまったので、ピーチマンが病院に連れて行きます。
『よっと』
両肩にドンクロウと鳥族の人を乗せて、ピーチマンは店を出ていきました。
顔も服も、2人の血で真っ赤でした。
『初日からこの調子じゃあ、シャワーと洗濯代で貯金が無くなりそうだ。
やれやれ、ツケ払えるかな。参ったねこりゃ』
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す、とクレールが栞を挟んで、静かに本を閉じた。
「これが本当のピーチマンなんですね」
「ううん、ハードボイルドというのでしょうか・・・
マツモト様がお若い頃は、こんな感じだったのでは」
「元々は大人向けの小説だったのですね。
子供向けにも読みやすく改変され、今のピーチマンになったんでしょう。
それにしても、その・・・なんと言いましょうか」
イザベルが頷く。
「分かります。どうしてあんな話になったのか。
と言うか、そもそも、何故これを子供向けにしようと考えたのか」
カオルも頷いて、
「全くです。どうねじ曲がって今のピーチマンになったのか・・・
皆様、茶が冷めましたので淹れてきましょう。紅茶で宜しいですか?」




