第849話
冒険者ギルド、食堂。
いつもの日替わりを頼んで、ぐびっと水を飲み、
「イザベルさん。製鉄の話、お返事が来ました」
「おお!?」
「御三家は私が出した条件には同意してくれました。後はファッテンベルクから目付けが送られたら、契約開始となります」
「そうですか! 後は父上次第という事ですね」
「そうです。お父上もすぐ目付けを送ってくれるでしょう」
イザベルが頭を下げて、
「全てマサヒデ様のお陰です。ありがとうございました」
「まあまあ、まだ始まった訳ではありませんから。
私は金貨10枚と、ホルニ工房に鋼を少し分けてもらうこと。
これだけなので、別に難しい事ではないです。
それよりも、これからのお父上と御三家のお付き合いが大事でしょう」
「は!」
「後で通信設備を借りて、お父上に連絡なさい。もうレイシクランの方から連絡は届いていると思いますが、あなたからも伝えておくべきだと思います」
「は!」
「通信設備の費用は高いそうですが、今回は私が出します」
「そんな!」
「この契約は私が出した話ですから、私から連絡を送っても構いません。
ですが、お父上、お母上に伝えたい事もあるでしょう。
それもついでに伝えてきなさい」
イザベルは感極まった顔で、
「マサヒデ様・・・では、お言葉に甘えて!」
「結構です。では、私は食べたらホルニ工房に行きます。
ラディさんとホルニさんにも伝えなければ」
カオルがにこりと笑って、
「お二人共、さぞ喜びましょう」
「だね! ねえ、マサちゃん。私も行っていい?」
「構いませんよ」
「やったね! ホルニさん居るかな?」
「何か作ってもらいたいんですか?」
「違うよ。ハンマー叩かせてくれるかなって」
え、と皆が意外な顔をする。
「鍛冶仕事に興味があるんですか?」
「実はちょっとあるんだ。ナミトモ残人剣って本、読んだから」
「ナミトモ? 刀鍛冶の?」
「そうそう。本当に居たんでしょ? ナミトモって人」
「そうですよ。凄い作ばかりですよ」
「実は失敗作が何本か残っちゃってて、弟子がそれを折りに行くんだ。
どう? 面白そうでしょ」
「へえ。面白そうじゃないですか。
でも、ホルニさんは数打ちもたくさん作ってますからね。
失敗作をラディさんに折りに行かせるような事はしないでしょう」
「あはははは!」
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ホルニ工房。
かあん! かあん!
「おおっ! 聞こえるねえ!」
「当然ですよ。鍛冶屋さんなんですから。行きますよ」
がらり。
「どうも」「こんちはーっ!」
「いらっしゃいませ! うふふ。今度は別の遊廓ですか?」
「いや、違います。良い報せです。
何ヶ月かしたら、玉鋼がタダで送られてきますよ」
「玉鋼?」
あ! とラディの母が顔を変えて、
「もしかして、あのたたら製鉄のお話が決まったんですか!?」
「ええ。ファッテンベルクから目付けが送られたら、契約開始です」
「まあまあまあ! 亭主が飛び上がって喜びますよ!」
「ふふふ。では、報せに入っても」
「どうぞどうぞ! 今、熱いから気を付けて下さいね!」
「では失礼します」
からからから、と静かに仕事場の戸を開ける。
ホルニが真剣な顔で、がん! がん! と鉄を叩いている。
「はあー・・・」
「シズクさん。少し待ちましょう」
「うん」
そのまま待っていると、かん、とハンマーを振り下ろして、真っ赤なままの鉄を金床に置いたまま、ホルニが立ち上がって歩いて来た。
「これはトミヤス様」
「こんにちは。お仕事中、すみません。急いで報せたい事があって」
「む。何かございましたか」
「あのたたら御三家から返事がありました」
「む!」
マサヒデがにっこり笑って、
「契約成立ですよ。後はファッテンベルクの目付けを待つだけです」
「おお!」
「私には金貨10枚。こちらには玉鋼が送られてきます」
「おお・・・」
「ふふ。喜んで頂けましたか」
「勿論ですとも! 玉鋼が無料で・・・ううむ!
刀鍛冶として店の看板を変えましょうかな」
「安く売れれば、刀も冒険者さんに出回るかもしれませんね」
「繊細ですからな・・・それは難しいと思いますが、数寄者はおりますし。
ううむ! 夢が膨らみますな!」
「それと、今日はこちらのシズクさんに手伝いをさせて下さい」
「む? 手伝いとは」
「槌で叩くのをやらせて下さい」
「やりたい! お願いします!」
ホルニがにやりと笑って、
「ほう! 鬼族の槌叩きですか!」
「面白そうでしょう? 力はありますから、大槌なんて片手でひょいです」
「助かります。本来、2人でやる作業です。
ラディはここ最近は鉄砲と魔術に夢中ですし」
「いいの!?」
「勿論ですとも。ではこちらへ」
「やった!」
2人がすたすたと歩いて行って、よ、と大槌をホルニが持ち上げる。
「では、こちらを」
「はい!」
シズクが軽く持ち上げて、
「へえ! これで叩くんだ!」
「そうです。ただ強く叩けば良いというものではありません。実際は強弱がありますが、今日は持ち上げ、そのまま落とすだけで結構です」
「こんな軽いので良いんだ!」
シズクがぶんぶんと大槌を上下に振る。
「・・・」
「もっと重いんだと思ってた。へえー! 意外に軽いんだね」
「人族には結構な重さですが、シズク殿には軽い物ですかな」
「でも、これで刀とか剣とか出来るんだね」
「その通り。使い手次第では、シズク殿の首も軽く斬れる物が作られます」
「うーん!」
「では少々お待ち下さい。鉄が冷えましたので、少し熱して、熱くなった所で叩いてもらいましょう」
「やったね! マサちゃん、見てて! がつんといくよ!」
「ははは! 頑張って下さい」
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少しして・・・
「よし・・・」
赤を通り越して、黄色く熱せられた分厚い鉄板が出てくる。
シズクが槌を肩に担いで、
「叩くんだね!」
ホルニが手持ちのハンマーを上げて、
「はい。私がこの小さなハンマーで、こんこん、と叩いたらごんっと。
真っ直ぐ金床に落とすだけで結構です。
叩いて欲しい所は、私がこちらを動かします。真っ直ぐ落とすだけです」
「分かった!」
こんこん。
「ほいさ!」
ごん!
「・・・」
はっきりと丸く槌がめり込んだ跡が見える。
ホルニがくるりと鉄板を回す。
こんこん。
「ほいさ!」
ごん!
こんこん。ごん!
こんこん。ごん!
こんこん。ごん!
「うむ・・・折り返しましょう」
ホルニが鏨を当てて、こんこんこん、と切込みを入れて、がんがん叩いて折り曲げる。
「もう一度いきましょう。冷めないうちに」
「分かった!」
こんこん。ごおん!
こんこん。ごおん!
こんこん。ごおん!
「ううむ・・・」
何度も叩き、表面から黒くなった薄い鉄が剥がれて落ちる。
「これ、薄いのが落ちてるよ? もったいなくない?」
「む、それはこの鉄の良くない部分が落ちているので、良いのです」
「そっか!」
「よし。もう一度、火に入れましょう」
「簡単だね!」
「ううむ・・・」
これはとんでもなく詰まった鉄の剣が出来てしまうのでは・・・
「これを何度か繰り返したら、剣の形に延ばしていきます」
「おおー!」
「良い物が出来そうですな」
「ほんと!?」
「はい。叩き方がとても良いです。お世辞ではありません」
「やったー! 出来上がりが楽しみだね!」
ホルニが目を細めて赤い鉄を見て、小さく頷いて火に入れた。




